-57章-
復活してはならぬ者




「“完成だ”」
 低く、怪しい声が轟いた。
「なんのことだ?」
 蒼い鎧を纏った若者、勇者と呼ばれしロベルが、剣を突きつけて悲鳴にも似た声で訊いた。
「“最強の戦力、とでも言おうか”」
 嘲笑するかのようにジャルートは答えた。
 そして、エンに説明したことを多少折って話し始めた。

 かつて勇者ロベルが倒した魔王についての事。エンが魔王の子の精神を受け継いだ事。彼が異世界の住人であることが何よりの証である事。魔と人間の合成を成したとき、最強の魔物が生まれる事。
 その他に語ったこともあったが、人間達五人は呆然として内容が頭に入ってないようだ。

「エンが、魔王の子じゃと?」
 理解できた部分で、ファイマはふと思い当たるふしがあった。武器仙人から聞いた言葉。
 アイツは、いずれ何かの壁にぶつかる――
 確かにそう言っていた。もしかすると、師は何かに気付いていたのかもしれない。
「…………」
 ロベルにも、思い当たるものがあった。エンとルイナに初めて会った日。なにか、強い邪気を感じた。その邪気はただの魔物がが発しているようなものではない。魔王級の強さが感じられた。だが、行って見て驚いた。ベギラマを放とうとしているスライムに、無防備な男が近づこうとしているではないか。そのままだと、男が焼き死んでしまうのは必至。男と魔物の間に飛び込んでそれを防いだ。それが、エンとの出会いだった。
 今思えば、やはりエンたちから邪気が発せられていたのだ。魔王の子の精神が宿った彼等から。
「“そして、こいつは精神を自分のものにしすぎた。だから、壊してやったのだよ”」
 エンが立ち尽くして、何もしない理由がわかった。

 ――精神破壊。

 ジャルートが得意とする空間攻撃の一つだ。
「マズイ! エン!!」
 精神が破壊された瞬間、魔王の子――エルマートンの封印が解ける可能性がある。
 それだけは阻止しなければ――。
「エン? そいつの精神は、もう壊れたんじゃねぇか?」
 エンの声だった。エンの声だったが、その声はあまりにも恐ろしいほどの邪気が感じられた。
 言葉だけで、である。
「“人間になった気分はどうだ、エルマートンよ?”」
「悪くない。前より、強くなれたようだ」
 エンだったものが悠然と歩き出し、やがてロベルたちの方を向く。
 姿形はエンそのものであるが、眼が違う。あまりにも鋭い殺気を放っている。
「まずは、力試しだ」
 エルマートンが火龍の斧を握り締める。
「魔王の子か……。エルマートンを倒せば、エンは戻ってくるかのぉ?」
 ファイマが応戦するべく武器を召還する。
「……有り得ないとは言いきれない、とだけ言っておこうか」
 ロベルが剣を握る手に力と闘気を込めてファイマの問いかけに答えた。
 否定もしないが肯定もしないということだろう。
「ごちゃごちゃうるせーよ」
 次の瞬間、エルマートンが動いた。
「『瞬速重撃爆裂連殺』! フレアード・スラッシュ!!」
 速く、重く、爆発するFSが連続で打ち込まれた。
 その一発で、ロベルたちは一気に後方へと吹き飛ばされる。
「な、エンの技じゃと! しかもなんじゃ、この連携数は?!」
 爆煙が収まると、ニヤリと笑うエルマートンの姿と、ルイナの姿が目に映る。
 唯一、ルイナだけは無事だった。というよりも、ルイナの半径一メートル範囲内で爆発の要素が見られないのだ。ちょうど爆発が避けた、そんな感じである。
「お前は、俺の精神が少し分けられちまってるかならぁ。おかげで、これぐらいしかできねぇ。さぁ、俺の精神力を返しな!」
 火龍の斧を肩に乗せ、ルイナへと詰め寄る。ルイナは水龍の鞭で対応しようとしたが、身体が上手く言うことを聞いてくれない。戦うことを、身体が拒んでいるのだ。
「はぁっ!!」
 金属音が鳴り響いた。
 火龍の斧と、ロトルの剣がぶつかり合った音だ。
「へぇ、やっぱお前が最初に来たか」
 残りの三人は、思ったよりもダメージが大きく、立ちあがることさえできていない。
「こうなった以上、君を斃す!」
「やってみろ!」
 互いが互いを弾き、少し距離を取った。
 もう迷わないと、自分に暗示をかける。エンは、斃すべき敵だと。
 ジャルートの言葉を鵜呑みにするのならば、ただの魔物でもかつて戦った魔王と同等の力を得ることができるという。ならば、もともと強い魔物にその力を加算させたならば――言葉通りそれは最強の戦力となり得る。
「光牙神流・最終奥義!」
 自らがダメージを負ってからこの技を出すのは危険だ。だからこそ、最初で勝負を決める。
 ロベルの剣に、闘気が纏い始めた。それは以上な力となって、剣の力を増幅させる。
「“……いかん”」
 この技を知っている。さすがのエルマートンも、これをまともに受ければ死んでしまうだろう。現に、奥義に正面から立ち向かって行く姿勢を見せている。
「来い!」
「ああ行くさ!」
 この奥義は、誰にも破られたことがない。偽者とはいえ、魔王にでさえ勝った究極奥義なのだ。

 だが、奥義が放たれる前に、闇の光が一瞬で部屋を照らした。

 黒い光が消えると、そこにはロベルを含む全員が姿を消していた。それを見回して、エルマートンは親であるジャルートのほうを向く。
「……あいつ等をどこへやった?」
 それが自分の父の仕業だとエルマートンは気付いていた。
「“あの技は危険だ。とりあえず、海に放ってやった”」
「……まあ、いいか。なんせ、時間はたっぷりあるんだからな」
 エルマートンは、人間らしい笑い方をしていた。


 水音が五つ。
 ロベルと、ルイナとが落ちて、ファイマ、ミレド、エードの順番で海に落ちたのだ。
 傷ついた身体に、この状況は苦痛を与えた。それでも、なんとか回復呪文で傷を塞ぐことに成功し、全員が致命傷になることは未然に防ぐことができたようである。。
「こ、これから、どうするの、ですか?」
 この中で最も重い鎧を着けているエードが、沈んだり浮かんだりしながら必死で聞いてきた。
「とりあえず、移動だ。ルイナ! 旅の泉の水を出してくれ!」
 ルイナは言われたとおり、水龍の鞭からそれを放出させる。
 一部の海水ごと、ロベルたちの姿が消えた。

「……それで? のこのこと敗戦して戻って来たってわけ?」
 デスダーク島に一番近く、休める場所。そこはリリナの住んでいる賢者の島。とりあえずどこかの陸にあがった皆は、ロベルの移転呪文でここまで来たのだ。
「仕方ないだろう。強制移動を受けたんだ」
 今、部屋にいるのはロベルだけだ。
 ファイマは何か強い力を使ったらしく、その反動で寝込んでしまい、エードとミレドは元々頑強にできていないので、エルマートンのF・Sの直撃が思ったより身体を蝕んでいた。傷は回復呪文で直せたのだが、身体が上手く動かないらしい。
 ルイナはリリナの勧めで、気分転換として水浴びをしている。真実を知った時から、いつもより存在感が無いような感覚になり、放心状態になってしまっているからだ。
「ロベルんがいて何やっていたんだか」
 ここぞとばかり責められているが、実際にロベルにも責任があるので黙っておくことにした。
「それにしてもエンが魔王の息子なんてねぇ〜。そういえばさっき封印が解かれちゃったわよ? ほら、魔力を半分ほど封印したって言ったでしょ。それが解かれたの」
 軽い口調でかなり重要なことを知らせるリリナに、ロベルは苦笑するしかなかった。
 内面は、かなり真剣に考えてはいるのだが、どうも彼女が言うと楽天的な方向性になってしまう。彼女が無理にでも明るく振舞い、自分たちが暗くなるのを防いでくれているのだろうが。
「でもまずいことになったな。エンと『龍具』が敵の手に渡った。こっちの『龍具』使いは、戦えそうにないし」
 残る希望は神器であるロトルの武具だ。
 だが、さすがの神器も龍具と魔王とその子の同時攻撃には耐えられないだろう。
 味方であるもう一人の龍具使い――ルイナは見た限り、戦う気力を無くしているようだ。
「皆が、いてくれればねぇ……」
 リリナの言う『皆』とは当然英雄四戦士を指し表している。その中のディングとブーキーのことを言っているのだと、ロベルはすぐに解かった。
 しかしそれは叶わないことだ。
 二人は龍具使いだったが、後継者であるエンとルイナの存在により、龍具を失い死への道を歩んだ。ブーキーの死は見届けたが、ディングは姿を見ていない。生きているかもしれない、などという甘い考えすら浮かんでしまうのだ。
「あたしも、力になれたらなぁ……」
 リリナの暗い顔は久しぶりに見た気がする。気がする、ではない。久しすぎるのだ。
 出会ったころ、彼女は泣いていた。その後、よく笑う少女となり、暗い顔を見せることなどなかったのだ。それが今、また暗い顔を見せている。
 本当に、申し訳ないと思っているのだ。ロベルの力になりたくて、禁呪にも手を出した。その結果、魔力の激しい減少が小さな身体では堪えきれず、今では魔法を使うことはできない。
 もしかしたら、並の魔法使い以下の力にしかならないのである。
「リリナは充分、力になってるさ。こうして僕たちが休めるのも、君がいてくれるおかげだよ」
 それってあまり役に立ってないような気もする、など不満を言いながら、やっとリリナが笑った。実際、安心して休憩できる場所があるのは、本当にありがたいことなのだが。

 突如、地震が島全体を襲った。
 ただの地震ではない。何か大きなものが揺れる感じだ。
「こ、これは!?」
 それを確かめるべく、外へと出る。既に着替えを済ませているたルイナがおり、ダークデス島があるであろう方向を向いていた。なぜその方向を見ているのか、聞くまでもなかった。
 魔王城が、浮遊しているのである。

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