-異伝章・五伝説-
裏切りの 魔界剣士と 再会す




 暗闇の中に、一人身を潜めて様子を覗う姿があった。
 暗闇と同じ暗黒の髪を立てて、額にはバンダナを巻いている。開けているのか閉じているのか解らないほどの目をしている彼は、大混乱が起きた会場の跡にいた。
 今や生命を奪う黒霧は消えている。自分以外の全てがここから消えると、上空に向かって一気に消えて行ったのだ。消えて行った、というより吸い込まれて行ったような感じであった。
 そして、上にいたのは今大会の主催者であるはだ。
 上に登り、主催者らしき人物の骨などは見つからなかったので黒霧に喰われたことはなさそうだったが、下に放り込まれて骨の大軍の一員になっているのかもしれない。
 耳が痛いほど静まり返っている。
 静か過ぎて、普段は聞こえそうにない音すらが聞こえてきそうな雰囲気。もしかしたら、この静かさこそ、普段は聞こえない『音』なのかもしれない。死者が無念の悲鳴を上げているのならば、きっとこれがそうなのだろう。
「せめて、安らかに眠ってくれ」
 そう言っても、彼らは無念のうちに死んでいる。ただの言葉でしかないが、言わないよりマシという程度。
 暗闇の中、魔法戦士と名乗り、魔界剣士と呼ばれた若者は何を思ったのだろうか。

 一通り周辺を調べ、ため息をつく。
 どうやら、自分の仲間は黒霧に喰われてはいないようだ。それは喜ぶべきことだが、ため息の原因は他にある。
 あたり一面は骨、骨、骨。この光なき暗闇の中でも、それを見ることができるのは自分の内に秘めている『力』のせいなのだろうか。ここには、既に用がない状態になりつつある。それというのも、今回の異変に対しての大した手掛かりが何もないのだ。
 冒険者ギルド本部が主催する、世界一の冒険者を決める大会。大会の名前は毎年違い、それは大会の始まりに告げられる。それを思い出しておけば、すぐに異変に気がついただろう。主催者らしき人物が、説明もなしにいきなり開催させたのだから。
 場所的にも、連絡方法的にも、はたまた揃った面子などを考えれば、集合までは冒険者ギルドの思惑通りだっただろう。しかし、会場に入ってからは、なにかがおかしかった。
 ルイナが出てきた料理を食べるなといっていたのが、今では正しかったと思う。あの食べ物を食べていたら、今ごろ何が起きても不思議ではない。
 運ばれたまま一切手をつけなかった料理も、今や混戦のせいで跡形もなくなっている。

 出口まで歩く途中、おもしろいものを見つけた。
 メイジキメラの翼。ここに来るものとは違う魔法が封じ込められているようだ。
「もしや……」
 これを使えば、主催者らしき男――そう偽っていたのは確かだろう。その者の場所に移動できるかもしれない。
 外に出ると、そこは森の中だった。
 具体的にどこの森かは解らないが、人目に触れないような場所にあるのは確かだ。
「試して、みるかのぉ」
 先ほど入手した赤色のキメラの翼。それを握り締めて、上空に高く放り投げ――ようとしたが、誰かの気配を感じてそれを止めた。
「誰じゃ!」
「……私、です」
「ルイナか――。なんじゃ、その格好は?」
 落ちつくと同時に呆れた。ルイナは何故か、かぶりものをしているのである。
 何かの動物の着ぐるみであるが、その動物からぴょこんと顔を出してご丁寧に動物の鼻の付けものをしているルイナは、いつも通り無表情だった。
「変装、です。魔物に、気付かれ、ません」
 その言葉で大体を納得した。『魔除けのアニー』という伝説防具の名前を聞いたことがファイマはあった。ただし、それをいつのまにルイナが入手していたのかは知らない。
「お主、どこに行っておったのじゃ?」
「いつもの、場所です」
「ここから近いのか!?」
「いえ、『移動』を、使って、います」
 ルイナの水龍の鞭はあらゆる水を出すことが出来る。回復の水や酸の水。液体は何でも出せるらしい。その中の一つに、旅の泉の水という瞬間移動できるものがある。それを使うことをルイナは『移動』と言っている。
 ちなみに『いつもの場所』とは、エンたち、つまりは炎水龍具のメンバーが最近いつも集まっているとある酒場のことだ。
「ふむ、そうか。ならば、エンに伝言を頼んでよいか? 『調べがつき次第連絡する。お主は適当にやっておいてくれ』と」
 ルイナは頷いて、水龍の鞭を召還した。
 それから旅の泉の水を出して、瞬間的な移動を開始する。彼女の姿が揺らぎ、消えたころには水溜りが残るだけ。
「……さて、ワシも行くか」
 ルイナを見送り、ファイマはメイジキメラの翼を放り投げた。
 彼の姿も一瞬にして消えた。


 所変わって、こちらミレド。
「はぁ? どういうことですかね?」
 生意気な彼でも、上司に対しての言葉遣いは気をつけている。とはいえその口調はざっくばらんなものだ。
「今回のことは、盗賊ギルドと一切関係を持たないということだ」
 ミレドの質問に答えたのは、まだ初老の男性である。それでも風格というものがあり、身構え方は威圧感を感じさせる。
「あれだけ人間が死んでおいて、関係ねぇと?」
 彼は彼なりに今回の事件を調べようと盗賊ギルド支部まで戻ってきたのだ。
「あれは冒険者ギルドの事件だ。それに儂らが関わると、こっちにまで影響が及ぶ可能性がある。知らないままのほうが良いのだ」
 理屈はわかっている。盗賊ギルドが今回の事件に関われば、下手をするとこちらの陰謀という結果が出るかもしれないのだ。そんなことがあるわけがないのだが、世間は盗賊ギルドを良いものとして見ていない者が多い。
 それ故に、何か悪いことが起きるとこちらの責任になってしまうことが多いのだ。
 ましてや、世界で有名な冒険者達が一度に多く死んだのだ。それほどの大事件をこちらに回されては、もはや弁解の余地はない。
 それでなくても、今の盗賊ギルドは不安定な状況にある。こんな時にまで内部抗争の影響が出てくるなど、よほど神は盗賊が嫌いらしい。
「しかし!」
 理屈は解っていても納得がいかなかった。
「『風殺』よ。お前は死んだ人間の悔いを……いや、生きていない人間を選ぶか? それとも、共に育ってきた儂ら、生きている人間を選ぶか?」
 その言葉に、さすがのミレドも固まる。
 死んだ人間のために危険を犯すか、生きている家族同然の仲間達のためにここで引き下がるかの選択を出されたのだ
「……。解りやした、では何か助言を頂きてぇのですが?」
 事件とは関係なしに、という意味である。
「フン、自分で考えな」
 突き放すように言って、ミレドに盗賊の技を叩き込んだ師は戻って行く。連絡用によく使われる酒場に、ぽつりとミレドは残されてしまった。
 顔見知りの仲間は彼に話しかけるわけでもなく、ずっと見ていた。
 酒場のバーテンがミレドの好きな酒を出す。
「…………」
 それを一気に煽り、グラス一杯の酒を飲み干した。
「自分で、か」
 愛想を尽かされた、というわけではない。お前に全てを任せる、という意味でさっきの言葉をミレドは受け取った。
 酒代とグラスを乱暴にテーブルの上に叩きつけて、酒場を出て行った。
 とりあえず、自分が仕える相手に合流するためにだ。


 ――ここはどこだろうか。
 予想通り、メイジキメラの翼は会場とは違う場所に自分を運んでくれた。
 空気の流れや湿度、壁からして、ここが地下だということはわかる。問題は、どこの地下かである。
 しばらく進むうちに、扉から漏れる光が見えてきた。
 壁自体が発光石を含んでいるので、歩くことに支障がないほど通路も明るいのだが、その光は明らかに部屋などにつける光だ。
 扉を少し開けて、中の様子を覗う。
「まだ足りないな」
 この声に聞き覚えがある。主催者と偽った男の声だ。
 彼の目の前には、巨大な魔法装置らしきものが佇んでいた。巨大な黒い球体を銀色の柱で支えている。
「(なんじゃ、あれは……?)」
 魔法装置の中に凄まじい魔力が込められているのが遠くからでも解り、それはこの場にいるだけで目眩がしそうなほど強いものだ。もはや、魔力を通りこして瘴気になりかけている。
「む……誰だ!?」
「(しもうた!)」
 こっそりと中に入ろうとしたが、扉が脆かったのかギィィという音を大きくだしてしまったのだ。
「貴様は……。『魔界剣士』ファイマか」
「……ほぉ、ワシを知っておるのか。ワシも随分と有名になったものじゃのぉ」
 あえて余裕を持つ素振りを見せた。自分の師匠なら、本気で気楽に言い放つのだが、さすがに自分はそんな気にはなれず、演技というのがすぐ見破られるかもしれない。
「しかしお主は、一体何を企んでおる?」
「……」
 相手が振り返ったことにより、顔が良く見えた。かなり高齢で、白髪が身体全体を追おうローブからはみ出していた。額に何かをつけている。水晶球ような、なにかが生め込まれているようだ。
 その水晶球を見て、ファイマは思い当たるものがあった。
「……! もしや、闇の考古学者――『魔教』を布教していたガネルではあるまいな?」
「そうだったら、どうする?」
「有り得ぬ話じゃ。あやつは、八十年前に処刑されたはず。生きているはずがない」
「ほぉ、なかなか詳しいようだが……儂はこうして生きておる」
「まさか……有り得ぬ!!」
 かつて、魔教という宗教を説いた人物がいた。その者の名はガネルと言い、当然、その不吉な宗教のせいで人々から迫害を受け、八十年前に処刑された。
 死の記録は万人の前で実行され、ここにいるはずがない。しかし、目の前にいる男はガネルと名乗っている。そして、それはファイマがかつて見た姿と同じ形をしている。
「どういうことじゃ?」
「儂が額につけている水晶球。これがただの宗教的な物品と勘違いしていた者たちのおかげだよ」
 そうとしか思えないのだが、と言いかけ、今はそれどころではないとその考えは頭から破棄する。
「これはな、魔力を自らの体内に送り込み、あらゆるものに変換できるのだよ。生命力に変換、皮膚の硬さや声まで変換できる。身体を構成する組織そのものを自在に扱え、顔も変えることができるのだよ。コレを使って、生態実験もいくらかした」
「生態実験は生物に対する冒涜的行為じゃ。お主それでも学者か……!」
 怒りが満ち溢れてきた。目の前の男を許せないという感情が溢れ出す。
「まあ儂の事はどうでもいいのだよ。何をしているか、だったな?」
 ガネルは後ろに佇む魔法装置の方を向いた。
「世界を、変える」
「何?」
「そのためには、強大な魔力が必要だ。強き者の魔力、そして生命力もな」
 コンコン、と装置を軽く叩き、微笑を浮かべる。
「冒険者ギルドから派遣された主催者を殺し、儂が成りすました。あとは、黒霧を放つだけだったのだ」
 やはり途中から大会とは無関係になっていたのだ。目の前にいる歴史上では死んでいる男の所為で。
「おかげで強者が一箇所に集まり、数人だけで何百人分の魔力と生命力を手に入れる事ができたよ」
 量より質、といったところだろうか。
「だが、それでも足りない。何人もが逃げ出してしまったからな」
 それもそうだ。死を目の前にして、逃げない人間など、この世に残りたくない者か、ただの阿呆である。
「世界を変える、と言ったな」
 ファイマが腕組をしまま、片目を開く。暗闇色の瞳が薄く現れ、それを見たガネルは、何を感じ取ったのか不適に笑ってみせる。
「そうだが?」
「――ならば、ワシを雇わぬか?」
「何?」
 薄く笑うファイマの顔を、疑うような目でガネルはずっと見ていた。


 朝。
 ルイナがどこかに消えた後、ぐっすりと眠りにつくことが出来た。ルイナの謎の格好や言葉が気になって眠れないかと思ったが、反対に爆睡することができたのだ。
「さ〜てと、今からどうすりゃ良いんだろうな」
 ぐっと伸びををして身体をほぐす。思ったよりも爽やかな朝を迎えることができ、そういう時は気分が良くなる。
 ファイマの伝言では、適当にやっておいてくれと言われている。
 適当にと言われても、具体的にどうするのが適当なのだろうか。
「目覚めたか」
 まだ眠そうな、というより疲れていそうな表情が三つ。紅蓮赤鳳のメンバーである。
「……お前等、まだ寝てたほうがいいんじゃないのか?」
 あれだけの酒量を飲んでいたのだから、二日酔いなのかもしれない。だが、頭痛や気分の悪さという症状は端から見ていてないように思える。
「心配は要らぬ」
「問題は、これから何を成すかだ」
 レッドの言葉に続いてホウオウが言う。
「とりあえず、町にでも行くか?」
 レンが言うには、近くに町があるようだ。魔道師の彼が探知の魔法をかけて探ったらしい。
「ならば、飛んでいくか」
 ホウオウがこちらの反応を見る前に目を閉じて詠唱を唱える。
「閃光の光に集いし天川よ 天なる地に伏せし大いなる雲よ 我が呼び声聞こえたならば 我が命に従え 汝この地にあり 我その地にあり……さあおいで、カアコ=v
 一筋の閃光がホウオウの目の前で迸り、一瞬にして何かが現れる。
 それは人が四,五人は軽く乗れそうな大きい鳥である。
「召喚魔法の一つでね」
 鳥の背に乗り込んで、頭を撫でてやる。キュアア、と嬉しそうな声を上げた。
「移動に使えるのだ。乗れ」
 カアコという巨大な鳥の乗り心地は良いものであった。ふかふかの白い毛並みや、温かみ。羽毛布団を思い出したが、さすがにそれを言葉にしては失礼だ。
「暖かいであろう?」
「羽毛布団のようにな!」
 ガッハッハ! とホウオウとレッドが豪快に笑う。どうやら羽毛布団は認められているらしい。
「さて、行くか」
「待てっ!」
 カアコが翼を広げると同時に、茂みの奥から止める声がした。
 エンは、その声に聞き覚えがある。
 言葉通り、行くのを躊躇っているうちに、茂みから一人の人物が姿をあらわす。
「お主は!?」
「『魔界剣士』……」
「ファイマか」
「ファイマ!? お前何やってたんだ?」
 レッド、ホウオウ、レン、エンの順番であるが、ほとんど同時に口を開いていた。
 エンはカアコから降りて、ファイマに駆け寄った。
「聞きたいことがあるんだ」
 伝言の意味やルイナの妙な格好、それに伝言には調べがつき次第連絡するということだったので、何かの調べがついたのだろう。
「お主に聞かれる前に、一つ言っておこう。今のワシとお前は、敵じゃ」
「……は?」
 その言葉に、ピタリとエンが固まった。どういうことだ、と言いたいのだが、身体が麻痺したように動かない。理解力がないエンの脳の許容量では、今の状態を理解するまでにあと数分かかるだろう。
「……敵は、斃さねばならぬ」
 ファイマが剣を召還し、そのまま切っ先をエンに向ける。それは冗談ではなく、明らかに本気の構えだ。
 それを見て、闘争心か何かが手伝ってくれたおかげか、状況を把握。急いでエンも武器を召還した。
「やはり火龍の斧で来たか」
 エンは自分の持つ最強の武器である『龍具』の火龍の斧を召還したのに対して、それを予想していたファイマは水牙の剣という水属性の武器を召還している。
「どういうことだ!?」
 その質問の意味が、何故仲間である自分たちの敵になったか、というものだった。彼は、それを理解してくれたらしい。
「問答無用、とだけ言っておこう。おとなしくやられてもらうぞ」
 裏切ったのか、それとも何かあるのか……。
 とにかく解っているのは、再会した仲間の彼は、今は敵だということだ。

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