-異伝章・三伝説-
真昼から いきなり始まる 夜の闇




 アメジストの刻。
 その時間になり、先ほどまでのざわめきがなくなり始める。
 エンたちが座っている席には、手のつけられていないせいで、料理が運ばれてきたままの姿で残されている。ルイナの警告で、食べることを止めたのだ。
「アメジストの刻になったぞ……」
 今や全ての雑談が中止されている。たまに聞こえてくる話し声の中に、今回の主催者の話題が上っていたが、誰も主催者の名前すら解読できていなかった。魔物の言語を習得している者が極稀で、その極稀が自分の仲間にいるエンたちとは違うのだ。
 パーティ開始の時間になり約五分。無言の静寂が部屋を覆った。
 誰も喋らず、動かず、ひたすら待っていた。この夜を思わせる会場の支配者である人物の登場を。
 フッ。
 蝋燭の火が、一瞬にして全て消える。明かりがそれだけだったので、当然真っ暗になってしまった。
「上だ」
 目が見えずとも、暗闇の中でも気配を感じることは出来る。誰が言ったかも解らないその言葉を聞くまでもなく、全員が上を向いていた。ただし、エードはひたすら慌てていたが。
「ようこそ、皆さん。夜の宴へ!」
 声だけが響く。低いとも高いとも言えない、男の声であるのは解るが、年齢が判別できない声だ。
「今から、ちょっとしたゲームをしてもらおう!」
 呼び出しておいていきなりゲームだ? ふざけるな、とでも言いたげにエンが空中を睨みつける。この声に聞き覚えが無い――エルマートン本来の声など知らないのだが――ので、奴ではないようだ。やはり、エルマートンはもうこの世には存在しないのだろう。当たり前であるのだが。
「この暗闇の中、各冒険者らの代表者に渡した宝石があっただろう。それを奪い合うだけだ」
 淡々と内容を説明する男の声は、やけに楽しそうに思えた。
「当然、相手を殺してはいけない。その他ならあらゆる手段を使っても構わない」
 そのゲームの真意を知りたい。
 なんのためにやるのか?
 何故顔を見せない?
 差出人の名前についても聞きたい。
 考えれば考えるほど、疑問が思いあがってくる。
「栄光の宝石を汝らの手に!!」
 ――おおおおおおおおお!!!
 エンたち以外の冒険者達が、一気に雄叫びを上げる。
「な、何だ!?」
「むぅ。サファイアの月・エメラルドの日・アメジストの刻・真昼にやる夜の宴・栄光の宝石……。ここまで条件が揃えば、誰でもわかるじゃろうな」
「全くだ。遠回りせずに、直接来てくれって頼めばいいじゃねぇかよ」
「私も、ついにこの場所に来ることができたのですね!」
 ファイマ、ミレド、エードと口々に仲間達が納得していき、エンは困り果てる。
「なんのことだ?」
「そうか、おぬし等は知らなかったな。『紅き翠の日、雨降る昼間の暗き祭りに栄光あれ』。これが五年に一度に始まる『世界冒険者ギルドランキング決定式』の、今回のキーワードじゃよ」
「せかいぼうけんしゃぎるどらんきんぐけっていしきぃ?!」
 以前、世界中の冒険者を競わせるソルディング大会というのがあったが、あれは世界一を決める、などと大それたことを言っているわりには西大陸のみで開かれるイベントのようなものだ。
 ここは、本当に世界中から集められた冒険者が、世界一の座を決める場所なのだ。
「冒険者になったには、誰でも世界一にはなりたいだろう。それゆえ、五年に一度だけ、冒険者ギルドが直接判断するのだ」
 興奮気味にエードが説明する。どうやら、彼はここに出て、世界一になるのが夢だったらしい。「母上、父上、兄上、私はついにここまできました……!」とぶつぶつ独り言を繰り返している。
「はぁ、魔王が復活してるってのに、呑気にこんなことしてていいのかよ……」
 この件がなかったら、四大精霊(エレメンタル)を早急に探して今後の行動を考える予定だったのだ。差出人がエルマートンと書いてあったので来てみれば、世界一の冒険者を決める大会のようなものだっとは。そうとうな脱力感が自分を襲う感じがした。
 だが、ふとその事を思い出してみて、おかしな事に気付く。
「待てよ、じゃあ差出人がエルマートンってのは一体……?」
 ゴウっ。
 返事が来る前に、火の玉が飛んできた。轟音と共に飛んできた大火球――恐らく大火球呪文(メラミ)だろう――をかわして、飛んできた方向を振るかえる。昨日と逆になってしまったな、と心内で思いながら。
「冒険者になったからには、やはり世界一は目指すものであろう?」
 野太い声が向いた方向から聞こえてくる。
 闇と同化するほど肌が黒く、そして背が高い。エンより頭二つ分ほど高く、平均が二メートルセンチはあるのではないかという一団。南大陸の代表『紅蓮赤鳳』というヤツ等だ。
「そんなもんかね。オレは名誉より、力がほしいな。何者にも屈しない、力がさ!」
 武器の使用を許すとは言われていない、だが禁ずるとも言われてないので、使っても良いのだと勝手に判断する。
 暗闇に灯る精神の光。だが、いつものように火龍の斧を召還する前に、その行為が塞がれる。
 違う方向から大火球が飛んできたのだ。
「うおっ!?」
 慌ててそれをかわして、そちらを振り向く。
「こんな暗闇で武器を召還とは、場所を教えるようなものだぞ」
 暗くて良く見えはしないが、おそらく紅蓮赤鳳の仲間だろう。
「どうすりゃいいんだよ……」
「ちなみに、仲間の金髪は既に落ちているぞ?」
「エードが!?」
 そう言えば、彼の鎧は暗闇でも煌びやかに発光するのだった。あれは微量な光に反応すうるのではなく、暗闇に反応して鎧自身が発光するので、ここにいる限りは場所がすぐに解るだろう。
 ――いた。
 少し周囲を見渡すだけで、すぐに光る鎧は発見することができた。倒れているようだが、死んではいないようだ。ただのびているだけだ。
「まあいいか。エードだし」
「お前、それでも仲間か……?」
 そう言えば、先ほどからファイマたちが黙っている。何をしているというのだろう。気配も近くには感じず、いるのは隣にルイナが一人だけだ。ミレドは……完全に気配を消しているのか、ファイマと同様で現在位置が不明である。
 遠くの場所からは、ちょっとした悲鳴や轟音がいろいろと響いている。それに伴い、何度から地面が揺れた。
「さあ、お前が貰った宝石を渡せ!」
 その揺れを合図にしたのか、向こう側からの殺気が高まる。
「誰が渡すかよ!!」
 こうなっては、最早ヤケに近い。簡単に渡すのも癪なので、ここは戦うことにした。
 ゴウッ! ゴゴウッ!!
 三方向からメラミが飛び出す。一つの火球が早く、後の二つはやや遅れてやってきている。時間差を考えた攻撃だろう。避けきれない――!
 轟音を立てて、三つの大火球がエンに直撃する。
 直撃した時の衝撃が身を振るわせる。
 だが、それだけだ。熱くは無いし、それほどダメージを負ってはいないようだ。
「ああ、そうか。この前、転職したんだっけ」
 火炎魔戦士の職を極め、更なる上級職『紅蓮戦士』という職についたとき、炎属性の攻撃にはほとんど耐えることができるようになっていた。だから、燃えることもなかったし、衝撃だけで済んだのだ。
 炎が霧散し、それが消える前に精神力を込める。
「しまった!?」
「遅い!!」
 光が具現化し、武器が召還された。
「りゅ、『龍具』か!?」
 火龍の斧が召還され、紅蓮赤鳳たちが少し後ろに引くのが解った。
 違う所では、隙を見て自分の武器を召還する光が所々で行われている。それぞれが相対した冒険者と戦っているのだろう。
 北の代表者であるエンは南の紅蓮赤鳳と。エンは知ることがなかったが、西の『ウェスタンテイル』は東の『マナ・アルティ』と、中央の『ジルディ・スパイラル』は引きたて役である冒険者達――つまりはその他――を行動不可能にさせていっている。
 エードはそこらに倒れ、ファイマとミレドがどうしているかは不明。ルイナはエンの隣でずっと様子を見ている。手伝ってはくれないのか、とさえ思ったが、彼女のことだから何かあるのだろうと判断する。
「だが相手が龍具の使い手とはいえ、引くわけにはいかぬ! 我が名は『紅蓮赤鳳』リーダー、全能闘士(オールファイター)のクレナイ。行くぞ!!」
 暗闇の中を移動するのがはっきりとわかる。消えたり現れたりする気配の数は四つ。
「そういや、オレたちのチーム名なんて言ったかな……」
 当初、チーム名をつけようなどとは思っていなかったし、そもそも冒険者にチーム名があるとは知らなかったのだ。だが最近、やっと冒険者名をつけた。
「え〜と……なんだったかなぁ」
「考える暇など与えぬ!」
 右の方向からクレナイと名乗った者の声が聞こえてきた。
 声の方向には人の気配がない。気配を消したか――?
「ぅらあぁっ!!」
 左からの攻撃。いつのまにか回り込んでいたらしい。
「くっ!」
 とにかく避けてみたが、何が起こったのかはこの暗闇のせいで解らない。何かが割れるような音と砕けるような音がしたのは確かだ。
「龍具の使い手も避けるしか能がないのかぁ?」
 嘲笑う声が右方向の遠くから聞こえる。遠くに居るからといって、気を抜くことは出来ない。
「『全・防・炎』! フレアード・スラッシュ!」
 自分を中心に三百六十度方向に防御用の炎を噴きあげる。予想通り、少し遠くにいた者が魔法を使ってきた。
 ベギラマは灼熱の防炎に防がれた。同じ炎ではあっても、さすがは龍具ということか。
「『紅蓮赤鳳』魔道闘士(ルーンファイター)レン。いざ、勝負!」
 クレナイはどこへ行った? レンと名乗った魔道闘士はまだ放っておいて良いだろう。気をつけるべきはリーダーであるクレナイだ。
「『紅蓮赤鳳』決闘闘士(デュエルファイター)、レッド。炎など噴き出して、そんなに狙って欲しいかぁ!!」
 まだ『防炎』の効果は続いている。エンの姿は遠くから丸解りではあるのだが、こちらも同じで相手の位置がよく解る。それに、この炎の壁がある限りは下手な手出しはしてこないだろう。
「かぁぁぁっ!!」
 レッドと名乗った筋肉隆々の男が、防炎を突破してエンにタックルをしかける。
「マジかよ!?」
 彼は上半身裸で、とても炎の中に飛び込んでくるとは思えない服装だった。それなのに、灼熱の壁を突っ切ったのだ。
「『瞬速』のフレアード・スラッシュ」
 レッドの攻撃が届く前に、エンの姿が一瞬にして彼の後ろへと辿りつく。その間に数十回は斬ったのだが、レッドは気にした様子もなくこちらを振るかえり、エンもレッドに向き直った。
「並の防御力じゃないってことか……」
 恐ろしいほどの堅固さだ。ただの筋肉に刃物が通らなかったのだ。
「――自己紹介が遅れたな。我が名は『紅蓮赤鳳』召喚闘士(サモナファイター)ホウオウ。これより、貴様には痛い目にあってもらう」
 後ろからの声。確か、右にはレン、目の前にはレッド、クレナイがどこにいるかはわからないが、恐らく囲まれているのだろう。そういえば、火龍の斧を召還した辺りからルイナの気配がない。
「痛い目、ねぇ」
 何度も炎の技を使っているので、その残り火でだいぶ明るくなってきている。見えにくくはあるが、なんとなくシルエットだけが見えているのだ。
 そして、そのシルエットは、前に一つ(レッド)右に一つ(レン)、後ろを見れば二つ(クレナイとホウオウだろう)だ。
「―――――――――――」
「―――――――――――」
 後ろの二人がぶつぶつと何かを呟いているが、まだ攻撃をしかける様子はないようである。ならば、妙に堅固な守りを持つレッドを先に倒すべきだろうか。
極大閃熱呪文(ベギラゴン)+」
極大火球呪文(メラゾーマ)=」
 最後の言葉だけ、後ろの二人が何を言っているかが聞こえた。その内容を聞いて、エンは思い当たるものがあった。
「「閃球連携・閃熱大火球呪文(メゾラゴン)!!」」
 二人の声が揃う。
 マズイ!
 いくら紅蓮戦士の職が与えてくれる炎属性への耐性が強力でも、これを食らってはさすがに――。
 ベギラゴンよりも凄まじい閃熱が、メラゾーマよりも強大な火柱が、エンを中心に巻き起こる。
 小技でちまちまと持久戦をしていた他の戦闘区域の冒険者はさぞ驚いただろう。
「炎耐性が高そうだったから死にはしていないだろう。行動不能くらいには――」
 炎が収まって近づくクレナイは、すぐに何かに気付く。その『何か』が何であるかは解らない。危険を身体が無意識に察知したのだ。近づいてはいけないと、警告している。
「あっついなチクショウ!!」
 アレだけの炎の中で燃えなかったマントの汚れをはたきながら、エンが立ちあがった。
「き、貴様。何故……」
「何故だぁあ? へへ、教えねぇよ!」
 真実は『封印』のF・S(フレアード・スラッシュ)なるものを試して、相手の魔法効果を封印させようとしたのだが、完全に消滅させる前に食らってしまったのだ。それまでに半分ほどは封印することができたのでよしとする。
「今度はこっちから行くぜ。え〜と……炎……龍。あぁそうだ、『炎水龍具』のリーダー、エンだ! 覚えときやがれっ!!」
 怒鳴るエンに何かの危険を感じたのか、紅蓮赤鳳の四人が少し引く。
「『氷・重・爆・速』! フレアード・スラッシュ!!」
 氷属性の重く、速く、爆発と共に斬りつけるF・Sが、一瞬にして紅蓮赤鳳の全員を打ちのめした。
「ぐぅぬぅ……」
 それでも、さすがに南大陸最強の冒険者と呼ばれるほどではある。行動不能にまで至ることはなかった。
「さあ、アンタが貰った宝石を渡してくれ」
 先ほど、紅蓮赤鳳の誰かが言ったセリフをそのまま言い返してみた。
 まだ行動は続行できる様子だが、勝てないと悟ったのかクレナイが自分の懐をあさる。そして、朱色をした拳一握りより少し小さい程度の丸く、見事な光沢を放つ宝石を取り出す。
「まあ、貰っても意味がない気がするんだけどな」
 エンは別に世界の栄光などは要らないのだ。むしろ、四大精霊(エレメンタル)に関する情報や、魔王を斃すことのできる力がほしい。
 それでも、とりあえずということでその宝石を受け取ろうとする。
「うぐ、ああ、がああああああああ!!!?」
 クレナイが手を振るわせながら絶叫した。
「な、なんだ!?」
 今やあちこちで光ったり燃えたりしているので、蝋燭の灯だけだっときよりも明るく、相手の姿が完全に見えている。
 黒い霧のようなものが、クレナイの身体に巻きつくのがはっきりと見えた。
 その霧を見て、頭に思い浮かぶのは闇。闇色をした夜の霧。
 今の時刻は真昼だというのに、その夜の霧は夜よりも夜らしく、その闇はただの闇よりも、もっと深い闇を思わせた。

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