-外伝章・七幻説-
完走するエンドレス・レ〜ス




 先日、テリーの件で既に異世界人がこの世界に迷い込んでいる可能性が出てきていることが解った。それにより、一日でも早く時空の穴を塞ぐように急いでみたら意外な結果が見つかる。
 時空の穴が、残り一つしかないのだ。
 念のため洸凛珠を使って『他の時空の穴へ』という設定で空間移動を行った所、今いる場所以外には飛ぶことはなかった。
 周囲の探索を終え、誰も迷い込んできていないことを確認して、最後の時空の穴を塞ごうとした時、やはり運命の悪戯が始まってしまう。

 バチバチ――バシュン
 時空の穴が光を発し、続いて何かが飛び出す。
 闇の豹――ダークパンサーが、口に何かを咥えていた。
「……あ」
 いきなりの出来事だったので、捕まえる前に逃走。この時、捕まえていなかったら後でどんなことになるかなど考えてもいなかった。
「どうするよ?」
「どうするって言われても……」
 ミレドに追うか追わないかを聞かれ、エンは曖昧な答えを返した。
 そして、また違うものが現れる。
 穴が光を発して、何かが飛び出した。
「うがぁ。どこだ、ここ?」
 出てきたのは、まだ少年だった。テリーも少年だったが、さらに幼く見える。
 ぼさぼさの黒い髪に、ズボンと外套だけ。寒くないのかと疑いたくなる格好だったが、彼は寒さなど感じてはいなかった。
「ん……誰だお前ら!?」
 エンたちの姿を確認した途端、少年の目の色が変わった。
 獣が威嚇するような、いや、獣そのものの危険性が目に宿っている。まだ少年だが、小さいからと言って野犬に油断する者はいない。
「誰だって……オレはエンだ」
 全員を代表してエンが答える。
「……そっか。オイラはガボだぞ」
 堂々とした挨拶のおかげか、少年は警戒の色を消した。年相応の笑み浮かべる姿は、やはり幼い。
「そういや、ここはどこだ? エスタード島とは違う匂いがすんぞ」
「ああ、ここはだな」
 何度目になるか解らない説明をするが、誰もが一回で納得してくれたこの話、ガボが理解するまで数度も説明を繰り返した。納得してもらったときも、本当に理解できたのかと疑うほどでもあったのだが。
「アイツから、あれを取り戻さないと!」
 これからどうするか、と問うと、いきなり彼はそう言った。
 どうやら、闇の豹に何かを盗られたらしい。
「アルスから貰った、大切なものなんだ」
 ダークパンサーの走って行った方向を教えると、彼は言いながらにして走り出した。
 四つ足で走る姿は一瞬だけ獣に見える。聞けば、元は狼だったのだが、魔人の呪いにより人間にされてしまっただとか。しかし、ガボ自身はそのことをあまり気にしてはいないし、受け入れている。姿形が違えども、自分が自分であることに変わりはないのだから。
 ガボを一人で行かせるわけにもいかず、エンたちもその後を追う。
 そして、ダークパンサーに追いつきはしたのだが、魔物は近くにあった遺跡塔に逃げ込んだのだ。当然、エンたちとガボもその中へと入っていく。
 その時、ファイマは思い当たることがあった。
「(この塔、もしや……)」
 それ以上先のことは、自分でも思うことをやめていた。

 塔の中は全体的に明るかった。壁自体が微量な光を発しているらしい。光石という種類のもので作られているだとか。
「アイツは、この上だ!」
 なんの迷いもなく階段を駆け上がっていく。どうやら、狼本来の嗅覚を失っていないらしい。最初は狼が人間に、などというのは信じられなかった話ではあったが、信じざるをえない。
 そして、確かにこの階段の上、この塔の二階にダークパンサーは待ち構えていた。
「“グゥルルル”」
「ガゥゥウウゥ!」
 端から見ると、自然の中の野獣対決といったところだった。互いが互いの力を計りあい、そして自分が少しでも強いと見せるために唸り声を上げる。そして、しびれを切らしたほうが飛びかかる。そんな雰囲気だ。
「…………」
 ここで何か一言でも言おうものなら、それが合図となり両者は自らの武器を持って相手に襲いかかるだろう。無論、その武器とは己の四肢と牙。
「ウガァッ!!」
 先に動いたのはガボだった。
 金色の瞳を煌かせ、腕を振りかぶってダークパンサーに飛びかかる。その腕には鉄製の爪が装着されている。人間と化した爪では頼りないが、装備した鉄の爪は十分過ぎる凶器となる。
 フォンッ。
 ダークパンサーの姿が揺らいで、消える。改めて見ると、ガボが攻撃した数歩後ろに移動していた。
「“ガァァァッ!!”」
 獅子の咆哮を上げ、獣本来の爪でガボに襲いかかる。援護をしようにも、その攻防は素早すぎた。
 ガボにダークパンサーの爪が届く――。
 いや、届く前にガボの周囲で変化が訪れた。なんと、ガボの周囲に半透明の白い狼が出現したのだ。その狼は、ガボと同じ金色の瞳を危険に輝かせていた。
 それは幽体そのものだったが、そこにいる存在感は強すぎるものでもある。
「かみつけ!」
 ガボが命令した通り、半透明の狼たちは目標に噛みついては消えて行く。ダークパンサーがそれを振り払おうとしても、ただ姿が揺らめくだけでおさまり、狼たちはガボの命令を忠実に実行した。
「“グゥゥァア”」
 勝てないと解ったのか、ダークパンサーが後ろを向いていきなり逃げ出した。
「待てぇっ!」
 ガボがそれに続く。
 さきほどの戦闘に加われず、ただの傍観者と化していたエンたちも慌ててそれを追った。

 塔の三階を通り越し、四階へと辿りつく。入る前に見た感じからすると、この塔はせいぜい五階までしかないだろう。上は最上階だ。
 それにしても、ダークパンサーの逃げ足は凄いものだった。メタルスライムやはぐれメタル、メタルキングなどのメタル系の魔物ほどではないとはいえ、その速さには驚かされる。
 そして、それをマトモに追うガボの素早さは異常ではなかった。元は狼――ここで来たら、信じない者はいないだろう。
 なんとか二人(一匹と一人)に追いついて走ることが出来たのは、最も素早さの高いミレドただ一人だった。あとの四人はミレドの残した目印を頼りに追いついてきたのだ。
 そして、エンたちがようやく追いついた時、ガボとダークパンサーが再び対峙していた。
「“貴様。どうしてコレにこだわる?”」
「それはアルスから貰った大切なものだ。早く返せ!」
 先ほどまで唸り声しか上げていなかったダークパンサーが喋っていることに、ガボが何の驚きも無く会話を続けた。異世界の魔物が、この世界では喋れるということをエンたちは知っていたが、ガボは驚きを見せない。気付いていないだけなのか、それともそれぐらいは気にしていないのか。どちらにせよ、今は関係無いので思考を止める。
「“ならば、力ずくでも我が動きを止めて見せよ!”」
 変な条件だな、とエンは思う。そういえば、だいぶ前のメタルスライムも妙な条件を出してきた。
「そんなの簡単だぞ」
 素早さと力には自信があるのか、ガボは不敵に笑う。
 ニヤリ、と顔を歪ませたダークパンサーは通路の奥へと消えて行く。
 当然、それを追ってガボも走り出す。
「おいルイナ、なんか素早さが上がる薬とかないのか?」
 ここに来るまで、あの二人(一匹と一人)には追いつけないことが解った。ならば、基本走力を上げてしまえば良いのだ。
「しかしエンよ、いくらルイナとはいえ、そう都合の良い物があるわけ――」
「走力上昇薬『ピオリウム・(クロス)II(ツー)』です」
「…………ないわけでは、ないらしいのぉ」
 言葉を言い切る前に否定されて、ファイマは語尾が小さくなった。
 とにかく、ルイナが出した緑色の丸薬を全員が飲み、ガボたちの後を追う。
 その薬の効果は絶大だった。
 自分でも信じられないくらいに足の速さが上昇しているのだ。身体も軽いし、疲れるということはない。ただし、嫌な予感というのは拭えない……。

 ともあれガボに追いつくのは容易だった。それというのも、さすがの彼も走り続けで(さらには途中に戦闘もしている)かなりの疲労が溜まっていたのだ。
「オイラ、もうダメかも……」
 消えそうな声で言うガボを、エンがいきなり担ぐ。
「んじゃ、一緒に行こうぜ」
 ガボは驚きはしたものの、下ろせとは言わない所を見ると、どうやらこのままでも構わないらしい。
 彼は小さいので、エンが担いでも何の支障もなかった。
 ダークパンサーとの距離はすぐに縮まった。だが、数メートル先なだけなのに、そこから全く追いつけないでいる。相手の速度が上がったのか、自分達の速度が下がったのは解らない。
 走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る……一向に負いつかない。
「なんでだ!?」
 全速力で走っているのに、後ろまで追いつくができたのに、一向に距離が縮まらないことにエンは怒りだしていた。
 妙なことはまだあった。通路自体は一直線なのだが、それが延々と続いているのだ。曲がり角も、階段もない。
 いつまで走ればいいのかという不安。傷を負っているはずのダークパンサーの異常な速さ、その全てが怒りと疲れという感情に書き換えられる。
「もしや……」
「ファイマよぉ、なんか思い当たるものがあるんじゃねぇの?」
 ぼそりと呟いたが、それをミレドは聞き逃さなかった。
「うむ、ここはもしや『幻の塔』ではないのかと思ってな」
 幻の塔――その名の通り、幻的存在ではあるのだが、それは実在する塔である。その塔の仕掛けの一つに無限ループというものがある。一定の空間まで行くと、空間ごと巻き戻される。そして、それに入ったものは一生出られないという。
「ガボよ。目の前を走るダークパンサーに匂いはあるか?」
「……オイラもおかしいと思ってた。アイツ、さっきから何も匂わないんだ」
 ファイマの問いに、エンに担がれたままガボは答えた。
「確か、ダークパンサーは幻覚呪文のマヌーサを使えたはずです」
「やはり、あれは幻じゃな」
 魔物について詳しいエードの言葉で、ファイマは確信した。目の前を走るのはただの幻であり、ここは無限ループの仕掛け場所なのだ。
 一向が一旦止まると、前のダークパンサーは走っているのだが前に進んでいない。ただの一定間の距離において見せられていた幻像である。どうやら、永遠に終わることのない競争をやらされていたようだ。
「どうする?」
 以前のように塔ごと破壊ということにはいかいない。また全面責任を負わされたくないからだ。エンの問いに、ファイマが数秒間考えて、そして結論を出す。
「とりあえず、ここから脱出じゃ」
 エードのリレミトがこの塔の魔力にかき消されたため、ルイナが『旅の扉の泉』を作り出すことでこの塔を脱した。ちょうどいいというべきか、グッドタイミングというべきか……塔の外に出た瞬間、本物のダークパンサーがそこにいたのである。
「ふ〜ん。逃げようとしていたみたいだなぁ」
 エンは先ほどまでの苛立ちがはっきり表に出ており、口元は笑っていても目は全く笑っていない。。
「“き、気付いたのか?!”」
 動揺した様子でダークパンサーの顔色が悪くなる。紫の毛皮なので、少々わかりにくいが。
「追いついたぞ! アレを返せ!!」
 エンからおりたガボが、金色の瞳を危険に輝かせて怒鳴りつける。
「“く、ククク。アレなら、もう喰っちまったよ”」
 その言葉に、ガボの怒りが爆発した。
「ウガァァァァァアアアアァア!!!!」
 逃げようと後ろを振り返ったダークパンサーは、さぞ驚いただろう。異常な速さで、ガボが目の前にいたのだから。それを考えるだけでも、彼の怒りぐあいが予想できる。
「斃すか?」
「あったりまえだぞ!」
 ダークパンサーの後ろで発せられた言葉、そして、目の前の了解。その二つは、自分に死を与えるものだと直感的に感じ取った。逃げなければ死ぬ。どうやって逃げる? 目の前にいる人間の子供は、今は自分より速いのだ。どうする? どうする? どうする? そうだ、自分には翼があるではないか。飛んで逃げればいいのだ。
 思考が一瞬にしてまとまり、翼を大仰に広げた瞬間――
 オォオオン……。
 狼の咆哮が響いた。
「ほえろ!」
 半透明の白い狼たちが、恐怖を与える雄叫びを上げた。
 精神的にも追い詰められていたダークパンサーの身体が、竦み上がって硬直する。
 同時に、ダークパンサーの羽がボトリと鈍い音を立てて落ちた。遠い間合いからエードが聖騎士の特技『真空波』を放ったのだ。硬直状態だったダークパンサーは、それをまともに受けても尚、硬直状態から解放されていない。
「『獣斬』のフレアード・スラッシュ!!」
「ガァッ!!」
 獣系の魔物に対して絶大の威力を誇るF・S(フレアードスラッシュ)、そして会心の一撃とも言える強力な攻撃でガボがダークパンサーの身体を抉る。
 既に傷を負っていたダークパンサーを斃すには、これで十分だった。
 終わり無き競争が、今終わったのだ。


「結局、何を盗まれていたんだ?」
 エンの問いに、ガボは残念そうに答えた。
「魚だぞ」
「は?」
「オイラ、釣りは下手なんだ。それで、アルスが釣ってくれた魚を、焼こうとしたら、アイツにいきなり盗まれて……」
 エンの力が、どっと抜けた。どんなに大切なものかと思ったが、ただの魚である。だから、魚を釣ってガボにプレゼントすると彼は大いに喜んだ。ついでに夕飯にも誘い、食会を開いた。彼の食べる量は半端ではなく、最後まで付き合えたのはエン一人だったが。
 とてもおいしかった、と感想を貰い――エンが料理したのだ――ガボは元の世界に返っていった。
 なんだかドタバタとしたが、これで時空の穴の事件は解決したように思えた。
 これは余談である。洸凛珠はファイマの希望により、エルデルス山脈に安置されることになったとか。

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