-異伝章-
プロローグ





 それは闇の中。
 その闇の中に、より巨大で強大な闇がそこにいる。
「ジャルート様」
「“……マジュエルか”」
 小柄な体型である魔物が、闇に呼びかけ、それに闇が答える。
「先日、異界への穴が全て遮断されました」
 エンたちが『時空の穴』と称していたことなど、知るはずがない。
「“そうか”」
 闇の魔王――ジャルートはゆっくりと頷いた。
「“消えてよかったかもしれんな”」
 あれは自らにも災いを(もたら)ものになったのだ。言葉とは裏腹に消えてよかったと心底思っている。
「ただ……そのことについて、『封印』が動きを見せ始めています」
「“なに?”」
 魔の頂点に立つ王は、明らかに動揺を表した。
 自分に災いを齎す者の存在。それが動き始めている。既に自分を脅かす存在の一つ、勇者ロベルはこの世に存在しない。だが、あと一つ、一つだけこの世界に脅威を残しているものがある。
 それが、死魔将軍であるマジュエルでさえ、口にするのを躊躇った『封印』と呼ばれるものだ。
「いかがいたしましょう?」
 マジュエルは昔、勇者ロベルに斃されたのだが、聖邪の宝珠(オーブ)の力により復活を成している。他にも、氷魔将軍ネルズァ、雷魔将軍フォルリード、岩魔将軍ガーディアノリスも復活している。
 しかし今は他の将軍は誰一人いない。ここが魔王ジャルートの空間であり、そしてとある"準備"をしているためだ。その準備の際、ジュマが異変を察知し報告しにきたのだ。
「ジャルート様?」
 いつまでも返事がこないので、名を呼んで見る。そして、答えが返ってきた。
「“様子を見ておけ。『封印』が解けるようなことがあれば、我が自ら――出る”」
 その言葉にマジュエルは了解の返事を返し、間を退室する。
 闇は、より深い闇の中に消えていった。
 
 闇の紋を出て、炎の紋に帰る。
「魔王様は何と申していた?」
 紋に入るなり言葉をかけてきたのは、氷魔将軍ネルズァ。
「様子を見ておけ、とのことだ」
「そうか」
 それだけを言って、紋を退出する。氷の力を司る彼にとって、炎の紋にいることは辛いらしい。
「ガーディアとフォルにも伝えておけ」
「……承知した」
 ガーディアノリスとフォルリードの二人は、この場にいない。ネルズァのみがいたのは、魔王からの命令を他の将軍へ伝えるためにココにいたのだ。
 そして、彼らは準備に取り掛かる。これから成そうとしている事の準備に。



-異伝章・一伝説-
招待状 差出人は あの野郎



 
 強い日差しが照りつける。森の中だというのに、その日差しはあちこちに降り注いでいた。それでも、時間が変わり、いくら太陽が移動しようにも日が一度も当たらない場所も当然ある。その一つにぽつりと館が忘れられたように建っていた。
 それは館というにはお世辞にも立派とは言えないもので、昔は立派だったのだろうが今はただの廃墟に近い。
 それでもそこに住まう者もいる。ただし、それは真っ当な人生を歩んでいないもの達の集まり。野党や盗賊、たまには魔物も生息している。
 古代からの館だったら魔法の宝が残されている可能性もあるのだが、この館は古代時代のものではない。
 盗賊ギルドの登録されていない、ただの盗賊の集まり――野党どもが笑い声を上げる。近くを通る行商人などを襲い、荒稼ぎしているのだ。
 そして今日も収入があり、昼間にも関わらず、館の前で酒を飲んだくれている。周囲に動物を近寄らせないほどの喧騒は続くが、いつまでもとはいかない。
 げらげらと下品な笑いを立てている中心に――赤い火の玉が落ちてきた。
 火の玉は地面にぶつかると同時に爆発して、周囲にいる野党の数人を吹き飛ばす。
「な、何事だ!?」
 頭とも見える大柄な男が当たりを見回す。すぐに犯人は見つかった。
「何事かって? 見りゃわかるだろうが」
 火の玉――大火球呪文(メラミ)を放った人物はすぐそこにいた。
「テメェ何者だ!?」
 月並みなセリフを言って、野党のボス格は大剣を握る。
「ん〜、名乗るほどの者じゃないとでも言っておこうか?」
 言葉と同時に、彼の目の前で光が発せられた。それを掴むと、その光は形を作って具現化、そして武器が召還される。
「冒険者!?」
 この世界に武器を召還できるものといったら、冒険者以外の何者でもない。
「そうだ。オレはただの冒険者だ。だから、依頼された仕事を実行させてもらう」
 彼の手には、雄々しい斧が握られていた。両刃で、炎を模したような斧。彼の髪と同じく全体的に赤い色をしていた。
「な、何を頼まれた?」
「ん? ああ、ここの野党退治。あと……」
 少し考えて、言葉が切れる。
「ま、いいか」
「ふざけんじゃねぇっ!」
 結局答えは聞けなかったが、それに対して深く追求するわけではなく、野党のボスは大検を振り上げて襲い掛かる。
 その一振りをよけて、斧を一振り。技を使うまでもなく、野党の頭は一撃の下に沈んだ。
「さてと、目当ての物はどこかな〜」
 遠巻きに何十人にも囲まれているが、誰も襲いかかろうとはしてない。目の前で一番強い者――自分たちのボス――があっさりと倒されたので、自分も同じ運命を辿るのではないかと思っているのだ。
 宝の山になっている場所に堂々と踏み入り、目的の物を取り出す。他にも金品はあったが、どうせ盗品なので興味はない。下手したら、自分が犯人にされかねないのだから、それらは放っておくことにした。
「それじゃ、あばよ!」
 館を出る際に、会心の笑みを浮かべて野党どもに挨拶を送った。当然こと、誰一人として挨拶を返してこなかったが。

「エンよ。依頼物はあったか?」
 館を出て、少し歩いた所で自分の名を呼ばれて立ち止まる。自分に呼びかけたのは、仲間の一人である。開けているのか閉じているのか解らないほどの目をしている彼の名はファイマという。
「ああ、これだろ?」
 そういって、先ほど館内で入手したものを見せびらかす。
 それを確認してファイマは、確かに、と頷いた。
「もう一つの依頼のほうは?」
「今から」
 エンは後ろを振り返る。館は廃墟であるのにかなり大きく、そこに住まう野党を全て退治するには館ごと吹き飛ばすのが一番だと勝手に思ったのだ。今なら、ちょうど野党は全員、外に出ている。先ほど確認したばかりだし、今ごろ放心状態だろう。誰も館には入っていないはずだ。
「――暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて 破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋……」
 紋の名を言う度に、赤い炎の塊が前に出てくる。
「我放つは――」
 四つの炎が一つとなり、それは強大な力を持つものになる。
「ビッグ・バン=I」
 そして、それが放たれた。
 轟音と爆発、そして破壊。
 巨大で強大な爆発が起き、先ほどまで館だった場所はただの穴でしかない。威力を抑えていたので、館の近くにいた野党どもに死者は出ていないだろうが、二度と悪事ができないような状態にはなっているかもしれない。
「派手にやったのぉ」
「別にいいんじゃねぇの。それに、こうした場面では死人はでないもんだ」
 妙な理屈を言いながら、その場をあとにする。

 近くの町に寄って、仲間達と合流した。
 常に無表情で、エンと最も仲の良いと言える女性のルイナ。それに一目惚れし、ちょっとしたきっかけで付いて来ることになった、金髪で美形ではあるのだが、本名が人前でいうのを恥じているエード。エードというのは家名のコリエードから取っているらしい。そして、盗賊のミレド。盗賊ギルドに暗殺者として登録されているほどの凄腕で、ちょっとしたきっかけでルイナに仕えることになっている。
「取り戻せたのか?」
 町の酒場に入るなり、いきなり声をかけてきたのはエードである。
「ああ、この通りだ」
 そういって、例の物を見せた。
「んじゃ、行こうぜ」
 ぶっきらぼうに言うミレドを先頭に、この町の冒険者ギルドに向かう。冒険などを斡旋してくれるギルドで、今までエンはこのギルドの存在すら知らなかった。
 ギルド内に入り、辺りを見回す。目的の人物はすぐに見つかった。
 まだ小さな幼女で、年齢はエンの半分以下だ。
「これだろ?」
 その幼女に近づいて、入手したものを見せる。何の価値もない、ただのヌイグルミだ。
「うん、これなの。お兄ちゃんたち、ありがとう!」
 素直に喜びはしゃぎ回る。この子の親から報酬を貰えば、この件は終わりである。
 エンたちは四大精霊(エレメンタル)探しの間に、資金がほとんど底をついていることに気が付いた。だから、こうして冒険者ギルドに行ってでも仕事を見つけているのだ。大した金にはなっていないのだが。
 そもそもエードは有名な資産家の息子らしいのだが、家の事情で大きな金額の資金は扱えないのだとか。
 先ほどの野党の館で、大量の金品を発見したが、エンのビッグ・バンでその全てが消失しているはずだ。今ごろになって、少しだけでも貰っておけばよかったなどと思う。
「本当にありがとうございました」
 ヌイグルミを渡した子の親は自警団をやっているとかで、野党退治も仕事内容に含まれていた。
 報酬は今まで最も多いと思うが、それでも生活がなんとか保てるかどうかとういものだ。
 他の仕事がないか、ギルドの者に聞くと意外なことを言われた。
「あのぉ、エン様ですよね。お手紙を預かっております」
 そう言って、一通の封筒を渡された。冒険者ギルドに正式登録して、初めて手紙だったので疑問に思うのも当然だ。冒険者ギルドは、指定された登録済みの冒険者に荷物を届けたり手紙を送るというサービスもやっているらしい。
 しかし誰からの手紙だろうか。この世界には知り合いがそこまでいるほうではないし、それは完全な個人宛てである。まさか、時空の穴の事件時の、エーモ砂漠遺跡の損害賠償請求書とかじゃないだろうな、と思いつつも封を切る。
「誰からじゃ?」
 横からファイマが覗き込むが、封筒自体は裏表真っ白で、エンの名前が書いてあるだけだ。識別のためのエン宛、という冒険者ギルドのシールが貼られているくらい。
 ともかく、中に入っている手紙を読み上げる。

『前略、エン様へ。
 最近はいかがお過ごしでしょうか? 冒険が捗っているご様子で、私も嬉しく思います。この度、私が気に入った冒険者の皆様を呼び、パーティーを開きたいと思います。仲間の皆様もどうぞお越しください。
 場所は同封されているメイジキメラの翼を使えば、瞬時に着くことができます。日程はサファイアの月・エメラルドの日・アメジストの刻より開催します。
 貴方達に祝福を。
 ――――――より』
「……誰だ?」
 最後の差出人であろう名前が文字らしい文字ではなかった。
「魔物の言語ではないのか」
 ファイマが言って、唯一その言語を解読できるエードがそれを見てみた。
「確かに、崩れてはいますが、魔物言語のようですね」
 改めて文字を見つめて、なんとか読み上げてみる。
「え・る・ま・ー・と・ん……?」
 その言葉に全員が沈黙した。

 どれくらいそうしていただろうか。
 その間、皆は時が止まったかのように無言であった。 「エルマートン……だと!?」
 震える声で、エンは明らかに動揺している。
「ああ、『エルマートンより』と書いてある」
 エードが何度も読み返したが、そう書いてあるのだ。魔物言語は何回で、崩れた文字としてなんとか読み取るとやはりエルマートンと書いてある。
 ――エルマートン。魔王の息子であり、エンの精神内に溶け込んでいたものだ。一度は肉体ごと取られたが、ルイナの助けによりエルマートンを斃すことができた。今は過去の存在であるのだが、こうして招待状が送られてきている。
 書いてある文面を見てもエルマートンではないと思うのだが、差出人はエルマートンと書いてある。たまたま同じ名前、というのもありえるのだが、本物ではないのだろうかと思ってしまう。
 同封されている赤いキメラの翼を見ながら、誰もが黙っていた。
 行くか、行かまいか。
 強制的に『来い』とは書かれてはいないので、断ってもいいのだろうが興味はある。
「どうするよ……?」
 行かない方がいいんじゃねぇか? というような感じでミレドが訊ねる。
「どうするって言われてもな……」
 曖昧な答えを返し、日程を改めて見てみる。ルビスフィアの年月は宝石の名前で構成されている。
 サファイアの月……今月だ。
 アメジストの刻……朝の十時辺りを指している。
 エメラルドの日……明日だ。
「明日!?」
 読み返して初めて気付いた。パーティー開催が明日の十時なのだ。
 瞬時につくとは言え、それなりの準備などがある。行くなら、今ごろから準備をしないと間に合わない。
 結局、その数時間も悩むことだけに時間を費やしてしまった。

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