-54章-
魔王の偽り無き真実




「ふざけんな!!」
 三度、同じ言葉を繰り返した。信じられるはずが無かった。
「“ふざけてなどはいない”」
「オレは、この世界の人間じゃないんだ! そんなこと有り得ねぇ!」
 否定するように魔王に斬りかかる。
「“それが、証拠となるのだ”」
 魔王は微動だにせず言った。エンの攻撃は、しかし結界によって阻まれる。
「“どこから説明してやろうか?”」
 魔王は平然と立ち、エンの攻撃を無視して話し始めた。別に聞かなくても、目の前にいる相手を斃せば何の問題もないのだが、身体が動かない。無意識に聞かなければならないと思ってしまっている。
「“魔物と我について、少し話しておこう”」
 ジャルートは両手を広げ、語り始めた。魔について。

 本来、世界は一つであった。かつて大いなる魔と、大いなる神との戦いの折、激しい戦いの結果、世界は三つに分断された。魔族は魔界へ、神々は神界へ。そして人間は今在るこの世界へ。
 魔物たちは魔界の生き物だが、かつては同じ世界に存在していた。世界が三つに別れたとしても、その全てが魔界へ封じられることはなかった。その理由は、数の多さにある。個々では力の弱い魔物は何十何百と群を成し、それは人間たちの数を軽く数倍は超えていた。
 それに比べ神々は数こそ少なく、その全ては神界へ封じられた。
 その結果、魔物と戦うことで日常を生きていく人間たちの住む世界となったのが、ルビスフィアである。
 果てしない年月は過ぎ、やがて魔界とルビスフィアを繋ぐ穴が開通された。
 圧倒的な数の魔物が人間界に出没するようになったのは、そのためだ。
 だが、問題があった。魔界のような力を、魔物たちは発揮できなかったのだ。もとから、魔物には定められた強さがある。天性の強さなので、本能として強くなろうとはしないのだ。それが、人間たちとの違い。
 しかし例外にも、強くなりたいと考えた魔物がいた。そしたらどうだろう、強さを持つ魔物が強さを求めたら、最強の魔王が完成していた。
「“それが、かつて勇者ロベルが倒した『我』だ。我自身が、更なる力を与え、ただの魔物にしかすぎなかった偽者の『我』は、強大なる力を手に入れた”」
 たった一匹、強くなりたいと思うだけで魔王ができる。
 もし、そのように強くなりたいと純粋に願う魔物が任意に誕生させることができたら、それは最強の魔軍完成の意味を示している。
 強くなりたいという意思は、そう簡単に芽生えてこない。芽生えたとしても、心まで完璧に思わないのだ。それが魔物。それが、本来の姿。
 人間がよく持つその意思。人間ならば、強くなりたいと本気で願うだろう。思うだろう。
 力に取り込まれやすい人間なら、確実だ。
 そこで、ジャルートはある行動をとった。
 人間と魔物の合成。人間的精神を持った魔物。それは、最強生物の完成でもある。
 合成方法は簡単だった。自分の魔力を受け継いだ子を『精神力』に変え、人間の身体に送り込ませる。
 完成している人間にそれをしても意味がない。赤子ならば、その汚れ無き魂は変質しやすく、精神との融合が簡単である。
 それでも、魔物も多数存在するこの世界。成長するまでに同胞の牙にかかって死んでしまうかもしれない。一番安全な場所。それは異界。
 異界の、まだ親の腹中にいる赤子で、人間のほうも強き力を受け継いだ者。
「“それが、貴様だったのだ”」
 エンは、ふと父親が偉大なる人物だったと思い出した。だとしたら、偉大なる父の血が、自分にも流れているのだ。強き力を受け継いだ者に当てはまる。
「……」
 エンは黙っていた。
「“母親は、貴様を生むと同時に死んだのであろう?”」
 あまり良い思い出ではないので、普段は全く思い出さないことだ。
「なんで、それを?」
 当たっていた。確かに、エンの母親は彼を生むと同時に他界した。別に珍しいことではないのだが、それが当たっているのが不思議だった。
「“強大なる魔力の宿った子を人の身に入れておくなど、無謀なことだ”」
 出産予定日に近づくにつれ、母親は衰弱していたという。それが何故だかわからなかった。変な病気かとも思われたが、原因は不明だった。
 そして、ルイナの母親もそうだった。
「“貴様には連れがいたな。似た運命を辿ってはいないか?”」
 ルイナの母親も、エンの母親同様衰弱した身体でルイナを生んだ。そして、両親達の共通点はあり過ぎるほどだ。
 全員が同じ日に生まれ、同じ日に出会い、同じような生活をし、同じ日に結婚している。
 そして、同じ日に父親が死に、同じ日にエンとルイナが生まれると、時を同じくして母親たちも他界した。
 もともと、隣同士のような家で、少し穴を開けると互いの家に繋がっていた。今では、エンがそれを改造し、一つの家にしてはいるが。

 先ほど述べたとおり、赤子の魂は変質しやすい。完全に一つになる前に、エンとルイナで能力が分割してしまったのだ。そのため、内なる魔力がルイナの母親までを侵食し、子を産む時に絶命してしまった。そして対象的な子供が生まれたのだ。
 エンとルイナはあらゆることが対象的であった。
 例えば、本来は完全で完璧な子ができるはずだったが、ずっと一緒であったルイナと分割してしまったため、エンには知力が乏しく、ルイナの知力は凄まじい。
 エンは色々な表情変化を見せるが、ルイナに表情は現れない。
 ヒアイ村の村長が言っていた。二人が混ぜ合わさった人物は、まさに完璧な人間である、と。だが、それはもはや人であって人ではない。魔王の精神力が宿った『魔人』でもあるのだ。
「……」
 エンは黙っていた。黙り続けていた。よく解からなかった。確かにエンは理解力に乏しい。逆にルイナならこの話も理解できていただろう。
「“どうした?”」
 呆然としてしまっているエンを見下ろし、魔王が聞いてきた。まるで、父が親に語るかのような口調で。
「オレは、どうも解かんねぇ。けど、どうでもいい。オレはオレだ! ヒアイ村の、エンだ!!」
「“我が子の名は、エルマートン”」
 さらにジャルートが続けた。難しい話は解からない。だったら、その解からないこと全てを否定してやろう。火龍の斧を握り締めて、そう思った。ぎり、と歯を食いしばり、魔王を睨みつける。
「『連爆真空』 フレアード・スラッシュ!!」
 爆炎と真空の渦が一気に魔王に襲いかかった。
「“……”」
 ジャルートはエンを指差すとため息を一つ漏らし、手を払うような仕草をした。すると、爆発の炎と真空の渦が全てエンへと向かい始める。
 斬り刻まれ、そして連続爆発に飲み込まれて行く。

「な…………」
 エンは傷つき、地に倒れた。身体中に負った傷は既に尋常な数ではない。回復が追いつかない程だ。
「“受け入れろ。それが汝の運命なり”」
 魔王が笑ったかのように言った。
「ふざ、けん……な、っての」
 それでも、エンはまた立ち上がった。全身血だらけになっても、まだ立ち向かうつもりなのだ。火龍の斧を支えにエンは荒い呼吸を繰り返しながら立っている。満身創痍とはこのことだろう。
 少し地面が揺れた。そのちょっとした衝撃だけで、足元がふらつく。
「“仕方あるまい。汝を、【解放】する!”」
 これ以上は勝手に死ぬかと思い、魔王は行動を起こした。
「まだだ。まだだぁぁ!!」
 エンが火龍の斧を振り上げる。もはや、眼は見えていなかった。それでも彼は最後の気力を込めた。

 そして、闇と炎がぶつかった。

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