-異伝章・九伝説-
最終戦 闇夜を照らせ 勇者たち




「全く、もうワシはどうなっても知らぬからな!」
 ザンッ――。
 スレイヤーソードが、一匹の魔物を斬り裂いた。
「それに、お主等! 人の領地に無断で入ってくるでない!!」
 剣に光が宿り、それを振るうと光は三日月の形をしながら飛んで行った。師匠から教わった剣技の一つだ。光の衝撃波は一度に数匹の魔物を葬り去るが、数が減ったようには思えない。ちなみに散月空波(さんげつくうは)という剣技だ。
「我願い入る! 大気を舞う精霊よ 汝、我が力に応えよ 闇と光の狭間に導かれ、今ここに汝の裁きを! 全てを揺るがす鉄槌の破壊を!!」
 早口で呪文の詠唱を唱えると、ファイマの手に光が収束する。
「イオナズン!」
 光は球状になり、それを魔物の集団に投げ込むと、白熱球は大きな爆発へと変わった。
「マズイのぉ、まだ『力』を使えるほど回復しておらぬのに……」
 呆れたり怒ったり嘆いたりで、なにかと疲れる早い気がした。事実は、エンを捕獲する時に『力』を使ってしまい、その所為で回復が遅れ、疲労が溜まるのが早いのだけなのだが……。
 空は暗く、しかし辺りは明るかった。当たり前である。イオナズンの爆発、炎系統の魔法や技、それらを多用し、周囲は炎の海と化しかけている。それでも、山火事になりそうにないので良しとする。
 ファイマがいる位置は、セアルディルドのいる穴から東に位置する場所だった。

「嗚呼、なんでケンばかりなのだ? ルイナさぁ〜ん……」
 半ば泣きながら、エードはプラチナソードで何回も魔物を斬りつける。一撃で斃すことができないのだ、数が増える一方なのだが、ルイナから貰った調合薬でなんとか凌いでいる。
 『(エクス)プロー2ON(ジオン)』という攻撃用爆発薬を何個も渡され、それを使うたびにビッグ・バンに少々劣るがイオナズン以上ほどの効果が現れるので、なんとか魔物たちを撃退しているのである。
 その爆薬が尽きた時、自分の命も尽きるのだろうと思いつつ、再び斃せそうな魔物を斬りつけた。
「ケン……」
 ツッコミが入らなくとも、必ずエードは彼の名前をわざと間違えている。
「もう、なんでもいいからお前がなんとかしてくれ……」
 セアルディルドがいる方向である東に向かって、消え入りそうな声で呟くが、その間にまた新たな魔物たちが押し寄せ、エードは慌てて『Xプロー2ON』を投げつけた。
 セアルディルドがいる穴から西の方向で、ビッグバンと同等の爆発が起きた。

裁きの十字架(ジャッジ・クルス)!」
 一際大きな十字斬りを放ち、魔物は一発で斃れる。
「ジャッジ・クルス、遠距離バージョン!」
 自分の目の前で魔風銀ナイフを交差させると、十字架が発生し、それを飛ばした。飛ぶ十字架を受けて、数匹の魔物は一瞬にして葬むられた。
 ミレドが修得している技は、ほとんど盗賊ギルドで教え込まれたものだが、最近になってオリジナリティ精神を発揮してか新技を開発し、こうして役に立っている。
 新技というより、改良と言ったほうが正しいのだが、その辺りは彼のこだわりだ。
「はぁ、めんどくせぇ……」
 斃す度に増え、増える度に斃し、そして斃すころにはまた増えている。
 質より量という感じではあるが、いずれ質も量も半端にならないような気がしている。現に、魔物たちの強さが少しずつ増しているのだ。
「ったく、エンの野郎。ちゃっちゃか終わらせろっての!」
 押し寄せてきた魔物たちを素早く葬る。攻撃力に欠ける彼だが、今の所は難なく斃すことができている。
 セアルディルドがいる穴から南の場所で、彼は悪態つきながら魔物たちを斃していた。

「ミネアさんは、回復に集中! 僕とアリーナは打撃中心に! マーニャさんは魔法で援護して! 一応、温存して行くよ!!」
 シフォンは指示を出すと同時に魔物たちを斬りつけた。それだけでは相手は斃れなかったが、横からアリーナの飛び蹴りを直撃してしまい、その衝撃で斃れた。
「ベギラマ!」
 轟音をたてて、閃熱呪文が魔物たちを襲う。炎より弱った魔物をシフォンとアリーナが確実に斃されていく。そして、前線に立っている二人が傷を負うと、すかさずミネアの回復魔法が飛んだ。
「ハァアァァアァッ!!」
 ドゴウッ!
 アリーナの正拳突きが大きな音を立て、それを直撃した魔物は一発で斃れる。
「見たことのない魔物と戦えるって、結構楽しいものね」
 なんとも傲慢で楽天的なアリーナの考えにシフォンや双子姉妹は苦笑するしかなかった。しかし、その苦笑にも、アリーナのセリフにも、緊張というものが含まれている。もしかしたら、このまま元の世界に帰ることが出来ず、この世界と共に滅びてしまうかもしれないのだ。
 セアルディルドのいる穴から北の位置で、シフォンたちはそのことを口には出さずに戦い続けていた。

「よし、再戦だ!」
 エンが火龍の斧を、振り上げつつセアルディルドがいる位置へと直行した。
「“それは役に立たぬぞ”」
 武器による直接攻撃は受けつけないらしいが、そういうジャルートも覇魔牙の剣を握っている。その剣は精霊をも斬る力があるので、セアルディルドに対して有効なのかもしれない。
「援護に、使えます、から」
 途切れつつ言うルイナの手にも水龍のムチが握られている。ルイナはエンが呪文を唱える間の援護役としてついてきたのだ。
 セアルディルドは叫びとも鳴声とも判断の尽かない声を上げていた。それは魔物を呼び寄せるためのものらしく、魔を支配するジャルートにしても自分の部下がヤツに奪われるのは気に食わないらしい。
 今は仲間とシフォンらが食い止めているが、違う地方の魔物が大量に押寄せてきた場合はさすがの彼らでも無理かもしれない。そうなる前に、なんとしてでもセアルディルドを斃さなければならない。
「まずは、魔法を封じないとな」
 先ほどはありえないスピードで魔法を受けたので負けてしまったとエンは思っている。間違ってはいないが、それだけではないだのが。
「“全力で、行かせてもらう”」
 ゴウッ、と殺気と瘴気が辺りを支配した。標的がセアルディルドに向いているとはいえ、それでも人間にとっては毒となりうるほど。そのため、すぐ近くにいたエンは吐き気を催したが、それは気力でカバーする。
 魔王が、剣を振った。
 風が去り、大地が割れ、炎が絶え、水が淀んだ。
 四大精霊(エレメンタル)さえも斬り裂く覇魔牙の剣が、確実にセアルディルドにダメージを与えたのだ。
「“キュガッルゥオオオオオっッ!!”」
 奇声を上げて、セアルディルドの翼が動いた。それに伴い、魔法球が十の数だけ飛ぶ。
「『魔斬』のフレアード・スラッシュ!」
魔法反射壁(マホカンタ)
「“かぁっ!”」
 エンが魔法球の二つを消滅、ルイナの呪文がこれまた二つの魔法球を消滅させた。ジャルートが残りの六つを一振りで斬り裂く。
「(それだけ、実力の差があるってことかよ……)」
 それを見て、エンは心の中で舌打ちした。斃すべき相手はセアルディルドだけだはない。隣で戦っている、魔王も斃すべき相手なのだ。それなのに、全く勝てる気がしない。少なくとも、今は……。
「くそ! 『即・空・瞬・速』! ――フレアード・スラッシュ!」
 速さに拘ったF・Sを放つが、やはり打撃はイマイチ効果が無いらしい。セアルディルドはジャルートに向かって睨みを効かせている。エンたちを思いきり無視しているようだ
「(……ちくしょう……)」
 悔しかった。だが、勝たなければならないのだ。この二人の化け物の、どちらにも。
「“ウゥルォォオオオォォッォオオオァアアアァオオオァ”」
 ィィィン―――。
 空気の割れる音がした。
「なんだ?!」
 セアルディルドの周りに、金色の光が宿った。その光は、エンたちがよく知っているものだった。
「……うぇ、召還(ウェコール)?!」
 エンたち『冒険者』の特徴である、武具召還の光と同じものなのだ。
 何を召還する――?
 召還されたのは、人間だった。それも、それらはエンが見たことのある者たちばかりだ。
「……お前ら……」
 時空の穴のせいで遭遇した異世界の者たちだ。アレフ、アレンたち、アレルたち、アンディと二人の子供(双子らしいが知らない)、テリー(連れている仲間が多少変わっている)、そしてガボ(その仲間らしい黒髪の少年)だ。
 だが、彼らの目は正気とは思えなかった。操られている、そうとしか思えない。
 シフォンたちは無事らしいが、他の全員がどうやら支配されてしまったらしい。
「お〜い……」
 とりあえず、彼らに呼びかけてみたが帰ってきたのは攻撃呪文だった。
「「メラ=I」」
 威力は普通のメラ以上である、そんな魔法を使ったのはアンディと双子の、女の子の方だ。
「「ギガデイン=I」」
 アレルの魔法が飛び、さらに双子の男の子のほうも同じく聖なる雷を放つ。
「「イオナズン=I!」」
 セリアと魔法使いリザが同時に唱える。
「「ジゴスパーク=I!!」」
 ガボと、テリーが連れている綿の魔物――わたぼうと言ったか?――が地獄の雷を召喚する。
「「ビッグバン!!!」」
 テリーが連れている魔物の二匹が大きな爆発を起こす。
「バギクロス=I」
 そして僧侶モハレが立て続けに真空魔法を唱える。
「「ベギラマ!!!!」」
 アレフとクッキーが閃熱呪文を見事なまでに打った。
「ギガスラッシュ=I」
 最後に一見優しそうに見えるガボと一緒にいた少年が最強剣技を放ったのだ。

「!? なんじゃ?!」
 穴の方向を見て、ファイマは驚いた。巨大な爆発が起こったのだから――。

「ルイナさん……」
 少し震えながら、エードは巨大な爆発が起きた穴の方向を見ていた。

「失敗した、なんてことじゃねぇよな……」
 舌打ちしながらミレドは多少覚悟していた。世界が滅びることを――。

「エン……?」
 アリーナが呆然と穴の方向を見ていた。先ほど、何か大きくて妙な力に呑み込まれそうになったのだが、シフォンの兜が光ったかと思うとその力は消えた。そのせいかどうかは分からないが、とてつもない不安感に襲われたのだ。そして一つの考えが浮かんでしまった。
 エンが死んだのでは? という――


「“ふん……下らん……な……”」
 魔王が途切れながらではあるが、皮肉った言葉を出す。
「ジャルート……?」
 エンとルイナはそこまでダメージというものを受けていない。それというのも、魔王が全力で防御結界を張り、さらにその身を使って防御したのだ。
「“勘違い……するな。奴を、斃す方法を失わないためだ”」
 見るからには魔王はかなりのダメージを負っているように見える。異界の勇者たちが放つ、最強の技を身に受けたのだ。無事であるはずがない。
「先にあいつ等をどうにかしないと……」
「“邪魔をするなら、殺す――”」
 魔王の殺気が、彼らに向けられた。完全に殺すつもりだ。
「んなことさせるかよ! ルイナ、なんかねぇか?!」
 慌ててエンがルイナに聞いた。それも当然である。召還された人物は皆、異界の勇者たちばかりである。ここで彼等が死ねば、いくら異界とは言え、歴史が変わったり、その世界が滅ぶかもしれない。
「これで、なんとか……」
 ルイナが取り出したのは、赤い粉が詰められている瓶。
「覚醒剤『ザメ覇陣(はじん)(ソウル)
「か、覚醒剤ぃ?!」
 調合薬の名前に、エンが間の抜けた声を出した。
「麻薬、ではありま、せん」
 一種の催眠術をかけられている状態にある彼等の意識を完全に覚醒させるための薬だとか。それにしては、やけに赤くて気味が悪い。
「“くだらぬ。殺せば済むことだ!”」
 覇魔牙の剣を振りかぶり、彼らを斬り裂こうとした瞬間――
 エンは何も恐れず、というか何も考えず、ルイナの薬を取って投げつけた――。


「く……! 武神空流、奥義、『斬閃劉牙光(ざんせんりゅうがこう)』!!」
 一瞬で魔物を斬り裂いた――はずだったが、入りが浅かったのか、まだ生き延びている魔物が多数。疲労と焦り、そして魔物が強くなり始めたせいか、一撃のもとに葬るということができなくなっている。押寄せる魔物が、確実に強くなっているのだ。増える一方で、さらにはそれを一人で応戦するしかない。
 まだ魔法力が残っているが、最初のうちに魔法を連発したせいか、それとも『力』を使った反動か、あと数発打つだけで品切れになるだろう。
 師匠譲りの武神空流の剣技があるのだが、それだけでこの数を切り抜けられるとは到底思わなかった。理由は、武神空流の剣技は少量ではあるが魔法力を消耗するものが多いからである。
「まだ、まだじゃぁっ!!」
 スレイヤーソードを振るって、今度こそ魔物にとどめを刺す。そして、そのころには魔物が数倍増えていた――。

「来るなっ、来るなぁっ!!」
 『Xプロー2ON』を二回投げて、やっとその魔物を斃すことができた。エードは冷や汗をかきながら魔物を斬りつけていた。明らかに斃すのに時間がかかりすぎているのだ。
「ケン! 早くしろぉ!!」
 貴族というのは、どうも境地に陥ると混乱するタイプが多いらしい。エードもその一人ということだった。
 エードの叫びも虚しく、魔物が押寄せた――。

裁きの風爆乱舞(ジャッジ・ウィンクスプロージョン)!!」
 風の爆発が十字に魔物どもを斬り裂いた。以前、ジルという魔物に対して使った技で、その時は大したほどのダメージを与えることはできなかったが、本来はとてつもなく強力なのだ。その証拠に、かなり強いと思われる魔物を数匹、この一発で葬った。
「ふっ、はっ、ふっ――――」
 低く、早く、荒い呼吸。大技だけあってかなり疲れるのだ。
 ただ数匹斃すだけでは解決にならない。
 息を整えた頃には、魔物が数倍になって押寄せていた――

「まだ、なのか」
 さすがに四人で戦っている分、彼らはまだファイマやエード、ミレドほど疲労はしていなかった。だが、この方角にちょうど他の場所より強い魔物が集結したのか、簡単に斃すということができなくなっている。現に、アリーナの表情もかなり強張っている。
「く、ライデイン!!」
 押寄せてきた魔物に、聖なる電撃を打ち出した――。
 ゴ、ゴゴウ!
 少し音がずれて、二回の轟音が響いた。
「――え?!」
 ライデインが、二発分落ちたのだ。
「大丈夫ですか〜?」
 見なれない、白髪の少年が三匹の魔物を伴ってこちらに向かってきた。
「うっひゃ〜、すげぇ数だな。アルス、早く退治しようぜ!」
 いつの間にか、前線に二人の少年が立っていた。まだかなり幼いように見える黒髪の少年が、金色の瞳を危険に煌かせ、隣のアルスと呼ばれた少年に笑いかけていた。
「うん。行くよ!」
 アルスという少年の剣に光が宿り、ぼさぼさ黒髪の少年に電気が溜まった。
「ギガスラッシュ!!」
「ジゴスパーク!!」
 轟音を立てて、まだ暗い夜闇に光が照らしだされた。
「うわぁ、凄ぉい! ねぇねぇシフォンもあれくらいやらなきゃ!」
 アリーナが無茶な要求をしてきたが、それは無視することにする。
「さあ、僕たちも行くよ。わたぼう!」
 先ほどの、白髪の少年が魔物たちに呼びかける。見たことの無い魔物ばかりだが、どことなく知っているような気もする。
 そして、その三匹から強力な魔法や特技が打ち出されたことなど、語る必要もないことだった。

「おぬし等……」
 疲労の色が濃い状態ではあるが、はっきりとファイマの顔には驚愕が見て取れた。
「お久しぶりです。え〜と、ファイマさん、でしたよね」
 時空の穴の件で最初に出会ったアレフだ。そして、目の前で剣を振りまわして呪文を唱えて呪文を唱えつつ剣を振りまわしている三人組は、その次に出会ったアレン一行である。
「何故ここに……?」
「手助け、ということです」
 そしてアレフも魔物たちに雄叫びを上げて斬りかかって行った。どことなく、アレフとアレンの戦闘の『型』が似ているのは気のせいだろうか。
「ふむ、まぁいいか」
 助力を受け入れ、ファイマも気を取り直して剣を握る手に力を込めた。

「え〜と、エードさん、だっけかぁ?」
 無精髭をはやした僧侶に、エードは情けなくも泣きそうになりながら頷いた。
「助かった! さぁ、魔物を共に打ち払おう!!」
 と言いつつも、エードは少し後方にいる。
「まったく、情けないね。それでもエンの仲間かい?」
「クリス、そう皮肉るなよ。彼も、結構な数を斃しているじゃないか」
 そうだけど、とクリスはアレルに言おうとしたらしいが、結局何か言いかけて止めた。
 だが結局、アレルとクリスとモハレとリザが戦うのに対して、エードは完全に観戦を決め込んでしまった。

「いやぁ、ミレドさん。先日はどうもどうも」
「今それどころじゃねぇんだよっ!!」
 ご丁寧に挨拶を送られたが、それを返すほどミレドに余裕というものがなかった。
「ぼくたちも手伝うからさ、心配しないでよ」
 まだ七,八歳の子供に心配するなと言われても、説得力の欠片もなかった。
「とにかく、手伝ってくれるんなら、ガキでもなんでもいいぜ」
 ミレドは呼吸を整えると同時に、三人で魔物と戦った。
 アンディは、観戦一方ではあったが――。

「今度こそ行くぜ!」
 エンがセアルディルドの後ろに回り込んだ。と言っても、それなりに距離があり、以前ギガ・メテオ・バンを使ったときと同じくらいだ。そして、そのセアルディルドを通り越した先には魔王ジャルートがいる。
 あとは、互いに魔法を放つだけだった。
 さすがのセアルディルドも危険を感じたのか、攻撃に転じようとしたらしい。それを防いだのは、地面から噴き出した五芒星だ。半透明色の黒い光が筒状に五本伸びて、それらを繋いで五芒星にしてあるのだ。
「“厳重な結界だ。動きをしばらく止められる”」
 それでも、さすがというか何というか……。セアルディルドはそれを破ろうとしたのだ。そこで役に立ったのがルイナの魔法。
「流れ行く雨 落ち行く雨 力強き雨 上がる雨 雨は消ゆ 消ゆと共に 産まれ出でる 強靭なる精霊 逞しく降り注げ 『力量(フォース・)増幅(フォール・)聖雨(レイン) 』」
 彼女にしては長い言葉だ。やけに珍しいので、雨でも降るのかと思いきや本当に雨が降った。だがそれは魔法的な、不自然な雨だ。雨に触れた五芒星の防御結界の色が濃くなった。半透明だったものが、真っ黒になったのだ。
 どうやら魔法効力を増大させるものらしい。
「“今のうちだ”」
 言われなくとも、エンには分かっていた。
「暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋――」

――忘れたわけではあるまいな!? お主はギガ・メテオ・バンを使い、瀕死の挙句に記憶喪失になったのだぞ! それ以前に、制御に失敗した場合、創造召喚されたダルフィルクが暴走し、世界は破滅する。セアルディルドとダルフィルクのうち、どちらが勝っても結局は意味がないであろう!!――

 ファイマの言った言葉が、一字一句全て思い出させる。危険な賭けであることには変わりがないのだ。しかしやらねばならない。それ意外に方法がないのだから。

「――我、聞くは魔界の紋 我、見るは絶望の紋 我、言うは滅亡の紋 我、知るは神の紋 その紋は我が紋と汝の紋 その紋は究極の紋にして禁じられし紋――!」
 四つの火炎球に、新たな五つの火炎球。それが混ざり合い――
「我解放するは―――」
 ルイナがとばっちりを受けないためにこの空間から離れた。
「――ギガ・メテオ・バン=I!」
 ヒュオウ――
 ――――――――――――。
 ――――――――――――。
 一瞬で、辺り一帯の世界が無音になった。

「エン!?」
 ファイマが穴の方向を見た。

「ケン!? ルイナさん!!?」
 わざと名前を間違え、穴の方向をエードが見た。

「あいつ!?」
 ルイナの身も心配しながら、穴の方向を見た。


 ――。
 無音の世界の夜。夜空が、真昼のように明るく照らされていた。
 ――。


「……う……」
 巨大な爆発――言葉では表わせられない大きな『力』を打ち出した本人の第一声である。
 だが、エンにはどうなったのか分からなかった。気付いたらギガ・メテオ・バンを使った場所に倒れ込んでおり、目を開けた所にはルイナの顔があった。頭はルイナの膝枕の上に置いてあるようだ。
「ルイナ……。どうなったん、だ?」
 自分の頭を乗せている女性に尋ねると、ルイナは別に何を言うわけでもなく目を伏せた。
「……?」
 何とか立ちあがり、辺りを見ると、セアルディルドは既にいなくなっていた。
 魔王ジャルートや、押寄せていた魔物も姿が見当たらない。
 そして聞いた話によると、シフォンら異世界の人間も消えていたらしい。

 ……。



-異伝章・十伝説-
エピローグ



 
――闇。
「魔王様?」
 氷魔将軍ネルズァが闇に訊ねた。
「“――『準備』はできたか?”」
 魔王ジャルートは薄らと目を開けて聞き返す。ネルズァの予測していなかった返事だ。
「いえ、まだですが……。それよりも『封印』は……?」
「“問題無い。消滅した”」
 それだけを言って、目を閉じた。
 同時に闇が消え、闇の紋たる空間は、ただなにもない空間と変わった。
「……?」
 納得がいかなかったが、とりあえずネルズァは自分の紋へと戻る。
「まぁ、良いか……」
 消滅したのなら、それはそれでいいのだ。もう何を心配するわけでもなく『準備』に取りかかることができる。
 聖邪の宝珠。それを今使って、とある準備をしている。延々と使用中なので、魔王ジャルートは『封印』との戦いで用いることができなかった。もし、聖邪の宝珠さえ使えていれば、わざわざ人間の手など借りずに済んだのだ。
 人間の手など――。


 ――光。というより、昼。
「だぁかぁらぁぁ! オレもよく解らねぇんだってば!!」
 説明をせがまれているエンはそれだけを言って、目の前の鳥肉を掴んだ。
「よく解らないはずがないであろう!」
 そう言いつつ、ファイマはフォークで二、三枚の肉を一気に突き刺して口へ運ぶ。
「ホントだってば。なぁルイナ〜、お前はなんか知らねぇのか?」
「よく、見えません、でした、から」
 冷静に、というか普段通りにルイナは茶を啜りながら答えた。
「……マジかよぉ?」
 最後の手段を絶たれたような、そんな感じでエンは悲しみながらも食べ物を口に運ぶ。
 エンは本当に覚えていなかったのだ。気付いたら、誰もいない状態になっていたのだから――。
「そういえばよぉ、結局エルマートンって名前、何だったんだろうな?」
 ミレドは葡萄酒を煽りながら、ぼそりとそれを呟いた。その呟きは、他の四人にしっかりと聞こえていたらしく、全員の動作がピタリと止まる。
「あ、あの……そのことなんですが……」
 魔物の言語を知るエードが、おずおずと手を挙げる。エードは彼の不良っぷりを恐れているせいか、かなり怯えている。仲間とはいえ、いつもながらかなりの他人行儀なものだ。出会った当初は、まだ対等以上というか、下の者に対するような口であったのに、今ではこちらのほうが身に染みているらしい。
 そんなミレドの鋭い視線を受けて、エードはぼそぼそと答えた。
「あの差出人の名前……ガネルが書くサインの『形』だったようです」
「はぁ?!」
 ルイナを除く全員の声が揃う。
 さすがのガネルも言葉は話せても文字は知らなかったのか、適当と思われる形が偶然魔物の使う文字の形と同一だったのだ。ただ、それだけである。
「んだよ、マジで下らねぇ……」
 残った葡萄酒を煽り、ミレドは面白くなさそうにそっぽを向いた。


 ――闇。
「“(まさか、制御できるとは、な……)”」
 魔王ジャルートは闇の中で多少焦りという感情を抱いていた。
 エンは覚えていなかったが、彼はギガ・メテオ・バンを制御したのだ。『本当の意味』でのギガ・メテオ・バンを――。その反動で一時の記憶が喪失するくらいはあるだろう。以前は不完全な魔法を使ったせいで完全な記憶喪失になったのだ。
 だが今回は違う。本来の力を使ったせいか、予想以上の事が起きたのだ。実際、エンは全ての記憶を失うということはせずに、一時の記憶がないだけで済んでいる。無事と言える範囲だ。
 そして無事とは言えないモノ――。それがセアルディルドだ。
 完全なギガ・メテオ・バンに対して、ジャルートがビッグ・バンを打つまでもなかった。エンの完全なギガ・メテオ・バンでセアルディルドは消滅したのだ。
 他の異世界にいた者も消えたのは、セアルディルドが消えたからである。召喚という形で彼らはこの世界にいたのだ。召喚主が消えれば、召喚された者は元の場所へと戻る。既に元の世界へと帰っているだろう。
 それを見て、すぐにあの場所をジャルートは立ち去った。そうでないと、自分も被害を受ける可能性があったからだ。その証拠に、セアルディルドが呼び寄せた魔物たちが一瞬で消え去った。もしかしたら、自分もそうなっていたかもしれないのだ。
「“(だが、どういうことだ――?)”」
 以前は制御できていなかったのに、今回はできた。一体、以前とは何が違うというのだろうか。
 何が違うか、エンが先に気付いたらさすがに厄介なことになる。こちらが気付いていれば対抗策を練ることができるのだが……。
 とりあえず、聖邪の宝珠が使用可能になれば防げるかもしれないが、さすがの聖邪の宝珠でも無理かもしれないという考えが浮かんだ。
「“(……)”」
 自分の脅威になるもの、勇者ロベルと、世界魔精霊セアルディルドは消したつもりだったが、また出てしまった。己に対して脅威となるものに。
 そのことに苦笑しながら、今は静かに時が流れた。


それからもエンたちは冒険を幾度も繰り返し、やがて……。
「んじゃ、そっちも頑張れよ」
 別れ道でエンがルイナに言う。ついでに、その後ろにいるミレドにもだ。
 炎の精霊と、水の精霊に関する情報が入り、そのことで、エンたちは二つに分かれることにした。時間が惜しいという意味でもあり、また効率を良くするために分けたのだ。
「ミレドさん。ルイナさんをお願いしますよ」
 エードが名残惜しそうに言う。なんとしてでもルイナのほうに行きたかったらしいが、ファイマが無理矢理エンの方へと引っ張ってきたのだ。自分の目の届く範囲に置いておきたいらしい。ならばファイマとエードの二人で行けば、というのは無理なことである。
 ルイナに仕えているミレドは必然的にルイナのほうへ行ってしまう。そうなると、残りの二人がルイナにつくわけにはいかなくなる。
 エンを一人にすると、あらゆる意味で不安なのだ――。

 そして、彼らは旅立った。始まりの終わりに向かって――。

 時空の穴の事件は、ようやく本当の意味で全て終了したのだろう。


 ――。
「なーんだ。あの精霊、斃しちゃったのかぁ。それじゃあ、あの二人は器としては充分な証拠ってことだね。でも、どうだろうなぁ。あの人、気難しいし。まぁいいか、頑張りなよ♪」
 炎水龍具の別行動開始を眺める青年が、面白そうに微笑んでいた。
 ――。

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