-65章-
精霊の名の下に集まれ情報(水編)




 ルビスフィア世界に存在する大陸は、大きく五つに分けられる。
 エルデルス山脈、風の精霊城ウィード、軍事国家ベンガーナなどで知られる北大陸ノースゲイル。
 ダークデス島(正式名称トモ島)、魔道国家エシルリム、賢者の島などで知られる東大陸ルームロイ。別名は分断大陸とも呼ばれている。
 交易国家バーテル、ソルディング大会、トーロルの森などで知られる西大陸ウエイス。
 神器が祭られていた山岳の南第一大陸ジルディース、砂漠に埋め尽くされている南第二大陸デザラウト、熱帯雨林の豊富な南第三大陸フレイアルの三つに別れている南大陸は、まとめてヴァーロスと呼ばれている。
 そして、今ルイナがいるのは東西南北ではなく、中央。中央大陸クルスティカだ。ここは三魔江や政治国家ストルード、聖水国家ウォータンなどで有名で、半年前に立ち寄ったフィッシュベリーも中央大陸にあるのだとか。
「海の、匂い……」
 ぽつりと彼女は呟いた。
 もしかしたらフィッシュベリーの近くかもしれない。立ち寄るか、とも思ったが、そこにいるはずの知り合いには、別に大した用もないし、そこまで親しいわけでもないのでやめておくことにする。それに、彼女が会いたいのは自分ではない。自分といつも共にいる男性だ。今、自分が行っても何もならない。
「……」
 ルイナがいる場所は、当然海の近くだ。彼女の推測通り、その場所の一,二キロメートルほど離れたところにフィッシュベリーはある。
 ウォータン国の城下町の宿屋で、窓を空けて感傷に浸っていた――ということではなく、宿屋で窓を空けているまではあっているのだが、ルイナが今しているのは怪しげな薬の調合だ。
「……」
 完成しても、期待している効果があるとは思えない。それを試すには、やはり実験が必要だろう。そして実験できるようなものが近くにない。いつもなら、近くに必ずエンがいるはずなのだが、今は別行動をしている。今ごろ、南大陸にでもいるのだろう。
「ルイナ様! 戻りやしたぜ」
 自分の名に様付けをするのは、世界でたった一人。ルイナに仕えている盗賊のミレドだ。
「水の精霊の情報、ウォータン王から詳しいことが聞けそうです」
「そう、ですか」
 無表情で、感情のこもってない答えを返す。これがルイナの普通の状態だ。
「炎の精霊の情報も入りましたぜ。今からエンに伝えてきやす」
 早口で言ったあと、ミレドは南大陸へと急いだ。盗賊ギルドに仕込まれた特殊な力で、本来武具を召還するはずの行為を道具の召還に使い、キメラの翼で飛び立ったのだ。
 それを見送って、ふとルイナは思った。
「(実験……)」
 ミレドで完成した調合薬の人体実験しようとしたのだが、彼はすでに消えた後だった。

「ふぅ……。ぜってぇあのままだったら、人体実験させられてるとこだったぜ」
 彼は気付いていたのだ。あの場でのんびりしていたら、必ずルイナは自分で作ったばかりの薬品を試していただろう。前までの標的はエン一人だけだったのだが、ある時から無差別に変わってしまった。
 確か、エンが行方不明になった時だ。あの時以来、ルイナは実験対象をエン以外で行なう事が増えたのだ。
「エンよぉ……ちったぁお前の気持ち、分かる気がするぜ……」
 何がどう分かるというのか、ミレドはこの場にはいない自分の仲間に語りかけた。
 今、彼がいる場所は南大陸にある盗賊ギルドに最も近い街だ。確か、この街でエンとファイマとエードの三人に合流する予定だったのだが、まだ情報が確実なものとなってはいない。それを確かめるべく、ミレドは裏路地へと入っていった。
 そこで情報屋をやっている老人と交渉し、確かに炎の精霊はデルドにいることがわかったのだが、そう簡単に精霊の伝承を提供してくれるものか心配なので、彼は先にデルドへと赴いた。

「街っていうか、村だな……」
 活気があって街のような村もあるのだが、デルドはそんな華やかさなどなく閑散としており、街といえず村といえた。
「まずは……」
 デルドの名を継ぐ者こそ、名と共に炎の精霊の伝承を継がされている。その者との交渉をすべく歩きだそうとした彼だが、ふと宿屋が目に入った。
「……。腹減った……」
 金はたくさんある、しかしあまり使いたくない。金好きと言ってしまっては終わりなのだが、他にも理由――しかも正当な――があった。情報収集には何かとお金が必要になってくるからだ。無駄に使うことはできないが、だからといってひもじい食事だけで済ませたくない。
 もともと孤児だったミレドはそんなに高望みしないほうなのだが、金欲だけは凄まじいほうだ。最近はなにかと食欲も旺盛だが。
「エンのやつに、払わせるか」
 そう決断し、ミレドは宿屋へ入る。「軽く二十人前は食べた」とその宿屋のウェイトレスは語っていたとかいないとか。信じるを知るのは実際に見たウェイトレスと食べた本人のみ……。
 そして、後日エンたちの怒りを買うことになったのは彼の知る所ではないが、ミレドのことだから予想できているかもしれない。
 ミレドは食事が済むとデルド家へ趣き、事の詳細を話した。そこで、とある事件を解決できたならば炎の精霊の伝承を教えると言う約束になり、その事件解決もエンたちに任せることにしたのだった。


『水の都』とも呼ばれるウォータンは、その名の通り水が豊富で世界一美味しい水とも呼ばれている。あちこちに見受けられる噴水は綺麗な色で水を出している。珍しいのはアモールの水や世界樹の雫、魔除けの聖水に魔力回復の聖水など、水に関する物を多く販売していることだ。
 薬の材料となる特殊な薬草も豊富で、ルイナはずいぶんと新作の調合薬を作り上げていた。
「ルイナ様、そろそろ行きましょうぜ」
 いつからそこにいたのか、自分に仕えている盗賊が城へと促した。
「……」
 立ち上がると、窓から風が吹いて青い髪が揺れた。すぐに窓を閉めて、ルイナは扉へと向かう。彼女自身やいつも一緒にいるエンは気付いていないが、彼女は美人の分類に入るほどの美貌を持っている。
 それが、ミレドにとっては気がかりだった。なにせ、ウォータン王と謁見するからだ。
 現ウォータン王――メイルディア=ヴォウ=サウル=ウォータンは、かなりの好色だと噂で聞いたし、その噂は事実である。
 一度『仕事』でウォータン城へ入り込んだことがあるのだが、そこで見たのは女性に囲まれたウォータン王だった。まだ少女と呼べる年代から婦人と呼べるまでの年代まで、数多くの女性に囲まれてにやついていたウォータン王は、ルイナを見てどう思うだろうか。
 王子が一人いると聞いたが、それは表の事実であり、本当は数十の子が存在している。それを確かめるべくミレドが派遣されたわけで、呆れかえって本当の数は覚えていない。
 表沙汰の王子が、親に似ず好色でないというだけが救いであった。
 そういえば、最近は他国の王女にまで手を出そうとしたらしい。美しい国を治める王であるにも関わらず、女の事件の噂は全く絶えていない。
 ミレドは、そんな男とルイナを会わせるのが不安なのだ。


 風の精霊の象徴を表すウィード城は全体的に翠系統の色で城が構築さていたが、水の精霊の象徴表すウォータンは、全体的に水色系統の色で城が構築さていた。
 用水路に流れる小川がせせらぎ、美しい花が道を作っている。そんな華やかな城ではあるが、王との謁見は極稀であった。
 そんな中、ミレドとルイナが謁見可能になったのは、しばらくの間にかせいだ金にものをいわせたこともあるが、もしかしたら王の野生の勘かもしれない。どういう意味での勘かは予想がつくのだが、あまり考えたくは無い。
「盗賊ギルド所属『風殺』のミレド。『炎水龍具』メンバーのルイナ。両名の謁見の許可する」
 階段を塞いでいた兵士が大声で許可を告げた。盗賊ギルドの暗殺者として、名前が知れ渡るのは困るので、大声で言うのはやめてほしかったが、もう遅い。
「行きま、しょう」
 ミレドが未だにルイナとウォータン王の対面を戸惑っていることなど露知らず、不思議に思ったルイナが階段へと促した。ルイナの命令は絶対なので、渋々従ったが、やはり胸中は不安で埋め尽くされていた。

 ウォータンは温暖気候ではあるが、城の中はひんやりとしていて気持ちがよかった。水が至る所で流れていたり、全体の背景色のおかげでもあるのだろう。
 そんな城の中で、最も豪華な部屋とも思える謁見の間は広々としており、奥にいる中年男性こそ、この国を治める王である。十と数人の女性に囲まれて堂々と座っているところを見ると、こちらが呆れてしまうほどだった。
「おぉ、来たか」
 近くまで寄って、初めて気付いたような口調でウォータン王の口が開かれた。
 玉座の傍らに立ったり座ったり寝そべったりしている女性はパッと数えて一七人。全員は薄布を纏い、身体のラインがほっそりと見えている。それをなんとも思わず、彼女らは王のご機嫌を取ることで精一杯に見えた。よほど給料がいいのか、それとも機嫌を損ねた王を怖がっているのか……。
 ミレドには推測が容易についた。両方だ。
 この国の資産は計り知れないほどであり、また王の性格を考えればそういう結果に落ち着いた。今は全く関係のないことなのだが、彼は生まれつきの判断力でつい関係のないことまで見極めてしまうことがあった。
「ほぉ、お主が水の精霊の伝承を聞きたいという者か?」
 さっそくウォータン王が好色的な笑みを浮かべて、ルイナを直視する。
「そう、です」
 凛とした声で答えを返し、それを聞いたウォータン王はますます好色的な笑みを濃くするのがミレドには嫌というほどわかった。
「(あぁ、マズイな……)」
 ミレドは内心の焦りを隠し切れてなかった。妙にそわそわとしているし、額にはあぶら汗や冷や汗が流れ、落ち着きが無いようにルイナとウォータン王を何度も見比べていた。
「ふむ。まぁ〜……教えてやって〜も〜よいが、のぉ〜……」
 もったいぶるようなセリフに、ますますミレドの不安は膨れ上がった。
 教える条件に『儂と一晩付き合え』などと言い出したら、ミレドはどうすればいいのか迷っていた。王が言ったら言ったで、何か問題が起きる前に斬り捨てるか……だがそれなら自分が殺人罪になってしまう。なんとか説得を試みるか、言葉での説得は効きそうに無いし聞きそうに無い。
 とにかく今の状況で何かが起きて欲しかった。予想外の何かが。
 そしてその『何か』は唐突にやってきた。
「父上、ただいま戻りました」
 美しい青髪を肩まで伸ばし、薄水色の冠をつけている青年。腰にはレイピアを提げており、鍔や柄にはウォータン王家の紋章が装飾されている。
 正当なるウォータン王家の王子が、玉座にある後ろの扉から、この場に入ってきたのだ。ウォータン王子――ゼイル=ヴァート=フィル=ウォータンは、親とは違ってしっかりとした立派な王子である。ウォータン王を宥めることができる、唯一の存在と言って良い。そんな彼が来たことで、多少ルイナを奪われる心配はなくなった――はずだった。
「父上、その方は?」
「水の精霊の伝承を教えて欲しいそうだ」
 そうですか、と呟き、ゼイル王子はルイナの方を向いた。
「水の精霊の伝承を……」
 その視線を、ミレドはどこかで見た覚えがある。
 どこか、どこかで、それも最近だ。
 ゼイル王子は、ルイナから目を逸らさない。
 まるで、呪いでもかかったかのように動かない。
 そのゼイル王子に、何かかぶる姿があるようなないような。
 やがて、思い当たるものがあった。
「(……見惚れてやがる――!?)」
 彼は心の中で、叫びにならない叫び声を上げてしまった。
 どこかで見た、などというものではない。よく見ているのだ。自分の仲間――コリエードことエードがルイナに向ける視線と似たようなものなのだ。
 そして、それが意味することは――
「……美しい方だ」
 一目惚れである。

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