-53章-
闇の紋の勝機無き戦士




 暗い通路。方向感覚さえ失い、自分が前に進んでいるのか戻っているのか、それどころか、立っているのかさえ不安になりそうな空間。
 だが、エンはそんな空間を陽気に進んでいた。
「にしても、こう暗いと……」
 ガツっ。
 また壁にぶつかったらしい。エンは夜闇には慣れているが、微量な光さえないので、慣れている慣れていないの問題ではないのだ。
 だが、その闇も終わりを迎えた。

 光、というより、闇の性質が変わった感じがした。暗い光とでもいうべきだろうか。
「“……来たか”」
 重い声が響いた。忘れられない、忘れるはずのない声。邪悪に染まった声。
「ジャルート……」
 魔王を睨みつけながら、感情を押し殺した声でエンが魔王の名を呟く。
「“さっそくだが、『貴様』には死んでもらう”』
 一見は美男子にも見える顔。だが二本の禍々しい角、青白い肌、漆黒の衣、それら全てが恐怖に感じる。形ある恐怖、魔王。
「それはこっちの台詞だ!」
 エンが手を突き出し、短い集中で武器を召還する。『龍具』である火龍の斧。
「らぁあぁぁ!」
 何も考えずにエンが走り出した。
「『爆裂』のフレアード・スラッシュ!!」
 火龍の斧が振り下ろされると同時に、爆発が広がった。
「“ふん”」
「な――!?」
 標的である魔王に爆発は起きなかった。エンの身体中に爆発が広がったのだ。
「何をした……!?」
 浅い傷だと判断し、体制を整える。
「“お前に返しただけだ”」
 感情のない声。
 大きな技であったため、反撃されたのだ。
「(だったら、防ぐ暇を与えなければいい!)」
 エンが再び走り出す。
「『瞬速』のフレアード・スラッ」
 一瞬で十数の攻撃が可能の『瞬速』。その刹那的速さの中で、エンは全て打ち返されていた。
 速いなどというものではない、相手は疾すぎるのだ。瞬速を越えている。
「“どうした、それまでか?”」
 魔王が睨みつけてきた。それでもエンは立ち止まることはない。さらに攻撃を仕掛けた。
「『連爆』のフレアード・スラッシュ!!」
 対象は地面。そこから連続爆発が起き、魔王に向かう。
「“無駄なことを”」
 魔王に触れる前に、爆発の軌道が変わった。結界を張ったのだ。
 その爆発の煙が収まるまで、数秒がかかった。いつのまにかエンがその場から消えている。後ろに回っていたのだ。
「“例え背後を取ろうと無駄だ”」
 後ろから何かの技を放とうとしていると判断し、背後からの防御をしながら後ろを向く。だが、そこからエンは飛び出してこなかった。
「“ム?”」
 エンは予想外にも遠くに立っていた。魔法を使うには離れ過ぎでもあるが、巨大な魔法ならばそれが適度な距離だろう。そして、エンには強大で巨大な魔法を使うことが出来る。
「我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋 我放つは……ビッグ・バン=I」
 四つの力在る魔力火炎球、それらが混ざり合い、一つの強力な力を生む。『それ』が放たれ、魔王の身体に直撃する。
 轟音、破壊、極炎、爆発。
 魔王を襲ったビッグ・バンは今までよりも強力に思えた。
「これで、どうだ!」
 この一撃で大量の魔物を斃し、葬ってきた。魔王がこれで斃れるとは思っていないが、ダメージを与えることぐらいはできるはずだ。
 ビッグ・バンの余波でエンにも少しダメージがあったが、大したことではない。そして、煙が収まる。
「“やはり、無駄だったな”」
 傷一つ負っていない魔王が、姿を現した。いや、むしろ相手はより活発化した印象さえ受ける。
「な、なんで……。嘘だろ……ダルフィリクはお前とは違う属性の魔王精霊のはず。それが、なんで!?」
 ビッグ・バンは精霊ダルフィルクの力を使う魔法だ。同じ属性の相手に使ったらまだ解かるが、全く違う属性の魔王に攻撃が通用しないはずがない。と、リリナが言っていたのをエンは朧げながら憶えている。
「“闇煉獄の精霊(ダーク・フレア)ダルフィルクとは、こいつのことか?”」
 魔王が片手を突き出すと、そこに四つの魔力火炎球が宿る。それが一つに合成され、一つの強力な力を生んだ。
「――『防炎』のフレアード・スラッシュ!」
 ジャルートから『それ』が打ち出され、エンに当たる前に技を放つ。防御の炎が生まれ、それを防ぐ。
 だが、それでも完全に防ぐことは出来なかった。
 強大で巨大な爆発が、エンを中心に起きた。

「ビッグ・バン、だと……!?」
 間違いなく、ジャルートの放った魔法はビッグ・バンそのものだった。ファイマから貰った紅メッキを施してあるシルバーメイルは、ところどころが崩れかけている。
「“理解できたか?”」
 全く解からなかった。だが、直感で思うことがある。
「ダルフィリクを、取り込んだのか?」
 そうでなければ、ジャルートが他の精霊に干渉できるはずがない。しかしそのようなことが可能なのか。だが、目の前にいる魔王は、それさえも可能にしてしまうのかもしれない。
「“そうだ”」
 魔王が頷き、証明する。一瞬、ジャルートの後ろに何かが見えた。闇煉獄の精霊ダルフィリクだ。
 エンは攻撃の手段がなくなりかけていた。フレアード・スラッシュも、ビッグ・バンも通用しなかった。もう手がなくなったわけではない。仲間たちが合流してくれれば、まだどうにかなるかもしれない。
 とはいえ、そのようにわざわざ待っていられるほど甘い状況でもないし、エンもそのような逃げる真似はしたくなかった。
「『真空』のフレアード・スラッシュ!!」
 遠い間合いからの真空攻撃。火龍の斧自体は火属性の力を持っているので、真空の刃には火属性が加わっている。ビッグ・バンを封じられたならば、片っ端から使えるものを試すしかなかった。もしかしたら万に一つでも効果がある攻撃を打ち出せるかもしれない。
「“無駄であることに変わり無し”」
 結界の前で火炎真空の刃は音を立てて消え去ってしまった。
「『幻炎瞬速』、フレアード・スラッシュ!!」
「“……ほぅ?”」
 幻覚として出現した無数のエンが、魔王に襲いかかる。幻覚と瞬速の連携攻撃は、功を成した。
 魔王に、傷がついたのだ。『実態を持つ幻』は結界に阻まれることなく、魔王の肉体にその刃を触れさせた。それは、小さな傷だった。そこから情けない程度の炎が噴出したが、それでも十分だった。相手が無敵ではないということを証明できたのだから。
「どうだ!」
 いくらF・Sが魔法力を使わない特技であっても、かなりの精神力が消費されたようだ。
「“土壇場で新しい技か。さすがだな”」
 魔王に褒められても嬉しくはない。
 再度攻撃をしかけようとしたが、たった一言でエンの動きが止まった。
「“――さすが、我が子の精神を持つだけはある”」
 その言葉一つで、足元が崩れ去る間隔がした。何を言っているのか解からなかった。本来なら聞き流してでも攻撃をしかけるのだが、身体が言うことを聞かなかった。
「……今……なんて、言った?」
 火龍の斧がその場に落ちた。身体中の力が抜けて行く感じがしたのだ。魔法でもかけられたのか、と疑うほど全身に力が入らない。
「“我が子の精神を持つ者だと言ったのだ”」
 律儀にも魔王は繰り返した。
「ふざけんな……」
 その声に、迫力は無かった。
 全身が麻痺したような感覚。
 信じられるはずがない。それなのに、もしかしたらという気持ちが芽生えている。
 否定したい、それでも、否定すべき言葉が出てこない。わけのわからない心境だった。
「ふざけんな……」
 エンはもう一度繰り返した。火龍の斧を拾い、それを握る手に力を込めて。

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