-異伝章・二伝説-
最強と 呼ばれる者が 終結す




 強い陽射しが照り付けている。とても天気がよく、のんびりとしてこの日を終わらせたい。
 だが、そんな場合ではなかった。
 先ほどまで、自分は何をしていたのだろうと思い返す。
 虹の橋をかけて、目的地に行こうとしていた。橋を瞬時に渡ることができたので、城に向かって進み始めたときだ。急に自分の姿が薄れはじめ、そして消えてしまった。
 気付いた時にはここにいたのである。暗雲、強風、異臭……とにかく嫌悪感の塊であるかのような場所から、なんとも平和なこの場所へと。
 いつかはこのような平和にしてみせると誓ったのだが、今はそのことは関係ない。世界が違うような感じがするのだ。世界が違う――そんな考えが浮かんだ時、思い当たるものがあった。
 この世界の雰囲気を自分は知っているのだ。過去に一度だけ来た記憶がある。
「……」
 蒼い鎧を着て、真紅のマントをなびかせている青年は遥か彼方の地平線を見つめる。
 まだ一七、八歳前後の年である彼は、角飾りが雄々しい兜の下に灯る目は何を見ていたのだろうか。

「で、ここはどこだ?」
「どこだろうね」
「私が知るわけ無いでしょう」
 自分の問いに、二人は答える。マトモな答えは返ってこなかったが。
「でも、なんか知っている気がするよ」
「なに? じゃあクッキーが知っているなら俺らも知ってるはずだろ」
「それもそうね」
 クッキーと呼ばれた金髪の青年は、黒髪の青年の発言に気にした様子もなく、そうだよねぇ、などと頷いている。
 確かに、他の二人にもクッキーと同じようなことを考えていた。どこか知っている感じがするのだ。一度、たった一度だけ来たような気がする。この感覚は何だろうか、と悩みながらもとにかくじっとしているだけでは埒があかないので歩き出すことにした。
 目的地は、ないのだが。

「くそっ! ここはどこなんだ!!」
 さきほどまで自分がいた場所は、とても薄暗く、朝というものがない世界だった。常に夜であり『日』というものがなかった。今まで日下で暮らしてきた自分たちにとって、それは堪えがたい世界だった。だからこそ、変える必要がある。
 だが今はどうだろう。あれほど恋しかった眩しい太陽光が、自分たちを照らしている。それが意味すること、それは、ここがアレフガルドではないということだ。
「落ちついてよ、アレル。気持ちはわかるけど……」
 金髪の魔法使いが、青年に呼びかける。
 死んだと思っていた彼の父親に、もう少しで会えそうなのに、ここは明らかに世界が違う。前にも、こんなことがあった。
「んだべよ。もしかしたら、前と同じで、戻ったら時間も戻っているかもしれないべ」
 そういって、中年太りの僧侶は自分自身の言葉にハッとする。
「前と同じ、か」
 仲間の女戦士もそれに気付き、言葉を繰り返す。
「じゃあ、ここって……?」
 アレルと呼ばれた青年も理解した。前に一度だけ、ここに来たことがあるのだ。この雰囲気は、まさしくあの時と同じ世界のものだ。
「……彼がいる」
 金髪の魔法使いが、誰に聞こえることなくぼそりと呟いた。
 自分を励ましてくれた彼が、ここにいる。

「ねぇ、ここってどこだろう?」
 まだ少年であるにも関わらず、剣を腰に履いている金髪の子供が隣の少女に聞いた。
「わからないわよ、そんなこと」
 少年と同じく金髪で、髪型こそ違うが顔は同じの少女がそれに答える。
 双子であろう彼らは、周囲を見まわしてみるが、全く知らない場所だと判断する。
「僕は、知ってるかもしれない」
 もう一人、この中で唯一の大人である彼が答えた。
「アンディさん、知っているの?」
 少女のほうが聞く。
「え、ああ。たぶんだけどね」
 自分でもよくわからない。しかし知っている気がする。あの時、トペルカを盗まれて、慌てて追って、いつのまにか入り込んだ異世界に似ているのだ。
 似ていると思い込んでいるだけで、実は同じであることに彼が気付くのは、かなり先だった。

「なにか違うなぁ」
「うん、ボクもそう思う」
 白髪の少年が周囲を見まわしながら呟いたことに、綿の魔物が同意する。
「ここってさ、前に一度来たあそこかな」
「たぶん、そうだろうね」
 そう思う節はいくつもある。異世界への穴に入っていないにも関わらず、いきなり移動したのだ。もう一つは、さきほどから何度も戦っている魔物たちが、全くなついてくれないこと。
 前にも一度そういうことがあった。
 そして、それはアノ世界だということを示している。

「オイラ、ここ知ってるぞ」
「え?」
 ぼさぼさ黒髪の少年が、唐突にそんなことを言い出した。
 この石版世界に訪れたことがあるのか? と、同じ少年だが彼よりも年上の少年が訊ねると、彼は首を横に振った。
「ここは、石版世界じゃないんだ。前に一度、来たことがある」
 匂いで解る。この世界の匂いを知っている。ならば、あの時であった彼もいるだろう。
 おいしい料理を作ってくれた彼が。

「馬車もないし、皆もいない。どうしようか?」
 翠色の髪をした青年が仲間達に訊ねる。
「ミネアさんの占いでなんとかならない?」
 髪が渦巻き、少し妙な帽子をかぶっている彼女が、仲間の一人に呼びかける。
「そうよ! ミネアの占いでなんとかなるでしょ!」
 そう言ったのは、ミネアと呼ばれた女性に瓜二つの女性だ。
「姉さん。最近、私をただの案内板にしてない?」
 どうやら双子であるらしい。
「あら。そんなことしてるわけないじゃない」
 柔らかい笑みを浮かべるが、彼女は芸人なので表情を変えるのは容易いことだ。だが、本心はミネアにすぐ解るので、意味がない。
 それでも、確かに今のままでは動きようがないので、占いを始める。
 いつも持っている水晶を手に、集中して力を注ぎ込んだ。
「紅い炎の光が見えます。その炎の近くに、誰かいます。これは――アリーナ姫?」
「え!?」
 自分の名前を呼ばれて、思わず声を上げてしまった。
「紅き炎の光と、アリーナが共同に走っています。魔物を追って……」
「それって、あの時のこと?」
 魔物を追って疾走したことなど、滅多に無いのですぐに思い出せた。
「何か知っているのかい?」
 翠髪の青年に聞かれて、なんとなくだけど、と曖昧な答えを返した。
「(彼が――。エンがいる……)」
 この世界で助けてもらった彼がいる。彼がいるということは、あの世界なのだ。だとしたら……。
「エンを探さないと!」
「誰?」
 双子の姉のほうに聞かれ、説明した。前にここで起きたことを、帰る方法を。
 その時、ミネアの水晶玉に、占いの続きが出ていたが、誰も気付くことは無かった。

 ――紅キ炎ガ 白キ炎カラ出デシ闇ニ飲マレル時 世界ニ終ワリガ来ル――


 装飾は全体的に黒。しかし、それで『闇』を思わせるより『夜』を思わせているここは、神聖な雰囲気を漂わせている。メイジキメラの翼に導かれて来た場所は既に室内だった。
「どうやら、そうとうな加工を施しておったようじゃな」
 道具などに詳しいファイマが言うには、いくらメイジキメラの翼とはいえ、室内に移動することはできないとのことだ。本来は、移動先を予め決めておくための翼だとか。
「いらっしゃいませ。パーティー出席者は、ここに名前のご記入をお願いします」
 タキシード姿の受付に言われて、エンたちは己らの名前を書いていく。

 結局、ここに来ることにしたのだ。差出人がエルマートンと記されていたのなら、それを放っておくわけにはいかない。真実を確かめるためでもある。
「エン様一向ですね。では、代表者はこれをお持ちください」
 受付に渡されたものは、小さな宝石である。
「なんだ、これ?」
 その宝石は、翠色をして見事なほどの光沢を放っている。形状は球であり、大きさは拳一握りより少し小さい程度。
「主催者からの、プレゼントのような物です」
 それ以上の会話は無用、とでも言いたげにエンたちを奥へと促す。そんな態度を取られた以上、エンも話すことができずに、言われたまま奥へと入って行った。
「へぇ〜」
 ミレドが目を短剣のように細めて言葉を洩らす。集まっている人々を見て、なにかを思ったのだろう。見れば、広い会場の構造は、町の酒場と変わらないのだが、雰囲気や装飾が違う。受付辺りと同じで、闇より夜を思わせる荘厳な雰囲気だ。
 その中に、なにかと強そうな冒険者たちが集まっている。
「南北東西、中央までもか。あらゆる場所から集まったものじゃのぉ」
 ミレドと同じようなことを思ったのか、ファイマも苦笑を浮かべている。
 エードのほうは、なにかと辺りを見まわしながらとことん驚きまくっていた。左を見ては右を見ては表情が変わっていくので、見ているほうはおもしろかったが。
「なんか、たくさんいるけどよ……誰なんだ」
 何十人といる中、はぐれないようにと一つのテーブルについて、適当な注文を臨時雇い(アルバイト)らしいウェイトレスに頼む。
「ほれ、あそこにいるのが、東大陸で名を広げた冒険者『マナ・アルティ』。魔道を志す者の集まりでな、いつのまにか、東で最強の冒険者になっておったのじゃ」
 ファイマが指した先には、なるほど身体は貧弱そうだが、共通ローブの装飾や立ち振る舞いからして、魔道系の者たちが四人ほどで談笑している。
 その中で、もとから賢者の杖や神聖の杖(ホーリースタッフ)を持っている人物が、二人ほど見受けられた。武器を召還できない代わりに、冒険者よりも比較的に強い力を得ることができる職業――魔物殺(モンスターバスター)だろう。
「んで、南大陸のヤツは『紅蓮赤鳳(ぐれんせきほう)』。奴等は全員がモンスターバスターであり、全員が闘士系なんだけどよ、その力強さで南大陸最強を勝ち取ったってわけだ」
 全体的に肌が黒く、この暗闇のせいであまり顔が見られないのだが背が高いことだけはわかった。ちなみにこの部屋の明かりは無数に立っている蝋燭で成り立っている。
「西大陸からは、『英雄四戦士』が来るのが妥当なのだが、もう彼らはいないからな。『ウェスタン・テイル』が来ているようだ」
 そういえば、ロベルとディングは西大陸出身だといっていた。だが、エードの言う通り、もう彼らはいない。武器仙人も他界しており、残っているのは賢者リリナのみなのだが、彼女は昔、魔力の使い過ぎによって今では魔法を使うことが苦となり、魔力の流れを感じるだけで気分が悪くなるそうだ。
 魔力を使いすぎた者にだけかかる奇病で、それを治す法はない。死を待つばかりであるのだが、ロベルの意思を継いで、エンたちを見守っている。
 そんなわけで、英雄四戦士は揃うことはない。
 その代わりに、西大陸ナンバー2のウェスタン・テイルという冒険者が来たのだろう。
 直訳すると『西の尾』というだけあって、西よりさらに西、最西端の出身であり、主に自然の中での行動が得意だとか。
 森林戦士(ウッドソルジャー)混血森妖精(ハーフエルフ)一角獣騎士(ユニコーンナイト)弓狩人(ハンタースパイナー)など、確かに自然の中では敵に回したくない相手だ。
 西の果ては大自然に囲まれているとかで、自然とそういうメンバーができたらしい。中でも珍しいのは亜人である混合妖精か。
 余談ではあるが、彼らはトーロルの森を幾度も生還しているという記録がある。ディングが死に、英雄四戦士が数分も持たなかった世界の迷宮である森を、だ。
「中央大陸からは、『ジルディ・スパイラル』か」
 ファイマの視線の先には、姿がバラバラの冒険者が五人。武器を持つ者、持っていないもの、巨体であったり小柄であったりと、パッと見るとまとまりが無いメンバーだが、良く見ると、それはバランスの取れたものだ。剣、斧、弓、魔法、回復の分担がしっかりと成されている。
 あとはそこそこ名の知れている冒険者や、ここで働いている者たちだ。
 適当に頼んだ料理が運ばれてきて、話は一時中断しかかと思われたが、どうやら説明は終わりらしい。
「あれ、『北』のやつらは?」
 ファイマは東西南北中央と言っていたが、先ほどの説明に北の冒険者が入っていなかった。
「ワシらのことらしいの」
「なにぃっ!?」
 料理に手を伸ばそうとしていたのが、ピタリと止まった。
「なんで、オレたちなんだよ?」
 食べることを忘れて、逆にファイマに叫び気味で食いかかる。確かに北大陸の冒険者としてギルドに登録し行動してきていたが、そんなに名前が広がっているとは思ってもいなかった。
「理由は、いろいろじゃよ」
 困ったような顔をしてファイマが答えた。エンも落ちつきを取り戻し、座りなおす。
 その時、周りから痛いほど視線を受けていた。それがエンの大声が迷惑だから、という理由だけで、多くの視線が集まっているのではない。それを理解していたのはミレドとルイナ、そしてファイマだった。エンとエードはまるで気付いていない。

 ――あいつらが『龍具』の使い手か。
 火龍と水龍の……。
 『魔界剣士』のファイマもいやがるぜ。
 あのコリエード家の次男もいるではないか。
 『風殺』のミレドまでもか。
 あの赤髪の戦士、勇者ロベルの最後の言葉を聞いたという噂が……。
 それよりも、魔王と対峙して生還してきたと言う話も……。


 あらゆる噂が、辺りを駆け巡っているが、エンたちに聞こえるわけがなく、先ほどの会話など気にした様子もなく普段の雑談を始めている。
 集まった者たちがどうのという話の時に手を出さなかった料理に、やっと手をつけ始める。
 適当に食えるものを持ってきてくれと注文しておいたので、誰かが好んでそれを食べるということはせずに、空いている料理から食べていこうとした。だが、人間には欠かせない食べるという行為を遮られる。
 ルイナによって。
「痛ぇっ!」
 手を料理に延ばした瞬間、鞭がエンの手を打ったのだ。ただの鞭ではない、水の鞭だ。この中でそんな類稀なる鞭を持っているは、ルイナだけである。
「…………」
 見れば、いつのまにか水龍の鞭を召還しているではないか。
「な、なにすんだよぉ……」
「食べては、いけま、せん」
「は?」
 打たれた手をさすりながら、エンは聞き返した。
「はい! ルイナさんの頼みとあれば、こんなものを食べたりはしません!!」
 理由も解らず、ただルイナの言った通りに動くエードは、食べようとした物を慌ててテーブルに戻した。ミレドは不服ながらも、とりあえず従っている。
「どういうことじゃ、ルイナ?」
「とにかく、ダメなん、です……」
 納得はできないが、とりあえず従った方が良いのだろうと判断したのか、ファイマも食べ物をテーブルに戻した。
「でも……毒とか入っているようには見えませんぜ」
 かなりの目利きであるミレドが観察したところ、毒は確かに入っていない。
「だったら良いじゃんか」
 ミレドのことを信じて、エンは料理を食べようとする。
「……エン……」
 ルイナの呼びかけと共に、口に入れる前に再び水龍の鞭の水が飛んできて、エンは先ほどと同じ場所を打たれてしまった。
「痛ぇって!」
「……叩き、ますよ……?」
「今しただろ……」
 二度も同じ場所を打たれ、エンの手の甲は随分と赤くなっている。しかも、二度目はかなり強烈だった。無表情ではあるのだが、内心では怒っているのだろう。
 さすがにエンも懲りたのか、食べ物に手をつけなくなった。結局、このメンバーは料理に手をつけないままパーティの時間が始まろうとしていた。


 サア、夜ニ導カレシ強者ドモヨ。宴ヲ始メヨウ――。


 冒険者たちが集められたのは、とある祠の中だった。その祠を見下ろす形で、彼は立っていた。
「ふ〜ん。ついにやるんだねぇ。あ! ってことは、あと少しで、ボクにも出番があるってことだね♪」
 にっこりと笑っているが、それは好意が持てるような笑顔ではない。不気味な、近寄りがたい笑みだ。大きな鎌を手にしたその男の腹には、鎖で封じられた大きな口が蠢いたいた――。

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