-外伝章・五幻説-
止まらないラヴ・ストレ〜ト
【ト】
トペルカ。
種類:食物
収穫場所:主に土の中に埋まっている
特徴:魔物はこの匂いがわからないので、魔物に収穫前に奪われるということはない
だたし、収穫後、独特の匂いで魔物を引き付ける可能性がある
採れたらお早めに! それがトペルカ
味:まったり、こってり、そしてさっぱり
香:良好
姿形:――――
「……載ってない」
エンは落胆した。時空の穴の前に来て、誰か異世界人が来ているか来ていないかの捜索中は暇なので、『世界の食材』という本を見ていたのだ。野宿時はエンが料理係りなので、こういう本は興味があるのだ。そして、謎の食材トペルカも気になる。
土の中に埋まっている――野菜だろうか、しかし種類は食物としか書いてない。ていうか食材の本なのに食物でなかったらなんなんだよ。そのせいで余計に気になってしまう。他のはしっかりと『キノコ類』や『海草類』と記されていたのだが、トペルカだけは『食物』である。誤植だろうか。
後でファイマにでも聞こうとすると、こういう時にお約束――
バチバチ――ドスンっ。
「ぐはぁっ!?」
時空の穴から出てきた魔物に踏み潰され、エンは一瞬意識を失いかけた。それほどこの魔物は重かったのだ。ちょうど時空の穴を背にして手ごろな岩に腰掛けていたため、エンは下敷きになってしまった。骨が折れていないのが幸いだ。
「“――――”」
魔物は何かを言っているように聞こえたが、聞き取れなかった。
バチバチ――ドスンっ。
「第二かぁぁぁ!!」
「うわあ! す、すみません!!」
今度は人間だった。軽かったので、思いきり不満を言葉にすることができた。相手は謝ってくれたので少しは許せるというものだ。
「あ、それよりあのベロゴンを!!」
人を踏んでおいて『それより』なのか、と言いたかったが、どうやら訳ありらしい。もしこれで何かが盗られているのだとしたら、異世界の人間はよく物を盗まれると言いたくなる。
「あの魔物が、どうかしたのか?」
寝起きのミレドが嫌そうにその訳を聞く。ちなみに、異世界人が来ているか来ていないかの捜索にはファイマ、エード、ルイナの三人だけが赴き、エンは当然居残りで、ミレドは「めんどい」という理由だけでここに留まって昼寝をしていた。魔物や異世界から人間が来た以上、彼ものんびり寝ていることはできない
「実は……妻の結婚記念日にトペルカを採って来ると約束して、そして約束の日まで探し続け、その約束の日、つまり今日です。今日ついに、トペルカを採ったのですが……」
悔しそうに、そのあとの言葉が続けられなくなってしまった。採ったところでベロゴンに襲われて盗まれたということだろう。
「……トペルカを採った瞬間、木の根につまずいて、崖から落ちて、足をくじいてしまい、動けなくなった所をあのベロゴンに……」
悔しそうにして、言葉が続けられなくなった理由が解った気がした。
要するに、とても情けない話なのだ。
動きの遅いベロゴンにそう簡単にものを盗まれるものだろうか、と考えていたのだが、動けないのならしかたない。それでも、魔物一匹追い払えないようでは情けないのは変わらないのだが。
「トペルカねぇ……ん? おい、アンタ! 今、トペルカって言ったか?」
「え、あ、はい」
エンの目の色が変わった。
「それを取り返したら、トペルカがどんなものか見せてくれ!!」
「えぇはい、いいですよ。見せるくらいなら」
それが今のエンに取って最大の報酬となる。
なにせ、冒頭からずっと気になっていたのだ。トペルカ――果たしてどのようなものなのだろうか。
美味いのだろうか? いや、さすがに食べるわけにはいかない。ならば、せめてそれを拝むことぐらいはしておきたい。そしたら、自分で見つけるのが少しでも楽になる。
「よぉし、すぐに取り返してやるからな」
「あ、僕の名前はアンディと言います」
「オレはエンだ」
「俺様はミレド」
他の三人はまだ戻ってきては無い。今こうして、異世界人が来たのだから探しても無意味なのだが、アンディ以外に来ている場合もある。戻ってくるまで、アンディを帰すことはできないだろう。
「あぁ、早くトペルカを持って帰らなきゃ! 待っていてフローラ!!」
妻との結婚記念日だと、先ほど彼は言っていた。大声でその名を叫ぶくらいだから、計り知れないほど愛しているらしい。聞いているほうは呆れるくらいだが。
「そういやアンタ、さっき足をくじいたとか言ってなかったか?」
全力で走ろうとするアンディの動きが急に停止する。
「薬草貼りましたし、それに、フローラへ愛は足をくじいたくらいではくじけません!!」
めでたい奴だ。
内心、エンとミレドの二人はそう思った。どうやら、思い込みで実力以上の力を発揮するタイプらしい。
「“ト〜ペ〜ル〜カ〜〜”」
ベロゴンは、恐らく喜んでいるのだろう。
トペルカが入っているという袋を嬉しそうに見つめ、ベロゴンは何度も感嘆の声を上げている。
「さて、どうするかな」
トペルカが植物らしきものであることは容易に想像がついた。下手にベギラマで攻撃したならば、先日のアリーナの一件と同じことを繰り返してしまうことになるだろう。
エンはイエティを倒すためとはいえ、パデキアの種を持ったままの相手をベギラマで焼き尽くし、その結果、パデキアの種が灰になるということをしでかしてしまったのだ。
今度もそれをしようものなら、全員から罵倒されることは目に見えている。
「どうしようもなにも、突進するしかないでしょう! 恐れていては何も出来ません!」
なんでそうなるんだ、と聞く前に、アンディがベロゴンに突進する。
「フローラを愛する心は誰にも止められないいいぃぃぃ!!!!!」
などと雄叫びを上げながら突進するアンディ。
ベチッ。
長い舌であっさりとはじかれてしまった。
「あぁ。そりゃ、心は止まらなくても体は止まるわな」
「オレよりバカなんじゃねぇか……?」
頷くミレドと、それが本当のことに思えてきたエン。二人は同時にため息をついた。なんだか、どことなくエードに似ているのは気のせいだろうか。
「単体で攻めるより、複数で攻めた方が良い。当然、物理的にだ」
ミレドの提案を、アンディはじっと聞いていた。それでもそわそわしているのだが。
「……そこで、エンが正面、アンディが右、俺様が左から攻める。いいな?」
「なんでオレが一番危険なところなんだよ?」
しかし、彼の作戦は間違っていなかった。こういう場合、一番強い者が囮になる。それは、ミレドがエンを認めているということなのだが、彼がそれに気付くはずがない。
「文句は聞かねぇ。行くぞ」
二対の魔封銀ナイフを召還して、ミレドは担当場所へと走り出す。
強引に行かれては、こちらも合わせることぐらいしかできないので、しぶしぶこの作戦を認めることにした。
「一、二の、三!」
ミレドの合図で、それぞれが走り出す。
当然、真正面のエンが狙われた。長い舌が、エンを襲う。
だが、そのまま意味も無くやられる彼ではない。
「『鋭氷』のフレアード・スラッシュ!!」
鋭く、氷属性に変換したの一撃は長い舌を斬り落とす。傷口は氷ついたため出血はない。
「“ぺぼつえいふぁえきじぇあぁあああ”」
意味不明な悲鳴を上げたとき、左からナイフが襲って来た。
「裁きの十字架!!」
十字に刻む裁きの傷は、さすが称号を貰えるほどの暗殺者なだけはある。技のキレは鋭く、ベロゴンの腕をそのまま斬り落とした。
「おおおおぉぉぉ!!!!!」
唯一、アンディだけが一直線に突進して行き、ぶよぶよとしたベロゴンの腹に弾き飛ばされてしまった。ちなみに、ベロゴンはアンディに対して何もしていない……。
「いやあ、本当にありがとうございました」
炎系の技を全く使わなかったので、トペルカは無事らしい。
「それじゃあ約束だ」
トペルカを見せてもらう。それを報酬として動いたのだ。
それが入っている袋を渡され、中を見ようとした瞬間。
「何をやっとるかぁぁっ!!」
聞き覚えのある声で、いきなり怒鳴られた。
「フ、ファイマ?!」
聞き覚えがあるのは当然で、それは仲間の一人であるファイマである。
「お主! こともあろうに報酬を貰っておるのではないだろうな!!」
「え、いや、その……」
「異世界から来ている相手に対して、報酬を貰おうなど、良い考えじゃのお。なあエンよ!!」
褒めているのではなく、皮肉であり罵りであることは容易に確信できた。
「あ、アンディ。やっぱ、いいや」
袋を返すエンは涙を流していたとかいなかったとか。
「そ、そうですか」
彼もファイマの勢いに気圧されて、袋を受け取ってしまった。説明してくれてもいいじゃないか、とは心の中だけで訴えておく。
そういえば、この世界に来てしまった理由を話してなかったことを思いだし、彼にそれを告げ、その後すぐに洸凛珠でもとの世界に帰してやった。
その日の夜は満月で、エンはそれに向かって叫んだ。
「トペルカって何なんだあぁぁぁぁーーーーー!」
ファイマやミレドやエードに聞いても、その謎が解けることはなかったとか。
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