-68章-
炎の名の下に協力せよ焔の精霊王




 周囲の灼熱の炎が、エンの体力をごっそりと奪って行く。最初は幻影かと思っていた炎は本物で、いくら『職』が与えてくれる耐性があるといっても、この炎は生易しいものではない。それに対して相手は、むしろ気持ちが良いのか、好戦的な笑みを浮かべてエンに更なる追い討ちをかける。
「“どうした! それで終わりか!?”」
「んなわけねぇだろっ。行くぜ!!」
 火龍の斧を握る手に力を込めて、エンは斧に秘められている力を解放する。
 相手に向かって高く跳躍し、それを当てるべく振り下ろす。
「『氷結』のフレアード・スラッシュ!」
 氷属性に変えたF・Sは、しかしあっさりと避けられた。
「“遅い!”」
「まだだっ!」
 振り下ろした斧が地面に突き刺さり、そこから氷が生まれて地面を伝って行く。効果はまだ続いていた。地面に叩きつけることで周囲を氷結させることができるので、相手の動きを封じることも出来るのだ。
「“ふん”」
 しかし、せっかく効果を現した氷結は、相手が手を一振りしただけであっさりと弾かれてしまった……。


 ――デルドが聞いた炎の精霊の伝承。
「四大精霊の中で『炎』の力を司る炎の精霊。それは知っているな?」
 真面目な話が似合わない顔で、真面目な話をするデルド。隣にはツバメも座っており、その顔は緊張の色を見せていた。
「ああ。ある人から、その精霊を探せといわれた」
 エンも不思議と緊張感が高まった。それは仲間の二人も同じだろう。
「おそらく、そやつが言ったのは『炎』の精霊王。名前はメイテオギルだ」
 エンはロベルから精霊を探せ、と云われていたが、それが何なのかは具体的に聞いてはいない。だが、事の重大さから考えて精霊王という名を抱くほどの相手であることはうかがえる。デルドの言う通り、メイテオギルという名を持つ炎の精霊のことをロベルは云っていたのだろう。
「……メイテオギル? それは……」
 ファイマが眉を寄せて何かを言いかけた。デルドはそれを察知し、大きく頷く。
「そう。『三界分戦』に出てくる、人間軍の一人だ」
「三界……分戦……?」
 今度はエンが困り果てた顔で首を傾げる。三界分戦など、今の今までに一度も聞いた事がないからだ。
「そうか。エンが知らぬのも当然じゃな」
 彼が異世界の人間であることを思い出し、ファイマは勝手に納得する。この世界では常識すぎるほど常識であり、また一般会話に出てくることもないので、説明するのを忘れていたのだ。
「三界分戦とは、今から何千年前に起きた戦争の名前じゃよ……」
 ファイマは何かを知っているのか、ゆっくりと語り出す。デルドは自ら説明しようとはせず、ファイマが話すことを促した。

 三界分戦。
 それは、世界が一つだった頃に起きた、人間と魔族と神族の戦争のことである。
 神族は魔族を全滅させようとし、魔族は神族を滅ぼそうとした。互いが互いの都合で、対を成す存在を消そうとしたのだ。その時、神族はさまざまな秘宝を創り出した。それが今で云う伝説の道具と呼ばれる、洸凛珠であったり、オリハルコンであったりするわけだ。そして、魔族は様々な秘法を編み出した。それが今で云う魔法≠セ。人間ではリリナしか使い手がいない、魔力術式変換魔法……魔術魔法を魔族は創り出した。
 最初は、双方の小競り合いが続き、時には神族が痛手を受け、時には魔物が大きな損害を受けた。
 最初は神魔滅戦と呼ばれていた戦争に、違う種族が介入してくる。
 それが人間であったのだ。
 人間、と一言に言っても、様々な種族が入り混じった、混合軍である。ホビットであったり、エルフであったり、ドワーフであったり……。
 その混合軍の中に、信じられない種族が存在していた。
 精霊、である。
 神の使い、神の下部、神に仕え神に尽くす存在。それが人間軍の中に入っていたのだ。
 無意味な戦争を繰り返す神を止めるため、という理由が伝説として伝わっている。
 もう一方で、精霊たちは神族とは関係なく、何ものからも独立した存在なのではないかとも云われている。
 人間軍の中にいた精霊は、炎の精霊,水の精霊,風の精霊,大地の精霊という四大精霊の、それぞれの王であったという。そして、それを束ねたのが、人間軍代表であり、勇者の名を抱く男――。
「男の名は……」
 ファイマは途中、それを云うか云うまいかを迷い、皆の視線が集まっていることに観念したのか、口を動かした。あまり、云いたくはなかったのだが。
「男の名は……ロトル=ディアティス」
「ロトル……? ロトルっていえば……!」
 エンが立ちあがり、狼狽気味に叫ぶ。
「そう。ロベル殿が所有していた勇者の武具。それを最初に使っていた人間じゃよ」
 ロベルは勇者の武具たる、勇者の剣、光神の鎧、不死鳥の盾を身につけていた。それは勇者の資格がある者、つまりはロトル=ディアティスの後継者である人間が装備できるのだ。
「……話を戻すぞ」
 驚きからまだ冷めていないのだが、ファイマの冷静な口調に冷まされたのか、エンはとりあえず大人しく座った。そして、話の続きを促す。
 ――ロトル=ディアティスは四大精霊を引きつれ、魔物と神族の戦争に介入した。
 その時の精霊の名前、つまり精霊代表として戦争に参加した精霊王の名前は、炎が『メイテオギル』。水が『スベリアス』。風が『ウィーザラー』。大地が『ヴァルグラッド』。それぞれの精霊王はロトルと共に、最大最後の戦いに参加した。もはや此れ以上の消耗戦を続けていては解決にならないと判断した魔族軍と神族軍がそれぞれ最大の力で決戦に臨んだのだ。
 当然、ロトルたちもその場におり、それぞれが最強最大の力を解放した時、世界を狂わすギガ・メテオ・バン以上の力の衝撃が世界を揺るがした。
 その衝撃は、一つだった世界の他に、新たな世界を二つ誕生させた。強大な力の所為なのだろう、その不思議な力により、神族と魔族はその世界に束縛されてしまったのだ。学者が云うには、最後の魔物の呪いが神族をその世界に束縛させ、最後の神族の天罰が魔物をその世界に閉じ込めてしまったらしい、とのことだ。
 そして、今ではそれを魔界、神界と呼んでいる。
 精霊界はまた別物で、元の世界、今エンたちが存在しているルビスフィア世界が精霊界に一番近い位置にあるのだ。魔界と神界にそれぞれが分かれた後、人間達は精霊と共存しながら穏やかな生活を始めた。その世界こそ、このルビスフィアである。
 最初は一つだった世界が、魔界と神界と人間界に分かれた事から、この戦争は『三界分戦』と呼ばれるようになったのだ――。

「ふ〜ん。なんだか、よくわかんねぇ」
 話は熱心に聞いていたのだが、エンには理解することができなかったようだ。
「まぁ、とりあえず!」
 ほとんど黙っていたデルドが、いきなり大きな声を出す。身体が大きい分、声も大きい。隣に座っているツバメがびくりと肩を震わせたのがすぐに分かった。
「その戦争に直接荷担した炎の精霊王に会えば、全てが解るだろう。そして会うためには、精霊に認められねばならない」
「どうやったら認められるんだ?」
 エンの質問に、デルドは少し視線を落とす。
「とりあえず、この街の奥の森……熱帯雨林地帯を自分の勘で歩け」
 その言葉に、全員が呆然としてしまった。場所を聞きに来たのに、勝手に探してくれと言われても、どうしようもないのだ。
「自分の勘って……」
「それも、試練の一つだ。お前の直感――インスピレーションが正しければ、精霊が導いてくれるだろう」
 信用できないのだが、他に手段がないのならばするしかないだろう。とりあえず、彼ははエンの勘で熱帯雨林地帯を歩くことになった。

「ベギラマ!」
「“効かねぇ!”」
 相手が炎そのものなのだから、炎の呪文は効くはずがない。その辺り、エンとて理解している。
「ベギラマ!」
 それもでも再びの線光熱呪文。炎が相手を焼き払おうとするが、相手はその炎を吸収さえしてみせた。
「ベギラマぁ!」
 三度目の連発。向こうは呆れているのか、油断している。しかし、それこそエンの狙ったことだ。三発目のベギラマの後ろに隠れて、急接近したのだ。相手が気付いたときには、彼は相手の懐に入っていた。


 すぐにエンたちは森へ立ち入り、エンの直感で進んだ。森の中なら、樵としての勘が役立つかもしれないと思ったからだ。
 数時間後、彼らはそれらしい巨大な木の下へと辿りつくことが出来た。だが、それが本当に精霊の導きであるのかは疑わしい。他の道も無いし、どうしようかと疑問を抱いき、周囲も薄暗くなってきた頃、唐突に光源が現れた。それは炎の人影のようなもので、フレイムという魔物とはまた違うような存在であった。
 ただ眺めていては危険を感じたので、それぞれが武器を構えたまでは普通であった。しかし、エンの火龍の斧が紅く輝き出し、そこから『旅の扉』の渦が出現してエンだけが『旅の扉』に包まれた。
 エンの意識が覚醒すると、そこは炎の中だった。紅蓮の炎の中に、形が見え、それはエンと同じ格好をしている。しかし全て炎で出来ており、それこそが炎の精霊だったのだ。精霊は『形』というものを持たないので、擬似化しているにしかすぎないのだが……。


「“無駄だなことを”」
 確実に、精霊の懐にまで入ったエンの一撃は当った。F・Sを放つ暇はなかったが、振った斧は炎の精霊を捕らえたのだ。しかし、効いたようには見えないし、相手の言動からしても効いてないという事実が嫌でも解った。
「けど、一撃は一撃だ」
「“そうか、そうだったな。つい久々の楽しい戦で事を忘れていたようだ”」
 その言葉で、周りの炎が少し消える。精霊との闘いに熱が入るたびに、周囲の炎はより火力が上がっていた。それを元に戻しただけで、まだ周囲に炎は残っている。それでもありがたいことこの上ない。

――出会った精霊は、問答無用でエンに襲いかかって来た。
 彼はとりあえず応戦し始めたが、その様子を見た精霊が「“オレに一撃を与えればお前の望みを叶えてやろう!”」という条件を出してきたのだ。それでエンは何度も攻撃を試みて、やっとのことで一撃を入れた。たった一撃で、随分と時間がかかり、さらにはエンの傷も数多く見られる。だが一撃は一撃だ。
「約束だぞ」
「“解っている。それで、お前の望みは何だ?”」
 聞かれて、エンは言葉に詰まる。
「え〜と……何だ? って言われても……何を頼めば良いんだ?」
 ロベルから精霊を探せと言われて、一年半以上の時間をかけて見つけた炎の精霊。見つけてどうしろ、というような事は一つも聞かされていないのだ。
「あ〜……。あ、魔王ジャルートを斃したいなぁ〜……なんて、だめ?」
 軽い口調で物凄い事を語るエンを、炎の精霊王はどう思っただろうか。
「“……”」
 怪訝そうな顔を浮かべた精霊は、しかしいきなり目を瞑るなりぼそりと呟く。
「“……これは……”」
「ど、どうかしたのか?」
 精霊王の顔がいきなり強張ったので、エンの緊張が高まった。
「“なるほど。オレ達の力が必要になる訳だ……”」
 炎の精霊王――いや、メイテオギルは深く息を吐いてそう言った。精霊である彼は表情などはもたないはずだが、一応『形』としてエンの姿を借りているので、律儀にも表情を変化させているのだろう。
「“良いだろう。三界分戦の頃と同じように、お前たち人間に、オレの力を貸そうではないか”」
 言うなり、メイテオギルの姿が薄れ始める。それは消滅ではなく、何かに同化していくような様である。
「“魔王……ジャルートとか言ったか? あいつは聖邪の宝珠を使って、世界を滅ぼそうとしているのかもしれん。人間界、神界も、精霊界もな”」
「あいつ……そんなことしようとしてるのか?!」 
 昔、読んだ本では、魔王は世界を闇で覆い尽くすつもりだと書いてあった。事実、世間ではそう言われている。だが、実際に会って見て、本当にそれが目的なのか解らない部分が多く見られたのは確かだ。それが世界そのものを滅ぼすためであるのなら、それはそれで不可解な点があるのだが……。
「“やつは今、魔界にいるぞ”」
「魔界ぃ?!」
 そのようなことは初耳である。最後に相対したのは、世界精霊セアルディルドと戦ったときだ。確かに、それまでの半年間は姿も見せなかったし、巨大な魔王浮遊城を見たという噂すら聞いていない。
「マジで何やろうとしてんだ……」
 完全に呆れてしまい、せっかくの精霊力もなんだか虚しくなってきた。
「“もういいだろう。あとは運命の意志に従え”」
 周囲の炎の質が変わる。――そういえば、先ほどまで熱かったのに今はなんとも思わない。むしろ心地が良い。これも精霊力のおかげだろう。
 炎が消え始め、同時に自分自身がこの空間から消えかける。
「って、おいまて! まだ聞きたいことがっ――」
 フォゥンッ。
 一瞬で全てが消える音がして、それと同時にもとの空間――ファイマとエードがいる森へと戻った。
「ケン!」
「オレはエンだぁぁ!」
 呼ばれたことに反射してエンが答える。
「エンよ……お主、本当にエンなのか……?」
 ファイマの目から見れば、それは本当に自分の仲間であるエンなのか不安に思えた。彼から溢れる魔力、威圧感、他の全てが今までと違っているのだ。姿形は変わらないのに、まるで違う生き物になったかのように。
「……。何言ってんだよ。当たり前だろ?」
 エンのその言葉で、ファイマも緊張を解いた。そうだ、彼は彼だ。そのことに何の変わりも無い。少し雰囲気が変わったからといって仲間を疑った自分をファイマは恥じた。
「……炎の精霊王と会ったのか?」
 エードはエンが変わっていることに気付いていないのだろう。結構鈍いのだ。
「あぁ。会った」
 まだ持っている火龍の斧を見つめ、精霊の言葉を理解しようとする。炎の精霊王、メイテオギルは力を貸す、と言ったが、具体的にどういう意味だったのだろうか。確かに力が溢れているような気がするが、これがメイテオギルの言った力なのだろうか。
「“これからよろしくな。我が半身よ”」
「へ…………?!」
 声。声がした。それはどこからともなく聞こえてくるもので、ファイマたちには聞こえていないようだ。エンにだけ、聞こえている。心の奥底から聞こえてくるような声。冒険者の『職』が与えてくれる魔法のように、自分自身から溢れでてくる心の声。
「“何を驚いている? 力を貸す、と言っただろう”」
「め、メイテオギルなのか!?」
 エンは狼狽し、辺りを見回す。どこかにメイテオギルがいるようには見えない。急に慌てだしたエンに怪訝な顔を向けるエードとファイマがいるだけだ。
「なんと……」
 事情を話すとファイマの細い目が、薄らと開かれる。それほど驚いているのだろう。エードも信じられないといった顔だ。
「“知らないのか? 我々は魂そのものに近しい存在。我が力を扱うには俺と同化することになる。三界分戦では、こうして龍を扱う人間の心と同化したものだ”」
「知らん知らん。オレは知らねぇぞ!」
 つい数時間前に聞かされた、何千年前の戦争の話など、エンはそこまで興味がなかったのだ。それに、話としても上がっていない。ファイマも驚いているということは、伝説が少し歪められているのだろう。
「まぁ、何にせよロベル殿の遺言を果たしたのじゃ。これで、魔王に対抗できるわい。炎の精霊王が味方なのじゃからな」
「“自分の力を過信するなよ。オレを使いこなすなら、お前自身も強くならないと、逆に俺がお前を内側から殺すからな”」
 ファイマとメイテオギルの意見は、両方とも最もなことだ。エンは確かに魔王に対抗できる力を手に入れた。だが、それを使いこなすだけの能力が、自分にあるのだろうか。
 悩むよりも、とりあえず仲間との合流が先だろう。水の精霊に会いにいった、ルイナとミレド。あの二人に会わなければ、事は進まない。今は聖水国家と呼ばれるウォータンにいるはずだ。
 エードがウォータン国へ行ったことがあるらしいので、彼のルーラですぐにそこへ向かった。

  ――四大精霊の精霊力 『炎』を入手――

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