-47章-
火炎魔戦士の短き夢




 城壁のような城門の前で、エンたちは立ち止まっている。
「で……どうやって開けるんだ?」
 迷うのも当然、スイッチもあるわけでも、扉があるわけでもない。完全に閉め切ってあるのだ。むしろただの高い壁が目の前に聳え立っているだけで、しかも登れるような高さではない。
「簡単だよ、これはね」
 ロベルが前に進み出て、握っていた拳を前に向けた。手の前で金色の光が宿る、その光はロベル自身の精神力。やがて形を成し、この世に召還された。鍔が飛翔する不死鳥になっている伝説の剣――ロトルの剣だ。
「こうするんだよっ!」
 剣を振りかぶり、そのまま斬りつける。轟音を立てて扉は崩れ去った。
「開けるっていうか、壊してるんじゃねぇかな?」
 崩れてきた門の岩を要領良く避けながらエンが言った。
「あの時もこうして入ったんだ」
 大きな穴がぽっかりと開き、中への道が完成し、そのまま中へと進む。そう、かつてロベルたちがかつてここを訪れた時も、同じ方法で入ったのだ。

「それじゃ、行くよ!」
 入ってすぐに、ロベルが走りだした。他にも通路があるのだが、迷うことなく直進したのだ。
「走る必要あるのかよ!?」
 と言いつつもエンたちも走り始める。
「あるんだよ」
 ちょうど、後ろから音が聞こえてきた。何かが燃え盛る音。ふと後ろを見ると、数十匹の魔物が姿を現していた。赤い狛犬のフレイムドッグに、邪悪な炎の戦士、炎に顔を貼り付けたようなフレイムなどの炎部隊だ。
「……『津波』……」
 ルイナが一旦足を止め、後ろを指差してぼそりと呟いた。すると、どこからともなく大量の水が押し溢れ、後方の魔物たちを津波が飲み込んだ。いつのまにか覚えた津波を召喚する特技である。
「次が来るよ! 今度は前だ!」
 炎の戦士の逆であるブリザードマン、これまたフレイムと逆のブリザード、氷翼竜と呼ばれるアイスコンドル、マヌケな顔をしたイエティなどの、今度は氷部隊だ。
「氷ってことは炎に弱ぇんだろ? だったらオレが片付けてやるよ!」
 エンが走りながら手を前に出す。そこから光が溢れ、武器が召還される。『龍具』である火龍の斧だ。
「『獄炎』のフレアード・スラッシュ!」
 火龍の斧から凄まじい炎が溢れだし魔物たちを一瞬にして溶かし、燃やして行く。
「まだ残っておるぞ!」
 ファイマも同じく武器を召還する。『上級』武器である炎のブーメランだ。それを投げて残った魔物らを一掃した。
「次は、どこだ?」
 炎部隊と氷部隊に勝利し、まだ余力がある。なにが来ても勝てそうな気がした。しかし、他の部隊が現れることなく、大きな広間に出た。

「ここは?」
 広い。かなり広い空間だ。以前、なにかに破壊されたような後や、焼け焦げたあとなどが多く見られる。
「少し、休憩しよう。後ろの通路を早く抜けられたから、罠が発動する心配もないだろうし」
 後ろを見ると自分たちが通ってきた通路があるが、特に変わった様子も無かった。恐らく、長い時間いると罠が始動する型なのだろう。
「気になっておったのじゃが、外にいた連中と城内の連中、妙に強さが違わぬか?」
 外にいた魔物は一匹だけで苦労したが、城内は軽く勝てる。普通は逆のはずだ。
「ようやく、これの効果が出てきたんだろう」
 ロベルは一つの宝玉を取りだし、全員に見せる。白く輝き、なんとも美しい物だ。
「『光の玉』って言ってね、瘴気を吸い取ることができるんだ。効果範囲を島全体にしていたんだけど、さっきはまだ効果が出し切れてなかったんだろうな」
 しかし今は効果が完全に発動し、魔物たちの力である瘴気はなくなりかけている。もはや強敵となる魔物はいないだろう。
「ところで、ここってなんなんだ?」
 辺りを見まわすと、過去に戦いがあった痕跡がいくつも見られるのだ。破壊と焦げた後、恐らく電撃系の技が飛び交ったのだろう。
「僕たちが昔、ここで戦ったんだ。魔王の死魔将軍とね」
 死魔将軍最後の一体相手に、かなりの力を使わせられた。その力と力がぶつかり合ったこの空間は、魔物たちも近づこうとしない。休憩するなら一番の場所だ。

 休憩中は、まさに休憩の名に相応しい行動をエンたちはとっていた。
 ロベルは瞑想。エンは睡眠。ルイナはあやしげな薬の調合。ミレドは金勘定。ファイマはどこから出したのかコーヒーセットで寛ぎ、エードは自分の剣と鎧を磨いている。
 そんな各々が自由にしている時間は、長くは無かった。
 しかし、そんな短い時間で、エンは不思議な夢を見た気がする。
 闇に包まれ、光に包まれ、また闇に、光に……。最後に、一人の人物が見えた。物心がつく前に亡くなったはずの父親だ。燃えるような赤い髪と優しい瞳がやけに印象に残っている。髪が長く、後ろで束ねているがそれがまた似合っていた。
「そろそろ行こうか」
 ロベルが静かに立ちあがり提案する。その言葉で、エンも目が覚めた。
「ん、ああ」
 軽くあくびをして、エンが答える。ルイナは出来上がった薬を鞄の中にしまい込み、ミレドは勘定していたお金を慌てて袋に入れた。ファイマはいつのまにかコーヒーセットをしまっているのだが、どこから出してどこへしまったのだろうか……。エードも立ちあがり、剣を一振りした。
「もうすぐ、決戦だよ」
 ロベルが歩き出し、エンが、ルイナが、ファイマが、ミレドが、エードが、一斉に歩き出した。
 魔王と、戦うために。

 歩いて数分ほど。邪魔な魔物たちと相対することを想定していたが、違うものと遭遇してしまった。
 ヒョォォォォォォォォォォォォォォ――
 風の音のようにも聞こえたが、それの正体は風ではなかった。
「な、なんだ!?」
 唐突に青と銀色をした光の渦――旅の扉がエンたち各々に纏いついたのだ。
「そんな?!」
 そんな中、ロベルが一番驚いていた。かつて来たときも、この通路で旅の扉に飲み込まれた。しかし、その時は全員揃って同じ空間へと連れて行かれたのだが、今回は一人一人が違う場所へと連れて行かれようとしているのだ。
 今更どうにかできるわけでもなく、それぞれはそれぞれの扉の先へと消えてしまった。


 意識が覚醒し、その場に立ち上がる。隣には誰もいない。昔は隣に全員がいたが、今回は違う。
「ジャルートめ、何を考えている……?」
 考えても分かるわけがない。仕方ないので、先に進むことにした。この空間全ては魔王の祭壇へと繋がっている。最後まで行けば、全員と合流できるはずだった。全員が無事である場合ではあるのだが。
 しばらく進むと、機械だらけの部屋に出た。青白い電気が迸り、何かの機械は未だ動いている。
「……まいったな、雷の紋か。一番遠いルートだな」
 勇者ロベル、Cルート『雷の紋』(祭壇への最長ルート)。

「…………」
 ルイナは無表情のまま、一人で通路を進んでいた。途中、壁から炎が噴出したりしているが、難なくかわし続けている。
「…………暑い…………」
 無表情ではあるのだが、かなり汗が出てきている。ルイナは暑さには慣れているが、この空間の暑さはそんなレベルではない。熱いほどの熱量を持っているのだ。
 本来、エンがこういう場所に来るはずなのかもしれないと、何度も思う。
 清聖賢者ルイナ、Bルート『炎の紋』。

「フム、どうしたものかのぉ?」
 ファイマが訪れた空間は、床が全て氷で出来ている。話に聞いたことがある『滑る床』と同じようなものらしい。恐らく常人ならばこの空間が寒いのであろうが、ファイマ自身は全く平気だった。エルデルス山脈に比べれば、まだ暖かい気さえもしてくる。
 戸惑っているのは、何もないからだ。一本道ではあるのだが、まるで地平線の如く、先が見えない。
「まあ、なんとかなるじゃろう」
 気楽に考え、歩き始める――というより、すべり始めたというのが正しいのだろうが。
 魔法戦士(魔界剣士?)ファイマ、Dルート『氷の紋』。

「あの、怒っています?」
「ぁあ?! ったりめぇだろうが!! 大体な、俺様が忠誠を誓ったのはルイナ様だけなんだ。テメェのためになんか戦わねぇから、自分の身は自分で守りやがれっ!!!」
 唯一、この二人は一緒の空間に飛ばされていた。ミレドの不機嫌は完全に殺気と化し、下手に刺激しようならエードを殺してしまいそうな雰囲気だった。
 それに加え、先ほどからこの通路は歩きづらいのだ。やたらとごつごつしており、さらには岩が目の前を塞いだりもしている。そのせいでミレドの不機嫌をさらに募らせている。
 暗殺者ミレド&聖騎士エード、Eルート『岩の紋』。

 ゴツ――ドカ――ドン――ガチ――ガン――ドゴ――。
 先ほどから何度も何かが何かにぶつかる音が響いていた。
「なんで、こんなに、暗いんだ、よっ!」
 何度も言葉を区切っているのは、区切る度に何度も壁にぶつかっているからだ。たいして痛くはないが、暗すぎて視界が悪く、自分が直進しているのかどうかさえ怪しい。
 この暗い闇に潰されそうだったが、何度も堪えきった。ただの闇に負けていたら、魔王ジャルートと相対した時はそれ以上になってしまうからだ。
「負けるかよ! こんな闇に!!」
 自分に言い聞かせ、歩き続ける。やはり何度も壁にぶつかるのだが。
 火炎魔戦士エン、Aルート『闇の紋』(祭壇への最短ルート)。

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