-62章-
復活の記憶(後編)




 景気づけに杯を高く掲げ――中身は果実汁ジュース。酒は少しで酔いつぶれるという記憶は朧げにあった――、エンはINNホークを出た。まだ記憶は戻っていないので知らなかったことなのだが、自分は冒険者だということも教えられている。それがどういう力なのかもだ。
 武器召還ウェコール武器変換ウェチェンジ。念じるだけで武器が召還、変換できる便利な戦いの職種だ。
 教えてもらった道筋を歩き、約一時間を経過し、INNホークを娯楽施設に変えようとしている、領土欲の強い男、デューの屋敷に辿りついた。本来なら半分の時間、三十分くらいで宿からここに来られるのだが、エンが道を間違えたのだ。
 エンは屋敷全体を一瞥したあと、大股で屋敷内へと入っていった。

 平和な村だとはいっても、欲深な者が警備をつけないはずがない。扉の前に二人、剣を腰につけているものが立っている。雇われの冒険者だろう。彼らからしてみれば、立っているだけで報酬が入るのだからまさに夢のような仕事だ。
 しかし、それは平和なフィッシュベリーという村と、そのために反乱要素たる武力が少ないからという二つの理由があるからだ。そして今、異国の者であり、力も多少持つ若者が向かってきているのだが、彼らが知るはずがなかった。
「ティリーの代用で来た」
 警備の冒険者にはそう言ってみると、二人はエンの格好を少し見ただけで道を開けてくれた。彼らの視線は「代用されるべきなのはお前なのではないか?」と言いたげだ。それも無理も無いことで、エンはまだ包帯を身体中に巻いているのだった。

「ティリーの代用ということだが、彼女はどうかしたのかね?」
 警備役の冒険者に案内され、部屋へ入るとちょうどそこにはデューらしき人物がいた。彼は五十代後半というところだろう。中年太りに立派なヒゲ。古典的な『金持ち』を思わせる奴だ。
「彼女なら宿にいる」
「そうではなく、何故君が来るのかという意味で言ったのだが? そもそも君は誰だ? フィッシュベリーの人間ではなかろう?」
 葉巻をくわえて、じろりとエンを睨む。睨まれた本人は、真っ向からその視線を返す。
「……まあいいか。で、返事はどうなのかね?」
 質問の多いおっちゃんだな、と思いつつもエンは堂々と言ってやると心の中で誓う。
「返事、か。決まっているだろう」
 飛びかかるような姿勢で不敵に笑って見せる。このような答えが来ると確信していたのだろうか、デューはため息を一つついた後、手を二,三回叩くと、ぞろぞろと雇われ冒険者が部屋へ入って来た。
 ティリーが来たら、殺人を犯してまで乗っ取ろうとしていたのかもしれない。
「君には悪いが、見せしめに死んでもらうよ?」
 なにかと疑問符を使って、ニヤリとデューが笑い、それに怒りを覚える間もなくエンは無意識に構える。
「全く、素手でこの数に勝てると思っているのかね?」
「……素手、ねぇ?」
 おもむろに手を向けて、冒険者たちを見据える。
 ――ティリーから聞いたことを思い出せ。念じて武器を召還するのだ。想像主の精神を具現化する武器召還ウェコール

 さあ、来い。己の精神に住まう武具よ。

 頭の中で武器のイメージは出来あがっている。手慣れているもの。それは仕事道具であり、武器にもなる。炎のイメージを付け加えるのはついでだ。今の自分にならできる。自分を信じろ。自分の奥底に眠る力を。記憶を失う前まで使っていただろう力を。今、解き放つのだ。
「っ!!」
 無言の気合を放つと同時にエンの手元で光が発する。包帯の下にある『冒険者の紋章』は、見えはしないが青白く光っていることだろう。
 光は大体の形を造り、それを握る。そのまま具現化。光が消えて、そこには大きな斧が召還されていた。燃えるよう赤い宝玉を生め込まれた、炎を模している方刃の斧。『伝説級』のランクを誇る、火炎の斧バーニングアックス
「な! 貴様『冒険者』か?!」
「言ってなかったっけ?」
 不敵に笑い、エンは地を蹴った。呆気に取られていた冒険者たちを一瞬で斬り倒していく。当然殺しはしない。手加減をしてはいないが、死にはしないだろうという程度で斬っているのだ。
「なにをボケッとしている!? 早くそいつを捕獲――いや、殺せ!!」
 何を焦っているのかデューはなんとも残酷な命令を下した。しかし、その命令を実行できた者は誰一人いなかった。慌てて武器を召還しようとしたものを優先にエンは斬り倒して行ったのだ。
「紅き炎の精霊よ、汝の紅蓮なる一部を我が手に、愚かなる者への裁きに――」
 遠い間合いから魔法使いだろう人物が魔法を使おうとしたが、
「馬鹿者! 屋敷を燃やすつもりか!? 炎の呪文は使うな!」
 という、雇い主のデュー本人から規制がかかってしまった。
 その魔法使いが詠唱を取りやめた瞬間、次の行動を取る前に、そうはさせまいとエンは魔法使いを狙い地に伏せさた。
 なかには『魔物殺モンスターバスター』も数人おり、残ったのは彼らだけ。
 残った人数は四人。剣を持つ者、弓を持つ者、杖を持つ者、ナイフを持つ者。順番に、剣士、アーチャー、魔道師、盗賊だろう。冒険者より魔物殺モンスターバスターのほうが基本戦闘能力は高いらしい。しかも四対一。不利だ。
 だが、広い屋敷とはいえ、地面には仲間の冒険者やら何やらが多くころがっているのだ。むやみに魔法を使おうならば、とどめを刺しかねない。高度な魔法使いならば本当にエンだけを攻撃できるだろうが、見たところ、それなりの使い手だがそれほどでもないと判断する。
 よって魔道師は無視。
 アーチャーも同じだ。下手すると、流れ矢が仲間にとどめをさすかもしれない。
 問題は剣士と盗賊。素早い剣とナイフの攻撃を同時に受け、まともに戦えるとは思えない。
 即席の仲間だろうが、それでもエンを討つには充分だった。二人は見事な足取りでエンに向かってきた。厄介なことに、右と左からだ。
「オォォ!」
「フゥゥ!」
「このっ!」
 左右の同時攻撃をギリギリまで引きつけ、ヤケを起こしたかのように火炎の斧バーニングアックスを振るう。
 一瞬遅れて、二回の斬撃音と、炎が燃える音が嫌に大きく聞こえた。
 ドサリと剣士と盗賊の二人が地面に転がった。エンは気付いていなかったが、無意識に二連続の斬撃技――隼斬りを打ち込んだのだ。二人をなぜ倒せたかなど考える暇などなかった。
 エンは残りの二人に突進し、慌てるアーチャーと魔道師を切り倒す。接近戦になれば、最も弱いこのペアは楽々と地に落ちた。
「あぁ、言い忘れてたけどよ、こういう返事だ。つまり――」
 バーニングアックスを担いで、デューにニヤリと笑って見せる。
「お前の言う事を聞く必要はねぇし、聞くつもりもない。お前には敵対させてもらう、徹底的にだ!」
「か、帰ってくれないか?」
 ガタガタと震えながら、やはり疑問符を使ってデューが気弱に答える。それを見たエンは、なんだか良い気分になった。安心した、というほうが正しいのかもしれない。だから、不敵な笑みを浮かべたまま、
「言われなくても、帰ってやるよ」
 と軽い足取りで屋敷を出て行った。

 宿屋INNホークに帰り、結果をティリーとその他全員にそれを報告した。
 男どもは豪快に笑い、いい気味だ、これで安心だ、どうせならデューも倒せば良かったのに、などと口々に語り合った。だが、これは宣戦布告の意味を含めた返事だったので、これからはデューと戦う覚悟をしなければならない。
 話し合いだけでは、収まらない状態にあるのだ。そして、彼らは戦うことに依存はない。当然、エンもだ。


 ジーガがデューの屋敷に呼ばれのは、エンが帰って数十分も経っていない頃だった。
 デューの部屋に入ると、地面は気を失った冒険者たちと、それを処理している侍女やらなんやら。処理と言っても、医療室に運んだり、血を拭き取っているぐらいだ。
 それを見たジーガはすぐに事情を理解した。呼ばれた理由もだ。
「盗賊ギルドに連絡しろ。暗殺者を雇って、あいつ等を皆殺しにするのだ。いいな!?」
 デューとジーガは盗賊ギルドにコネを持っており、そして、暗殺者を雇う資金もあり、手配もすぐにできるのだ。了解の言葉を一つだけ言って、ジーガは屋敷を飛び出した。

 小一時間ほど経過して、デューの背後に一人の人物が立っていた。覆面で顔を隠しているが、黒髪だということはわかる。あと、眼がそれなりに鋭いということもだ。その人物が盗賊ギルドより派遣された暗殺者ということは、デューでもすぐにわかった。
「『風殺』のミレドだ。標的を言え」
 彼の言う『風殺』とは、盗賊ギルドにおける呼び名である。一人一人の称号が違い、その人物に合った称号が与えられる。
「標的はINNホークを経営している宿娘と、わけのわからん赤毛の男だ。しくじるなよ?」
 当初の目的はティリーはそのままカジノで伽役として働かせるつもりだったが、それを諦めてでもデューは恨みを晴らしたかった。
 ただ、聞いていた男は彼の言葉に、ピクリと眉を動かした。それに気付かず、デューは続ける。
「殺しの仕方は任せる。見せしめをしてもいいし、死体を隠すことも自由だ。だが、なるべく宿を汚すな? あそこはわしのものにするのだからな!!」
「……」
 ミレドと名乗った暗殺者は了解の返事を一つも答えずに外に出た。仕事内容は聞いたので、あとは実行するだけだからだ。だが、彼の心に一つだけ引っかかることがある。
「(……赤髪、か)」
 あれから四日が経とうという今。仲間の戦士が行方不明になり、行動しようにも手がかりの一つもなかった。
 情報を頼って、盗賊ギルドへ行ってみれば暗殺者として登録されている己に任務が下されて、今ここにいる。
 以前はただの下っ端だったが、今では幹部クラスともいえるほどの実力を持ってしまった。それも、あの赤髪の戦士のせいでもあり、おかげでもある。
 不安と期待。両方の感情がミレドを強く揺さぶる。赤髪の戦士――彼が見つかれば、安心して旅を再開することができるし、解らなかったことも多く理解できるだろう。
 しかし一方で、仲間の彼である場合だったとしても、仕事を優先させるべきであり、標的になる。つまり、見つけたとしても自分で殺さなければならないのだ。
 別にその人物が好きなわけではない。自分が忠誠を誓った人物である女性が悲しむのだ。実際、彼が行方不明というだけで彼女はひどく落ち込んでいる。
 そうこう考えているうちに、ミレドはINNホークの前に立っていた。

 時刻は夜明け前の数時間といったところだろう。夜遅くまで酒盛りをしていたとしても、さすがに誰もが寝入っている時間帯であり、また深い眠りについている時間帯でもある。暗殺には最適の時間だ。
「…………」
 音も無く宿屋に入る。
 中はイビキをかくおっさん多数。テーブルには酒瓶や料理の残りがあるところを見ると、酒盛りをしたまま眠りについたらしい。テーブル上の物がそのままになっているということは、宿の主人もそれらを片付ける前に眠ってしまったのだろう。

 ――いた。

 カウンターのところで、壁に寄りかかって眠っている娘。ぱっと見回した限り、女性はこの娘の他にはいないし、着用しているエプロンには『INNホーク』と刺繍が入っている。
 第一の標的だ。
 もう一人の赤髪はどこだろうか。いや、この娘さえ殺せば全ては終わる。経営者のいない宿など、ただの空家でしかないのだから。
 ふわっと、軽い風がミレドの手に巻き起こると、魔風銀ナイフが音も光もなく召還された。端からみれば手品に見えるかもしれない。光らず、いきなりその手にナイフが握られているのだから。
 娘を一瞥し、全ての感情を押し込める。下手に感情が動くと暗殺は成功しないからだ。
 標的に一目惚れし、重大な任務に失敗した挙句、盗賊ギルド全体を敵に回すという阿呆の暗殺者の話をミレドは聞いたことがある。実際に本当の話かは知らないが、前例は前例である。油断するわけにはいかない。
 攻撃本能と殺意のみを残し、全てを封じ込める。その瞳は無機的で、光は灯っていないほど暗い。輝きが一片も取れない、邪気で不吉な暗闇。
 ナイフを逆手に取り、娘に向けて振り下ろす。

 ズンッ。

 肉にナイフがのめり込む鈍い感覚が手に返ってきた。

 ――しかし、娘は生きている。

「物騒な奴が来たなぁ」
 ハッと感情封印を解いたミレドが声のした方向を向く。聞き覚えのある声だったからだ。
「……エン……」
 驚きの表情を隠さず、ミレドは素直に彼の登場に驚いた。やはりという気持ちと、なぜという気持ちとがぶつかり合う。嫌で妙な気分だった。仲間である彼が標的であり、またそれを優先させるのが盗賊ギルドの掟。掟に従うならば、ここでエンを殺さないといけない。
「オレの名前を知っているのか。ま、デューに雇われてるなら当然か」
 その口調から、ミレドは違和感を抱いた。まるで、自分のことを知らないような口調だ。
 ちなみに、ティリーが助かったのはミレドの目前に料理用の鳥肉を投げつけ、見事ミレドはそれだけを突き刺したのだ。もしエンのタイミングが少しでもずれていたら、本当にティリーは死んでいたので、エンとしては腰が抜けるほどの思いをしていた。
「俺様を忘れたのか?」
 とりあえずそう言ってみる。ハッタリとしてもこの言葉はよく使うのだが、今は別だ。本当に自分を知らないような気がしたのだ。
「……オレを誰だか知っているのか?」
 逆に驚いたのはエンのほうだった。むしろ、それは慌てているようにも見えた。
「テメェ、何を言ってやがる……?」
 感情を押し殺した声とは全く違う、呆れた声でミレドがぼそりという。別に問い掛けたわけではない。ただ今はそう言うしかなかったのだ。あまりにも混乱が激しすぎて、暗殺どころではないのだから。


「記憶喪失だぁ?」
 朝。すでに宴会をしていた二つの組合はそれぞれの家に帰宅している。
 ミレドが呆けたように聞き返したのをエンとティリーは頷いて見せた。
 結局一晩中も対峙し続け、ティリーが起きたころに両方の気が抜けた。そして互いが互いに説明しあうことになったのだ。とりあえず、ミレドは以前エンとは冒険者仲間だったと言ってある。そして、ティリーが言った言葉をミレドは繰り返した。
「三日もぐっすり寝て、起きたら記憶喪失で、おまけにデューのところに殴り込み。テメェは一体なにやってんだよ、こっちが大変な時によぉ〜」
 用意してもらった葡萄酒を一気に煽り、毒づくミレドを見ながら、エンは果実汁ジュースを飲み干した。
「……そんなこと、言われてもな」
 気まずそうにエンは答える。なんせ、ミレドとは初対面ではないのだが、今のエンにとっては初対面であり、また出会い方は『恩人を殺そうとしていた』である。とても友好的になれる雰囲気ではなかった。
「ったく、ちょっと待ってろ!!」
 ダン! と空になった酒のジョッキを机の上に叩き置き、ずかずかと外へ出て行く。
 手からキメラの翼を召還し、上空へと投げる。一瞬でミレドの姿は消えていた。
 しかし、数分も経たないうちに、ミレドは戻ってきた。しかも、ミレド一人ではない。彼の後ろに三人の見知らぬ――記憶喪失なので知っているはずがない――人物が立っている。
 ミレドの後ろにいるのは、一人はバンダナを巻いて、目を開けているのか閉じているのか解らないほど細い男性。その横に青髪を肩まで伸ばし、その顔は無表情でしかし懐かしい感じのする女性。最後の一人は金髪に白金のサークレット、そして白金盾、白金剣、白金鎧に白金外套といった、派手な格好をした男性。
「ミレド、だっけ? 誰だよそいつら」
 別に悪気があって言ったわけではない。むしろ当然の反応である。しかし、彼らの怒りを買うには、おつりが来るほどだった。
「貴様、本当に私たちを忘れたのか!!?」
「お主がいないせいで、ワシらがどれだけ苦労したのか解っておるのか!!?」
 二人の男性がエンの胸倉を掴み、激昂する。それを見たティリーが慌てて弁解しようとするが、
「「黙っていてくれ!」」
 との二人同時発言の凄味に負けてしまった。
「ルイナが、どれだけ悲しんでいたかお主には解るまいがな、それでもケジメはつけてもらうぞ!!」
「ただの謝罪だけでは済まさないからな!」
 後者の、金髪男性の言葉は聞いていなかった。それよりも、黒髪男性の言った『ルイナ』という言葉にエンとティリーは反応したのだ。
「ルイ……ナ?」
 青髪の女性のほうを振り返る。
 その顔は無表情だが、昔見た感じがする。
「あの、あなたがルイナさん?」
 にこやか、というわけではないが、なるべく愛想よくティリーがルイナに話しかける。
「あなたはエンとどういう関係だったの?」
 エンが目を覚ましたとき、彼はルイナの名前を叫んで飛び起きた。しかしそのころには既に記憶は無く、聞いてもルイナが人物なのかすら解らなかった。そして、今はその時からずっと疑問に思っていたことを質問してみた。
 聞いてはいけないような気もしたが、どうしても聞いておきたかったのだ。
「……仲間、です」
 少し考えたようにも見えたのは気のせいだろうか。
「そ、そう」
 安心したような、不思議な感じがティリーにはしていた。嬉しいような、しかし今は悲しいような。ふと気がつけば、エンの記憶喪失が戻らなければ良いとさえ考えていた。
「(どうかしている)」
 自分自信にそう言い聞かせ、いつものような愛想のいい笑顔を浮かべる。
「それにしても、記憶喪失か。それほどまで症状が酷かったとはのぉ」
 目の細い男性が困ったように言う。エンを罵倒するだけ罵倒したせいか、冷静な考えをするようになったのだ。もう片方の金髪の男性はそうでもなさそうだが。
「なんのことだ?」
 エンが聞く。当然、なぜ自分が記憶喪失になったきっかけすら知らないのだ。気がついたらINNホークの寝台に眠らされていたのだから。
「むぅ。説明が面倒じゃのう」
「頼む教えてくれ! オレは、前のオレは何をしていたん――っ!?」
 『だ?』と最後まで言い終わる前に、ルイナが目にも見えぬ速さでエンの口に『何か』を放り込んだ。記憶を失っていてもやはりエンはエンである。その何かを無意識に飲み込んでしまった。
 唖然とするティリー。同じく唖然とするエンとルイナを除く全員。誰もが彼女の行動は予測不能だったし、いくら相手がエンとはいえ初対面状態で容赦無く『何かの薬』を飲ませるとは思っていなかった。ティリーが唖然としているのは、ルイナの性格や事情さえ知らないからだ。
 そして、最も驚いたのは唖然としている誰でもなかった。
「っ!? ルイナ! お前今、何飲ませやがったぁぁ!??」
 一瞬ふらついたがなんとか留まり、狼狽する。そして慌てて身体に異変がないか調べて行く。副作用でいきなり『凄いこと』が起きるときがあるからだ。
「なぁルイナ! 今、変なもの飲ませたんじゃねぇだろうな?!」
 身体には異変はない。とくに変わった様子もない。失敗だろうかという考えも浮かんだが、それは破棄した。きっと何かあるからだ。
「お、おいケン?」
「オレはエンだって言ってるだろうが! エード、お前いい加減にしねぇとビッグ・バンぶち込むぞっ」
 エードの呼びかけにエンが鋭く訂正した。
「お主、なんともないのか?」
「なんともねぇから焦ってんだよ! なぁファイマぁ〜、オレの身体が変になったりしてねぇか?」
 全員が同じ表情を作った。ただしルイナは除く。
 その顔は呆れと驚きと脱力が混ざった複雑な表情だった。
「……な、なんだよ?」
 周囲の静けさにようやく冷静を取り戻したエンは、周りをぐるりと見て考え込んだ。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 四秒。

 五秒。

 そしてまた五秒。

「オレ……記憶が戻ってる!?!?」
「「早く気付かんかぁぁっ!!!」」
 エードとファイマの声が見事なまでに揃った。

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