-49章-
氷の紋の黒き決断




 氷の滑る床を滑り、延々と直進するうちに、なんだか暇を感じてきてしまった。
 床の上を自動的に移動しているようなものなので、どこから出したかコーヒーセットを設置。そしてコーヒータイムに入っていった。狙い通り、コーヒーセットごと移動するので、座ったまま彼は移動していた。
 魔界剣士と呼ばれるファイマは、一服していた。

「それにしても、いつまで続くんじゃ?」
 独り言を言い、奥を見る。相変わらず、行き止まりが見えない直進の廊下があるだけだ。
「暇じゃのぉ」
 といいつつ、コーヒーを飲み、テーブルの上には菓子や花瓶もあるので、説得力がまるでない。
 動いている分、何もない場所で一服するよりはマシではあるが、さすがにそれにも飽きてきている。
「だったら、私がお相手いたしましょうか?」
 どこからともなく聞こえてきた声にファイマが表情を変える。そして、瞬間的にコーヒーセットをしまった。どこから出し、どこへしまったのかはわからなかったが。
「――誰じゃ?」
 未だ滑り続けながら声に質問をする。
「私の名前は『超破壊』のシャキスと申します」
 丁寧な口調が返ってきた。
「魔物、か?」
 その口調は人間にかなり近く、話し方もそこらの若者よりよほど立派だった。
「はい。その通り、魔物でございます」
 そこで、やっと声の主が姿を現した。
 魔物だということは解かっていた。それでも、声からのイメージは拭い切れず、姿を現したときは違う魔物ではないかと疑った。雪色をした六つの翼を持ち、顔はイエティのようなふざけた形。そして胴体はドラゴンのような鱗に覆われていた。
「なん、じゃ?」
 色々な魔物を混ぜ合わせたような魔物。見ていて、こっちが悲しくなりそうだった。
「異種改造です。私、合成魔獣なのですよ」
 それなら納得がいく。
 シャキスと名乗った魔物は、声と身体に違いがあり過ぎるが、それでも斃すべき相手なのだろう。
 気がつくと、氷の床の廊下が、巨大な部屋になっていた。

 巨大な部屋と言っても、もしかしたら広い廊下なのかもしれない。氷の床は限りなく続いており、ファイマも滑りつづけている。
 シャキスも同様に地面についており、氷の床を滑っている。
「ところで、この空間にはゴールがございません」
 互いが戦闘体制に入る前に、シャキスが言った。
「ゴールがない、じゃと?」
「ええ、そうです。ここ、氷の紋の空間を脱出するには、守護している者を斃すだけです」
 器用にも笑顔を作り、そんな助言をする。
「それは、自分を斃せ、と言っておるのか?」
 ファイマは少々気に食わないというような顔で聞いた。
「いいえ、あくまでも方法を伝えただけです。それ以外の方法は、私の記憶にないので……」
 申し訳ございません、とシャキスは苦笑しながら謝る。どうも調子の狂う相手だった。
「なんにせよ、お主を斃せばよいのであろう?」
 そう言って、ファイマは武器を召還する。
 氷の紋と、シャキスは言った。この気温に氷の床からして間違いないだろう。だとしたら、守護している魔物、シャキスは氷属性の魔物なのかもしれない。
 それを考え、ファイマは炎属性の武器を選んだ。
「バーニングブレード。バーニングアックスに並ぶ、『伝説級』の武器じゃ」
 エンが以前使っていたバーニングアックス。それの剣型であり、鍔の部分には赤い宝玉が埋め込まれている。
「さぁ、ゆくぞ!」
 ファイマが、滑りつづけていた地面を蹴った。

 最初の一撃が当たることは無かった。
 それも当然である。シャキスは移動しつづけているのだから、真正面に飛びかかって行ったら、その時間の分だけ相手も動くからだ。
「っと、この床の特徴を忘れとったわい」
 そういって、シャキスの方を振りかえる。ある意味不利な状態だ。
 進行方向、つまり動いている方向にシャキスがいるので、そこまで届くには床の速度を超えるほどの移動をしなければならない。
 さらに、距離もあるので普段の数倍は飛ばないと届かないのだ。
「ご安心を。私、あまり速さには自信がないのです」
 またもやにこり、と器用に笑顔を作りならが言う。
 そして、唐突に飛び跳ねた。確かに速くはないが、自分がその方向へ移動している分、通常よりも速いのだ。
「くっ!」
 シャキスはなんと素手で殴りかかってきた。といっても、その指の先は鋭く尖っている爪があるのだが。
 それを躱した。躱したはずだった。
「っ?!」
 だがしかし、躱したはずのファイマは全身に痛みを感じた。
「先ほど申し上げたとおり、私『超破壊』の役を承っております。覚悟していただきますよ」
 恐らく、打撃だけではなく、魔法的な攻撃も兼ね備えているのだろう。ファイマが全身に痛みを感じたのは、魔法攻撃だったせいに違いない。
 それだと、これは実在していない魔法だ。このような効果を持つ魔法など聞いたことがない。
「合成の途中に、なんらかの偶然的効果が出たようじゃのぉ」
 今は立場が逆転し、ファイマが前、シャキスが後ろになっている。
「よくお解かりになりましたね。『エクスクラッシュ』と、私が名付けてみました」
 また、飛び跳ねて襲いかかって来た。先ほどは真正面から来たが、今度は高く飛びあがったので、上からの攻撃らしい。
 それにしても飛びすぎではあったが、それで正しかった。ファイマが勝手に移動しているのである。反応に遅れたが、また躱すことができた。
「ぐぅぅっ!」
 風圧だけで全身に痛みが走る。そして、当然シャキスの攻撃は地面にぶつかった。
 氷の床は半径数メートルが一瞬で砕け、さらにそこから広く割れて行った。
「っ!」
 痛みをこらえて跳ばなかったら、その衝撃だけでまたダメージを負っていただろう。よけても痛みが走るが、直撃の場合は後も残さず粉々になるに違いないはずだ。間違い無い。
「では、そろそろ死んではいただけないでしょうか?」
「せめてワシが反撃してからかのぉ?」
 そうして、手をシャキスへと向けた。
「全てを揺るがす大地の精霊よ! 我に力を! 彼のものに大いなる爆撃を!!」
 詠唱を短く速く唱えた。
「イオラ=I」
 ファイマの手から、イオラの白熱球が飛び出す。
「イオラ=I」
 エンに渡した山彦の帽子。それを基礎にして作り上げた『山彦のバンダナ』はしっかりと効果を発揮してくれた。
 二連続で爆撃呪文が飛び出したのだ。
「エクスクラッシュ!!」
 触れただけに見えた。それでもイオラの白熱球は二つとも一瞬にして消え去ってしまった。
「なん、じゃと?」
 魔法が効かないとすると、物理攻撃も聞かないだろう。下手をすると、武器ごと粉々にされてしまう。
「最期です」
 本当に最期にするつもりらしく、シャキスが身構えた。

「まだ、手はある」
 ファイマがその細い目でシャキスを睨みつけた。それはどこか焦りと恐怖の色が垣間見えた。シャキスの能力に脅えているのではない。今から使う自分の『力』を恐れているのだ。
「なにが残っているというのですか?」
 一体、何がこの若者をそこまでさせるのか興味があるのか、シャキスが聞いてきた。
「……ワシが、『魔界剣士』と呼ばれる由縁、見せてやろうぞ!」
 ファイマの眼が、相変わらず細いが、瞳の色が確認できるほど開かれた。
 そこには、赤と黒の瞳が存在していた。


 ――爆発が起こった。全ての空間に影響を与えるほどの爆発が。
「なるほど……恐ろしい、『力』です……あぁ、最後に、お願いして、おきましょう。今後、私のような姿を、した魔物を見かけること、があったら、全て、葬って……」
 そう言って、シャキスは絶命した。最期の一言は、首だけになっていたが、やはり限界があったらしい。
「フィ、ちとやりすぎたか」
 そこには、既にいつもの通り、目を開けていないファイマの姿があった。そして、爆発の煙が去ると、そこは違う空間に繋がっていた。


 同刻Bルート、炎の紋。
 地面が揺れ、魔物はバランスを崩した。その一瞬の隙をルイナは逃さなかった。
 水龍の鞭が魔物を捕らえたのだ。
「な、何故なの?」
 捕われたことなど関係なしに、魔物は聞いた。
「……………」
 ルイナは無言のまま魔物を見て、目を瞑る。そして、水龍の鞭に力を注ぎ込んだ……。


 同刻Cルート、雷の紋。
 地面が、急激に揺れた。地震などの類というよりも、なにかが近くで爆発した衝撃のようだ。
「な、なんだってばよぉ! 今度はなんだぁっ!?」
 この間に光の呪縛から解放され、魔物は斬られる前に逃げ出していた。ロベルと同じ部屋にいることには変わりないのだが。
「(空間を伝わるほどの衝撃? 一体なにが……)」
 ロベルもこの事態に驚いたが、今はそれどころではない。目の前にいる相手を斃さなければならないのだ……。


 同刻Eルート、岩の紋
「わっ、たったったっ」
 その揺れに弄ばれ、エードが踊るかのようにステップを踏む。
「遊んでんじゃねぇ!!」
 また一つ岩をかわしながらミレドが激昂する。
「でもミレドさん。この揺れでは……」
「知るか!」
 エードの弁など聞かず、ミレドは敵に集中した。揺れは次第に大きくなり、そして、爆発を起こした……。

 同刻Aルート、闇の紋。
「な…………」
 エンは傷つき、地面に倒れた。身体中に負った傷は尋常な数ではない。回復が追いつかないほどだ。
「“受け入れろ。それが汝の運命なり”」
 闇が笑ったかのように言った。
「ふざ、けん……な、っての」
 それでも、エンは立ち上がった。全身血だらけになっても、まだ立ち向かうつもりなのだ。火龍の斧を支えにエンは荒い呼吸を繰り返しながら立っている。立つだけで精一杯とはこのことだろう。
 少し地面が揺れた。そのちょっとした衝撃だけで、足元がふらつく。
「“仕方あるまい。汝を、【解放】する!”」
 これ以上は勝手に死ぬかと思い、闇は行動を起こした。
 そして、闇と炎がぶつかった……。

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