-64章-
精霊の名の下に集まれ情報(炎編)




 行き交う人々。その足を止めさせ、商品を売ろうと必死な露天商が並び、なんとも煌びやかなメインストリート。そんな華やかさとは永遠に縁のない裏路地の一つで、昼間には似合わない黒ずくめの男と、人もこないのに商品を並べている商人が一人。
「……本当か?」
 黒ずくめのほうの男が、聞き返した。まだ若く、目の前にいる商人の半分も生きていない。その分、商人のほうは高齢だが、その目に宿る光はしっかりとしているものだ。
 まぁ、しっかりとしているといっても、その老人の職業柄としてしっかりしているのだ。
「ああ、アイツの情報は信じられるさ」
「なら、アンタは信じられないのかい?」
 二、三言のやりとりで苦笑しつつ、そして真剣な眼差しへと変える。さきほどから何度もそうなっているが、これこそ彼らのやり方だ。
「まぁ、行ってみる。ありがとな」
「おまえに礼を言われるとは……明日は天地がひっくりかえるんじゃないか?」
 老人は、真剣な顔で言っていた。

 一方こちらは先ほどのメインストリート。
「ひゃ〜、でっかい町だなぁ〜」
 田舎者丸出しでも気にせず、赤髪の青年は町の規模に感心していた。彼の田舎者っぷりを気にしているのは、彼自身ではなく、連れのほうである。
「ウィード城の城下町もこれくらいじゃったろうが」
 黒髪の、開けているのかいないのか判断がつかないほど細い目をしている男性が呆れ気味に言った。
「こんなにでかかったか? ほとんど覚えてないけど、なんとなく大きさくらいは覚えてるような……」
 彼がその地を訪れたのは、感覚的には何千年にもなっているので、確かに忘れていても確かなのだが、この一年で旅を続けたときに、これくらいの規模はある街をいくつも訪れている。
「大きさ、か……。お前がウィード城下町の酒場で魔法を放った時にかかった、弁償金額の大きさか?」
「う……」
 赤髪の青年の隣を歩く、金髪の美形騎士に言われ、思わず言葉が詰まる。言われて、思い当たるものがあったのだ。
「それとも、エルデルス山脈の一つをビッグ・バンで消し飛ばした時の被害の大きさかのぉ?」
「うぅ……」
「巨大豪華客船も魔法を制御できずに半壊させたよな?」
「うぅう……」
 どれも事実である。
 黒髪の男性と金髪の男、両方から責められ、言葉に詰まる一方。しかも言い返すためのことが何もないので困ったことである。
「ああ、ギガ・メテオ・バンを使った時の、世界規模の破壊の大きさか?」
「だぁぁ! もうそれ以上言うな!!」
 言葉に詰まる一方ではこれ以上何を言われるか分からないので、とりあえず止めようとする。
「どれも事実だろう、ケンよ」
「オレはエンだ!!」
 これで何十回目だろうか。金髪の男性――コリエードことエードが自分の名前を(当然わざと)間違えたのは……。
「自分で言っておいて思い出したんじゃが……。エルデルス山脈の山を一つ消し飛ばした時の弁償がまだじゃったのぉ。あの山は――」
「……金は、無い」
「何も金とは言っておらん」
「じゃあ何だ?」
「…………これ以上、変な行動は起こすな……」
 それは、黒髪の男性――ファイマが思う、現在最大の願いでもあった。

 第三南大陸フレイアルにある街に着いて数日。
 エンとエードとファイマは特になにをするわけでもなく街をぶらついていた。
 ちなみに、あと二人の仲間であるミレドとルイナは別行動をしている。今ごろは中央大陸にいるはずだ。
 ミレドが情報収集をして、互いに伝えるという役を買ってくれたのだが、彼が情報を持ってこない限りは行動のしようがないのでこうしてのんびりとしていたのだ。とりあえずここで待機していろ、というのがミレドの指示だ。

 それから、ちょうど一週間が経つころ、やっと仲間からの連絡があった。
「お、ミレドじゃねぇか!」
 宿で昼食にしていたら、昼には似合わない黒ずくめの青年――仲間であるミレドがそこに入ってきた。
「情報が入った。この街の、南にある街に行ってくれ」
 席に着くなり彼はそう言った。人付き合いが苦手な彼にとって、これが普通なのかもしれない。
「ここから南……デルドか?」
 ファイマが少し考え思い出す。この街から南に行くと、必ず通ることになる街である。
「そこに、炎の精霊がいるのか?」
 エンが嬉しそうに聞いた。それも当然で、精霊探しを始めて、まずは時空の穴を塞ぐための仕事や、それの後始末、さらには資金不足や情報の誤まりという問題が多発していたのだ。そう、勇者ロベルが死んで、一年近くの時が過ぎている。
「え、ああ、いや……行けば分かる」
 曖昧な返事を返し、ミレドはすぐさま出て行った。ミレドが(一方的に)仕えている、ルイナの下に戻るためだろう。
「あ、ルイナさんによろしく言っておいてください」
 エードがそういうのは欠かさなかったが、それが伝わるかどうかは謎である。
「お前は、なんか伝言は?」
 ミレドがエンに聞き、彼は少し考えた後、
「ま、頑張れとでも言っておいてくれよ」
 とだけ彼は言った。

 デルドにはすぐに着いた。待機していた、巨大都市アスカンタを発って二日も経っていない。
「え〜と……」
 エンが悩むのはあたりまえのような気がしてきた。
「どこからどう見ても……」
 エードが言うのを、ファイマが続けた。
「普通の村じゃのぉ」
 街というより町、町というより村というほうが正しい場所だった。あれだけ大きな都市の近くの寂れた村、忘れらた存在なのか、あえてその存在を隠しているのかとさえ思えてくるほど閑散としていた。
「こうした村、オレは好きだけどな」
 エンがどことなく嬉しそうなのは、故郷とここをかぶらせているからだろう。彼の生まれ育った村と、どことなく似ているのだ。
「けど……ここに、炎の精霊がいるのかなぁ?」
 いないだろ、と心内で思いながら、エンは二人に同意を求めた。
「ミレドが言っておったのぅ。情報が入った、とだけ。なにも精霊がいるとは一言も言っておらぬ」
「あの野郎……」
 拳を握り締め、再会したらビッグ・バンでも打ち込んでやろうと決意する。
「あの、ミレドさんのお仲間ですか?」
 近くの宿から出てきた、どこからどう見ても普通のウェイトレスがおどおどとしながら聞いてきた。
「(まさか……食い逃げした料金を払え、とか……?)」
 内心そう思い、まさか! と笑い飛ばそうとしたが、それを否定できずに困っている。
「そうですよ、可愛らしいお嬢さん。如何にも私達はミレドさんの仲間。ちなみに私の名はコリエード。エードとお呼び下さい」
 この中で唯一貴族であり、礼儀を知っているエードが一礼しながら言った。
「あぁよかった! これ、あの人が食べまくった料金の請求書です!」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「なぁ、ファイマ、エード……」
「なんじゃ?」
「なんだ?」
「オレさ、今度ミレドに会ったら、ビッグ・バンを打ち込んでやろうって思ったんだけど」
「奇遇だな。私も、ミレドさんに会ったらさすがに怒ろうと思っているのだ」
「うむ、奇遇じゃ。ワシも、次に会ったら『力』を解放してやろうと思っとったわい」
 にこやかに殺気を放つ三人に、ウェイトレスの娘は数歩引いたが、それでも逃げ出さなかったのは料金が破格だったからである。それを知った時、三人は更なる殺気を放ったのは言うまでもないことである。

「だいたい、ここに来てどうしろってんだ、アイツ……」
 先にミレドが食いまくった料金を払い、同じ場所で三人は食事を取っていた。
「ここに来ればわかると言っておったが……」
「分かったのは破格の請求書ですね」
 ハァ……と全員がため息をついた。おかげで、今夜の食費はかなり制限されてしまった。この村で冒険者の仕事を見つけないと、明日は野宿になる可能性が高い。稼いだ資金はほとんどミレドが管理しており、さらにはそれのほとんどを精霊探しの資金に費やしたとか……。今はせいぜいちょっとした旅が出来るほどしか持ち合わせていないので、無駄な費用は使いたくない。
 しかしこの至って普通の村に、冒険者が請負うような仕事があるのかどうかが問題である。
 あーでもない、こーでもないと立案しては否定しているうちに、宿の食堂に一人の男が入ってきた。宿屋の食堂なので人が入ってくるのは当たり前なのだが、その男がこの村に似合わずタキシードを着込み、さらにはこちらに向かってきたとなれば無視をすることもできない。
「あの、ミレドさんのお仲間ですか?」
「 (((またかっ!?)))」
 三人は同時にそう思ったが、なんとか口に出すのは防いだ。
「そうですよ、ご老人」
 男は白髪に白い髭を蓄えており、いかにも執事といった感じだ。
「私、この村の村長に仕えている執事のハーベルというモノです」
「ふ〜ん……」
 とりあえず話を聞きながら、エンは羊の肉を平らげる。最後にそれを食べようとしていたのだが、なんとなく食べたくなったのである。羊の肉を。
「では、行きましょうか?」
「「「どこにだっ!?」」」
 三人の声が揃った。いや、一人だけ語尾が「じゃ」だったような……。
「おや、聞いてないのですか?」
「何にも。あいつからは、ここに来れば分かるとしか聞いてないんだ」
 そうなのですか、と逆にハーベルが驚きの声を上げる。
「ではお話しましょう。ですが、ここでは人に聞かれる恐れがありますので屋敷へ行きましょう」
 ハーベルの言われるままに、三人はデルドで一番大きな屋敷へと招待された。

 エンたちが案内された屋敷は、村の中で最も立派なものであった。
「村長――というより、地主であるデルド様のご令嬢であるツバメ様は病弱で、あまり外に出ることはできないのです」
 さきほど夕食を取ったばかりだが、食事を出されたことに文句なく三人はそれを平らげた。さきほどの食事量が少なかったのと、怒りで腹が減ったからかもしれない。
「デルド様……『デルド』って、あれ?」
 デルドという名をどこかで聞いたことあるのだが、どうも思い出せない。
「エン……本当に思い出せぬのか?」
「ああ、思い出せない」
 ファイマの問いに、エンは即答した。
「……ケンよ……」
「オレはエンだ」
 名を呼ばれる度に間違えられ、さらには訂正しても聞いてくれないのだが、めげずにエンは答えた。
「この村の名前を覚えているか?」
「……なんだっけ?」
「…………」
「…………」
「…………」
 その場にいた、エンを除く三人に微妙な沈黙が訪れる。
「デルドじゃ・・・・・・」
「あ、そうそう! それそれ。デルド! デルドだったよな! って……あれぇ?」
「もうお気づきと思いますが……」
 もっと前にそのセリフを言っていたら、必ず一人は混乱していただろう。
「デルド様はこの村、デルドという名前をつけられたお方なのです」
「そうなのか!?」
 まだ気づいてなかったのか!? と逆に驚きたかったが、もうどうでもいいとさえ思えたので、エン以外の二人がハーベルの話を促す。
「それで、炎の精霊についてなのですが……」
 ようやく本題か、と思った途端、ドアがバタンと音を立て、一歩進む度にドタン! ズシン! と聞こえるような質量を持つ人間が現れた。
「それについては、わたしから話そう」
 いかにも成金野郎というような男は、自己紹介も要らなかった。
「申し遅れたが、わたしがデルドだ」
「(((見れば分かるって……)))」
 三人の意見が、心内で一致した。

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