-19章-
旅立の先



 エンが目を覚ました場所は、寝台の中だった。
 そこは選手専用――つまり、大会期間中のみエンに割り当てられた部屋だ。
「気が付いた?」
 声をかけてきたのは勇者ロベルだ。
「気が付いた」
 エンはまだぼーっとしながら答える。
「……って、あれ……? オレって気を失って、それから……」
 それなりに困惑している様子。というよりまだ状況を完全に把握していない。
「覚えているかい? なんなら話を整理するけど」
「……頼む」
 やはりぼーっとしながらエンが答えた。
 ちなみにルイナは隣に座っていた。

 エンが決勝で当たったキガム。奴はスカラルドという結界防御魔法を利用していた。
 この魔法、打撃をほとんど受け付けないが、攻撃呪文で破ることができる。攻撃呪文といっても、ベギラマほどのものが二発分の威力が必要だが。
 エンがメラの魔法は使いこなせなかったが、一応は制御できたので勝利。
 その後現れたのは魔王ジャルート。
 奴は言った。復活した、と。
 ジャルートはエンから真聖の宝珠を奪うと、キガムに『力』を与えた。
 それは巨大な蜘蛛化し、それを見たエンは気を失い、ロベルとファイマが協力してキガムを打ち倒した。
 そして、今に至る。ぱっと言えばこんな感じだろう。
「そういや、ファイマは?」
 今この場にファイマはいない。いるのはエンとルイナとロベルだけだ。
「修行の旅に出るって言ってたけど」
 既にいないということだ。

「これから、どうしようかな」
 もともと、元の世界に戻るための手がかりを探す旅の準備をする為に、この町へと来たのだ。そのついでにソルディング大会に出場したのだから、ようやくその『ついで』が終わったことになる。
 今、やっと準備が終わったようなものだ。
「君としては、どうしたいんだい?」
「そうだな……奴に借りができた。この借りを返さない限り、戻れても戻らねぇ」
 奴とは当然ジャルートのことだ。エンは魔王相手に喧嘩を売るつもりらしい。
「そう言うと思った。でも、バーニングアックスがいくら伝説級だとしても、はっきり言って戦力不足だ」
 ほんとうにはっきりとロベルは言った。
「武器仙人を訪ねるといい。彼なら、鍛えてくれるはずだ」
 そう言って、ロベルは古地図を一枚取り出した。そこから、北西に位置する場所で、海に面している大陸の、ある町の印をさす。
「今いるのがここバーテルタウン。この港から、北東に向かって……」
 指で海を右上へとなぞっていく。
「ここ。エルデルス山脈に行くんだ」
 とん、と指を置いたそこは世界最北端と言われる山脈で、極寒地帯とも呼ばれているらしい。
「船で一週間くらいしたら、麓の町に着くから頑張ってくれ」
「頑張ってくれ……って、ロベルは行かないのか?」
「うん。ちょっと魔王について調べてみるよ」
 そっか。と楽天的に、むしろ単純にエンは答えた。
 そして、ルイナはずっと黙っていた。というか、話に参加しなかった……。

 港について、エンは持ち物を確認した。
 薬草、非常食、外套、旅費、その他もろもろ。
 船の手続きはロベルが全てやってくれた。ソルディング大会の優勝賞金もあるが、この町の風習かどうか知らないが、強い者は歓迎される。
「だから、こんな船もタダになるのか……?」
 エンが呆然と見る先には、貴族が乗りそうな豪華客船だ。今から乗る船である。
 おかけで、優勝賞金は必要道具に少し消えただけだ。
「それじゃ、ここで一旦お別れだ」
「やっぱり、一緒に来てくれないんだよな」
 別れが惜しいというか、まだこの世界の仕組みに疎いせいか、ロベルと別れるのは不安なのだ。
「僕もついて行ったら、意味が無いだろうからね」
「そうだけどよぉ……」
 言葉を濁らせた後、唐突にバーニングアックスを召還した。
「…………」
 ロベルも無言で、ロトルの剣を召還する。
 そして、互いに笑いあった。今からやろうとしていることが、よくわかるからだ。
 二人は剣と斧を振り上げ、二人の間でそれを交差させる。
 甲高い金属音が、辺りに響いた。
 端から見ると、決闘でもしているのではいかと見えたのではなかろうか。
 だが、二人は武器を交差させただけで、それ以外は何もしていないが、これからやるところだ。
「ここに誓おう」
 ロベルが言った。
「共に魔王を斃すことを」
 エンが言った。
「「共に戦うことを!!」」
 二人が、同時に言った。その言葉は、すぐにと空へと溶け込んでいた。
 春が、そろそろ終わりを告げる時期だった。


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