-50章-
炎の紋の静けき決着




 暑い。暑い熱い暑い熱いあついアツイHOTHOT!!
 とまでは思わなかったが、さすがにルイナもこの暑さに疲れていた。
 壁全体が炎で出来ており、唯一床は普通ではあるもが、たまに炎が噴出す仕掛けになっているらしい。
 暑いなんてものではない、『熱い』のだ。

 歩き続けているうちに、ふと違和感があることに気付いた。
「……誰、です?」
 炎の壁の一部が、不自然に形を取っているのだ。普通にしていれば、ただの炎に見えたが、ルイナは怪しいものに敏感というか、気付きやすいので、ちょっとした不自然でもすぐにわかるのだ。
「アレ? 気付かれちゃったの」
 まるで子供の、幼い声が返ってきた。
 それは炎から離れ、ルイナの前に着地する。
「初めましてなの、おねぇちゃん」
 にこやかに挨拶を交わす相手は、体型が少女のような魔物だった。
 背中は炎に包まれているように見えたが、それはやがて形となり、翼を作る。これをカモフラージュに炎の中に紛れていたのだ。
 髪や眉などは炎そのもので、肌は鮮やかとは言えない赤、赤黒いような色だ。
「ボクの名前はメトラ。『超熱呪』のメトラなの」
 見た目通りというか、女の子のような声だった。それでもその瞳は鋭い殺気を放っている。簡素な服を纏ってはいるが、そこから出ている手足には奇妙な紋様が描かれていた。
 もしもその紋様がなく、肌や髪が普通で、羽がなかったら可愛らしいただの少女に見えるだろう。
「…………」
 ルイナはなにも言わなかった。ただ不思議に感じていた。エルデルス山脈で、ありとあらゆる本を見た。そこには魔物図鑑もあったが、このような魔物は見たことが無かったからだ。
「そうそう、言い忘れてたの。ボクって合成魔獣なの。強いとこと強いとこを合体させたんだって」
 他人から聞いた話をそのまま話すような口ぶりでメトラは言った。
 ルイナはそのような話に感心がなかったわけではないが、今は事情が事情なので、早く皆と合流することを優先させようと思っている。
 恐らく、メトラはこの道を守護している魔物だろう。普通、こうした場合は魔物を斃せば良いのだ。
「あ、また言い忘れてたの。ボクは斃される気はないの。絶対に、勝つの!」
 口ぶりからして、やはりメトラを斃せばこの空間から出られることは可能だろう。
 確実にわかったら、あとは行動に移すだけだった。

 いつの間にか、ルイナの手に水龍の鞭が握られていた。まずは、この熱い空間を対処すべきだ。
「『蒼氷(アイス)静波(ウェーブ)』」
 無表情で、そして声も一定の音程で、それでも綺麗な声が流れ出る。
 ゆったりとした動作と異なり、水龍の鞭からは怒涛の速さで水が流れ出ていた。
「え?」
 辺りの壁の炎が、一瞬にして消された。
 水龍の鞭からいくつも枝分かれをし、それらが壁に纏いつき、そのまま氷と化したのだ。そして、その威力が炎に勝ち、全てが氷ついてしまった。
 気温が一気に下がり、先ほどまでの暑さが嘘のように涼しい。苦しい暑さでも、心地よい涼しさでも、ルイナは無表情を保っていたが。
「凄いの。おねぇちゃん凄いの!」
 興奮してメトラが喜ぶ。期待以上の戦いができるからなのか、それとも単純にルイナのことを凄いと思ったのか。
「でもね、ボクを斃さないと、意味ないの!」
 メトラが姿勢を低くして身構える。
「……では、斃し、ます」
 妙な所で区切り、水龍の鞭を向ける。
 氷と化した部分は既に独立させている。今ならまた違う種類の液体を出すことが可能だ。例えば、毒の水などを出し、相手を捕らえればすぐに勝負がつく。
「簡単には、いかないの!」
 メトラが跳びはね、辺りにある氷を踏み台にする。メトラ自身が、炎の塊のようなものなので、飛び跳ねる度に氷が溶けていった。
「はぁっ!」
 可愛らしい気合声を上げるが、今はそんなことに感心している場合ではない。標的は自分なのだから、気を緩めることはできない。
 寸での所で躱し、体制を整える。ファイマが新調してくれた身かわしの服がなかったら、今のは躱せていなかっただろう。
 魔法を使ってくるかと思ったが、メトラは以外にも素手で襲いかかってきた。だからといって、この魔物を格闘派だけだとは断定できない。まだ使っていないだけかもしれないからだ。
「おねぇちゃん、よけてばっかりは、駄目なの」
 三度、攻撃を繰り出して来た。全て躱したが、少しずつ当たりそうになる距離が縮んできたのは気のせいではないだろう。
「デュアル・ヒャダイン」
 指先をメトラに向け、ヒャダルコよりも強力な氷雪槍乱舞呪文を二回連続で唱えた。二回目は『山彦の帽子』のおかげだが。炎属性を持つと思われるメトラに、氷属性の呪文は効果的と思えた。事実、大ダメージを与えることが出来たらしい。
「冷たいの、嫌いなの!」
 全身から、というわけではないが、あらゆるところから血であろう液体が流れ出てくる。
「やっぱり、おねぇちゃん殺すのっっ!!」
 異常な殺気がルイナを襲った。それでも、顔は無表情だが、内心驚いていた。見た目は少女のような姿であるのに、この殺気はギャップがあり過ぎるほどだったかだ。
 メトラが、また襲いかかって来た。
「……ッ!!」
 また躱したつもりだったが、今度の攻撃は掠ってしまった。
 右頬に、一筋の傷ができ、生温かい液体が微量ではあるが流れ出てくる。
「もう、遅いの。おねぇちゃん、死んじゃうの!」
 その意味を理解するまで数十秒かかった。
 急激に、身体全体が熱くなり始めたのだ。
「……ぅ、ん……」
 呻き声を上げ、堪らず地面に膝をつき、手をつく。そして両目を硬く閉じるが、それでどうなるものでもない。
「『超熱呪』って、いったの。これがボクの得意技『カースヒート』なの」
 相手に触れただけで、対象者を高熱にさせる呪いの技だろう。ルイナは汗が滝のように流れている。
「人間って、弱いの。ちょっとした熱で、すぐ死んじゃうの」
 メトラの言葉さえ、聞いていなかった。叫び声を上げたいほど身体中が熱いのだが、声が出ないほどでもあった。いっそのこと、着ている服を全て脱ぎ捨て、近くの氷に抱きつきたいほどでもある。さすがに実行しても意味が無いことなのでしないが。
 座っているのさえ辛く、その場に倒れ込む。メトラはそれを見て、会心の笑みを浮かべた。
「ボクの、勝ちなの!」
 メトラが勝ちを確信し、最期の止めを刺そうとした。

 ちょうどその時、空間を揺るがすほどの大きな揺れがおこった。
 地面が揺れ、メトラはバランスを崩した。その一瞬の隙をルイナは逃さなかった。
 水龍の鞭がメトラを捕らえたのだ。
「な、何故なの?」
 捕われたことなど関係なしに、メトラは聞いた。動けずに倒れていたはずのルイナが、悠然と立っている。
 しかも、自分を捕らえる素早さはと立ち上がる早さは尋常ではなかった。
「……………」
 ルイナは無言のまま魔物を見て、目を瞑る。そして、水龍の鞭に力を注ぎ込んだ。
 それは、猛毒の水と、威力のある冷水を足したものだった。メトラはそれを首に締め付けられ、叫び声を上げる間もなく絶命した。

「解呪薬『オンミョウG(ぐれーと)』……」
 倒れた際にこれを飲み、効き目が現れるまで待っていたのだ。そして、効果がでたときに爆発騒ぎである。ルイナはそのおかげでメトラの隙をつくことができた。
 誰がこの爆発を起こしたかは知らないが、とりあえず感謝をしておくことにする。
「……エン?」
 ふと、彼のことが気になり、この場にいないが名を呼んだ。
 何か嫌な予感がするのだ。そして、その予感が正しかったことを知ることになる。

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