-異伝章・六伝説-
今ココに 死すべきサダメの 者が逝く




「どうしてもやるのか?」
「当たり前じゃ。コレが仕事じゃからな」
 火龍の斧を構えたまま訊いたのに対して、向こうも水牙の剣を構えたまま答えた。
「これでお主と戦うのは二度目か」
 過去に一度、エンは彼と戦ったことがある。その時はバーテルタウンのソルディング大会準決勝で、勝ちを取ったのだ。
「一度オレに負けてんだ。今回も負けるだろうぜ?」
「いくらお主があの時より強くなり、そして『龍具』を手にしたからといって、ワシは負けぬよ。全力でやったら、な」
 そういえば、あの時も彼は手加減をしていたのだ。魔法の全く使えないエンに遠慮して、ファイマは攻撃呪文を途中から一切使わないことにしたのだ。もし全力であれば、あの時はファイマの勝ちになっていただろう。
「あいにく、今でもオレは負けるつもりはない!」
 言葉の掛け合いだけで時間が流れていくが、ただの言い合いではない。互いに機会を待っているのだ。相手が隙を見せる瞬間を。
 遠巻きに見ていた紅蓮赤鳳の三人。カアコを合わせたら三人と一匹ではあるが。彼らは動くことも、喋ることもできなかった。
 いつの間にか、向き合っている彼らも無言になっている。
 この緊張に、最初に堪えることができなくなったのは人間ではない。召喚されたカアコである。
 いきなり狂ったかのように翼を羽ばたかせたのだ。
 当然、それは二人の合図となっていた。

「『速・閃・連』フレアード・スラッシュ!」
 速い閃光が連続で迸った。
 一瞬の間に最低六回は斬りつけたはずだが、ファイマの呻きの類は聞こえていない。
「――瞬間の武器変換(ウェチェンジ)。冒険者の基本じゃぞ?」
 どうやら、盾に武器を変換されていたらしい。
 大きな盾の上に、ファイマの、あの滅多に開くことの無い、片方ではあるが薄らと開かれた目の中で、瞳が黒く光っていた。綺麗な漆黒の瞳だ。この世のものではないほどに。
「相手に圧倒されていては、死ぬことにもなる」
 ファイマが短い集中で盾を剣に変える。また水牙の剣だ。
「ハァッ!」
 短い気合声ではあったが、咄嗟に火龍の斧で防御したエンを吹き飛ばすことはできた。
「ぐ……!」
 防御したはずなのに、骨の軋む嫌な音がした。予想以上に衝撃が大きいらしい。だが圧力で吐血に至るまでではないので、ダメージ自体は大きくないだろう。
「『防炎』のフレアード・スラッシュ!」
 エンの周囲に防御用の炎が吹き上がる。縦柱状につき登る炎は、周りの森すらも燃やしそうだった。
「無駄じゃ!」
 水牙の剣で、それを斬り裂く。
「マジかよ!?」
 今までにこの炎が破られることはなかった。それゆえに、今の事実は精神的に動揺が走った。
「武具ではなく、『武器』を変えるのも基本じゃぞ?」
 ファイマの武器が一瞬にして変わる。剣でも盾でもない。杖だ。
 『魔道系』の武器を、エンはこの時初めてみた気がした。
「唸れ――イオナズン=I」
 轟音が鳴り響く。イオナズンを、彼はほぼ詠唱無しに唱えたのだ。
「な、んだ……?!」
「ふむ、早口の杖を知らぬのか」
 知っている。聞いたことがあった。確か、リリナに修行をつけてもらった時だ。持ち主の詠唱時間を短縮させる魔力がかかっていると。ファイマは詠唱をしなかったのではなく、詠唱を一瞬で終わらせていたのだ。『魔道系』の武器には、特殊な魔力を帯びている物が多いのだ。
「もう諦めて、死ぬがいい」
 杖を再び水牙の剣に戻して、それを突きつける。今のエンは、極大爆撃呪文が間近で直撃したせいで、立っているだけで精一杯という感じだ。以前、爆裂呪文(イオラ)を二発ほど受けても行動可能だったが、あの時とは比較にならない。
 ファイマの魔力が、確実に上がっている。魔力が上がれば、より強力精霊な精霊魔法を使うことができる。魔力が威力に比例するのだ。同じイオナズンでも、他の者ではファイマのイオナズンの半分程度だろう。強くなっているのは、エンだけではなかったようだ。
「ま、まぁ。……ちょっと待てよ。―――――― ――――― ―――――……」
 エンは火龍の斧を転がし、両手を上げる。口でぼそぼそと言っているのは、誰の耳にも届かなかった。
「――――― ――――― ……」
「む、何か言ったか?」
 言い終わりかけて、やっとファイマが気づいた。最後まで気づかせるつもりはなかったのだが、やはり彼を騙し切ることはできないらしい。
「(けど、もう遅いぜ!)」
「我守るは闇の紋 我放つは――」
 隠していた火球が四つ、全て現れ、それが一つにまとまる。
「しまっ――」
「ビッグ・バン=I」
 ファイマのイオナズンよりも尚巨大で強大な轟音と爆発が、周囲を揺るがせた。

 木々は倒れ、焼け、森林だった場所は焼け野原と化している。
「どうだ……」
 だいぶダメージを負ってからの攻撃だったので、反動がそれなりに大きかった。近くにいた紅蓮赤鳳の三人とカアコは無事らしい。傷のせいで無意識に威力が下がっていたこともあったのだろう。。
「…………!?」
 驚くべきことは、ただ一つ。正面からビッグ・バンを受けたはずのファイマが、そこに立っているではないか。両方の瞳の色が確認できるぐらい、目を開いたファイマが。
「嘘だろ……?」
 多少血を流しているが、あの魔法を直撃したにしては少なすぎる『ただ殴られて血が出た程度』だけである。
 エンが初めて見る、ファイマの瞳。そこに輝く、紅い色と、黒い色。二つの眼の光が、危険だと本能が伝えている。
「ここまではしたくなかったがな。まあ、お主もそれほど強くなっていたということじゃろうて」
 一歩、彼が踏み出す。その度に、エンが一歩下がる。意志的には無意識の行動ではあるが、身体は正直な行動に出ているのだ。
 あの時と同じ感覚だ。魔王が迫ってくる瞬間。あの時と同じ殺気が渦巻いている。今は動けるだけマシではあるが。
「ここまでしたからには、容赦はせぬぞ……」
 数分後。いや、数分も経っただろうか。一分も経っていないかもしれない。
 イオナズンとビッグ・バンのせいで焼け野原と化した場所に血という赤い液体の水溜りができたのを、紅蓮赤鳳のメンバーは見ていることしかできなかった。そして、その赤い水溜りの元は、全てエンだけのものであった……。

「……さて、『紅蓮赤鳳』の者たちよ。主らにも来てもらうぞ」
 剣の切先を三人と一匹のほうへ向けて、殺気を込めてのセリフを言った。
「……従おう」
 今は亡きリーダーのクレナイに次ぐ実力者のレッドの行動に、誰も咎めはしなかった。あれだけの圧倒的強さを見せられて、戦おうなどと思う者はいないのだ。
「(なんとか、なったのぉ……)」
 心内では、安堵の息をついた。この『力』はそう長く続かないのだ。そして、反動もかなり大きい。
 しばらくは、いつもの半分ほどしか力が出せなくなるな、と自嘲気味に目を閉じた。
 だが、それでいいのだ。圧倒的な強さを見せ付けて、相手の気を削ぐことに成功したのだから。これで、こちらが大して戦えない状態になっていると解からない限り、邪魔をされることはないだろう。
「では、行くぞ」
 メイジキメラの翼を使って、ガネルの研究室である地下室へと瞬間移動した。


 ――暗く、じめじめとした部屋だ。どこかの地下だろうか、地面は石畳であるが気温や感覚からして、外に建っているような場所ではない。洞窟の中にある牢屋、そんな感じがした。
 感覚だけでそれが解かるのだから、自分も随分と勘が良くなったものだと笑ってしまう。
 意識が、完全に戻った。
「ここは……?」
 身を起こすと瀕死状態にまで追い込まれた時の傷の痛みはなかった。どうやら、完治しているようだ。
 でも誰が?
「気がつき、ましたか?」
 聞き覚えのある声がした。よく知っている声だ。
「ああ、なんとかな」
 返事ついでに自分の身体に異変がないか早急に調べる。彼女の変な薬のせいで回復したとなると、副作用に何が起こるか解からない。
「何も、ないようだな」
 どうやら回復呪文を使ってくれたか、水龍の鞭から回復の水を出してくれたのかもしれない。
「ええ、成功、です」
「ッ!? じゃあ何か使ったのか?!」
 成功ということは、何かの調合薬を使って、副作用が何もおきずに目的を達成できたということだ。
 瀕死状態であったので、変なことをしたらそのまま死んでいたかもしれない。この辺り、ルイナが恐ろしく感じてしまう。
「まぁ助かったからいいか。ありがとな、ルイナ。で、ほかの奴らは……って、あれ?」
 周囲に全員が集まっている。ルイナは当然として、そこにはエード、ミレド、しかもファイマまでいる。さらに南の『紅蓮赤鳳』のメンバーは解かるとして、東の『マナ・アルティ』、中央の『ジルディ・スパイラル』、西の『ウェスタン・テイル』までもが……。
 パーティに出席して、黒霧から生き延びた者全員がここにいるのである。
「どういうことだ?」
 それはファイマに向けていったセリフだ。敵だと言って自分と戦い、しかしここにいる。普通、外にでて雇い主と相談でもしているのが当たり前と言うものだが、彼は好きなコーヒーを飲みつつ――こんな地下でも旨そうに飲んでいる――エンが目覚めるのを待っていたらしい。
「まあ、お主のお陰で全員を集めるのが楽じゃったぞ」
「なに?」
「他の者には既に説明したが、ワシの雇い主はガネルという者じゃ」
 彼の目的を本人から聞いた通りにそのまま説明した。生きている理由、世界を変えると云っていること、黒霧の正体。
「それで、お前が何で雇われていたんだ?」
「この場所は、普通に出入りができぬじゃ。特殊加工したメイジキメラの翼でないとな」
 ファイマはある意味、危険な賭けではあるが、それに手を出したのだ。
 それは、一旦ガネルの仲間となり、ここの出入りを自由にするようにする。そして、ガネルはエネルギーが足りないと言っていたので、パーティに出席した者たちをこの場に集めることにしたのだ。
「それで、一度は全員を集めておいて、ガネルを叩こうとしたのじゃ」
 全員を消耗させないため、尚且つこの作戦を承諾してもらうために、先に威圧をかけることにしたのだ。
 それが、エンを叩きのめす方法だった。紅蓮赤凰を一人で相手にして勝った、『龍具』使いのエンを一瞬で葬る(?)ことができたことを盾に、全員の動きを封じた。この事実が相手の戦う気力を失せさせたのだ。ましてや、戦いに慣れたベテラン戦士たちである。プライドも高いが、確実な判断にも優れている。
 そのお陰で、エン以外の全員はなんの消耗もなくガネルの本拠地に来ることができたのだ。
「ちょっと待て。もしかして殺されかけたのってオレだけ?!」
「そのようだな」
 傷一つないのを見せ付けるかのようにエードが言った。
 そういえば彼は、あの黒霧の中、『ジルディ・スパイラル』のメンバーに保護されていたらしい。これにはファイマも少々驚いていた。
「じゃあ、さっさともう乗り込もうぜ。敵は外にいるんだろ?」
 準備運動の如く腕をぐるぐる回して、外に出ようとする。
「待て。先に、会わせる者がおる」
「え? 誰だよ?」
「エン!」
 ファイマが示す前に、活発な少女の声が地下牢に響く。聞き覚えの在る声だ。だいぶ前に聞いたような、最近聞いたような……。
「あ、お前は確か……」
 彼の名前を大声で呼んだ少女は、緑髪の青年と、双子らしき女性二人に囲まれていたのを抜け出してからこちらに走ってきた。
「ひ〜さ〜し〜ぶ〜り〜〜――とぉっ!!」
「うわぁっ!?」
 大胆に走るなぁ、とだけ思っていたのが、最後は跳び蹴りに変わっていた。慌ててそれを避けて、改めて少女のほうを見やる。
「アリーナじゃねぇか!? なんでこっちの世界にいるんだよ?!」
 かつて『時空の穴』の事件で知り合った少女である。妙な帽子は相変わらずで、髪がくるりと妙なところで巻いてある。手には以前よりも磨きがかかっている鉄の爪。
 しかし彼女は元の世界へと帰っているはずだ。それに、時空の穴は『洸凛珠』で既に塞いである。彼女がここにいるはずがないのである。
「わからないんだけど、突然この世界に移転されたの」
 彼女の後を追って、仲間の三人もエンの元に集まる。
「アンタらは、アリーナの仲間か」
「ああ。僕の名はシフォンだ」
 緑髪の青年が、爽やかに笑って手を差し出す。
「オレの名はエンだ」
 シフォンの手を握り返して名を名乗った。
「アリーナから聞いているよ。君もアリーナと同じくらい強いんだって?」
 どういう説明したんだ、と胸中で思ったがそれを口に出すほどのんびりしてはいられない。
「あ、私の名前はマーニャよ。踊り子してるの」
「私はマーニャ姉さんの妹、占い師ミネアです」
 同じような顔が交互に言う。どっちが言ったのだろう?
「そんで、アタシは武闘家のアリーナよ!」
「知ってるっての……」
 一応よ、とアリーナが言うのをエンは聞き流した。
「武闘家に踊り子に占い師。んじゃ、リーダーっぽいアンタは何だい?」
 軽々しい口調に、シフォンは怒りもせずに苦笑している。だが、その問いに何と答えて良いものやらと躊躇っているようだ。まるで、自分でも自分が何者かが解っていない、そんな感じなのだ。
「シフォンはね、勇者なのよ!」
 変わりにアリーナが答える。
「お、おいアリーナ」
 困ったようにシフォンがアリーナを叱る。話が大きくなるのを防ぐためか、自認していないためか、もしかしたら、そう言われるのが厭なのかもしれない。
 だが、それでもエンはあっさりとそれを受け入れた。
「へえ、アンタらの世界の勇者か。頑張れよ」
「え? あ、うん……」
 エンは屈託のない笑みを見せたが、シフォンは曖昧な答えを返す。
「ま、そんな事よりガネルを斃すのが先だ。洸凛珠はファイマの所に置いてあるから、少し待ってくれよ」
 異世界の勇者のことを『そんな事』と云うエンだが、不思議と嫌味は感じられない。
 洸凛珠がないことにはアリーナたちを元の世界に戻すことは不可能なことだ。今の状況では、最優先するべきことはガネルを斃すことである。ちなみに、洸凛珠はファイマの師、武器仙人から弟子へ引き継がれたアイテムコレクションルームに飾ってある。
「それはファイマから聞いているわ。それからね、少しでもアタシたちも協力するわよ」
「ホントか? そりゃ心強い」
 苦笑交じりにエンが言う。アリーナの強さを知っているし、異世界の勇者も加われば恐いものなしだ。
「あの、少しいいですか」
 マーニャと名乗った……いや、ミネアだったか。とにかく、双子姉妹の一人が手を挙げる。
「なに、ミネアさん?」
 ああ、ミネアか。どうもあの二人は似過ぎて間違えてしまう。
「何かに役立てるかと思って占ってみたのですが、このような結果が」
 水晶玉を持ち上げて見せ、ミネアは恐る恐ると言った。
「どんな結果だよ……?」
 すかさずエンがツッコミを入れる。水晶玉を見せられたくらいで誰も解るはずが無い。エンのセリフは、ミネアを除くこの場全員のセリフでもあった。

「……『闇消え行く時 白き炎から更なる闇の悪魔がいずる』」

 誰もが沈黙していた。闇が消え行く時――それは恐らくガネルのことを指しているのだろう。つまり、ガネルは斃すことはできるのだろう。まあこの人数では当たり前のような気がする。
 だが、問題はその後だ。ガネルよりさらに強い闇が生まれるということを指しているのだろうか。よく解らない言葉だった。それに、白き炎というのも不可解だ。
「……ん。まぁとにかく、ガネルを斃すぞ」
 誰もがこの占いの結果を不安に変えたが、エンの一言で気持ちを切り替える。
 いくらよく当たる占いと言っても、行動を起こさなければそれが当たることも外れることもない。
 とにかく行動をするしかないのだ。
 その行動とは、エンの言う通りガネルを斃すことである。


 地下なので風があるわけがない。
 しかし、その空間では風が渦巻いていた。それは霊的なものであり、魔法的なものでもある。魔法装置を渦巻く風は、無念のうちに散った者たちの怒りだろうか。
「……魔界剣士か」
 黒のローブに身を纏い、額に黒水晶を埋め込んだ老人――ガネルが振り向きもせずに言う。彼の後ろにある入り口には、ファイマが立っていた。
「……まさか、気付かれていたとはのぉ」
 ファイマはなるべく軽い口調で言い放った。相手に心内を悟られないようにしなければならないのだが、それは無意味であろう。
 ガネルはファイマの作戦を見抜いて、既に戦闘状態に入っていたのだ。
「ククク……。数で勝負するか?」
 ファイマの後ろで待機しているのは、この世界でも最強と呼ばれる冒険者達だ。
 東西南北中央から集まり、さらには異世界の者まで加わっている。だが、彼には魔力を無限に供給できる黒水晶がある。それ故に、不意打ちという作戦を取ることにしたのだが相手に気付かれていては無駄である。
「さて、どうかのぉ……」
「数だけで、儂に勝てると思っているのか?」
 こちらが行動する前に、圧倒的な魔力で魔法を使われる可能性がある。マホカンタを使おうものなら魔法解除を使われ、攻撃魔法を使おうものなら強力なマホトーンを使われ、先制攻撃を仕掛けようものなら攻撃が届く前に向こうの攻撃魔法が飛ぶだろう。
「やってみなきゃ、わかんねぇだろっ!」
 いきなり、赤い物体が飛び出した。
 それは雄々しい斧を持って、赤い髪を靡かせてガネルに飛びかかった。
「エン!? あのバカものが!」
 雄叫びを上げてエンは火龍の斧を振り上げた。
「本当に……」
 ガネルの両手から、それぞれ色の違う光が現れる。
「バカものだな」
 片手から極大真空交差呪文(バギクロス)、もう片手から爆裂呪文(イオラ)が飛び出した。

 轟音が部屋を包み、天井を崩し、近くにいたファイマはなんとかマジックシールドを召還して少しでも魔法対抗を上げた。
 天井や周りの壁は消し飛び、部屋は巨大な空間となる。ここはかなり深いらしく、消し飛んだ天井の上にまた天井がある。
 壁が消えたことにより、後ろで待機していた者たちが当然見えるようになった。
 ちなみに、正面から二つの極大魔法を受けたエンはそこらへんで目を回している。
「……う、あ〜、痛ぇ……」
 意識をしっかりさせるために頭を振りつつエンは身を起こす。先ほど受けた、ファイマのイオナズン並の威力だ。
 目の前を見ると、ガネルが両手に再び光を宿らせていた。情をかけずにそのまま仕留める気らしい。
「! 『逃走』のフレアード・スラッシュ!」
「っ!!」
 エンがF・S(フレアード・スラッシュ)を放つのと、ガネルが魔法を放つのはほぼ同時だった。
 エンは一瞬にして後方へと移動することに成功した。ガネルの目の前、つまりはエンの居た場所にに巨大な氷の柱が出現している。どうやら、氷結柱呪文(ヒャダルコ)を使っていたらしい。
「このバカものが!」
 ファイマはグーで殴り、緊張の糸を解いていたエンはその直撃を受ける。
「何すんだよぉ?」
「勝手に飛び出して、ボロボロになって戻ってくるな!」
 ルイナが回復魔法をかけているが、再生呪文(ベホイミ)では追いつかないほどのケガをエンは負っていた。ファイマの言う通り、ボロボロの状態なのだ。
「治り、ました」
「よし、こうなったら全体集中攻撃だ!」
「勝手に決めるな!」
 エンの提案に、エードが呆れたように、いや怒ったように言う。
「構わぬぞ」
 答えたのは紅蓮赤鳳のレッドである。
「ま、誰かがアイツを斃しゃいいんだろ? レムティーの……仲間の仇だ!」
 軽い口調で魔道士の格好をしているものが答える。マナ・アルティのメンバーである。彼らで残ったのは一人だけで、他の三人は黒霧にやられたらしい。個人名を出す辺り、その人物に特別な想い入れがあったのだろう。
「あぁ。仇討ちができれば、なんでもいいさ」
 怒りの感情を露わにしているのは、ウェスタン・テイルのメンバー。仲間をなにより大事にするのが彼らの風習らしく、かなり怒っているようだ。
「下手に作戦を練るより、単純に行った方がよさそうではあるな」
 ジルディ・スパイラルのメンバー最後の生き残りが考えるように言った。
「じゃ、決まりね〜」
 なんとなく楽しそうにアリーナが言う。
「……なぜだ……?」
 エードだけがなんとなく敗北感というか、孤独感というか、疎外感を感じた。
「んじゃ、行くぜ!!」
 それぞれが武器を抜き召還し、魔法の詠唱を始めた。
「無駄なことを……」
 ガネルがぼそりと呟くと同時に、絶叫が響き渡った。

「なんだよこれ!?」
 エンの周りには、会場で現れたあの黒霧が飛び交っていた。
 その霧の発生元は、あの会場の時のように宝石ではない。
 皆の、それぞれの身体である。
 紅蓮赤鳳、マナ・アルティ、ジルディ・スパイラル、ウェスタン・テイルのメンバーから、あの黒い霧は発生している。そして、その黒霧に喰われ骨だけと化していく。
「ククク。あの会場の食物に少し細工をしてなぁ。逃げられても時間が経つと、体内で黒霧に変わるのだよ。わかるか? 逃げようが逃げまいが、結局は儂の力となっていたのだよ。まぁ、同じ場所に集まってくれて、回収は楽だったがな」
 絶望的だった。
 あの会場で何かを食べた時から、その者は死んでしまう定めだったのだ。そして、死ぬ時がやってきた。黒霧の犠牲となって。
 レッドが、ホウオウが、レンが、悲鳴を上げながら骨と化していく。ウェスタン・テイルのメンバーが、死んだ仲間の名前を叫びながら、息絶えていく。マナ・アルティのメンバーが、助けを求めるが誰もそれに応えることはできずに消えていく、ジルディ・スパイラル最後の一人は、最後まで抵抗し、ガネルに斬りかかろうとするが、その剣が届く前に死んでしまった。
「そんな!」
 エンの言葉を嘲笑うかのように、黒霧はエンたちをも包んでしまった。

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