-外伝章・一幻説-
数秒間のエタ〜ナル・ストップ




 その日、世界が叫んだ――。
 炎は絶え、風は去り、地は割れ、水は淀んだ。絶大な破壊力をもつ力が世界を襲ったのだ。
 超破壊魔法が誕生し、世界が変わってしまった。世界各地の気温が変わり、あらゆる場所で異常気象が起き、ヒドイ場所では昼夜さえ逆転したというが、それが事実であるかは確かめようが無い。噂とは随分とヒレがつくようで、どこまで本当のものかを見極めるのは困難だ。
 何にしても、そのような噂が立つほど世界が混乱したことには変わりない。
 その張本人である男は、つい先日まで記憶を失うなどしながら、なんとも幸せに暮らしていたものだ。
 だがそんな日はすぐ終わり、今では仲間の元に戻っている。

「それで。どうしてくれるんだ?」
 不機嫌さ丸出しの盗賊、ミレドの冷たい視線を受けながら、赤髪の戦士、エンは不思議そうな顔をした。
「何がだ?」
 世界が変わってしまった張本人であるエンは、のほほんと答えた。エンが解からないのも当然だ。いきなりミレドが召集をかけ、最初の言葉がこれだ。
「お前のせいで、世界がボロボロになってんのがわかってんのか!」
「いや、ぜんぜん」
 なにしろ、つい先日まで平和に暮らしていたのだ。そこで世話になったティリーには既に別れを告げている。今は近くの村の酒場にいるのだ。
「ほぉ〜。じゃあ話してやるよ」
 ことつぶさに説明するうちに、少しずつエンの顔色が悪くなっていく。
 世界破滅爆激ギガ・メテオ・バンで異常な速度で魔力と魔法力を消費したエンは記憶喪失になってしまい、その間、世界中で異変が起きていた。夏が冬になり、春が秋になり、昼が夜になり、魔物の種類が全く異なったり、気温が激しく変化し……どこまでが噂か確認し難いが、とにかく世界が“狂って”しまったのだ。
「……。そんなことになっているのか?」
 ようやく状況を把握したらしい。もともとエンは無責任な男ではないので、今の状況を悪いと思っている。それが自分のせいとなるとなおさらだ。
「さらに、まだ厄介ことがあるのじゃ」
 腕組をしたまま、開いているのか閉じているのか不明な細い目をした男、ファイマが口を開いた。
「まだあるのかよ」
 散々と己のせいで世界が変わり果てたことを聞かされた後、さらに厄介な事と言われるなど、逆に期待したくなる――ということはさすがになかった。
四大精霊エレメンタル探しどころではないのだぞ」
 ファイマの隣に座っていた、金髪の騎士、エードが続ける。
「世界中に“穴”が開いてな、それは異世界に繋がっておるらしいのじゃ」
 ファイマが再び言った。
「は?」
 唐突にそのようなことを言われても、重大さは理解できなかった。むしろ、それくらいなら別に構わないのでは、とさえ思う。
「まだ解からぬのか?」
「なにが?」
 エンが聞き返して、エンと隣に座っているルイナを除く全員がため息をついた。
「異世界から、『未知的魔物の襲来』の可能性があるということだ」
 少し震えながらエードが答えた。恐ろしいからではない、エンの理解が遅いことに苛立っているだけだろう。
「倒せばいいだろ?」
 あくまでも楽観的にエンが言う。
「魔物ならば、それでいいがな」
「もし、それが人間だった場合、お主は責任を取らねばならぬぞ?」
 エードとファイマが同時にエンを攻める。おかげでエンは改めて状況が確かに悪いことを認識した。
「責任取れって……どうやって?」
「来た者を帰すだけじゃ」
「どんな方法で?」
「「「お前が考えろ」」」」
 ミレド、ファイマ、エードの声が揃った。
「……はい」
 その勢いに押されて、エンは一言だけそういった。

 穴の場所は確認できるとして、帰そうにも方法がない。穴を通じて来たのだから、やはり穴に放り込めばいいのだろうか。
 考えがまとまらないまま、その穴のある場所まで半ば強引に連れて行かれた。

 銀と青の光が渦巻く。
 旅の扉に似てはいるが、雰囲気が違う。
「これが?」
 まだ信じられないといった感じで、エンが尋ねる。返って来る答えは解かっているのだが。
 未知の魔物がこの穴から来たという情報は入っているが、人が来たという情報は入っていない。しかも、この穴は世界の各地に点在し、ここに来たのは近いからというのが理由だ。
「見れば解かるだろう。それで、帰す方法は思いついたのか?」
 答えたのはエードだ。最近は良い役がなかったせいか、よく喋る。
「ん〜。穴に放り込む! とか?」
 先ほど考えた答えをそのまま伝えてみた。
「無理、ですね」
 あっさりと否定したのはルイナ。あくまで無表情で、声音も一定。死人が動きだしたという感じだが、それが彼女の普通だ。
「なんで!?」
 それなりにいい考えだと思ったし、それしか方法が思いつかなかったのだ。それが否定されるとなると、どうしてと聞きたくもなる。
「この穴、一方通行です」
 なんで解かるんだ、と叫びたいほどだったが、彼女の言うとおりかもしれない。ルイナの知識や知恵は凄まじく、誰もが考えもしない方法をぱっと出すことさえある。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ?」
 それを考えるのが自分の使命なのだが、もはやそれさえも忘れている。エンはエンでルイナとは対象的であり、純粋にバカだということは、既に誰もが知っている。
「……『洸凛珠』」
 腕組をしたまま、ファイマがぼそりと呟いた。もちろん、エンはそれを聞き逃したりはしない。
「なんだ、それ?」
「神々の遺産じゃ。異世界へ渡ることができると云われておる、幻の宝珠」
 遥か昔、神と魔物の戦争が起きていた。神や魔物は異世界を自由に移動でき、それを可能にしていたのが、洸凛珠だという。
「だが、神器であるロトルの装備よりも見つかる可能性の低いアイテムじゃ。まず無理じゃな」
「それって、これか?」
 ファイマが言ったものであろうアイテム――洸凛珠といったか――をエンはあっさりと懐から出した。形状は真聖の宝珠と同じで、色が碧色、中央に『洸』の字が刻まれている。
「ど、どこで手に入れたんじゃ!?」
 呆れと驚きが奇妙に同化した表情でファイマがエンに迫った。
「どこって……魔王城にあったんだ、と思う」
 エンがエルマートンの呪縛から放たれた時、実は既に持っていたものである。おそらくエルマートンがコレを持っているに、ロベルたちの襲撃を受けたのだろう。だがそのおかげで、今こうしてエンが持っていることになっている。
「これで、誰か来ても帰せるんだろ」
 そう言って、エンは渦巻く穴を改めて見つめた。
 そのすぐ後だ。“穴”に変化が訪れたのは。
 
 ――ドッ。

 なにか、一瞬だけ灰色の物体が風を切りながら去っていった。
「!?」
 後ろを見たときはすでにいない。確かに、穴から飛び出した『何か』だった。
「今の、メタルスライムじゃなかったか?」
 一番動体視力の良いミレドが呟く。
「何かくわえていたようにも見えたんだが……」
 そこまではミレドも解からなかったようである。スライム系なら別に構わないし、メタルスライムなら逃げるだけなので放っておいても害はないだろう。
 バチッ。
 穴が光った。
 今度はいきなり飛び出さず、無様にぼとり、と落ちてきた。今度は人間だった。

「あ、え〜と、誰だ?」
 エンの質問は、むしろ、向こう側の質問だろう。こちらはそれとなく状況を理解しているが、相手はいきなり知らない世界に放り込まれた状態のはずだ。
「ここは、どこだ?」
 穴から落ちてきた青年が聞き返す。辺りを見回して慌てているあたり、やはり事態を理解していないらしい。していたらいたで驚きだが。
「君たちは誰?」
 青年はエンたちを見回し、当然とも言える質問をしてきた。
「お前こそ誰だ?」
 それに対し、エンはエンで当然かもしれない質問を返す。
「?」
「?」
 お互いが全く理解してない状況だった。
 とにかく、お互いが理解するのは、これから数分かかったのは事実である。

「じゃあ、ここはアレフガルドじゃないのか……」
 一通り説明を終えた後、彼はアレフと名乗った。竜王という魔王を斃すために旅をしている途中だとか。もちろん、エンはそのような魔王の名など聞いたことなかったし、相手も魔王ジャルートやルビスフィアの名前を知らなかった。
「さっき説明したとおり、アンタをこの世界に連れ込んだのはオレの責任みないなもんだからなぁ。しっかり、そのアレフカード,,,,って場所に帰してやるよ」
「いや、アレフガルド,,,,なんだけど……」
「……あれ?」
 一瞬だけ、冷たい風が吹き去って行ったのは気のせいか。いや、気のせいではないだろう……。

 洸凛珠の使い方はファイマに聞いている。念じるだけでいいそうだ。初めて使うから不安だったが、たぶん大丈夫だろう。アレフを元の世界へ帰そうとすると、意外にもアレフが静止をかけた。
「あ、待って。まだ、ここでやり残したことがあるんだ」
 初めてきた場所で、やり残しもなにもないだろうと思ったが、彼の一言で納得した。
「メタルスライムに大切な道具を取られて、ここまでやってきたんだ。アレフガルドのほうにあった不思議な穴に飛び込んだから、僕も飛び込んで……それで今の状況なんだ。とにかく、あれを取り返さないと」
 なるほど、最初に飛び出したメタルスライムはアレフが追っていたものなのだ。そして、ミレドが言っていた『何かくわえていた』というのは、その大切な何かだろう。
 それが解かって、じっとしているわけにはいかない。メタルスライムは素早く、移動力が半端ではない。一定の場所に留まるとはいえ、その範囲を高速で移動するのだ。
「“ギシャギシャギシャ”」
 金属が声を変に発するような声が聞こえた。
 振り向くと、さきほどのメタルスライムが岩の上に立って――? 座って――? ――……乗っていた。そして、口には綺麗な紋章をくわえている。
「ん、さっきの奴じゃねぇか」
 ミレドが見上げ、アレフが一時的に絶句する。
「……ぁ……ぉ……お、王女の愛がぁぁ!」
 変わった名前のアイテムもあったものだと、内心思ったのはファイマだけだ。
「“ギシャ? これ返してほしいのか?”」
 今度は、エンやその仲間も絶句した。
 沈黙して約数十秒。
「「「「「スライムが、喋ったぁぁぁぁ!?」」」」」
 ルイナを除く五人の声が揃った。


 一度大きく狼狽し、今はそれどころではないと正気に戻る。
「おいこら、とにかくそれ返せよ!!」
 頭上のメタルスライムに向かって、エンが吠えるように言った。
「“ギシャ。この世界の邪気は最高ギシャ。だから喋れるギシャ”」
 間のずれた会話になってしまったが、魔物は律儀にも先ほどの質問的叫びに対して解答したようだ。
「いや、だからそれ返せよ」
 逆に言うのが面倒になっても、とにかく言ってみる。
「“ギシャ。嫌ギシャ。何かしてくれたら返すギシャ”」
 どこかで聞いたことのあるような話だと思う。――どこにでもある話なのだが。
「何かって、何だ?」
 他人任せというのが嫌なのだろう、アレフもこの会話に入ってきた。
「 “この前やったゲームの内容を応用するギシャ。そこの青髪の女が、誰かにキスしたらいいギシャ”」
 これまたどこかで聞いたことのある話だ。というか、ゲームの大元の種類が違う。いつどこでそのゲームなどやったのだろうか、という質問は無しだろう。もはや、作者の遊び心でしかない。
 元の話の展開的に、本来なら、無理な命令を下した相手の主人が出てきてそれを止める、そして少しお仕置きで終わる。……はずだが、それは無理だろう。月の精霊がいるわけではないし、相手は妖精などでもない。
 唯一、顔が赤くなっているのはアレフとエードの二人だけだった。当人のルイナはあくまで無表情。エンとミレドは呆れているし、ファイマはいつのまに出したのかコーヒーセットで寛いでいる。
「…………」
「“ギシャ。これが王女の愛という名前のアイテムなら、そういう条件がピッタリギシャ。ギシャギシャ!”」
 そういうものなのか、とエンは呆れてしまった。アレフとエードは慌ててルイナの方を見たり、メタルスライムを見たりしている。行動がかなり似ているので、エンは思わず笑い出しそうになった。
 だが、その笑みを止めたのはルイナだった。

 三秒ほどだろうか。その間、永遠とも思えるほど時が止まった感じがした……のはエードとアレフ二人で、ファイマとミレドはやはりと思っていた。
 いつもルイナがエンの口に『何かの薬品』を放り込む方法に似たやり方で、一瞬でエンの唇と重ねたのだ。エンは少々驚いたくらいで、別に気にはしなかった。
 軽い口付けから離したあと、ルイナはメタルスライムのほうを見た。
「“本当にするとは思わなかったギシャ”」
 というのが奴の感想らしい。とにかく、条件は満たしたので王女の愛というアイテム――方位磁針の種類らしい――を取り返した。意外にも律儀な魔物で、しっかりと約束は守ってくれた。
 あとは洸凛珠でアレフを元の世界に送り返すだけだった。
 洸凛珠は、一方通行の穴を逆流させる力があるらしい。ただし、それは一定時間だけで、時間が過ぎると穴は消滅してしまうのだ。だから、勝手に穴を塞いでしまっては来てしまった異世界の住人を帰せないので、厄介なことである。
 ただし、相手も同じ洸凛珠を使っていれば穴も使わずその場で返すことも可能らしいのだが、そのようなものがどこの世界に転がっているわけもなく、仮に持っていたとしたら穴を通ってきた人間ではないことになる。
 とにかく、アレフはひたすらエンたちに礼を言って帰っていった。

「いや〜。簡単で助かったな」
 アレフが帰った後、その穴は消えてしまった。
「簡単、ねぇ?」
 ミレドがニヤリとしてエンを見る。
 なんだ、と聞き返す前に、後ろから冷たい視線を感じる。当然エードのものだ。
「貴様ぁぁ!! よくも、よくもぉぉぉ!!!」
 エードは白金剣を抜いて、殺気を撒き散らしながらエンに襲いかかる。
「お、おい待て、おいって!!」
 慌てて剣をかわすが、それでエードが諦めるわけがない。
「よくもルイナさんと、ルイナさんとぉぉ!!!」
「オレからやったんじゃねぇって!」
 とにかく、今の暴走的なエードを行動不可能にするしか止める方法はない。
「どうなっても知らないからな!!」
 その日、エンのビッグ・バンが炸裂し、付近の住人がその爆発に驚いたとかそうでないとか……。

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