-外伝章・三幻説-
戦と境遇のアンダ〜スタンド




 その日は快晴。
 風は爽やか。
 なんとも気持ちの良い日だった。
「こんな奴らがいなけりゃ、もっと良いんだけどな!!」
 エンが毒づきながら魔物を火龍の斧で斬り斃す。
「いや、なんというか……全くじゃのう」
 広範爆呪文イオラを放って数匹の魔物を一掃しながらファイマは答えた。
「次、来ます」
 その前に回復、という程度にルイナが水龍の鞭から回復の水を出して振り撒く。
「ったく、キリがねぇな」
 魔風銀ナイフをくるくると回転させて弄ぶミレドはうんざりとした声で、刹那的に魔物を斬り捨てる。
「これ、どうなっているのでしょうね?」
 時空の穴を見つめて、エードがため息をつきながら、誰に対してというわけでもなく質問してみる。
 バチバチ――ボトトトッ。
 かなりの数、とは言い切れないが、少ないとも簡単には数えられない数の魔物が向こう側から出てくる。放っておくわけにもいかず、ここの時空の穴に来てから、ずっと戦い続けていたのだ。
 『洸凛珠』で時空の穴へ来たのはいいのだが、魔物しか出てこない。もしかしたら、既に異世界から人間は来ているのかもしれないのだが、判断はできそうにない。
 だからだろうか。
 数十分後、何度も戦い、そしてやっと魔物のオンパレードが途絶えた時、今度は人間が出てきた時はかなり驚いた。

「ここがアレフガルド……?」
 最初に口を開いたのはリーダー格の青年だ。アレフやアレン、さらにはどことなくロベルにも似ている。
「あ〜、期待していたなら悪いけどよぉ……」
 ここはアレフガルドでないことをエンは伝えると、彼らは当然驚いた。そういえば、アレフガルドという地名は最近どこかで聞いたことがある。といっても、エンが覚えているはずがない。他の皆は解かっていたようだが……。
 リーダー格の青年はアレルと名乗り、仲間達を紹介してくれた。
 中年太りの僧侶モハレ、女戦士クリス、女魔法使いリザの四人パーティーだ。
「ギアガの大穴がアレフガルドに繋がっているはずなんだけど……。君たちの話を聞く限り、穴の途中に違う穴があったらしいな」
 アレルたちは世界を征服しようとしていた魔王バラモスを倒したが、それは大魔王ゾーマの配下にしかすぎないことを知った。そして、大魔王がアレルガルドにいることも。
 どうやら、アレフガルドに行く途中に時空の穴に吸い込まれたらしい。
 先ほどから魔物たちが多く出現してきているのは、大穴に落ちた魔物たちだという。
「この世界に用はねぇんだろ? だったら帰してやるよ」
 前回、前々かいとも異世界から来たアレフとアレンは、何かと貴重品を奪われて帰るに帰れない状況になっていたが、今回は何も盗まれていない。楽に終わりそうだった。
 だが、それを遮ったのは金髪の魔法使い――リザといったか、彼女の提案だった。
「ね、せっかくだからこの世界で休んで行かない? バラモスとの戦いで疲れているし」
 確かに、彼らは疲労の色が濃く見えた。バラモス戦の後、すぐにギアガの大穴に入り込んだとか。
「そうだべなぁ。オラも疲れちまっただよ」
 モハレがのほほんと言って、その場に座り込んでしまった。
「まったく、情けないね。でも、確かに……」
 前線で戦う戦士の彼女――クリスは、できて間もない傷の跡が幾つか見えた。アレルも同様である。
 結局、傷が癒える数日間、この世界にいることにしたのだ。最初はルイナが回復の泉の水で傷を癒そうとしたのだが、何故か彼等には『水』は反応しなかったのだ。異世界から来たので、この世界の法則が当てはまらないのかもしれない。
 とりあえず、数日という間の面倒は、当然エンたちが見ることになる。

 アレルたちが来た日の夜。
「なあファイマ、そういや、ここってどこら辺なんだ?」
 『洸凛珠』に頼って移動したので、ここが何処かなど考えもしなかったのだ。エンはそれがふと気になって、ファイマに訊ねる。現地把握だけでもしておこうかと思ったのだ。知ったところで、どうにもならないだろうが。
 ファイマが地図を広げて、中央より少し右の場所を示した。
「恐らくじゃが、中央大陸クルスティカのウォータン国領土じゃの。今ワシらおる場所の近くに『聖大湖』という巨大な湖があってな。そこは水の小精霊が多くいるという話さえある。そのせいか、そこはかなり綺麗でのぉ、アレルたちにも見せるべきじゃろうて」
 どうやら、観光名所の一つらしい。
「水の小精霊……?」
 今は時空の穴が開いているせいで、そっちに取りかかりっぱなしだが、本来は四大精霊を一刻も早く探し出して魔王に対抗しなければならないのだ。
「ついでに、精霊探しとか……」
「残念ながら、無理じゃな。『小精霊』と言ったであろう。四大精霊エレメンタルよりも下級に属する精霊のことじゃ。それに、時空の穴の件を処理するのを優先させるべきじゃ、なぁ張本人よ?」
 じとりとした目線がエンに送られる。
 今回の事件はエンのギガ・メテオ・バンとジャルートのビッグ・バンの力と力のぶつかり合いで生じた新たな『力』のせいで起こったことだ。全面責任はエンとジャルートにあるわけだが、魔王がこの事件解決に手を貸すとは思えない。むしろ、相手は斃すべき敵なのだ。手を貸してほしいとさえ思わない。

 次の日。
「へ〜、これが『聖大湖』かぁ」
 綺麗の一言では収まりきれないほど、その湖は美しかった。この世界の住人ではないエンやアレルたちにとって、それは見るだけで価値はあるものだ。
「本当に綺麗……」
「ああ、確かに」
「凄いべよ」
「……」
 うっとりとした声でリザが呟いき、それにアレルが頷き、モハレは何度も湖の水を手ですくい、クリスは無言だったが表情を見ている限り感動しているらしい。
 それほどこの湖は美しいのだ。
「やっぱりここに留まってよかったでしょ?」
「リザの言う通りにした良かったべ、なあアレル」
「うん、そうだな」
 仲間たちで談笑する中、クリスがいきなりエンの方に歩み寄ってきた。
「ん、なんだ?」
「アンタ、最初会った時に斧を持っていただろう?」
 確かに、魔物との戦いはずっと火龍の斧を使っていた。
「それがどうかしたか?」
 聞き返すと、彼女は意外な言葉を言い出した。
「私も斧を使う身でね。手合わせ願いたい」
 彼女は後ろに括り付けられている魔人の斧を掴み、それをエンの方向に向けた。
「……マジ?」
「ああ、本気だ」
 なんでこんな場所で、と言いたかったが、彼女は本当にやる気らしい。仕方なく、エンはそれを受けることにした。それに、異世界人相手というのも滅多にできない経験だ。

「そういや、あの時の獲物は何処にやったんだい?」
 当然といえば当然だが、向こう側はこの世界の『冒険者』という職業を知らない。武器は『召還ウェコール』という形で精神を具現化させることなど知らないのだ。
 その当たりを説明すると、便利だな、の一言が返ってきた。
 かつては、エンは向こうの立場にいたのだ。この世界の仕組みに驚き、感心する。それが逆になっているのは、一種の寂しさが過ぎる。
「じゃあ、行くぜ」
 気を取り直し、精神を集中。目の前に光が現れ、それを掴む、そして具現化。
 エンの手には火龍の斧が握られていた。
「「「おぉ!」」」
 アレルとリザとモハレが同時にそう洩らした。
 唯一、クリスは精神を集中しているためか、動揺は見せるということはしない。
「全力で来な。女だからって容赦したら怒るよ!!」
 そういって、クリスが走り出し、一気に間合いを詰めた。
 女性である相手に本気を出せないが、それを許してくれるほどクリスの実力は甘くないようだ。彼女の言われた通り、最初から全力で行くつもりだが、特技は使わないつもりだった。F・Sフレアード・スラッシュや隼斬りなどを使うと、なんだかフェアでない気がするのだ。
「はぁっ!」
 魔人の斧が信じられない速さで振り下ろされる。
 それを後ろに跳んでかわし、右から火龍の斧を振った。
 だが、それが届く前に振り下ろされたはずの魔人の斧がいつの間にか防御範囲に戻ってきている。
 ガキィンっ。
 刃と刃があたり、重い音が響いた。

「なんで、クリスはあんなことを……?」
「戦うのが好きだからじゃねぇか? い〜っつも、オラたちに稽古つけているし、同じ相手ばかりだと飽きるって言ってたべ」
 アレルの疑問にモハレが答える。
 魔物との戦いもあったが、人間とマトモな稽古をする機会など、確かに無かった。
 それで、同じ斧使いのエンと勝負を望んだのだ。
「でも、それだけじゃないと思うな」
「え?」
「ううん。なんでもないの」
 ぽつりといったリザの一言は、誰もその全てが聞こえていなかった。
「(ねぇクリス、もしかしてあなた……焦っているの?)」
 心の中で彼女に問いかけ、きっとそうなのだろうと確信する。
 彼女は最初、パーティーの中で最強の戦士だった。
 だが、最近ではアレルが勇者らしくなり、もはや剣の腕はクリス以上だ。モハレは剣の方はダメではあるのだが、僧侶魔法の使い手として文句がないほど上達している。クリスも強くなっているのだが、彼らのように飛びぬけて強くなったと確信できないままでいる。
 だからクリス自身、少しでも経験を多く積み、強くなったアレルの役に立ちたいのかもしれない。
 その考えはリザ自身同じだった。
 自分がここに留まりたいといった理由、それは少しでも先送りにしたいことがあったからだ。

 ガキィィンッ!
 再び、連続攻撃と防御が続き、とどめとばかりに力を込めた一撃がぶつかりあう。
「やるじゃないの」
「アンタもな」
 押して押されて、そんな状態でも二人はニヤリと笑って見せた。
 その力の押し合いに勝ったのは、エンだった。
 キィィィンっ。
 クリスの魔人の斧が、宙高く舞い上がったのだ。
「……オレの、勝ちだ」
「ああ……私の負けだ。やはり、男には負けるものなのかな」
 寂しそうな笑みを浮かべたのを、誰もが見逃さなかった。
「……。男も女も関係ねぇと思うけどな」
 それを見て、彼女の言葉を聞いたエンは正直、面白くなかった。だから、言った。
「強くなるのに、そんなの関係ねぇ。アンタは十分強いし、強くなれるさ。諦めたら終わりだろ?」
 エンの言うことは、その通りではあるが、それが今の問題の答えになっているかは不明である。なっていないと思うのだが。
 それでも、なんとなくエンの言いたいことを解かってか、クリスは微笑を浮かべた。
「えぇ、そうね」
 その微笑に、エンも笑みを浮かべた。
 そして―――。
 ドォウグッ!!!!
「ぶぁっ?!」
 先ほど舞い上がった魔人の斧が、放物線を描いて落下し、エンの脳天に直撃した。

 その夜。
 すでに全員が眠りについている頃、エンまだ痛む頭を押さえて聖大湖を散歩していた。理由は簡単、頭が痛み、眠れないからだ。ルイナに回復させてもらとうしたのだが、いくら頼んでもやってくれそうにない。自滅だから、というのが彼女の言い分だ。
 ふと、何かの音に気がつく。
「……笛?」
 それは笛の音だった。
 聞き慣れない、そして美しいメロディー。
 音のする方に歩いて行くと、そこにはリザがいた。
「…………」
 しばらく聞いているうちに、頭の痛みを忘れてしまっていた。
 美しい湖に美しいメロディー。観客の立場として、これ以上の喜びがあるだろうか。
 だが、いきなり笛の音が止まってしまった。
「なんだ、もう終わりか?」
 驚かせるつもりはなく言ったつもりだが、もともと彼女は独りでいた気分だったので、向こうは十分驚いていた。
「聞いていたの?」
「少し前からだけどな」
「そう……」
 リザはもっていた笛をしまい、エンを隣に誘った。
 エンは特に躊躇うこともせず隣に歩み寄る。
「…………」
「…………」
 そのまま隣に座り、彼女もその場に座り込む。
 しばし無言の時が続いた。その間、エンは何を言うわけでもなく、湖を見ていた。月明かりに照らされる湖は、昼間とはまた違う美しさを見せている。
「もし、もしもよ。あなたの好きな人が魔物の子供だったら、どうする?」
 唐突にリザがそんなことを聞いてきた。
「どうもしねぇよ」
 エンは素っ気無く答えたが、本心だ。
「そう……なの? なんでだろう、なんだか、あなたになら本当の事を伝えても良い感じがする。実はね……」
 リザの話を、エンは驚くことはしたが口を挟むということはせずに終始無言でそれを聞いていた。
 彼女は、自らが倒した魔物の子だという。もちろん、その魔物と化する前の、人間の時に産んだ子だ。そして、その魔物は既に自らの手で倒している。その時は知らなかったが、事実を聞かされた時、理解できない哀しみが自分を襲ったという。
 話には続きがあった。
 人間の時に産んだ子は二人――姉がいるのだという。しかし、その姉も親と同じく魔物と化し、自分はそれと戦い、勝たねばならない。唯一、自分の血の繋がった姉を相手にだ。
 その姉は、愛する男――アレルらしい――の親であるオルテガを殺している。相手は憎むべき敵、憎むべき魔物なのだ。しかし、いざ戦いになると、自分に流れている血のせいで、相手に躊躇する可能性があり、それを恐れているのだと言う。
「こんなの、おかしいよね。自分が自分を恐がっているなんて」
 リザは悲しそうに湖に映っている己の顔を覗き込む。涙が流れていないか、確認しているらしい。
「別におかしくなんてねぇよ」
 彼女とは正反対に夜空を見上げ、エンは答えた。
「オレも似ている。というか、オレなんて魔王の息子だったんだぜ? それでも、今のオレは迷っていない」
 といっても、本当の息子であるエルマートンは消滅しているわけだから、エンはカエンの息子であり、魔王の息子ではない。そんなことなど、エンは忘れているだろうが。
「そう、なの?」
「ああ、そうだ」
 リザは魔王の息子だということを聞き返したのだろうが、エンは後半部分のこと受け取っている。
「だからさ、アンタも頑張れよ」
 昼間のことといい、今といい、変な励まし方だなと思いながらも、なぜかリザは笑ってしまった。昼間、クリスもこんなふうに笑っていた。わけがわからなくとも、頑張ろうという気持ちになるのだ。
「ありがとう。私も、頑張るわ」
 にこやかにいうリザの笑顔は、湖よりも、笛の音よりも、夜空よりも綺麗だった。

 その後、エンたちはアレルたちと平和な日々を過ごした。無論、稽古をという形でエンとクリスが戦うことも幾度かあったが。
 数日後、アレルたちのケガも完治し疲労も回復したので、エンは彼等を万全な状態でアレフガルドに送ることができた。彼らが、なんの迷いもなく大魔王と戦えることを祈って。

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