-外伝章・六幻説-
勇気あるリトル・エクスプロ〜ラ〜




 暑い。
 ヒアイ村は温暖気候だったが、灼熱気候ではない。だから、エンも十分に暑いと感じてしまう。
「み、水……」
 革袋に入った水を何度も飲み、少しでも暑さを和らげようとする。しかしそれも一時しのぎで、喉はすぐに乾いてしまう。
 時空の穴を目前に、全員が倒れそうな雰囲気だった。
 エンたちが今いる場所は、砂漠に埋め尽くされている第二南大陸。エーモ砂漠と呼ばれる場所だ。異世界からの住人が周囲にいないかどうかを調べるつもりなのだが、人選をする前に全員がダウンしてしまったのである。
「ああ、花畑の蜃気楼が見えるぅ〜」
 ふらふらとしながら、無意味に歩を進めるエン。もはや、それは蜃気楼でない存在かもしれないのだが、今のエンは判断がついていない。正常状態でも判断がついていたかどうかは疑問であるが。
「……冷水雨(コールド・レイン)……」
 水龍の鞭を使い、ルイナが冷たい雨をエンの頭上に降らせる。
 エンは正気を取り戻し、花畑は見えなくなった。
「……むぅ。こうなったら、近くの岩場の影で休憩するしかないのお」
 妥当な提案に、全員が頷いた。

「誰かいるぞ」
 近くの岩場、といっても大きな岩があって、それがちょうどいい日影を作っているのだ。その場所に、誰かが眠っている。
「魔物!?」
 その誰か――しかもよく見ると、それは子供だ。眠って無防備な状態の子供を、囲むように魔物が三匹。
 スライムに飛空龍(スカイドラゴン)。そして、見慣れない魔物が一匹。今まで未知の魔物の遭遇することはなかったが、今になって初めて誰もが知らない魔物を見つけた。大きくはないが、全身が綿のように見た目がふかふかしている。
「襲われてるんじゃねぇか?」
 子供が一人こんな所にいることを疑問に思うが、そんなことよりも周囲の魔物が襲おうと――しているように見えないでもない。なんだかそうでないような、だが魔物に囲まれていることは危険であることに変わらない。ならば、先に魔物を倒して、子供から事情を聞くまでだ。
「とにかく、斃す!」
 火龍の斧を召還して、魔物たちに斬りかかって行った。

 最初に動いたのはスライムだった。
 ただのスライムなので、放っておいてもいいと思った矢先、その考えが甘かったと思い知らされる。
 スライムが、いきなり灼熱の息を吐いたのだ。驚きはしたものの、戦いに熟練した体が無意識にそれに対して抵抗する。
「『防炎』のフレアード・スラッシュ!!」
 灼熱の炎の壁がエンの目の前で噴き上がる。防御専用の炎に遮られ、灼熱の息はエンたちに届くことはなかった。
 だが、今度は違う角度からスカイドラゴンが襲ってきた。
 ゴウッ。
 再び灼熱の息。防炎は前だけに展開されたので、今度は直撃を受けそうになった。
「……水障壁」
 やはり、バリアならルイナに任せるべきだ。
 水龍の鞭から放出した水の防御壁は、灼熱の炎をいとも簡単に弾いたのだ。
 ドドゴウンッ!!
 最後に動いた魔物。綿の魔物が、爆発を起こした。
 極大爆撃呪文(イオナズン)――いや、それ以上の威力だ。
 後から続いていたファイマとミレドとエードが、呻きを上げてその場に倒れる。
 大爆発(ビッグバン)
 エンの大破滅爆(ビッグ・バン)よりも威力は劣るものの、その破壊力はイオナズンを上回る。
「このっ!!」
 ちょうど目の前にいたスライムに火龍の斧を振り下ろす。
 回避行動の取れなかったスライムが真っ二つに斬られ、分裂した身体が、地面に落ちて絶命する――はずだった。
 スライムが地に落ちる前に、光を放ち、再生したのだ。
「嘘だろ!?」
 見ると、綿の魔物が手に神秘的な色をした光を宿らせている。その光は、スライムが光ったときの色と同じである。スライムはエンから受けた傷など、どこにもないかのように立っている。
 完治蘇生呪文(ザオリク)
 その効果により、スライムは命を繋いだのだ。
「先にあの綿の魔物を倒すぞ」
 ファイマが炎の剣を召還して目標に突っ込んだ。
 いつのまにかルイナが回復呪文をかけてくれたらしい。
 エードとミレドがスカイドラゴン、ルイナがスライムと対峙している。
「『重・速・爆・炎』! フレアード・スラッシュ!!」
 もともと、火龍の斧とF・S(フレアード・スラッシュ)は炎属性であるのだが、あえて『炎』を入れたのは、その効果をさらに上げるためだ。ファイマが炎の剣を召還しているのを見て、綿の魔物が炎に弱いのかと思ったのだ。
 そして、重く、速く、炎属性を高めた爆発が綿の魔物を襲う。
 ギギィギィィィィィィィン……
 手応えが――ありすぎた。
 何か硬いものを斬りつけたかのような。
鉄化呪文(アストロン)か。厄介じゃのお」
 見れば、スライムとスカイドラゴンも鉄の塊と化している。
 こうなっては、攻撃しても疲れるだけだ。
「今のうちに、子供のほうを助けておくか」
 その判断は正しかった。

 急いで子供を起こし、危険を伝える。
 しかし、子供は起きるなり『心配要らないよ』の一言だった。
 アストロンの効果が切れ、三匹の魔物が生身の身体に戻る。
 慌てて構えようとすると、子供――少年の笑い声が全員の視線を集めた。
「驚かせてごめんね。僕の名はテリー。モンスター・マスターなんだ」
 そういうと、三匹の魔物はテリーと名乗った少年のほうに喜びながら集まって行く。
「スライムのスラッチ。スカイドラゴンのハイルド。そして、わたぼう。皆、僕の仲間なんだよ」
「ふぅむ、魔物使いとはのぉ。少年にしては、強力な魔物をつれておる。うむ、感心感心」
 ファイマがテリーの実力を見抜いたのだろう。どうせ見抜くならテリーがモンスター・マスターであることを最初に見抜いてほしかった。感心なんて言ってる場合でもないだろ、と脱力感がエンを襲い、しばらく動くことはなかった。

 テリーはもともと異世界を旅しているらしく、あらゆる旅の扉に入っているという。
 その異世界の中で、ワープゾーンの黒穴を見つけ、飛び込んだらここにいたということだ。間違い無くその黒穴は時空の穴で、似ていたで気付かなかったのだろう。
 それでも、何の疑問も持たずにこの世界を旅しようとしていたらしい。
 エンたちが気付かなかったら、戻れない旅になっていたかもしれないのに。
「それにしても、異世界とは違う異世界か。凄い魔物とかいるのかな」
 モンスター・マスターであるテリーにとって、魔物は仲間であり、求めるべきものらしい。今回は毎度のことのように何も盗まれてないので、すぐに帰そうとしたのだが、テリーが提案したのだ。
 珍しい魔物を仲間にしたい、と。
 そうはいっても、どれが珍しくて、どれが珍しくないのかは解らないのだ。
 なので、適当に魔物が出る場所へと赴いた。

「テリーは仲間探し。オレたちは財宝探し。なくても金は入るんだから、一石二鳥だよな」
 なにか違うようなことを言いつつ、エンはエーモ砂漠西にある遺跡の中へと踏み入った。中は外よりもひんやりとしているので、砂漠の暑さが嘘のような所だ。
 テリーと出会った近くの町、モンピエーモという場所で、冒険の依頼をミレドが引き受けてきたのだ。西の遺跡に財宝があるのだが、魔物がいるということらしい。
 その財宝を狙って、数多くの町人たちや噂を聞いてやってきた冒険者が消えて行ったと言う。
 魔物を退治し、遺跡を安全地帯にしてほしい。それが依頼内容だった。
 魔物を倒すだけて報酬は入り、しかも財宝は一割ほど貰えるらしい。
 それで、早速その遺跡に来たのだが、エンたちにとっては期待ハズレの状態にあった。
 遺跡は、ほとんど荒らされていたのだ。財宝がある、というのは明きからな誤報だ。
 ではなぜ、町の者がここで消えたのか――。その答えは、すぐにわかった。

 荒らされた跡でも、取り残しがあるかもしれない。その可能性を信じて、遺跡に奥に行こうとした瞬間、入り口がいきなり塞がれたのだ。
「罠か!?」
 さらに、巨大な魔物が上から降ってきた。
 牡牛のような外見の巨大な魔獣。遺跡内は広いのだが、その一匹でかなりの面積が奪われてしまう。
死滅の魔羊獣(デスゴーゴン)じゃと?!」
「知ってんのか?」
 ファイマの驚きは以上なほどだった。
「知っているも何も……デスゴーゴンは魔界にしか生息しない魔獣じゃ」
 それが、今は人間界にいる。不自然なことではあるのだが、それよりも斃すほうを優先しなければならない。そういえば以前、エンが犬にされた時、魔界にしか生息しない魔獣の一匹である酷死の二頭犬(バスカービル)とも遭遇している。
 だが、過去の魔獣よりも目の前の魔獣。恐らく、遺跡に踏み入って消えて行った者たちは、この魔獣に殺されたのだろう。
「皆、なるべく時間を稼いで!!」
 それは仲間の魔物たちへテリーが指示したことだった。
 テリーは荷物袋から、四つほどの道具を取り出す。
 四つとも、同じ物だった。脂身がその高貴さを高める高級品――霜降り肉だ。
「何出してんだお前は!?」
 火龍の斧を召還しながら、テリーに怒鳴りつける。
 彼はエンの声を無視するかのように、その霜降り肉をデスゴーゴンにめがけて放り投げた。当然、魔獣は嬉しそうにそれに喰いつき、喜びながらそれを食べ尽くす。
 四つとも、食べ終えてしまった。
「何で餌をやってんだよ?」
「霜降り肉四つで、必ず魔物がなついてくれるんだ」
 そういえば、テリーはここに仲間の魔物を求めに来たのだ。
 だが、この魔獣を仲間にしようと思うとは、さすがに予想していなかった。
「よし、皆行くよ! スラッチはわたぼうに筋力倍加呪文(バイキルト)、その後わたぼうは様子を見て爆裂拳を! ハイルドは全体防護呪文(スクルト)の後に守備力減退呪文(ルカナン)!!」
 指示を聞いた魔物たちの行動は素早かった。
 スクルトの効果範囲にはエンたちも入っており、防御力を高める光が自分らを包むのが解った。
「オレたちもいくぜ!」
 エンが火龍の斧を振り上げ、皆がそれに続いて武器を手にする。
 バイキルトを身に受けたわたぼうが、四回の強力な打撃――爆裂拳をデスゴーゴンがルカナンに影響した瞬間を見極めてに放つ。
「『閃・爆・連』! フレアード・スラッシュ!!」
 巨大なデスゴーゴンの身体のあらゆる場所で、閃光爆弾が連続して爆発を起こした。
「風の乙女なる精霊たちよ 剣の舞を踊りて風塵と化せ――バギマ=v
裁きの風爆乱舞(ジャッジ・ウィンクスプロージョン)!!」
 エードとミレドが以前使った連携攻撃は、死滅羊獣(デスゴーゴン)の巨体を揺るがすことに成功した。超鉄壁のジルには無傷だったこの技――しかも相乗効果版――、デスゴーゴンに対してかなりの威力を有していた。
「火炎斬り+気合溜め――『双炎気斬』!」
 いつだったか、ソルディング大会でエンに対して放った気炎斬(自らにバイキルトもかけておいたらしい)は、デスゴーゴンに巨大な斬り傷を与えた。
「“――不定効果呪文(パルプンテ)”」
 ルイナが動こうとした瞬間、デスゴーゴンの低い声が轟いた。
 不確定の効果を発動させるパルプンテ。
 何が起きるか解らないこの魔法は、金色の光と化した。
「――マジかよ!?」
 デスゴーゴンの血が、斬り傷が、簡単に言えばダメージが、一瞬にして消えたのだ。
 どうやら、完全回復の効果が出たらしい。
「“集団死滅呪法(ザラキ)”」
 続いて、一瞬にして魂を奪う魔法が通り抜ける。
 死の呪縛からスラッチ逃れられず、そのスライムはぐしゃりと身体が潰れる。
「わたぼう! スラッチにザオリクを!!」
 どうやら、スラッチ以外は無事だったらしい。全員が自分の身体を確認している。
「……沈黙の雨(サイレンス・レイン)……」
 ルイナがぼそりと呟くと、デスゴーゴンの真上に雨雲が召喚される。
 雨雲なのだから、当然雨が降る。
 その雨自体にはダメージ効果はないが、デスゴーゴンが妙な動きを見せ始めた。
 何かを言おうと口を開けるが、その口からなんの言葉が出てこないのだ。
 どうやら、強制的に相手の言葉を失わせたらしい。
「これで、魔法が、使えません」
 ゆっくりと言うルイナの言葉は、全員の士気を高めた。
「遺跡ごと吹っ飛ばす! 一気に終らせるぞ!!」
 遺跡を安全地帯に――。遺跡そのものがなければ、そこに赴く者はいなくるだろう。
 依頼内容にも、緊急事態は遺跡の破壊を許すという項目があった。
「破壊を司る精霊よ 盟約の言葉に基づき 崩壊への導を示さんことを 裁きなる怒りの鉄槌を轟かせよ 破滅なる大いなる破壊を響かせよ――!」
「わたぼうはビッグバン! ハイルドは灼熱! スラッチは……アレを頼む!」
「暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて 破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋 我放つは――」
 ファイマがイオナズンの詠唱を終わらせ、テリーはそれぞれに最大の攻撃を支持する。エンは、ビッグ・バンの詠唱を終わらせた。あとは呪文を唱えるだけだ。
 それぞれから放たれる魔力に圧倒され、デスゴーゴンに恐怖という感情が芽生えた。だがすでに遅い。それぞれが使える、最強の魔法が解き放たれた。
「揺るがせ――イオナズン!!」
 ファイマがイオナズンを、わたぼうがビッグバンを、ハイルドが灼熱の火炎を――。
「ビッグ・バン!!」
 そしてエンのわたぼうのビッグバンを上回るビッグ・バンを放つと同時に、スラッチがテリーに言われたアレ――ビッグ・バンをも超えると云われる『究極消滅魔法(マダンテ)』を放った――。


 巨大な遺跡だった。
 しかし、それは過去のこと。
 いまは巨大な穴が開いている。
 イオナズン、ビッグバン、灼熱の炎、ビッグ・バンとマダンテは、それぞれが相乗しあい、恐るべき効果が出したことにより、それぞれが通常の倍を超える爆発が起きたからだ。
 その爆発に飲み込まれる前に脱出したので、全員無事だった。
「いや〜、ビックリしたなぁ」
 この爆発の張本人の一人、エンはそこまで驚いていないように言った。
「やりすぎだろバカが……」
 ミレドが煤けて黒くなった頬を手の甲で拭うが、そこも黒いので大差ない。彼は爆発の影響で遺跡が崩れる事をいち早く察知し、皆の救助に当たってくれた。とはいえ、皆を一箇所に集めただけだが、それでないと一人くらいは下敷きになっていただろう。
 ルイナが水龍の鞭から発生させた障壁により爆発や落盤による直接な障害はなかったが、全員の顔や服は誇りで白かったり爆発の余波で黒かったりとしている。なんとかエードのリレミトが間に合ったからそれくらいで済んだものの、一重に全員がぺしゃんこになっていたかもしれないと考えると、笑って済ませることもできる。
「結局、仲間にできなかったや」
 ため息を吐くテリーの姿は、何度見てもやはり少年である。その少年が、恐さなど見せずに魔獣のデスゴーゴンに立ち向かう姿は立派に見えたものだ。
「けどさ、あんなに狂暴な奴を仲間にしても苦労するだけだろ?」
「ん〜。それもそうだね」
 気楽にそういって、テリーは元の世界に帰って行った。

「で、今回の件で責任はお主が持つのだぞ?」
 ファイマが、テリーを帰した途端そんなことを言ってきた。
「なんのことだ?」
「依頼内容に、『緊急事態の場合、遺跡の破壊を許す。ただし、その後の全面責任は担ってもらう』と書いてあったじゃろうが」
 慌てて、依頼内容が記された書類を取り出してそれを見る。
 確かに書いてある。
「……マジ……?」
 エンは、ちょうどそこの部分を忘れていたのだった。

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