-異伝章・七伝説-
封印が 白き炎より 生まれ出ず
ガネルは笑いを堪えていた。その笑いは、愚かな者たちへ向けられるものだ。わざわざ向こうから集まってくるとは、なんとも馬鹿げたことだろうか。
「く、くく、ククク……クハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
それでも、愚かなる者たちの愚行を笑わずにはいられなかった。
「ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!!!!」
次々と生命力と魔力を喰った黒霧が集まる。
世界で最強と呼ばれるものたちのエネルギー。それは無念の怒りも含まれているのだろうか。
「ハハハハハハ、ハ、……ハ?」
その黒霧の中、立ち上がるものが数人いた。
あの黒霧は生のある者全てを喰らうはずなのに、その中でまだ生きている。有り得ないことだ。
目を凝らしてその人物を見る。翠の髪を覆うサークレットが、青白く輝き周囲の三人まで光が行き届いている。
「(誰だ……?)」
ガネルが知らないのは当たり前で、それはシフォンたちである。彼のもつ兜が、彼らを護っている。それは天空の兜という不思議な力が込められているのだが、ガネルがそれを知っているはずがない。
そして、その四人の他にも立ち上がる者が五人。
「な、なんだと!?」
「何、驚いてんだよ」
立ち上がったのは、赤髪の男と、青髪の女、金髪の男に、黒髪の男二人。
エン、ルイナ、エード、ファイマ、ミレドの五人。『炎水龍具』のメンバーである。
エンたちはパーティ会場で出された食事を一口も手に付けなかった。そのおかげで、食材に含まれていた黒霧の原料を体内に入れずに済んだのだ。他の誰もを騙すことができても、不思議な仕掛けの天才(?)であるルイナの目は誤魔化せなかったようだ。
彼女は予想にしかすぎなかったが、食べては行けない気がしていたのだ。その結果が、今生きていることになっている。
「こっちには天才がいるんでね!」
「何故、黒霧が奴等に向かわぬ!?」
黒霧はガネルを除く生のある者を全て喰らうはずだが、不思議な力で護られている四人はともかく、炎水龍具は光に包まれていないのに、黒霧が避けている。
「ま、これも天才のおかげとでも言っておくかな」
というより、ルイナのおかげなのである。
彼女が調合した『MAヨK'S』という薬を飲まされており、その不思議な効果で黒霧が向かってこない。
他の者にも一応飲ませておいたのだが、体内から発生した黒霧には勝てなかったようだ。
「……一つ聞くぜ。なんでお前は世界を変えようとするんだ?」
最早、骸骨と化した者たちを見ながら、エンはガネルに聞いた。
「……答える義理はないな。だが、答えてはいけないという義務もない。良いだろう、教えてやる。この淀み切った世界を!」
ガネルの目は、はっきりとした憎しみが見て取れた。それはエンたちに向けられてはいない。怒りの矛先は、この世界であった――。
それは、まだガネルが若い頃だ。
魔教というものを発案する前の時代、彼は考古学者として有名な存在であった。
ある日、いつものように遺跡調査を行なっていた時の事だ。
「――ガネルさん、今日の調査は終わりにしませんか?」
それはまだ幼さの残る女性で、薄翠色をした髪が印象的である。名をシズミと言い、ガネルの助手を務めている。
「いや、後少し続ける。君は野営所に戻っていて良いよ」
遺跡の壁を触りながら、次々と情報を記述しているガネルが答えた。この頃はまだ髪も黒く、若々しい。
「だったら、私もいます」
やや頬を赤らめながら、シズミは言った。
「ん? そうか。だけど、あまり無茶をしてはいけないよ?」
「ガネルさんがいれば、どんなことでも無茶じゃありませんよ」
ガネルは筆を置き、持つものが無くなった手をシズミの頭に乗せる。その手を後頭部に回して彼女の顔を自分の顔に引きつける。シズミは反抗することもなく目を瞑った。
二人の唇が重なる。それは一瞬のことだった。
「あまり私に心配をかけさせないでくれよ」
すぐにガネルは調査作業に戻り、筆を執る。諦めのような、安心したような、複雑な口調ではあったが、シズミがいることを認めたので、彼女は何をするわけでもなく近くに立っていた。
やがて、時間は刻々と過ぎていく。
「ガネルさん、そろそろ戻らないと、他の調査団の人に迷惑じゃないかしら?」
ガネルが調査を終える気になるまで待つつもりだったが、彼の性格を考えると、それは明日になっても終わらないと思った。それ故の発言だったが、彼は意外にもすんなりと肯定した。シズミに言われなければ時間のことなどすぐに忘れてしまう。
「もうこんな時間か……。そうだな。今日はこれくらいにしよう」
調査も良い所で一時終わったのか、とりあえず筆を走らせることを中断させた。
そして、調査団が野営している所へ戻ろうとした時である。
「ガネルさん……。待ってください……!」
シズミが指差す方向、そこに一つの不吉な影が確認できた。
「魔物?! バカな、この辺りには聖水を撒いたのに!」
「倒しますか?」
シズミは、一応冒険者である。もともと、護衛としてこの調査団に雇われており、今では随分と長い年月が経っている。
「いや、あれは……」
魔物と呼ぶには、不思議な『生物』だった。見た事のない魔物。その魔物が吠えた。シズミには聞こえなかったようだが、ガネルの耳にはしっかりと届いていたのだ。まるで、ガネルを誘うような、求めるような声だった。
魔物は奥へと消えてゆく。幻であったのかと呆然としかけたが、耳に在る残響音が現実である事を訴えている。
「シズミ君、ココにいてくれ!」
堪らず走り出したガネルを追おうとしたが、その言葉で止まってしまう。雇い主の命令は絶対。そう教わってきたし、自分もそうであるべきだと思っているからだ。しかし、未知の魔物の下へ走るガネルの姿を――愛する男性の姿を見送って、その背が消えると不安になった。だから、躊躇いはしたものの、シズミはガネルを追って走り出した……。
ガネルはすぐ消えた魔物に追いついた。
ソレは、白い鱗の龍だった。胴体が途中で消えている。切断などの類ではない。まるで空間に吸い込まれているような形である。
いや――
逆だ。
裂けた空間から、龍の頭が飛び出しているのだ。
「次元龍――!?」
噂に聞いた事がある。というより、詳しくには遺跡で発見した古文で見たことがあるのだ。この世界とは異なる次元に住まう、伝説の龍。御伽話の一つと割り切っていた伝説を、ガネルは目の当りにしていた。
「(ほぉ、我を知っているか――=j」
「な!?」
頭に直接、言葉が入り込んできた。まるで間接会話のように、頭に響く。
「(お主が触れてきた遺跡の数々が『器』を作り出したか……。面白い。コレを、持っていくが良い=j」
差し出されたモノを、ガネルは素直に受け取った。美しい水晶だ。それを受け取った瞬間、水晶は弾け飛んで消えた。だが、消えたと思われたソレは、ガネルの額に埋め込まれていたのだ。
「こ、これは?!」
何かを聞く前に、次元龍の姿は消えていた。
「どこだ! 次元龍よ! 大いなる時の龍よ!!」
ガネルの声に反応するものはいない。やがて足音が聞こえてくるが、それは決して次元龍のものではないだろう。あも幻獣には足などなく、あったとしてもこれほど軽々しいものではない。
「ガネルさん!」
予想通り、その音はシズミが追いかけてくる足音だった。
翌日。
とりあえず、額の水晶のことが表沙汰にならないために、バンダナを巻いて調査に赴いた。シズミにだけは真実を告げており、彼女は御伽噺としか思えない出来事を、笑いもせず真剣に事実と受け取ってくれている。
この日の調査の途中、再び魔物が現れた。今度は次元龍ではない。聖水を物ともしない、大型の魔物である。
遺跡に群がった人間を餌とでも思ったのか、手当たり次第に殺そうとているらしい。
シズミが炎の剣を召還ウェコールし、斬りかかるのを止めたのはガネルである。
「これは、どういうことだ?」
「(……?)」
ガネルは、ただ純粋に聞いていた。まるで、その魔物が昔の親友であったかのような声で。
「(お前は……=j」
昨日の次元龍と同じように、直接、頭に言葉が入り込んでくる。
「我々の邪魔をしないでくれ」
大型魔物は、しばらく黙った後、申し訳なさそうに帰っていった。
「……ふぅ」
「ガネルさん?!」
ガネルに最も速く近づいたのはシズミだった。
「やぁ、シズミ君。どうやら、コレのおかげらしい」
バンダナで隠している額を指して、苦笑交じりに言う。
次元龍から貰った水晶は、魔物と会話ができるようになり、意識の同調もできるようだ。魔物の考えも、こちらの考えもが同調し、一つのものとなる。その中で、ガネルは魔物になり、魔物はガネルとなった。あとは話しかけただけだ。言葉ではなく、魂で語り合った。そのおかげか、魔物は改心したのかどうかは知らないが、人間はもう襲わない、という一言を残して去って行ったのだ。
「これさえあれば……もしかすると、もしかするかもしれない」
あまりの興奮に、意味不明の発言をしたものの、シズミにとってはそれが嬉しく思えた。こうした未知を発見したときのガネルの顔は輝いており、シズミはそれが大好きだからだ。
やがて、年月は過ぎていく。
ガネルは遺跡調査を行なうだけではなく、魔物と共に過ごす機会が増えていた。魔物たちの間で噂され、有名になったガネルは、魔物たち一匹一匹の悩みや相談に乗ったりしているのだ。
「魔物は恐ろしく、忌むべきものとされているが、そうではない。種族が違うだけで、悩みを持ち、感情を持ち、生きようとしている。我々人間と同じなのだ。魔物が人間を襲うのは、これも人間的行為の一つだ。気に入らないモノを壊す。脅威となる相手を先に斃す。その対象が、人間だっただけだ。魔と人は、本来、共に過ごせるものなのだ」
ガネルはそう考えていた。シズミもそれに賛同してくれている。
その考えは、時が経つに連れて正しいと思われていった。それをまとめたのが、『魔教』である。
しかし、世間は認めてくれなかった。
魔物に、肉親を、恋人を、大切なモノを奪い壊された者たちが、ガネルの魔教は邪悪な宗教としか考えてくれなかった。数に不利があったのか、本当に魔と人は相容れぬ存在なのか、魔教を詳しく知らない者さえ、邪悪宗教という常識になっていたのだ。
ガネルは、常に石を投げられ全てから拒否されていた。
「待ってくれ! 魔物たちの……『彼ら』の言葉も聞いてくれ!」
「魔に貸す耳など持たぬ!」
ガネルに賛同していた者たちが一人、また一人とガネルの元を離れ、裏切って行った。残ったのは、ガネルの全てを知るシズミだけだった。彼女は今や、彼の妻となり、彼の子供も生んでいる。
「ガネル……」
シズミは思う。自分だけはついて行こう、と。自分の命を捨てたとしても、彼と道を共にしようと。
ああしかし、一途な、純粋で一途なその想いは、数日後に散る事になる。
――処刑。
ガネルは捕縛され、民衆の前での公開処刑が決定された。その当日である。
「罪人、考古学者ガネル・フィンファルス。汝は『魔教』なる邪悪な宗教を広め、人々を魔物の餌とした悪魔である! 魔物と契約をし、悪魔と化した男を、本日、この場で死刑とする!」
噂が噂を呼んだのか、ガネルが知らないことまでが事実として民衆に知られていた。
人間を、魔物の餌に――?
そのようなことをした覚えなどない。どこでどう噂になったのか、絶望の淵に立っていたガネルは、妙にその言葉が気にかかった。何故気にかかったのか、知ることはできないだろう。そんな時間など、残されてはいない。
「そしてもう一つ! 罪人ガネルに協力した重要人物も不穏分子と見なし、処刑する!」
「な、なんだって!?」
ガネルは自分が死ねば、もう周囲に迷惑がかかることもないと思っていた。シズミも、他の男を見つけて子共と一緒に幸せになるだろうと思っていた。だがしかし、それはただの予測でしかなかった。
「ガネル……」
両腕を束縛されたシズミが、処刑所に立たされた。ガネルの目の前に。
「か、彼女は関係無い! 彼女が死ぬことはないんだ! 死ぬのは私だけで良い! 頼む!」
「罪人の頼みは聞けぬのが規則だ」
「しかし――!」
ガネルは続きの言葉が出なかった。自分よりも先に、最期の言葉を残す有余さえ与えず、シズミの首が、愛した女性の首が、死ぬべきではない者の首が、宙を舞った。血飛沫という、装飾をかもしながら。
「……シズ、ミ……?」
全てが白紙になった。何も考えることができない。感情を何かに支配されたように、何も想わない。想えない。
――。
――。
白紙となった頭に、強制的に情報が流れ込んでくる。白紙となることで、知らなかった水晶の力を受け入れる事が出来たのだ。
「(そうか……)」
この水晶には、そのような力もあったのか。良いだろう、魔力を吸い上げ、それをあらゆるものに変換する力。人間は、誰であろうと微量な魔力を持っている。集まった人間から魔力を吸い上げ、私は生き残ろう。
「(人間が偉いわけではない。本来、地上とは魔物が住まうべき場所なのだ。人間から迫害を受けている魔物がいるにも関わらず、人間は魔を殺し続ける。人間を全て抹殺する。ああそうだ、そうだとも。人間が住まうべき地上というのならば、世界を変えてやる。世界を変えて、私は魔物として生きて見せる!)」
瞬間。
ガネルの首が飛んだ。
「あの時、儂は生きていた。前々から古代遺跡で調査していた『封印』を解くために、儂は力を貯め、今日と言う日までここで研究をしていたのだ」
誰もが黙っている。ガネルは、復讐を誓っているだけの人間なのだ。それの原因は、やはり人間である。複雑な事情を聞いた所為で、誰もが戸惑っている。
「……ダーマの職業に『魔物使い』や『魔物狩人』という魔物と会話できるものがある。もしやそれは……ガネル、お主の?」
「あぁそうだとも。人間どもは儂を迫害したというのに、都合の良い所だけを持って行き、あたかも自分が成し遂げたようにしたのだ!」
エードの肩が、ビクリと震える。知識を求め、魔物の言語を学んだエードにとって、ガネルは尊敬に値する人物であるはずだが、彼の言う『都合の良い人間』であって『恨みの対象』でもあるからだ。
ガネルの話が本当ならば、原因は過去の人間たちであり、彼はもしかしたら正しいのかもしれない。
「まあよいわ。これだけ集まれば、『封印』を解放するには充分だ。お前達は、消えて貰おう!!」
「消えてたまるかよ!」
火龍の斧を握り締め、エンが戦闘態勢に入る。考えれば考えるほど、わけが解らなくなる。
「もしかしたらお前は間違ってないのかもしれない。けど、間違ってないからって正しいとは思えねぇ!」
エンは考えるのが苦手であるので、どっちが悪いか判断が着かぬまま、とりあえず悩みを吹き飛ばすかのごとく暴れようとしたのだ。
それを、後ろのファイマがグーで殴りつけた。
「このド阿呆。さっきやられたばかりではないか」
そう、エンは一人で突進した挙句に返り討ちにされたのだ。全快しているとはいえ、同じことを繰り返そうとしていた。
「にしても、あの魔力の塊みないな野郎、どうやって斃すよ?」
ミレドが面白くなさそうに聞く。彼なりに怒りの感情を押し込めているのだ。さきほど散った者達の中には同業者もいたらしいので、仲間を失った怒りは爆発寸前らしい。
「やつは戦闘経験が少ない。それが鍵じゃのぉ」
「ナゾナゾみたいだなぁ。答えは何なんだよ?」
エンが難しい顔をしているのが、考えるの苦手なだけで決して怒っているわけではない。
「難しくいかないでいいんじゃよ。いつも通りにすればいい」
「いつも通りでさっきやられたぞ?」
「……」
未だ解っていないエンに対して、他の全員はハァ、とだけ溜め息をついた。しかしルイナはいつも通り無表情である。
「仲間を信じればいいのだ。行くぞ」
エードが剣を抜いて、走り出す。
「気をつけろ。失われた古代魔法も使うかもしれぬぞ!」
続いて、ファイマとミレドとルイナが戦闘態勢に入った。
「ん、ああ? ……おう!」
とりあえずいつも通りだろ、と自分に言い聞かせて、エンもガネルの方へと走って行った。
「愚か者が! 死ぬ順番でも話し合ったか!!」
額の黒水晶を輝かせながら、ガネルが両手にそれぞれの魔法を宿らせる。
「極大灼熱呪文ベギラゴン&極大冷気呪文マヒャド!」
左手から炎の魔法、右手から氷の魔法の二重攻撃。赤と青の塊が全員に迫る。
「『魔斬』のフレアード・スラッシュ!」
魔法を斬るF・Sフレアード・スラッシュを放ちはしたのだが、効果範囲は自分一人である。
「沈黙の雨サイレンス・レイン」
ガネルの頭上に、雨雲が発生して魔法封じの雨が降った。
「効かぬわ!」
魔力の波動を放ったのか、雨雲ごと雨は弾け飛んで消えた。
エードたちが必死でベギラゴンとマヒャドを防御したところに、ガネルの違う魔法が飛ぶ。
「卒! 爆呪! 風雲ザラ・イオラ・ストーム!!」
爆発が起きた。一発の威力がイオナズン並の連続的爆発。それは避けられるほどのものではない。
「どうだ?」
「僕たちを忘れるなよ」
その一言で、ガネルはハッとする。翠髪の青年のことを、すっかり忘れていたのである。
「招雷呪文ライデイン=I」
ルイナが出現させていたまだ完全に消えていない雲から、聖なる雷が降り注ぐ。
「っぐ、ぅ……」
「占い師を舐めないでね! 極大嵐交差呪文バギクロス=I」
「これでも食らいなさい! 極大火炎球呪文メラゾーマ=I」
双子姉妹がそれぞれの攻撃魔法を放った。
巨大な竜巻は火炎球をも巻き込み、それは巨大な炎の竜巻と化す。
「な、なにあれ?」
彼女等は自分で放った連携魔法にさぞ驚いたことだろう。この世界の法則により、魔法が合体したのだ。
「連携火炎嵐呪文メラゾロスか……」
額の黒水晶の輝きが強まる。
「だが、儂は死なぬ! 翔卒! 聖魔リフク・ルーン! 回生! 輪廻ベホウ・ザオル!」
メラゾロスの火炎竜巻が弾け飛び、逆にマーニャとミネアを襲った。続いて、二連続の魔法で受けた傷を癒すべく、黒水晶に魔力を注ぎ、生命力に転換させようとした。急いで回復の力を全身に巡らせる。次から次へと知らない呪文を使うガネルだが、それに立ち向かうのは赤い光。
「させねぇぇ!」
「ぬ!?」
赤髪の男――エンが、すぐ傍まで迫っていた。
「貴様いつのまに!?」
エンは炎属性の魔法耐性に優れているのも含めて、他の者よりも回復が早かったのだ。
ザラ・イオラ・ストームの影響は凄まじかったが、エードがルイナの身代わりとなり、ルイナは水龍の鞭で全員に水のバリアを張った。おかげで、威力が半減したのだ。
そこからすぐに回復呪文を全員にかけると同時に、ミレドとファイマがエンに俊敏呪文ピオリムをかけたのだ。
「どっちかが悪いとか解んねぇけどな! 仇は討たせてもらうぜ! 『重撃』の――」
「儂は死なぬ!! 移ルー!」
数メートルではあるが、ガネルが瞬間移動した。これも一種の古代魔法である。火龍の斧は、空を斬ってしまったが、他の者が既に捕らえている事実を、エンは確信していた。
「いただきぃっ!」
「えっ……?!」
振りかえったときは遅かった。ガネルの顔面に、回り込んでいたアリーナの飛び蹴りがマトモに入ったのだ。
「う、あ……い、痛い……、痛いぃ」
ふらふらとよろけて、顔を両手で覆う。
「今だ!」
エンの声が響いた。ガネルはそれを聞き、自らに危機が迫っていると察知して最大の魔力を振り絞る。
「く、おぉぉおおぉおおお!!! 古時! 滅魔卒マダン・テトラス!!」
両手で顔を覆っていたので方向が解らなかったが、最後に目を瞑ったまま、手を広げて魔法を放った。
古代の破壊魔法を。
「とりあえず、仇は討ったな」
火龍の斧を精神に戻しながら、エンは安堵の息をついた。
「それにしても、こいつはコイツでバカだな。魔法装置をぶっ壊しやがって」
見れば、ガネルの後ろにあった魔法装置は見る影もなく崩れ去っていた。最後にガネルが放ったマダン・テトラスは誰がいる方向でもなく、魔法装置がある方向へと飛んで行ったのだ。それでも、威力は強大であり、全員が多少の傷を受けてしまった。
「いや、わからぬ。もしや最後の力を振り絞って、全ての魔力を魔法装置に注ぎ込んだとしたら……」
回復魔法を受けながら、ファイマも穏やかなではあるが複雑な顔をしている。
「考えすぎだろ」
今はなるべく、不安になるようなことは避けたいがための発言であった。かなりの犠牲者が出たので、手放しに喜べる状況ではなかったが、それでも大きな敵を斃したことには変わりないので、やはり内心は歓喜に満ちている。
「まだ、だと、思います」
全員の回復を終えると同時に、ぽつりとルイナが呟く。
「え?」
どういうことかと聞く前に、察しが良い者は思い出す前に、魔法装置に圧縮されていた黒霧が、勢いよく噴き出した。
その黒い霧は、霧とというより光となっている。その黒光が天井に向かい、ぶつかると天井すらを壊してさらに上昇した。なくなった天井の上は、青空。
「なんだよ、あれ!?」
エンの声に答えられる者は、この時はいなかった。
黒い光が全て上空に飛び出し、一つの方向へ向かって飛び出した。
「さっきの占い!」
アリーナが占い師――ミネアといったか――を振り向きながら叫んだ。
そういえば、ミネアの占いでは『闇が消えるとき、更なる闇が生まれる』と出ていた。
「ルイナよ、上まで運んでくれ!」
ファイマが思い出したように言った。
ルイナが水龍の鞭から『旅の扉の泉』を出し、ここの真上まで瞬間移動する。
そこは、山の頂上だった。
山の中に、ガネルの研究所はあったのだ。見つからないはずである。
「ここは、東大陸じゃねぇか……」
「ミレドよ、それは本当か?」
「間違いねぇ」
確信に満ちた顔で答えを返す。そこは東大陸にあるヤンガス山脈の一つ、コネルト山である。
「先ほどの光、北西へと飛んで行ったな、そして占いにあった『白い炎』。ということは……」
ミレドに地図を召還してもらい、ファイマはぶつぶつと解析を続ける。
「間違いない。あの光……」
「どこに行ったのか分かったか?」
気軽に聞くエンに対して、ファイマは重々しく頷いた。その額には、幾つモノ汗がにじんでいる。
「どこだ?」
「……。――エルデルス山脈じゃ……」
シフォンたち以外の動きがぴたりと止んだ。
どれくらい、そうしていただろうか。エンが最初に元の調子を取り戻した。
「のんびりしてないで行こうぜ。あの光、放っといたら大変だしな」
エルデルス山脈ならば、全員が足を運んだことがある。ファイマなど、そこは故郷同然であるのだ。
急いで移転呪文ルーラをかけてそこへ向かう。
しかし、彼らのその行動は遅すぎた。
エンとルイナは以前ここに来たことがある。ミレドは、職業柄この場所に何度か足を運んだらしい。エードはファイマに会うために幾度もここに来ていたとか。ファイマはここで育てられ、ここで防具作りや剣の修行に励んだ。
北の山脈なだけあって、どれもが雪山という一種の芸術的光景である。
「…………」
そんな美しい山の中で、火を吹く山を見ていた。
いや、それは火ではないのだが、炎を思わせるほどのものである。
積もった雪が爆発して上空にぶちまけられている、簡単な説明ならこれで済むのだが、実際に見てみればその程度ではない。雪崩が上空に向かっている、というような、ともかく凄まじい光景なのだ。
「白き炎か。なるほど、確かにそうじゃのぉ」
今彼らがいる場所は、武器仙人のいた酒場の前だ。
そこから、近くの山がそうなっているのだ。
「師匠から聞いたことがある。あの山には、とてつもないものがある、と」
「なんだよ、その『とてつもないもの』って?」
エンの質問に、ファイマは目元を押さえて悔しそうに呟いた。
「聞こうとしたら、はぐらかされたわい」
「………………」
これはさすがに全員が黙ってしまった。
――闇。
そこは闇の中である。
「ジャルート様……」
小柄な魔物が、闇にいる大きな闇に呼びかける。
「“……どうした”」
「『封印』が、動きました」
「“そうか……”」
魔王の名をもつジャルートも、それはわかっていた。異界への穴が全て塞がれた後、一瞬だけ広範囲に穴が再び出現していたのを感じていた。
穴はすぐに消えたのだが、その一瞬で異界のものがこの世界に来ていたならば、『封印』が動くことは当たり前である。
「“マジュエルよ、ほかの者へ伝えよ。我が出る故、汝らは準備を続けていろ、と”」
「ジャルート様、貴方が出るまでもないでしょう!?」
「“『封印』は我が出ても勝てるかどうかも分からぬのだ”」
マジュエルは、いや、他の三人もそのことは知っていた。止めた理由は、もしそこでジャルートが討たれた場合のことを考えてだ。自分たちなら、聖邪の宝珠オーブで復活することができる。だが、それを操るジャルートがいなくなれば、意味がないのだ。
そして、今している準備も、魔王を亡くしては意味がないものと化す。
「“『封印』を討つためならば、我は手段を選ばぬ”」
ジャルートの目には、はっきりと意志というものが見て取れた。
「御武運を、お祈りします」
自分に言えるのは、それだけだった。それを悔やみならが、闇の紋をでていくジャルートをマジュエルは見送った。 |
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