-60章-
復活せぬ勇気在る者と……




 ヒュッ。
 空気をも斬る音が聞こえた。それは剣を振った音で、当然空振りだ。
「どうした、そんなものか?」
 振り下ろした剣をそのまま切り返し、もう一度振るう。
 また、躱された。
「なるほど。前回のように、とはいかないようだ」
 ロベルは距離を取って自分に言い聞かせるようにフォルリードに語りかける。
緋雷空斬破ひらいくうざんは!!」
 雷、風、物理の同時攻撃からなる奥義は期待したほどの効果を得ることはできなかった。
「忘れたわけではあるまい。俺は雷の力を持つのだぞ?」
 まだ試したわけではないが、聖なる雷とはいえ、ギガデインも捗々しい効果は得られないだろう。実際、数年前の戦いの時に放ち、返り討ちという結果が出ている。
「そうだね。忘れていたよ」
 その言葉にフォルリードの殺気が増幅される。忘れられていたということに怒りを覚えたのだろう。銀の瞳に、余裕ではない、明らかな殺意の光が宿る。
「忘れられないように、貴様に刻んでやるよ!」
 フォルリードは雷鳴の剣を捨て、何処に持っていたのかは不明だが、違う剣を抜いた。ロトルの剣と酷似しているような、だが色が違う。そのような剣だった。恐らく聖邪の宝珠で作り出した剣だろう。
「フン。緋雷空斬破、か。このようなものか?」
 剣を振り上げ、多数の雷がロベルを直撃し、剣を上から左下へと振り下ろすと同時に真空破が発生、そのまま突進して左下から右へと斬りかかった。
「なっ!?」
 ロベルが放った緋雷空斬破と全く同じだ。
「僕の奥義を、一回見ただけで覚えたのか?」
「それは違うな」
 ニヤリと笑い、フォルリードは剣を構える。
「こんなこともできるぞ?」 
 一瞬、何が起きたか解らなかった。鎧の間接部分から一気に血が吹きだし、当たり前だが激痛が走った。このような技を、ロベルは知っていた。
「対人奥義の密精空斬みせいくざんだと?!」
 それは自分の持ち奥義でもあるものだった。対人奥義は人間相手(特に鎧を来た)に有効な技であり、ロベルは覚えても使ったことがあまりなかった。依頼された仕事として悪人退治には使ったような使わなかったような……。
 そのような技を、目の前の人物は使って見せたのだ。
「どういう、ことだ?」
 回復呪文で傷口を塞ぎながら疑問を口にする。まともな返答は期待していなかったが。
「ついでだ」
 指をロベルの方に向けてきた。魔法を使うつもりなのだろ。ならば、と回復中のロベルは精神力を高める。物理攻撃ではない魔法は精神攻撃に近いので、精神力や自らの魔力を高めることにとり多少緩和できるのだ。
 だが、フォルリードの放った魔法はロベルの精神を激しく混乱させた。
「う、ぁぁあっ?!」
 訪れた衝撃、肉の焦げる嫌な異臭、身体全体が痺れ、麻痺状態になり兼ねない。なにより威力が高い。そして、聖なる気を感じさせる。
極大聖雷呪文ギガデイン……?」
 勇者のみ使えると言われる聖なる攻撃魔法、ギガデイン。それをフォルリードは放ったのだ。
 全身が痺れる。その理由は電撃を受けたからだけではないだろう。人間の『心』を同化させたとはいえ、この魔法が使えるはずが無い。その混乱の中で、自分で自分を疑う考えが浮かんだからだ。
 この世にこの呪文を使える人物は、ロベルは二人知っている。一人は自分、もう一人は……。光牙神流の対人奥義といい、ギガデインといい、これを使えるのは、自分を置いてただ一人――。
 しかし、有り得ない。そんな考え、有り得ない。それでも、ロベルはその疑問をぼそりと言葉にする。
「父さん……なのか?」
 ロベルの父、勇者オルテガは戦死したはずである。目の前にいる人物の、過去の姿の時に。雷魔将軍フォルリードの手によって。
「ようやく気付いたか?」
 ロベルは足元が崩れ去る感覚がした。有り得ない、否定して欲しい。それなのに、目の前の魔物は肯定した。
「聖邪のオーブの力により、俺はお前の父親の力を手に入れた。当然、使える技も、記憶もな!!」
 フォルリードが勝ち誇ったように笑い、もう一度ギガデインを唱える。
「くっ!」
 聖なるギガデインは、ロベルの持つ盾に埋め込まれている宝玉に吸収された。三種の神器であるロトルの盾、それが攻撃呪文を吸い取ったのだ。
「死んだ人間の力なんて、怖くないさ」
 盾を再び剣に変え、構える。
「受けるがいい! 父さんでさえ完成できなかった光牙神流最終奥義!!」
 剣に、闘気が集中されていく。ロベルが今放てる、最強の攻撃だ。
 それを、フォルリードはニヤリと笑ったまま見つめていた。


 走る。走る。走る。走る。少し疲れた。
「……ここは、どこ、ですか?」
 すぐ後ろのルイナに聞かれ、エンは足を止めて考え込む。
 考える。考える。考える。考える。わかるはずがない。
「……ん? どこだろうな?」
 完全に、道に迷っているのだ。


 目的を果たしたせいか、それとも心霊神歌の効果時間がなくなったか、どちらかは分からないが、エルマートンを斃すと同時にルイナはエンの精神界から出ることが出来た。目の前にいた若者は、エルマートンではなく、確実にいつものエンに戻っていたのだ。
 皆と合流するために、とりあえず、もと居た部屋から走り出したまではよかったのだ。
 もしかしたら道を覚えているかもしれない、と思ったのだが、道を覚えているはずが無い。エルマートンが表に出ている間、エンは精神界に捕われ、殺されそうになっていたのだ。それに、もし外の様子が少しでも感じられていたのなら、あれほど酷く正気を失うこともなかったはずだ。
「どうしたもんかな……」
 とりあえず、外に出るわけにも行かない。誰かがまだ城内にいるかもしれないからだ。正確に言うならば、外への道すら分からないだけなのだが。
 ルイナは走っている途中、今に至るまでの話を説明しておいた。ウィード城が壊されたこと、恐らくエンは精神攻撃を延々と受けていたこと、ルイナが一人でいる理由も。エンはそのことに何度も驚いたが、とにかく悔やむだけで、じっとしているわけにもいかないので、また走り出した。
 またしばらく進むと、二つに道が別れている。左右どちらに行くか、ルイナはどうするか、というような眼差しを送っている。
「……右だ!」
「根拠は、あるの、ですか?」
「勘だ! 気にするな!」
 エンは自分の勘を信じて右へと走り出す。
 正解というべきか、その道の先には勇者ロベルがいた。
 ただし、その鎧はボロボロで、見たことがない人間に首を掴まれ持ち上げられている姿――今にも殺されそうな雰囲気という状況だったのだ。


「ロベル!?」
 若者の名前を叫び、急いで火龍の斧を召還する。
「……ち、エルマートンの野郎しくじりやがったな」
 エンが正気も戻ったのと、エンの傍らにルイナがいることを確認し、フォルリードは舌打ちをして毒づく。
 ロベルの身体を無造作に捨て去り、それはエンの目の前に落ちた。
「ついでだ」
 天に翳した手を振り下ろすと、どこからともなく巨大な雷が落ちて、無防備なロベル似直撃する。身体が雷の反動でビクリとしたものの、叫び声一つ上げなかった。
「ロベル! おいどうしたんだよ!?」
 若者の頭を抱えて揺さぶる。しかしロベルは目を覚まさない。
「ルイナ! 回復だ!!」
 それはルイナも承知していたのだろう。既に水龍の鞭を召還している。
「……『癒し』……」
 回復の泉、そう呼ばれる不思議な水を水龍の鞭から放出し、ロベルに振りかける。傷こそ治ったが、無事とは言えそうに無かった。
「ロベル! おい起きろよ!!」
 何度か揺さぶり。ようやくロベルの目が開く。しかしその目は焦点があっておらず、虚ろであった。それが意味すること――それは、いかなる回復手段を尽くしても確実に死に近づいているのだ。
「エン、か。よかった、戻れたんだ、な」
 力無く笑うロベルの姿は、信じられないものだった。誰よりも強い、そう信じていた人物が、今目の前で死にかけているのだ。怪我は治っているというのに。
「エン、精霊を……見つけろ。そして、これは……君にあげる、よ」
 ロベルが差し出したのは、白く輝く宝珠。光の玉だ。
「な、何……何言ってんだよ? それはお前の物だろ……。なんで、オレに渡すんだよ。これじゃ、まるでお前が、お前が!!」
「いいん、だ。もう、ダメだって、解る、から……」
 光の玉を渡す手には、体温が感じられなかった。まだ喋ることができている時点で、これは奇跡に等しいのだが、エンがそれに気付くはずがない。
「約束しただろ! 一緒に、魔王を斃すって!!」
「大丈夫、……魂は、常に一緒に、あるさ」
 ロベルは、かつて聞いた言葉を繰り返した。自分が死ぬときにこの言葉を伝える者が現れて、自分は幸せではないのだろうかとさえ思う。
「おいロベル! 死ぬなって! 死ぬんじゃねぇ!! なんだよ、それ! まるで遺言じゃねぇか!!」
 エンの声が余計に激しくなる。ロベルが、ゆっくりと目を閉じ始めたからだ。そして、いくらエンが呼びかけてもロベルが返事をすることがなかった。
 ロベルからすれば、少しずつエンの声が遠のいていく。そして――
「(もうすぐ、そっちへ行けるよ。ディング、ブーキー、父さん、……ティア)」
 最期に想った言葉はそれだった。
 勇者と呼ばれし世界の希望が、今絶たれた。


 呆然とロベルの亡骸を見下ろし、握った手を離さないまま、エンはロベルに語りかける。
「なぁ、ロベル……目を開けてくれよ」
 その声に力強さというものは一欠けらも存在していなかった。

 ――まただ。

「…………ロベル…………」
 また、目の前で人が死んだ。
 以前のアレが見せられていたものだとしても、それはエンの心を激しく突いた。
 そして、今は本当の出来事である。
「勝った」
 ニヤリとフォルリードが笑う。ロベルの亡骸をその場に置いて、エンは無言で火龍の斧を構えた。
「俺と戦うつもりか? 勇者でさえ斃せなかった俺と!!」
 その言葉は自信に溢れたものだった。
 自分の力を確信しきり、相手の弱さを知っている者の哄笑にも聞こえる。
「お前が……。お前が、殺ったんだな」
 斧を握る手に力を込めて、エンはフォルリードを睨みつける。
「ああ、弱かったぜ」
 その言葉に、エンの怒りは頂点まで達した。
「うぁぁあぁぁぁああぁぁ!!!!」
 火龍の斧の中央宝玉は既に赤い色を取り戻していた。『龍具』本来の力が発揮される。
「『瞬・重・爆』フレアード・スラッシュ!!」
 速く重い、F・Sが爆発した。
 が、その爆発はフォルリードの剣を中心に左右へと飛んでいく。
「弾かれた?!」
 ジャルートならともかく、今の相手がF・Sを弾くとは思いもしなかったので、エンの動きが鈍る。そこへすかさずフォルリードの剣が大上段から振り下ろされたため、エンは慌てて後方へ飛び退いた。
「ルイナ! 援護してくれ」
 言われなくとも、ルイナはそのつもりだった。上手くニ対一という状況を使えば、いくら強いとはいえ『龍具』使いを二人同時に相手にするのは難しいだろう。相手が、魔王でなければ。

「“ここからは、我が戦うとしよう”」
 どこから現れたのか、フォルリードのすぐ後ろに魔王ジャルートは立っていた。そのことに雷魔将軍の名を持つ魔物は全く驚いていない。最初から予測していのだろう。
「魔王、ジャルート……」
 苦い思いを味わったエンは、魔王の名を苦々しく呟く。
「“最初の計画は失敗だったか。まあいい、もう一つの計画が成功したのだからな”」
 魔王が一歩づつ近寄ってくる。それに対して、エンは動かない。理由は無いが、身体が上手く動いてくれないのだ。このままでは、以前の二の舞になってしまう。それを知ってか知らずか、魔王はエンを睨みつけて言った。
「“もうお前は用無しだ”」
 確かに、エルマートンの精神が宿っていない今のエンは魔王に取って無意味な存在だ。むしろ邪魔といっていい。それを思ってか、邪魔ならば消せるうちに消しておくべきだと判断する。
 ジャルートの手に、剣が握られている。エンは知らないが、エルマートンが使っていた覇魔牙の剣である。聖邪の宝珠により強化された、ロトルの剣を越えるほどの力を有する最強の剣。
 このままじっとしていれば、エンは殺されると解っていた。しかし、身体が動かないのだ。理由など知らない。魔王を目の前に、何故か一歩も動けないのだ。
「“死ね”」
「っ!!」
 ジャルートは剣を、軽く一突きにする。動けないエンならば、それで十分だった。
 しかし、この場にいるのはエン一人ではない。
「ルイナ?!」
 ルイナが助けた方法は、自からを身代わりとして使うことだったが。


 目の前で、腹部辺りを刃が貫通するルイナが見えた。まるで、アノ時の光景だった。
「ル……イナ……?」
 エンの声は掠れていた。
 何故水龍の鞭で剣の軌道を逸らす、ということをしなかったのかについては、理由は簡単である。四大精霊をも斬る剣、覇魔牙の剣に水の鞭を使ってもはじかれて終わりになりかねないからだ。
 そして、それでもなおエンを守る方法、身代わりになる方法が、確実だった。
 エンは、何が起きたのかをすぐに理解はできなかった。
 ただ、ルイナが倒れていくのが、ひどくゆっくりに見えた。
 ――オレが、ルイナをずっとずっと守っていく!――
 それはかつて、幼いころに誓った言葉。その誓いが、頭を過ぎった。あの時に微笑んでくれたルイナの顔も同じく思い出される。しかし眼に見えているのは、あの時よりも成長し大人になったルイナが、目の前で血を流しながら倒れて行くだけの光景。
「(オレが守るって……約束、したのに……!)」
 嗚呼しかし、今はどうだろうか。守るべきものに守られ、エンはただただ呆然としていた。
 ルイナが地に着いたとき、驚くほど軽いものが落ちた音が嫌に耳の鼓膜を振動させた。それで、ようやくエンは正気に戻る。慌ててルイナを抱きかかえた。
「早く回復しろよ! 癒しの水で!!」
 腹部からの出血と、口からも血の泡を吐いているルイナは確実に血が足りていない。浅く、速い呼吸を繰り返すのみだ。行動するということさえ、不可能な状態にある。
 だが、これではロベルだけではなく、また大切な人を失ってしまう。それだけは阻止したかった。
 ふと、ルイナの持っている道具に目が止まる。虹色をしたキメラの翼が、一つ残っているのだ。聞いた話によると、相手を移転させるものだとか。
 室内で効果があるかどうかなど、全く知らない。しかし、試すほかに無い。これも聞いた話だが、リリナも今回の事に関わっているとか。彼女ならばどうにかしてくれるかもしれない。
「リリナの所へ!」
 虹色の翼を使い、瀕死のルイナとロベルの亡骸をリリナの元へと移動させる。ルイナとロベルの姿は消えたが、本当に行ったかは区別できないのが残念だ。
 エンは立ちあがり、魔王とその後ろに待機しているフォルリードを睨みつける。
 もう恐れない、もうどうなってもいいと、自分に言い聞かせて。

「……斃す」
 エンは決心を新たにし、両の拳に力を込める。
「“女に救われたか。しかし次は無い……死ね”」
 キメラの翼を使っている間に殺すこともできたのだろうが、あえて魔王はそうしなかった。死に逝く者への手向けとしてだろうが。
「死ねるわけ、ないだろがぁっ!!」
 足元に閃光熱呪文ベギラマを放ち、砂埃と煙が舞い上がる。その煙に乗じて、エンは一気間合いを取った。それは遠すぎるほどの距離だ。魔法を使うつもりなのだろう。彼の性格から特攻を仕掛るとは思ったが、以外にも早まる真似はしなかった。
「死ぬのは、テメェだ!!」
 力一杯に叫び、エンは呪文の詠唱に入った。


「――暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋」
 煙が消える頃に、詠唱は始まっていた。しかし、エンの詠唱内容を聞いて、ジャルートは嘲笑う。
「“忘れたか。我にはビッグ・バンは効かぬ”」
 そして、魔王の放つビッグ・バンの威力も半端ではない。エンのビッグ・バンの威力も半端ではないのだが、それの比ではないのだ。
 だが、エンの詠唱はまだ続いていた。
「我、聞くは魔界の紋  我、見るは絶望の紋  我、言うは滅亡の紋  我、知るは神の紋  その紋は我が紋と汝の紋  その紋は究極の紋にて禁じられし紋」
 ビッグ・バンの四火球の他に、不思議な色をした光球が六つ。どちらかというと、闇色の光に近い。
「“ムゥ……”」
「な……マズイ!!」
 フォルリードが急いで空間移動で退散し、ジャルートはその呪文の威力を感じ取り、今から逃げたのでは意味がないと判断する。逃げるたとして危険を免れることはできないし、今から詠唱の邪魔もできない。ならば、相殺させるまでだ。


『それは禁呪よ? 教える気はないわ。あたしが使った禁呪は、自分の魔力を全て失うものだけで被害は術者だけだったけど、それは世界を……ルビスフィアを混乱に陥れるかもしれない』
 かつて、リリナの創り出した空間での修行の際、彼女に注意されたビッグ・バンを超える究極破壊魔法。リリナから教わってはいないが、エンは独学でこの魔法を完成させた。自分でも、使うとどうなるのか解らないので、使おうとは思わなかったが今は違う。
 もはや、どうにでもなれ、というような状況だった。
 だから、コレに頼ったのだ。
 究極破壊魔法。同じ禁呪のマダンテを勝るとも劣らない、危険な力。


「我 解放するは――世界破滅爆激ギガ・メテオ・バン!!」
 エンの周りにある合計十個の火球と光球が混ざり合い、一つの大きな闇色の光を生み出す。それを、ジャルートに向けて打ち放った。
「“カァァッ!!”」
 ジャルートは全身全霊を込めて、ビッグ・バンで対応した。
「“同精霊を使う限り、勝機は我に有り!”」
 ジャルートは、ダルフィリクを体内に吸収しているのだ。同じ属性攻撃を喰らったとしても、自分にダメージが来るはずがない。しかし、無意識のうちに、対応しなければという考えが浮かんだのだ。そしてそれを実行した。
「んなこと知ったことかぁぁ!!」
 光は光線となって、ジャルートの放った同じく光線と化したビッグ・バンとぶつかり合っている。二人の間では、凄まじすぎるエネルギーの攻め合いが行われている。
 エンの言葉に、ジャルートは不思議に感じたが、エンの背後の変調に気付いた。
「“ま、まさか……”」
 エンの後方、というよりも傍らに、黒く、赤く、そして白く光り輝いているモノが見えた。精霊ダルフィリク。その魔王精霊がエンを通して力を注いでいるのである。
 『創造召喚禁呪魔法』。それが、エンの完成させたギガ・メテオ・バンだ。
 ギガ・メテオ・バンとは、精霊そのものを創り出すものなのだ。もし、これが召喚という手段ならば、ダルフィリクを吸収してある今は叶うことはないし、それこそ世界を破壊へと導くだろう。だから、全魔力と全魔法力を使いきり、精霊を創り出すのだ。
 拮抗状態にある中央のエネルギーのぶつかり合いは、まだ決着しない、どちらかが気を抜いた時点で、そのエネルギーすべてが自分に降り注ぐ。
 さすがにこの究極魔法に対する対抗を持っていないジャルートも、これを喰らえば確実に死ぬだろう。そして、人の身であるエンは当然死ぬ――というか跡形も残らないだろう。
 
「ぅっああ……」
 さすがに、人の身でこの呪文を使うには負担がありすぎたようだ。突き出す腕の血管が切れて血が吹き出し、鼻、目、口、耳、顔のあらゆる穴から血が噴き出した。
 眠気のような感覚がエンを襲う。激しい魔力と魔法力の消費に身体が休眠を欲しているのだ。しかしここで倒れてしまえば、自分は死ぬだろうし、創り出した精霊はエンの制御から解き放たれて、狂い、この世を破壊するかもしれない。その狂った精霊はジャルートを斃すかもしれないのだが、世界ごと滅ぼすだろう。
 だから、ここで倒れるわけにはいかないのだ。自分に何度も言い聞かせる。
 頭が痺れる。視界が赤い。腕は骨も折れているかもしれないのだが、神経が麻痺しているのか、痛みは無い。もはや、痛みを通り越しているのだ。
「“貴様一人に、何が出来る!!”」
 言葉とは裏腹にジャルートも必死になっていた。エンが自らの全力と拮抗を保っているのだ。そして、気を抜けば逃げる暇もなく自分は砕け散るだろう。
 エンは、魔王の言葉で絶望を感じた気がした。一人で、このような力を本当に制御できるのか? 一人で、魔王に勝てるのか? 一人で、この魔力戦に勝てるのか? 一人で、一人で、一人で――。一人?。
 ふと、ルイナの顔が浮かんだ。その後に、出会った人々の顔が浮かんでは消えた。最後にロベルの顔が浮かんだ。
「(走馬灯、かなぁ)」
 場違いな想像をし、エンは力を抜こうとする。もちろん意思的にではない。とうとう、力尽きようとしているのだ。

『大丈夫、魂は常に一緒にあるさ』

 ――ロベル……?

『魂は魔力に変換しやすいのよ。とある説では、魔物がそれを利用していたって聞いたわ』

 ――リリナ……?

『俺はもう、あいつと共に戦うことはできん。だから、貴様には強くなってもらうぞ』

 ――ディング……?

『なぁに、簡単じゃよ。仲間と一緒ならばな』

 ――武器仙人……?

『……エン……』

 ――ルイナ……。

 一人? オレは本当に一人なのか?
 ――ああ、そうだ。まだオレはアンタ達の分まで動いていない。ならば戦おう。まだ戦おう。オレはアンタ達の分まで戦わなければならないんだ。アンタ達が全員戦えないのなら、その分オレが背負ってやろうじゃないか。
 それと……なぁ、ルイナ。今度会ったら、お礼言わせてくれよな。また助けてもらったお礼だ。
 さあ、行くぜ。最後のふんばりだ――。
「うぁああぁあぁあぁぁぁあぁあぁ!!!!!!」
 身体中の残った魔力が全て出ていったような感覚だった。自分の半身が抜けるような不思議な感覚。しかしそれに構っているヒマなどない。全てはこの勝負に勝つことだけだ。勝つのだ。必ず。絶対。何が何でも。
「“ム、ぐぅ!?”」
 有り得ない。いくらエルマートンの抜け殻とは言え、自分を押しているのだ。以前まで、この若者にはそんな魔力は存在していなかった。

 ジャルートやエン自身は知らなかったことだが、リリナに封印されていた魔力がエルマートン解封の時に同じく封印が解け、莫大な魔力を得たのだ。以前のエンならば、この魔力戦に数秒も保っていなかっただろう。

 魔王は、初めて自らの恐怖という感情を知ったのかもしれない。
 何このままでは消滅してしまうのは己のほうだ。我が夢が――、野望が――。
「“がぁああぁあぁあぁぁぁあぁあぁ!!!!!”」
 魔力を惜しんでいる場合ではない。そうしないと自分が死ぬのだ。ここまできて、魔王という名の悪夢なる玉座にまで腰を下ろしておいて、死ぬは嫌だ。生きるのだ。必ず。絶対。何が何でも。

 二つのエネルギーがさらに激しくなり、そして――。

 そして、世界が叫ぶほどの超大爆発を起こした――。

 エンは、視界が段々と白くなるのを感じ取った。最後の瞬間に、光線がロベルやディングや武器仙人のような姿をしていた気がしていた。

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