-48章-
雷の紋の強き勇者
「P・U・L・L・U! これでどうだ?」
暗証コードを入れて、確定ボタンを押してみる。しかし、何の音もしなかった。
「また、ハズレか……」
ここに来るまでの間、二つの門を開くことが出来た。
この空間内にある暗証コードを入力すれば扉が開く仕組みだ。
暗証コードは同じ部屋に書いてある。それならば簡単であろうと思えるのだが、数が多すぎるのだ。そこここに暗証コードが書いてあるので、そこから本物を見つけ出さなければならない。
「確か、ここは四つの扉だったはずだったな……」
かつての記憶を思い出しながら、一人ぶつぶつと呟く。以前とは違うキーワードを探すようになっているらしく、ロベルは何度も間違えては確認してみた。
勇者ロベルは、探していた。
「D・R・A・Q・U・O、は違うだろうな」
暗証番号を入れるまでもなく判断するようになり、やがて一つのそれらしき暗証番号を見つける。
「T・A・S・O・G・A・R・Eっと!」
扉が煙を噴出しながら開き始める。
「後、一つだな」
宝探しをやっているようなもので、精神的に疲れが出てきていた。ここで探索呪文のレミラーマを唱えれば、かなり凄いことになる。怪しいもの全てが光出すのだから、部屋中にある暗証番号が偽物を含めて一気に輝き出すのだ。
見たい気もするが、目に悪影響なだけなのでやめることにする。
「よぉよぉ、遅かったなぁ勇者さんよぉっ」
四つ目の扉を開ける為の暗証コード入力装置の手前に、その魔物はどっかりと座り込んでいた。
「フゥ……まさか君一人で僕と戦うつもりかい?」
端から見ればただの傲慢な言い方だが、無駄な戦いを避けたいという理由もある。
「ああそうよぉっ。戦うのではなく、逃げるんだがねぇ」
魔物は、見えないほど透明な翼を生やしていた。
「逃げるなら逃げるで好都合だ。早くどこかへ消えてくれないか?」
脅しのつもりで、ロトルの剣を召還する。そして、それを魔物の眼前へとつきつけた。
「おっとぉ、怖いね怖いねぇっ。まぁ待ちなってばよぉ、まずは自己紹介だぁ。あんたは勇者ロベルだな。オレっちの名前は『超疾風』のフージだぁ」
フージと名乗った魔物は、人間らしい言葉を喋ってはいるものの、身体自体は人間ではない。その身体は豹かなにかの動物だろう。翼を生やしている所と黄色い体毛を見ると、ゲリュオンのような魔物かと思えてくるが違う部分が多く見られ、その姿は初めて見るものだった。
「あんたの記憶にオレっちのような姿をした魔物はいねぇだろぉ? 答えは簡単、異種改造ってやつさぁ」
器用にも笑い顔を作り、フージは言った。
「異種、改造?」
「おおそうよぉ。オレッちはある意味合成獣でもあるんだぁ。良い所と良い所を合体させてんだなぁ。オレッちの場合は、とことん速さを求められたってわけよぉ。こんなふうになぁぁっ!」
一瞬、何が起きたか解からなかった。
気付いたら、フージはロベルの後ろにいたのだ。
「なぁ? 逃げるってのはこういうことさぁ。攻撃もするけど、なぁっ!」
疾い。
なんとかして身をかわすことができたが、まともにくらっていたら無事には済まなかっただろう。
「あ、そういえばよぉ、雷の紋にオレッちが置かれてる意味、知ってんよなぁっ!」
フージの身体が蓄電し、青白くなる。
「マズイ!」
バチバチっと、フージの体毛に溜まった電気が一気に放出された。
「雷竜撃ぃっ!」
その電撃がロベルのところまで届くころには、すでに剣の形は変わっていた。武器から防具へのウェチェンジ。三種の神器の一つ、ロトルの盾だ。
「く……」
まるでライデイン並だな、と思いつつもなんとか一撃目は防ぐ。
「ほらぁ、遅ぇぞぉ」
電撃を防いでいる間、いつのまにかフージは後ろへと回り込んでいた。
「しまっ」
もう遅い。フージの爪が、牙が、胴体が。身体全体を武器にした瞬速攻撃にロベルが壁にまで吹き飛ばされる。そのときの衝撃で、肺の中に溜まっている空気が全て吐き出されたかのようになり、一瞬呼吸が止まる。
「ほらほら、勇者さんよぉ。オレっちが勝っちまうぞぉ?」
適当なところに着地したフージの爪や牙には赤い液体がついている。当然ロベルの血だ。
「そうだね。久々だよ、こんな気分になったのは」
ロベルの身体全身から、なにかが溢れ出す。戦いに熟練した者なら容易に解かるだろう。それが、尋常ならざる闘気であることを。
「今ごろ本気になってもよぉ、もう遅ぇよぉ」
フージが壁という壁を踏み台にし、高速移動を始める。見えるような速度ではなかった。
それでもロベルは落ち着いていた。
ロトルの鎧が与えてくれる自然治癒の効果で、痛みは消えつつある。
ロトルの盾を再び剣に戻し、一呼吸してから思いっきり地面に突き刺した。
「光牙神流奥義の一つ、『縛束連陣』!!」
ロトルの剣から光が溢れ、部屋全体に充満した。その光に無抵抗に触れたフージは、空中で動きが止まっている。
「な、なんだいこりゃあぁっ?!」
激しく動いていたのを無理に急停止したから、というわけでもないだろうが、かなり動転しているようだ。
「縛束連陣は相手の動きを封じる奥義さ。覚悟は、いいかい?」
速さに自信があるのに、それを封じられては無意味の他にない。なんとか動こうとし、手足をばたつかせるが、やはり無意味でしかなかった。
「待ってくれよぉ。オレッちって、これだけなのかよぉ?!」
魔物にも恐怖という感情があるのだろうか。それとも、下手に感情を持ったその中の一つにしか過ぎないのだろうか。
「さよならだ」
剣を構え、光が消えないうちに斬るだけだった。
しかし、刃を振り下ろすその前に、地面が、急激に揺れた。地震などの類というよりも、なにかが近くで爆発した衝撃のようだ。
「な、なんだってばよぉ! 今度はなんだぁっ!?」
フージの驚きようからして、彼の策略ではないようだ。
この間に光の呪縛から解放され、フージは斬られる前に逃げ出していた。ロベルと同じ部屋にいることには変わりないのだが。
「(空間を伝わるほどの衝撃? 一体なにが……)」
ロベル自身もこの謎の事態に驚いていたが、今はそれどころではない。目の前にいる相手を倒さなければならないのだ。
今遠くにいるフージに剣が届く間合いまでつめていたら、すぐに気付かれるだろう。ならば、呪文攻撃以外に手はなかった。
「聖なる雷神の精霊よ! 我に力を! 彼のものに裁きの雷を!!」
短く詠唱を終え、剣の切っ先をフージに向ける。
「ギガデイン=I」
短い詠唱で唱えたギガデインは、余所見をしていたフージに直撃した。たいしたダメージにはなっていないようだが、その衝撃に顔をしかめ、目を閉じる。
「っとぉ、オレっちの属性は雷だぜぇ? いくらギガデインとはいえ……」
――ズグッ。
いつのまにかロベルが急接近し、ロトルの剣を突き刺す。ギガデインは攻撃のためでもあったが、視界を一瞬でも封じるために放ったのだ。全ては計算通りだった。
「今度こそ、さよならだ」
「まだ、だぁ……」
ロトル剣はフージの腹を貫いたのだが、彼の眼はまだ信じられないほど『生』を思わせた。
「金属を、通してぇ、電撃をぉ、流したらぁ……どうなるとぉ、思うよぉ……?」
血を口から吐き出しながら、フージが邪笑を浮かべる。
マズイ――。
今ここで剣から手を離しても、剣は戻して再召還すれば手元に戻る。だが、もう一度フージを捕らえられるかどうか不安なのだ。いくら重症にあると言っても、この魔物がそう易々と同じ手に引っかかるとは思えない。とはいえ、このまま激しい電撃を流されては、いくらロベルといえどもかなり危険だ。
だが、ロベルはそのまま勝つ気だった。
「……雷属性、か。だったら、それに反する風や地の属性に弱いんだろう」
フージがその言葉の意味を理解する前に、ロベルは行動に移していた。
「ロトルの剣よ! 刻まれし聖なる風を巻き起こせ!!」
ゴゥォオオオオォォゥォオオォオオウウオオオ―――。
剣から、バギクロスが発生したのだ。フージからしてみれば、腹の中で自分の弱点である魔法――しかも極大系――を受けてしまったので、致命傷となってしまった。
そのダメージは、戦闘不能になるほど。
「……もう一度言うよ。これで最後だ、さよなら」
「いやぁ、全くだぁ、なぁ」
器用に笑い顔を作り、フージはその場に倒れ込み絶命した。
しばらく静寂が続いたが、やがてロベルは立ち上がって部屋を探索し始めた。
「さて、最後の暗証番号を探すか」
恐らく、自分が最後になるかもしれない。そう考えると、どうしても急がねばとなってしまう。
何度も、偽物に引っかかっていたが……。 |
|