-異伝章・八伝説-
一時のみ コンビ結成 最凶の




 白い炎が消えた。
 それは収まったというほうが正しいのだが、見る限りでは消えるようになくなったのだ。
 そして、そこにあるはずの山すらなくなっている。
「あそこまでいけるか、ルイナ?」
 エンの質問に、軽く彼女は頷いた。
 水龍の鞭から出された旅の泉の水で、エンたちは炎が巻き起こった周辺にまで一瞬で移動する。
「うっわ、こりゃひでぇ」
 というのはミレドの感想である。
 山があっただろう場所は、大きな穴と化していた。
 むしろ、突き出していた山が逆方向になったという形である。上からみる図はまさに蟻地獄。そして、そこに落ちた蟻を喰らう役目をするのは、一体の魔物。
「なんだ、あいつは……?」
 魔物の言語を習得までしている、まさに魔物博士のエードでさえ、その魔物には見覚えが無かった。
 左に黒、赤、黄、翠、金。
 右に白、青、茶、無、銀。
 それぞれの色をした計一〇枚の羽。腕には羽と同じ色と数のブレスレット、ただし色の位置が左右逆。光の色と、闇の色を放つ角が左右に一本ずつ。纏っている衣は布のようだが、なにか違うような感じだ。眼は角と同じ色をしているが、これも左右逆だ。
「“オォォオォォォオォォォォオォォォオオオォォォオオォォォオォォ”」
 それは咆哮か、苦しみの悲鳴か。いや、これは声だろうか。空気の振動のようにも聞こえる。
「“ォォオオォオオオォォォオオォォォオオォオォオォオオオォォォォォ”」
 再び、声を発する。しかし、それを声としてとっていいのかは判断できない。
「魔物、なんだよな……?」
 中央に佇むそれを見ていて、最初に声を出すことが出来たのはエンだった。
 そして、エンの疑問はこの場にいる全員の共通の疑問だった。
 魔物を超越した『生物』……いや、生物ですらないのかもしれない。そう云ったほうが、納得がいく。そんな気持ちを抱いているのだ。だが、その魔物を超越した生物は、なんと呼べば良いのだろうか。神か、魔王か、それとも魔神か悪魔か?
「シフォンたちは、ここにいてくれ」
「僕たちも行くよ」
 見るだけで震えてしまう相手。そんな脅威的な相手に、異界の者を巻き込みたくはないのだが、彼らは納得してくれないようだ。足が震えているのが、こっちは分かっているのに。
「……オレらがしくじった時に、後ろから逃走できるようにしといてくれってことだ」
 こうすれば、彼らもある意味戦闘に参加することになる。その気になれば、かなり後方ではあるが魔法で援護もできる。唯一接近戦タイプのアリーナは面白くなさそうな顔をしているが。
「わかった、気をつけてくれ」
「エン、パーっとやっつけてきてよ!」
 シフォンたちに見送られて、エンたち『炎水龍具』は『それ』に向かって行った。

<br> 「斃しちまっていいんだろ!」
「うむ、師匠から、あの山から何か出た時、世界の総力を上げてでも斃すべきじゃと言っておった!」
 各々が武器を召還、抜き出しながら、『それ』に向かう。
 当然『それ』もこちらの行動に気付き、戦闘の意志があることを察したのか、『それ』も戦闘の態勢に入った。
「いくぜ速攻だ! 『連・瞬・激・爆』! フレアード・スラッ――」
 火龍の斧が光、連続的な激しい爆発の威力を込めたFSが一瞬で『それ』を斬り裂く――はずだった。
「うぃい?」
 なんとも間の抜けた声を出しながら、エンは真上に飛んだ。まるで見えないクレーンで吊り上げられたように、唐突に強制移動させられたようだ。ダメージがあったわけではないが、妙な身体の自由が効かない。
「いかん! エン、それは魔法じゃ!」
 気付いたときは遅かった。重力に従って、いや数倍の重力が込められエンが落下した。
「うぐぅ、あっ」
 背中を勢いよく叩きつけられ、肺の中の酸素が瞬間、全て吐き出される。
引策光線魔法(トラクタービーム)か!?」
 その様子を見てミレドが魔風銀ナイフを両手に握り締めながら思い出す。
「ミレド!!」
 ファイマが叫ぶが遅かった。
「な! ぅがぁっ!?」
 地面から、拳が現れた。その拳は地面から作られたもので、大きさはミレドより少し小さいくらい。だが、その威力は半端ではなかった。身軽さを誇る彼は、それを避けることができずにかなり後ろへと吹き飛ばされた。
 地面を操り、攻撃を仕掛ける地属性の魔法。大地硬質拳(グレイブナックル)というものだと思うが、実在するとは思っていなかった。
「ミレドさんの仇っ!」
 エードが白金剣を振り上げる。彼の剣の軌道になるだろう先には、『それ』の頭がある。
 避けようとしたのか、移動する仕草をみせた。だが、『それ』の動きは止まってしまう。ルイナの水龍の鞭から伸びた水が、『それ』を捕らえたのだ。エードの剣が、少し移動した『それ』の胸板を斬る。
「よし、今じゃ」
 ファイマが召還しているのは、自分が持つ中で最も攻撃力の高い無属性の剣。ちなみに自作であり、スレイヤーソードと名づけている。
 エードは大振りしたため、彼が少しの硬直状態にある一瞬、それは放たれた。
 二度に渡る会心の一撃。しかし『それ』は何の痛痒を見せた様子はない。
「あっ」
 彼女の声が聞こえた。
「ぐぁっ!?」
 彼の声が聞こえた。
「ぐぉぁっ!?」
 自分の声が聞こえた。
 ルイナは、『それ』が放った火球呪文(メラ)に倒れたのだ。そして、エードは爆裂呪文(イオ)を打ち出され、それが直撃した。ファイマは真空呪文(バギ)を受けてしまった。三つの魔法を、同時に『それ』は打ち出した。
 全員が、それぞれ一つの魔法で地に伏したのだ。初級魔法であるにも関わらず、『それ』が打ち出す魔法は上級以上の威力を見せた。これはもう、精霊魔法ではない。リリナしか使い手がいないはずの『魔術魔法』だ。
 魔力に比例して威力が上昇する、恐るべき魔法。
 そこからさらに『それ』が追い討ちをかける。
 地面が揺れた。傷を受けた身体には、深刻なダメージを与える地震だ。
破壊振動地震(アースクエイク)じゃと?! なんなんじゃ、あやつは!?」
 ルイナが全員の回復をしようと水龍の鞭を握るが、『それ』は回復の時間すら取らせてくれなかった。大地が揺れ続け、行動そのものを封じられる。
 とどめとばかりに、『それ』の羽が全てその色に光り、そこから魔法が飛び出した。
 黒い玉、赤の玉、黄の玉、翠の玉、金の玉、白の玉、青の玉、茶の玉、無の玉、銀の玉。それぞれの色を表す属性の魔法が、玉に凝縮されているのだ。
 それらが、一斉に打ち出される。


「ったく、よぉ……危な、かった、な……」
 エンが息切れしながら安堵の息を吐く。しかし、とりあえず逃げることに成功したとはいえ、安心できるとは思えない。『あれ』はまだ肉眼で確認できる場所にいるのだ。
「あやつ、ここまでは来ぬのだろうか?」
 穴の中心を見下ろしながら、ファイマは治療を受けていた。いまのところ、『あれ』は動き出すような様子はない。
「エン、大丈夫?」
「なんとか、な」
 この中で、エンが一番重傷を負っていた。一応、今では心配するアリーナに対して軽い口調で返事が出来るくらいまで回復している。
「あまり、無理は、しないでくだ、さい」
 と先ほどルイナに叱られた。叱るときも無表情ではあるのだが、殺気が篭もっていたのをエンはしっかりと感じ取っていた。
『あれ』が十個の魔法を打ち出したとき、エンは全員を回収した。『回収』のF・S(フレアードスラッシュ)というのをダメでもともと、といった感じで打ち出したのだが、エンの期待に上手く応えてくれた。仲間が一つの場所に集まり、そこからキメラの翼を使う。たまたま持っていたのが、役に立ったのだ。
 飛び立つまでの数瞬、エンが飛んできた魔法を全て受けることになった。十の魔法全てを受けたわけではないが、一発一発に極大魔法の力が凝縮されているその魔法球を数発受けてしまったのだ。
「ダメです。全く見えません……」
 水晶玉と睨めっこしていたミネアが、溜め息とともに言った。彼女は始終『あれ』の正体が占いでわかるかもしれないので試していたのだが、何度も占った結果は無でしかない。なにも見えないのだ。
「ホントに、なんなんだろうな?」
 向こうから仕掛けてくる様子もない。たまに吼えるだけ。こちらから仕掛けたら向こうも攻撃してくる。そしてその強さは有り得ないほど。
 エンの疑問に答えられるのは、この場にいる人間には答えられないものだった。今は亡きガネルなら何かを知っていただろうが、斃したのは自分たちであり、自身の放った古代魔法と共に塵と化している。
 答えられる人間は、誰一人いない。人間は――

「“鼠が、こんなところにもいたか……”」
 聞き覚えのある声。低く轟き、威厳のある声。一見、人間の美男子に見えるが、それを否定するのは青い肌と長い耳に二本の角、そして圧倒的な魔力と瘴気。
「っ!?」
 シフォンたちは持ち前の勘で感じ取ったか、無意識に武器を構える。
『炎水龍具』たちは目を見開くばかりだが、エンだけは違う。歯を食いしばり、手を握り締め、目の前の恐怖を睨み据えている。
「……ジャルート……」
 この世界の魔王、ジャルート。
「お前、何しに来やがった」
「“『封印』を斃しにだ。主等は邪魔だ。消えよ”」
「『邪魔だ消えよ』だぁ? ふざけんなっ! だいたいなんだよ『封印』って! 『アレ』のことなのか!? オレは生憎『アレ』を斃さねぇと気がすまねぇんだ! 邪魔なのはテメェだ!!」
 魔王相手に、しかも一度負けた挙句に殺されかけた相手に対して、なんとも見事な喧嘩口調。ここまでジャルートを相手に言いまくることができるのは、世界でエン一人だろう。
「“『封印』の力を知らぬと見た。ならば、やはり邪魔だ”」
「その『封印』の力ってのを知れば邪魔じゃねぇってのかよ!?」
「“………………そうなるな”」
「……そうなのか……?」
 わざわざいちゃもんつけたのに、あっさりと肯定されたことにさすがのエンも少し口調が変わった。
「つーか、封印ふーいんフーインって、……『あれ』はなんなんだ?」
「“一言で言えば『世界』。世界そのものを複製された、究極の精霊”」
「は?」
 エンがなんとも間の抜けた返事をしたが、ジャルートは気にせず『あれ』を見て言葉を続けた。
「“『封印』――いや、セアルディルドという名を持つ精霊は、この場所で永遠に等しい眠りについていた。世界を吸収しながらな”」
 なぜそのようなことが可能か、と聞いても、それがセアルディルドの力だという答えが返ってきた。
「“ヤツが目覚める条件は、強き『力』。それも半端ではない、な”」
 ガネルはセアルディルドの封印を解こうとして、世界中にいる最強の称号を得た者たちの力を求めたのだろう。
「一つ聞く。そのセアルディルドというやつに、世界を変えるほどの力はあるのか?」
 ファイマがガネルから聞いた一言。――世界を変える、と
 それを気にしていたファイマが魔王に聞くと、ジャルートは嘲笑しながら答えた。
「“ある。有りすぎる。世界を変えるどころか、今の奴は崩壊に導くだろうな”」
「……もしかして、お前があれを斃そうとしているのって世界が壊されそうだからか?」
 エンの疑問は的を射ていた。そうだ、とジャルートは答えたのだ。
「それにしても、そんなやつが目覚めさせるほどの力があったんだな、皆……」
 『皆』とは、もちろん黒霧の犠牲となった者たちである。
「“そのような弱力で『封印』は簡単に解けぬ”」
「なっ!?」
 ジャルートの言葉は、さすがに全員の反感を買った。無論、もともと仲良くするつもりなど毛頭ないし、相手も隙あらばセアルディルド共々滅ぼしてやろうとさえ思っていたのだ。
 エンが怒っているのは自分の言葉を否定されたわけではなく、彼らの力を『弱い』と言われたことが頭に来ているのだ。
「“本来の原因は、我と貴様に在り”」
 その言葉に、エンの動きが凍りついたように止まる。
 魔王の言葉の意味を聞くまでもなく、自分にはそれがなにかわかった。
 計り知れない魔力で討ち放たれたビッグ・バンと、それを越える魔法のギガ・メテオ・バン。エンとジャルートがそれを打ち、二つの魔法は混ざり合って爆発を起こした。それは爆発というより破滅。全世界に影響を及ぼすものとなった。
 そして、その『力』に反応して、セアルディルドの封印が解けかけた。
「“封印を解くことに必要なことは、異界のエネルギー……”」
「じゃ、時空の穴まで開けちまったから、アイツが復活したのか?」
「“時空の穴? 異界への穴のことか。……あの破滅の力に、異界への穴を開ける作用は持っていない。封印が解けかけていたモノが、我等の所為で活気付いたセアルディルドが穴を開けたにしかすぎないのだろう”」
 異界のエネルギーといっても、簡単なものだ。異界の住民がこの世界にいるだけで、セルディルドは異界のエネルギーを取り込むことが出来る。
 世界精霊なだけあって、このルビスフィアからは栄養を摂取できないのだろう。確かに、己の手や足を食って栄養になるわけがない。だから異界のエネルギーとなる異人が必要になったのだ。
 だが、エンたちが時空の穴を全て塞いでしまったので、不完全な状態になってしまったのだ。だから、セアルディルドは時を置いて再び時空の穴を一瞬だけ開けた。アリーナたちがここにいるのもその所為だ。
「ん? 異界のエネルギーって、オレたちはどうなるんだ?」
 エンとルイナはルビスフィア世界の人間ではない。
 ならば、その力でもっと早い段階で封印の解除が成されているはずだ。
 だがジャルートの話によると、ビッグ・バンとギガ・メテオ・バンの衝突により発生した力がセアルディルドの完全封印を、完全なものにしなくなったとかで、要するにそれまではエネルギー摂取ができるほどセアルディルドは動けなかったのだろう。
「アイツを……セアルディルドを斃すことはできるのか?」
「“可能だ。『封印』と『復活』は常に諸刃。復活と同じ力をぶつけることにより、再び封印することができる。いや、斃すこともできるのだ”」
「……ちょっと待て。同じ力ってことは……」
「ギガ・メテオ・バンをエンに使わせる気か?!」
 エンの言おうとしたことを、ファイマが続ける。それは、全員が思ったことだ。
「“そうだ。それ以外に、斃す方法はない”」
 かつてセアルディルドを封印したのは、それと似た力だったらしい。今ではそれがどのようなものだったかは検討もつかず、確実に封印できる力は一つしかない。
「……ま、それ以外に方法がないんなら、いいか」
「魔王に利用されているのを、気付かぬのか!」
 ファイマの激昂に、エンは真直ぐと見返した。
「そうだけどさ、それしか方法はない。それにファイマ、責任は取れって言ったよな。だから、オレはその役目を果たすだけさ」
 気楽にエンが言った。その言葉に、ルイナと事情を知らないシフォンたち以外の表情が激しくなる。
「忘れたわけではあるまいな!? お主はギガ・メテオ・バンを使い、瀕死状態の挙句に記憶喪失になったのだぞ! それ以前に、制御に失敗した場合、創造召喚された魔王精霊ダルフィルクが暴走し、世界は破滅するやもしれぬ。セアルディルドとダルフィルクのうち、どちらが勝っても結局は意味がないであろう!!」
 早口でずけずけと言われ、しかしエンは笑って答える。
「大丈夫だって。なんとなく、だけどな」
「テメェが大丈夫でも、俺様たちが無事じゃねぇかもしれねぇっての……」
 ミレドの言う言葉には、世界全体を表しているのだが、エンはそれに気付いた様子はない。
「せ、世界の命運が掛かっているのだぞ? それを、そんな軽い気持ちで……」
 そういえば、エードは始終震えている。言葉にも怯えの色があるのは、魔王が近くにいるからだろうか。ジャルートが気を向けているのはセアルディルドだが、それでもかなりの殺気と瘴気だ。震えるのが当然である気がする。
「…………」
 ルイナは無言でエンを見つめている。
「…………」
 エンはそれを無言で見つめ返した。視線が合い、互いの瞳が良く見える。
 ルイナの瞳は大きく愛らしく、茫洋たる海を思わせる色をしている。エンにはそう見えている。
 エンの瞳は強く、そして澄んでおり、青みのかかった黒だ。ルイナにはそう見えている。
「……」
 ルイナが目を伏せた。
「……」
 エンが口の端を歪ませて笑う。
 それがどういう意味かは、知る者は当事者だけだろう。

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