-66章-
金持ちの下に集まるな厄介




「我が家に伝わる炎の精霊についての伝承。それを教えるためには、条件がある」
 席に着くなり、唐突にデルドは話を切り出した。
「条件?」
 金、とは言わないだろう。なんせ相手は全身で、儲かっています! と宣伝しているような男である。
「うむ、娘の――ツバメの護衛を頼みたい」
「護衛ぃ?」
 確かに冒険者の一般の仕事として、護衛は一般的な仕事ではあるが、炎の精霊についての伝承を聞くための条件にしては、やけに簡単な気がする。
「この事件がなければ、すぐにでも精霊の伝承を伝えるのだがな」
 面倒そうに言い、その言葉に隠された本心も全員に伝わった。つまり早い話がさっさと出て行ってほしいのだ。
 こんな小さな村に素性も知れない旅人が何日も滞在するのは気に食わないのだろう。
「で、事件ってなんだ?」
「娘の命が狙われている」
「誰にだよ……?」
「知らん」
「理由はなんじゃ?」
「金だろう」
「犯人の目星はついているのですか?」
「全くついていない」
「……」
「……」
「……」
 誰がどの質問をしたのかは、口調で判断してほしい。
「ダメダメじゃねぇかっ!」
 命を狙う理由以外が分からず、誰かの予想すらできていない。エンが叫ぶのも無理はない。
「どうしろというのじゃ?」
「だから、護衛を頼んでおるのだ!」
 さすがにこれはデルドの言い分が正しかった。
「まぁいい。とりあえずツバメに会ってくれ。この屋敷は、勝手にうろついていいからな」
 それだけ言って、豪快な足音を立てながらデルドは部屋を出て行った。
 この床、かなり高級で足音が鳴りにくいはずなのだが……やるな、あのおっさん。

「ここが、ツバメお嬢様の部屋でございます」
 ハーベルに案内されたのは、屋敷の二階にある部屋だった。
 他の部屋の扉は至って普通なのだが、この部屋の扉と扉の周りだけが桃色一色。
「……」
 入ったら『ワインをかたむけながら「よく来たわね」というセリフを膝元の猫をなでつつ言うような、いわゆる悪役の首領女性』が出迎えそうな考えが浮かんだのだが、話を聞く限りはまだ幼く、病弱というらしい。
「大丈夫なのか?」
 エンの質問にはいろいろな意味が含まれていたが、それに答えるものは誰も居なかった。
「ツバメお嬢様! ハーベルでございます。入りますぞ!」
 ドアを軽くノックし、相手の返事を聞かずにハーベルは扉を開けた。
 そこには、悪の親玉を想像させる女性――ではなく、一つのベッドがぽつりとおかれている。周りには熊の人形だったりフリルだったり何だったり、いかにも女の子の部屋と言った感じである。
 やはりここもピンクで全体が装飾されている。
「ツバメお嬢様?」
 ハーベルがベッドに近づくと、毛布がもごもご動いた。そのすぐ後、ひょこっと小さな頭が現れる。
 それを見た三人は、まず目を疑った。
「有り得ねぇ……」
「うむ、有り得ぬな……」
「あぁ、有り得ないな……」
 ベッドに寝ていたのは、確かに可愛い女の子である。三人が有り得ないというのは、あのデルドが、この子の親ということに有り得ないという感想を抱いたのだ。
「遺伝子操作か?」
「隠し子かもしれぬぞ?」
「拾ったんじゃねぇの?」
 などと勝手なことを口にしているのを、執事のハーベルは聞き逃さなかった。
「ツバメお嬢様とデルド様は立派な血の繋がった親子です」
「(((嘘だーーーーっ!!)))」
 言われてもなお、三人は信じようとしなかった。

 ツバメという少女は、まだ十歳になったばかりで、確かにひ弱な印象があり病弱というのも納得できる。
「へ〜、アンタも赤い髪してんだぁ。オレと同じだな」
 ツバメはエンと同じく髪の色が赤かった。染めているのでなく、地毛なのだ。
「同じ……。うん、同じですね!」
 絶対親子じゃないだろ。
 容姿はもちろん丁寧で柔らかい口調やその他多数の理由で信じることはできない。あのデルドとは全く似ていないのだ。それはそれでよかったかもしれない。似ていたら困るし。
「でも何でまた命なんて狙われてんだ?」
「多分、お金のためだと思います。あたしが死ねば、お父さん全財産捨てるだろうし」
 十歳にしてはしっかりと考えているようだ。大人であるデルドは全く気づかなかったというのに。いや、もしかしたらデルドが単なる阿呆なのではないだろうか。普通に考えて解る事を少女は言葉にしただけだ。
「金を捨てたところで、誰のものになるんだ?」
「さぁ?」
 さすがに子供がそこまで知っているはずないか。ハーベルから、母親はすでに他界しているということを聞いている。ちなみに母親のほうは髪が赤かったとか。
 ともかく、動機がありそうな人間を上げていけば犯人に辿り着くかもしれない。そして可能性が今、最も高いのは……。
「……ツバメちゃん、でしたね。食事とかはいつもどうしているのかな?」
 エードが紳士的な態度で訊ねる。
「ハーベルがいつも運んできてくれるよ」
「仕事ですから」
 エードの質問に、ツバメが答えてハーベルが誇らしげに言った。
「もしかしたら……」
 エードの考えは、ファイマも分かっていた。むしろ先にファイマのほうが薄々感づいていた。
「ハーベル殿。これから秘密的作戦会議を行いたい。すまぬが、お主は外にいてくれぬか?」
「え、ええ。いいですよ」
 そう言って、ハーベルは部屋を辞した。
「さて、エンよ。後は任せたぞい」
「は?」
 ファイマの言葉に間の抜けた声をエンが出した。
「上手くやれよ」
「え?」
 同じくエードの言葉に対しても間の抜けた声を。
「勝負は一発じゃからな」
「うぇ?」
「失敗するなよ」
「ちょっと待て! オレに何しろって言うんだよ!?」
 たまらず叫びだしたが、二人はうんざりした顔で、しかし真顔で聞いた。
「まだ分からぬのか?」
「分からん!!」
 そして、真顔で、しかも自信満々でエンは答えたのだ。


 翌日。
「ツバメお嬢様! ハーベルでございます。入りますぞ」
 決まった時間に同じセリフを言い、決まったことをする。今は朝食の時間のため、ハーベルがツバメの食事を持ってきたのだ。
 いつもの如く返事はないが、また寝ているのだろうとハーベルは中へ入っていく。
「ツバメお嬢様。朝食にございます」
 言って、ベッドがもごもごと動く。しかし今日はひょこっと顔を出さず、代わりに紙が出てくる。その拍子に、赤い髪が覗いたがやはり頭を出すことはなかった。
≪食べたくない≫
 ツバメの文字で、はっきりと書いてあった。
「……どうしたのです? ツバメお嬢様?」
 また、紙が出てくる。
≪食べたくない!≫
 今度は強調版である。
「わがままはいけませんよ、ツバメお嬢様」
 ハーベルは困った表情を顔に浮かばせ――ることはなく、思わずニヤリと笑っている。
 ――ヒィィィィン……
 小さく、そんな音が聞こえた。ハーベルの手元に光が宿り、その光が具現化――武器となる。
 小型のナイフだが、毛布の上から刺せば誰でも殺せるだろう代物だ。
「解りました。そんなに寝たいなら――そのまま寝ていてください!!」
 ドムっ、という毛布を貫く感触、そして人間の肉を刃物が貫く感触が、音が――
 ガキィッ。
 聞こえず感じず、代わりに金属音と硬い感触。
 毛布と人体を貫いて聞こえることのない、金属音が鳴った。
「よぉ〜。本性だすのは早かったな。なぁ、ハーベル!!」
 中にいたのは赤髪の弱々しい少女ではなく、赤髪は同じだが立派な体格の男性であるエンだった。
「貴様いつのまに?!」
「昨日の夜中からだ! このベッドふかふかすぎて眠れねぇっての!!」
 ハーベルのナイフは、エンの持つ両刃の斧によって防御されていた。
「そんな巨大な武器……どこに持っていた!?」
 昨日見たとき、エンは手ぶらだった。剣と盾を持っていたのはエード一人である。
「アンタと同じだよ。冒険者だ」
「くっ!」
 ハーベルが身構え、ナイフを握る手に力を込める。
「やる気か? 言っとくが、オレの武器は火龍の斧。『龍具』だぞ?」
「りゅ……りゅうぐ?!」
 いくら何でも知っているらしい。さすがに辺境の地でも『龍具』の伝説は一般的なようで、脅しに使えばかなりの効果が得られる。
「しかし、何故私だと気づいた」
「資産を横取りしようとしておるような人物は、一人しか考え切れなかったのでなぁ」
「それに本人から聞いた話によると、昔は健康であったにも関わらず病弱になったらしいな。となれば身の回りの世話をしている人間を疑ってみたら、あたりだったということだ」
 物陰に隠れていた二人が言いながら出てくる。ファイマとエードだ。
 ちなみにツバメ本人は部屋を移していた。
「朝食などの食事に気付かれない程度に毒を入れる。単純なやり口じゃのぉ」
 持ってきた食事をつまみ食いし、すぐに吐き出す。念の為、水で口の中を洗浄しておくことを忘れなかった。毒が入っていることなど、すぐに分かったからだ。それほど、今日は強めだった。
「さて、観念するじゃろう?」
「ま、まだだっ!」
「ほ〜」
 ファイマが一瞬で武器召還(ウェコール)をする。いかにも禍々しい、見るだけで恐ろしい武器だ。
「まだ、何かあるのか? 言うてみぃ」
「う、うう……うおおおお!!」
 自棄になったのか、ナイフを振り回しながら突進してきた。
「ふぅ……ほれ、武神空流――飛空烈斬(ひくうれつざん)!(弱小版)」
 ファイマが剣を振り、本来は斬りつけた挙句に相手を吹き飛ばすという技を、威力を抑えて放った。
「え〜と、バギ!(最弱版)」
 今度は真空の渦を発生させる呪文をエードが、飛空烈斬で飛んできたハーベルに向かって放った。放物線を描いて落ちる場所にはエンが構えている。
「思いっきりやってしまえ」
「死なぬ程度にな」
「『弱小』のフレアード・スラァッシュ!!」
 エンの言葉に従い、火龍の斧から出る技の効果が変わる。ファイマの要望の死なない程度にするため、弱小という効果を入れたのだが、全力で放っただけの威力はあり、ハーベルは瀕死状態になっていた。蹴飛ばすだけで死ぬのではないのだろうか?

「いや〜よくやった。まさかハーベルが犯人だったとは」
「全く気づきませんでした……」
 もしかしたら、妙なところで鈍感という点でこの親子はかなり似ているのではないだろうか。
「ハーベルは、まぁ軽く十年くらいは動けないだろうから心配しないでくれ」
 どういう意味の心配かは言わなかったが、とりあえず彼は生きている。かなり危なかったが。それにしても、結局は金持ちの資産を狙うという、定番的な厄介事に時間を費やしてしまった。
「よしよし。それでは炎の精霊についてだったな」
 随分と待たされた気がする話題に、エンはすぐさま反応した。
「おぉ! それそれ! 詳しく聞かせてくれよ、精霊の伝承!!」
 デルドが話し始め、それを聞いたエンたちは少しずつ、不安になっていった。しかし同時に希望も生まれ、やる気も生まれてきたのは確かである。
 その翌日、エンたちはデルドの村を発った。デルド村長から聞いた話が本当ならば、すぐにで精霊と相対できるだろう。
 そして、彼らは炎の精霊が眠る地に辿り着いたのだった。

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