-異伝章・四伝説-
失った 敵の仲間は 今の友




「く、クレナイ!?」
 紅蓮赤鳳全員がリーダーのもとに集まろうとした。
 それを遮るは、闇を思わせる黒い霧。
 何が起きたのかが解らず、あちこちで悲鳴のような声で仲間の一人を叫ぶのが聞こえた。

 ――カッ。

 誰かが照明呪文(レミーラ)を使ったのだろう、部屋の中央に光り輝く球体が出現し、辺り一体が照らされる。
「な、なんだ……?」
 見てビックリ。魔法の跡や武器で傷ついた跡の部屋を見れば、ただの喧嘩が起きた酒場と同じだ。違うのは、そこにいる人達と黒い霧。
 黒い霧に喰われていく人々が一人ずつ。それの発生元は小さな宝石からだ。
 リーダー格の者に渡された宝石から、黒い霧が噴き出し、所有者を喰らっているのだ。
「……って、なんでオレは無事なんだ?」
 エンも翠の宝石を貰っていたのだ。だが、その宝石から噴き出す霧の影響を受けた様子はない。
 身体中のあちこちを調べると、エンは自分で冷や汗をかくのがわかった。
「(……失くしたーーーーー??!)」
 どうやらどこかに落としてしまったらしい。
 小さかったからな、と勝手に納得する。しかも、被害が無かったのだから、それで良しとした。
「く、クレナイが……」
 レンといったか、紅蓮赤鳳の魔道闘士(ルーンファイター)がリーダーの名を呆然と呟く。
 エンもそれを見て、信じられない後景を確認した。
 黒い霧に喰われて、クレナイはボロボロになった衣服を着けた骨だけになっている。霧はクレナイを――クレナイだったものを離れると、新たな獲物を狙うかのようにそこらを浮遊し始めた。
「おいこら! どういうことだテメェ!!!」
 さきほど、主催者らしき人物がいたであろう場所に向かって怒鳴るエンの言葉に、全員が注目する。
「どういうこと、だと? 教える気はない」
 低くも高くもない男の声。だが、その言葉に慈悲や思いやりがあるとは到底思えないものだ。声の主は全身黒尽くめで、顔すらも判別することができない。
「ふざけんな! 人を殺しておいて、何なんだよ!!」
 相手の意図など関係無く怒鳴り散らし、エンは火龍の斧を握る手に力を込める。返答次第で斬りかかろうと思っているのだ。他の者にも、似たようなことを考えているのがいるらしく、遠距離から攻撃できる武器を手に持っている。
「……『殺しておいて』、だと? 究極への代償と云ってほしいな」
「……テメェ、誰だ?」
 もう我慢できないというほどにエンの殺気が膨れ上がり、周囲を驚かせる。
「教えるつもりはない。死に行く者にはな!」
「逃げろぉぉぉぉぉ!!!」
 エンが斬りかかろうとした瞬間、どこのどいつだかは知らないが、逃走を促す言葉を鳴り響かせる。その意味を理解するまで、エンは数秒を要した。
 目の前で緩慢な動きで漂っていた黒い霧が、いきなり活発化したのである。それにとり憑かれた者は、さきほど飲み込まれた者よりも確実に速く喰われてしまった。霧は人を喰らう度に質量が増加し、動きも俊敏になる。
 触れたら死んでしまう霧――死の霧(デス・ミスト)
 エンの脳裏にその一言が浮かんだ。詳しいことはわからずとも、その危険性はエンの頭でもわかった。
「おいエード! 起きろ!!」
 他の仲間――ルイナとファイマとミレド――が見当たらないが、唯一そこらに転がっている仲間はエード一人だった。彼は暗闇の中、真っ先にやられてそのままだったのである。
「おいっ――て、うわっ!」
 エンがエードに近づこうとすると、黒い霧が目の前を通り過ぎた。なんとか避けたが、あのままエードに駆け寄っていたらエンも霧に喰われていただろう。
 目の前を巨大な質量を持つ霧が通りすぎたため、エードの姿が見えなくなる。彼も一応仲間だ。放っておくわけには行かない。
「エード! 聞こえねぇのか!?」
 ゴォォオォォオオォォォォ。
 黒い霧が通り過ぎて行く音が、エンの言葉を打ち消すかのように轟く。目の前で電車が通り過ぎていくような雑音にエンは顔をしかめた。……まぁ、この世界に電車などないのだが、例えとして受け取って欲しい。
「何をやっている!?」
 外套を掴まれ、強制的に後ろへ下げられる。それをしたのは紅蓮赤鳳で最もでかい男――レッドだ。
「何すん――!?」
 ちょうど、エンがいた場所に黒い霧が再び通り過ぎた。
「……サンキュー……」
「うむ」
 とりあえず礼を言って、下ろしてもらう。外套を掴まれたまま持ち上げられたので、なんとなく猫の気持ちが少し解ったような気がした。
「お主、脱出呪文(リレミト)は?」
「できねぇよ」
「ならば、来い!」
「だぁあ! 首根っこ掴んだまま持ち上げんなぁ!!」
 下ろしてもらったばかりだというのに再び持ち上げられて、エンは不満声を出すがレッドは気にした様子もなく仲間の元まで戻る。
 レン、レッド、ホウオウが固まっている。クレナイは既にデス・ミストの餌食になっているが、残りの『紅蓮赤鳳』は全員揃い、魔道闘士(ルーンファイター)であるレンがすぐに魔法を使う。
「リレミト=I」
 エンを含む紅蓮赤鳳の姿が忽然と消えた。
 ちょうど、消えた後、エンたちがいた場所を黒い霧が過ぎ去って行った。

「全く、ここまで見事に引っかかるとは思っていなかったよ」
 天井に近い場所で、主催者だと偽った黒尽くめの男が呟いた。彼の足元には、冒険者ギルドから任命されたこの決定式の、本物の主催者が息絶えた姿で転がっていた。
「逃げたやつが結構いるが、まあよかろう」
 そう言って、彼は足元の本物の主催者を下へ蹴り落とす。今や黒い霧は部屋中に蔓延している。それは自分のいるところまでは届かないので、安心して人が死んでいくのを観察できた。
 だが、彼の目的は単なる死の観察などではない。
「もっと、もっとだ……」
 全身黒尽くめの暑苦しい格好を捨てて、動きやすい格好を作る。黒尽くめとは言わないが、色が黒と同じような闇色なのであまり変わった気がしないが。

 まだ夕暮れにすらなっていない。燦々と輝く太陽が辺りを照らしている森の中、誰も動こうとしなかった。クレナイのことを悲しみ悔やみ、先ほどの会場で起きた悲劇のショックが大き過ぎたのだろう。
「どうしたらいいのだろう……?」
 全員、エンよりも大きくがっしりとした体つきではあるものの、不安を隠しきれてはいない。本来なら仲間を元気づけたり、今からのことを話し合うべき役を持った中心(リーダー)が、彼らにはいない。目の前で、呆気なく死んでいったのだ。
「(オレは、どうすりゃいいんだ……)」
 助けてもらったことの礼は言ったものの、その後の行動が決まっていないのだ。場所はさきほどの会場の外であるはずだが、それならば他の人々がいてもおかしくない。
 どうやら、リレミトだけでかなり遠くに来たらしい。
 あやふやな行動の案を出しては否定を繰り返し、日は傾いていく。森の中なので野宿をしなければならないのだが、そろそろ準備をしておかないと暗くなってしまう。
 薪を集めるや食料調達、寝床の確保など、暗くなってしまっては話にならないので、早めに行動を起こさないといけないのだ。
 その辺りはさすが冒険者だけあって解っているのか、全員がのろのろとした動作ではあったがそれぞれの仕事に取りかかる。
「せっかくだから、食っていかぬか?」
 その言葉に甘えさせてもらい、エンは彼らと一緒に食事をとることにした。
 でてきた料理は、炊いた米に何かソースのようなものをかけたものだった。
「これは?」
「カレーライスと言ってな。我が国の伝統料理だ」
 レッドがそのまま原料や食材、伝統的知識を語り始めたため、他の者はさっさと食べ始めていた。どうやら、彼はこの中で説明好きであり、それは度を過ぎるものであるらしい。
 それでも、エンはしっかりと聞いていた。料理が仲間の中で最も料理が上手いエンは、よく野営などで料理当番に回らせるし、エン自身も自ら進んでやっている。
 だから、滅多に知らない料理の知識は興味があるのだ。
「辛っ!!」
 一口目を食べてみての感想である。
 レッドの説明を聞く限り、辛い料理だとは知ることが出来たが、やはり辛いものであった。
「これでも、客人用に控えてあるのだぞ?」
 エンは、手に持ったスプーンを落としそうになった。
「まあ、美味いけどな」
 もう慣れたのか、カレーを旨そうにパクつき始める。
 食事中に冒険話などして、すぐに全員と打ち解けることができた。先ほどまで全力を尽くして戦っていた敵だったのが、今では戦友といる気分である。それでも、クレナイを失ったせいか雰囲気が幾度も湿っぽくなってしまった。
「(そういや、オレの仲間は無事かな?)」
 死骸を見なかったので、とりあえずその時までは大丈夫だったのだろう。エードは脱出呪文(リレミト)を使えることが出来るし、ルイナは水龍の鞭から旅の泉の水を放出することができるので、移動には困らないだろう。ルイナに仕えるミレドは恐らく彼女と一緒であろうから心配無い。ファイマは、何だか心配せずとも死にそうにないし、脱出の手段も何かしら持っているはずだ。
 それぞれ脱出方法があるわけだから、全員無事だろうという結論に落ちついた。

 仲間の死に対しての悲しみを誤魔化すためか、紅蓮赤鳳の三人はどこから出したのか、いきなり酒を飲み始めた。エンも酒が好きであるものの、酔い潰れると何を言い出すか自分でも解らないので遠慮させてもらった。
 それ故に今は全員が寝静まっている中、エンは一人起きていた。
「……眠れねぇ」
 先ほどは仲間が無事だという考えに落ちついたのにも関わらず、何か心の奥で引っかかるものがあった。眠れない原因は恐らくそれだろう。
 『紅蓮赤鳳』のメンバーが飲んでいた酒がどこかに残っているなら、一口でも貰えばすぐに寝つけるだろう。それほど、エンはすぐに酔いが回るのだ。しかし翌日の頭痛を考えると、常に万全な状態にしておきたい。やはり酒はやめておこう。
 気が付くと焚火の炎は既に消えていた。どうせだから、散歩気分に薪拾いでもしてこようと毛布を跳ね除ける。
 森の中を数分歩き、使えそうな薪を何本か拾った。良さそうな木を見つけたので、そこから取れば大量の薪がすぐに入手できるのだが、さすがに真夜中に木を切り倒すわけにはいかない。
 むしろ今は散歩という意味が大きいので、途中に拾う程度で充分なのだ。
「……エン……」
 さらに数分歩いた時、茂みの所から聞き慣れた声に呼び止められた。彼女の声は、どんな状況でもエンの耳には届く。静まり返っている今なら、確実に聞こえるのだ。
「ルイナ!? お前何してたん――って、ホントに何してんだ?」
 エンが喜びの表情から一気に困り果てた顔になったのは、ルイナの格好のせいだ。いきなり現れた彼女は、何故か着ぐるみを装備していた。
 顔がぴょこんと出ているが、あとは何かの動物の着ぐるみだ。その動物の口の中にルイナの顔がぽつりとあり、ご丁寧にも(動物の)鼻の付け物までしている。
 可愛らしいというか、変というか、違和感があるような無いような……。
「変装、です」
「(そうだろうけどそうじゃねぇ!!)」
 質問したエン自身、変装しているのだろうということは解っていた。問題は違う所にある。
「オレが言いたいのは、そんな格好で何してるんだってことだよ」
 言わなくても彼女は解っているのだろう。ただエンをからかっただけのような気がしたのだ。
「伝言が、あります」
「(オレの質問は!?)」
 無視されたことに怒るわけでもなく、反論は心内に閉まっておく。そして彼女に続きを促した。
「『調べがつき次第連絡する。お主は適当にやっておいてくれ』だ、そうです」
 自分への呼び方からして相手はファイマだろう。なんの調べだろうかと思ったが、それ以上に気になるのが、ルイナの格好である。熊? 猫? 虎? 狐? 狸? なんの動物の変装なのだろうか。そしてそれの目的は……?
「では、私も、戻ります」
「どこにだ!?」
 さすがにこれだけは納得いかず、直接聞いてみる。
「……まだ、教えま、せん」
「なんだよそれ。なあ、もう少し説明してもいいんじゃ――」
「…………」
 ルイナが、どこからともなく一つの瓶を取り出す。何かの調合薬品だ。
「やっぱいい。戻ってくれ。マジで! 頼むから! お願いぷりーず!!」
 それが何の調合薬かは知らないが、危険な代物であることにはなんとなく理解できた。我慢の限界まで来ていたのが、一気に冷める。
「……では」
 ルイナはその一言を残して、茂みの奥へ消えて行った。
 そういえば、見た感じ着グルミにはポケットの類はついていないようだったが、どこからあの薬をだしたのだろうか。まあ、追求する代わりに人体実験などさせられるかもしれないので、この疑問は秘めておくことにした。

次へ

戻る