-46章-
伝説道具の明けき真実




 ファイマが一人、大きな群れを成している魔物の前に立ちはだかった。  愚かしいとしか思えないその行動をエンが咎めようとした時にである ――周りの魔物たちが、一瞬で雷に飲み込まれた。
「な、なんじゃ?!」
 ファイマはまだ自分の『力』を解放していない。そのことは本人がよく知っている。
「し、知らねぇよ!」
 ファイマの驚愕に、エンが答えた。むしろファイマの成したことと思っていたのだから、ファイマ自身が驚いていることに驚かされた。
 強力な電撃は辺り一面を黒焦げにし、さらには先ほどまで濃かった瘴気さえも吹き飛ばした。そんな芸当ができるのは、聖なる雷を呼び出す呪文くらいなものだ。
「また会ったね。どうしたんだい? こんなところで」
 邪悪な島には不似合いな、安心感を与えてくれる声がかかった。声の主は、不死鳥が飛翔する紋章が刻まれた蒼い鎧を纏い、鍔も同じ紋章を持つ剣、兜というよりサークレット形状のものを被り、外套をなびかせている。
「ろ、ロベル!?」
 最初は呆然としていたが、エンの言葉で確信し、全員が驚いた。もちろん、ルイナは無表情だが。
 勇者と呼ばれし若者ロベルは、エンたちの方向へ歩いて行くと、再び呪文を唱えた。
「――ギガデイン=I」
 エンたちを中心に、聖なる雷が再び辺りを襲う。
「これで、全滅したはずだよ」
 その言葉で、全員が緊張を解いた。なぜか、この若者は人を信じさせるような感じがしたのだ。
「助かったぜ、ありがとな」
 感動の再会というより、待ち合わせの時間にちょうど来た、といった感覚でエンが礼を言う。
「無茶はほどほどにしなよ。瘴気を吹き飛ばさなかったら、君達はやられていたかもしれない」
 実際そうなのだ。この島の魔物は瘴気のおかげで何十倍の力を手に入れる。少々時間がかかったとはいえ、一匹を上手く倒せただけでも賞賛ものだ。
「ロベルもこの島に来てたのか?」
「うん。真聖の宝珠(オーブ)の正体が解かってね」
 その言葉に、エード以外の人間が少なからず反応を示した。エンとルイナ、そしてファイマとミレドもソルディング大会に出場していたのだ。謎の魔法アイテムである真聖の宝珠の正体を知りたがっていたのは、皆同じである。
「アレは極聖のオーブと言ってね、かなり危険な代物だ」
「「「極聖のオーブ!?」」」
 エードとミレドとファイマの声が一斉に揃う。
「……ってなんだ?」
 彼等は知っているようだが、エンはもちろん知らない。
 ふと横を見るとルイナは無表情ではるが何かを知っているような顔だ(無表情でもエンには解った)。武器仙人が住居としていた酒場で、何かの本を読んでいたらしいが、その本の知識かもしれない。
「極聖のオーブ。究極の聖なる力が封じ込められおる宝珠じゃ。封じ込められているだけじゃがな」
 ファイマが腕組みをしたまま言った。
「もちろん、極聖のオーブだけでは何の意味も持たない。鑑賞用ぐらいにしかならねぇ」
 ミレドが視線を落としつつ言った。
「だが、それと対になる魔法道具『極邪のオーブ』があれば別だ」
 エードがやれやれ、とでも言いたげに言った。
「極邪のオーブにはその名のと通り、究極の邪悪な力が封じ込められているんだ。極聖と極邪、それぞれのオーブは共鳴しあい、それが最高になると、『聖邪のオーブ』が生まれる」
 ロベルが静かに言った。
「聖邪のオーブは危険じゃ。それから生まれる『力』は、世界を掌握することも可能なはずじゃ」
 そしてまたファイマの発言。
「究極の聖と究極の邪、この二つが混ざり合うと、それぞれの力が解放されやがるんだ」
 同じくまたミレドが発言。
「実際にその力を解放した者はいないから、どんな力になるのか解からない。しかし、唯一解かっているのは、世界に関わるほどの危険な物だということだ」
 溜め息をつきながらの、エードのセリフである。
「というわけなんだけど、解かった? コレって僕等の世界では常識なんだけど」
 ファイマ、ミレド、エード、ロベルの順番を二回繰り返し、一気に説明を終える。
「イマイチわかんねぇ……」
 それも当然である。自分達の常識ではあっても、全く知らない人間にそれを伝えるのはかなり難しい。それに加えてエンは理解力が乏しいので、解かるはずがない。
 ルイナは解かった様子で、納得している雰囲気である。見た目は普段と変わらず無表情なのだが、エンにはなんとなく解かっていた。

 それにしても、なんだか情けない話である。
 極聖のオーブと真聖のオーブ。たった一文字違いであるこの魔法道具の真相に誰も気付かなかったのだ。有名な話の割には、現実性が薄いのかもしれない。
「とりあえず、極聖のオーブは魔王の所にあるとして、問題は極邪のオーブだ」
 極聖のオーブと極邪のオーブが混ざると、究極の力を持つ聖邪のオーブが誕生する。そのような代物が魔王の手に渡ったとなったら、本格的に世界は闇に閉ざされることになるだろう。
 極聖のオーブは、ソルディング大会の賞品となっていた。確か、とある冒険者に寄付されたものだと言っていたが、迷惑なことをしてくれた冒険者もいたものだ。
 極邪のオーブはどこにあるかは、誰も知らないだろう。知っていてもそれはそれでマズイ事ではあるのだが、有名な話の割に有力情報がほとんどない物だ。誰も探そうとは思わない。
「問題その二。これからどうすんだ?」
 エンが片手を上げて発言した。
「僕は、ちょっとあそこに用があるんだけど」
 それは果たして『ちょっと』したことなのだろうか? ロベルの指差す先には、魔王城が見える。
 かつては崩壊したらしいのだが、今はまた大きな城が聳え立っている。それをしばらく見たまま、エンはなんの迷いもなく言った。
「ふぅん。じゃ、オレも行くぜ」
 当然というように、そのまま歩き出す。
「約束、だもんね」
 エンたちと別れる際にした約束。
 ――共に強くなり、共に魔王と戦うこと――
 その約束を、今果たそうというのだ。
 ロベルも歩き出し、ルイナ、ファイマ、ミレドもそれに続く。最後まで動かなかったのはエードである。
「(勇者もいるし、大丈夫だろう)」
 他人任せといえばそうなのだが、一人でここに残るのも心細いのでエードも歩き出した。
 魔王の居城へと。

「……ところで、ロベル殿。師匠――武器仙人のことを何か知らぬか?」
 ずっと気になっていた疑問をファイマは口にした。あの時、旅立つときに思った疑問を。
「そうか、君は彼の弟子だったよね。……知る権利があるだろうけど、自分で確認する義務もあるんじゃないかな?」
 あの時、ソルディング大会で魔王が姿を現したときに、ファイマの存在がやけに懐かしく感じた。最初は解からなかったが、今なら解かる。武器仙人と同じ雰囲気をこの男は纏っているのだ。
「そうか……」
 その言葉を自分なりに理解したのか、それとも本当は現実を知りたくないのか、ファイマは納得したような素振りを見せ、暗い空を見上げた。まだ真昼だというのに、この島では常に闇が支配している。
 彼も、薄々感づいているのである。育ての親でもある師が、この世にいないことを。
「そういえばさ、オレたちって賢者の島に渡ろうとしてたんだよなぁ」
 暗い空は、今にでも雨が降りそうだった。そんな空を見上げながら、エンはぼそりと呟いた。
「結局、賢者ってなんだったんだろう?」
「……知らない方が、よかったんじゃないかな?」
 ロベルは苦笑しながらそう言った。
「なんだよロベル、お前知ってんのか?」
「ん、まぁね」
 世界の勇者を『お前』呼ばわりする人間はこの世に数人といないだろうが、そのうちの一人は確実にエンだろう。
「なぁなぁ〜、賢者って誰だったんだ? 教えてくれよぉ〜」
「いや、本当に知らない方が良いんだって……」
 伝説との違いがあり過ぎる、英雄四戦士の一人リリナ。賢者の島に住む賢者とは彼女の事で、エンにとっては魔法の師にあたり、落胆するのは目に見えている。
 それに、言ったら言ったで一騒動あるかもしれない。
「それに、会ったとしても無意味だっただろうし」
「なんだよ、それ?」
 その言葉の意味を、エンが理解できるはずがなかった。ちなみに、ルイナとミレドとファイマは同時に賢者の正体に気付いていた。
「(リリナ殿じゃな)」
「(なるほど『大賢者』のリリナか)」
「(……アノ人……)」
 唯一解かっていないのは、エンとエードだけであった。最近、エードもバカキャラになっているのは気のせいだろうか。

 そうこうしているうちに、魔王城の目前まで来ていた。城門は、扉というのか壁というか、とにかく判断しにくいような物である。
「また、これか」
 ロベルは、意味ありげに呟き、拳を握り締める。他の五人も、知らずに緊張していた。
「行くよ!」
「おう!」
 全員がロベルの呼びかけに答えた。


 闇が支配している空間。  佇むのは闇の王。魔王の名を背負う者。
「魔王様……」
 敬虔なる眷属の呼びかけに、意識を向ける。
 それを感じ取った魔物の一人は、畏まって言葉を続けた。
「ネクロゼイム様のことですが……」
「“――よい。既に知っている”」
 危惧するまでもなかったな、と嘲笑にも似た響きが闇を振動させた。
 やがて、この空間とは別なる闇色の光が現れる。それに映し出されたのは、六人の人間。
「“来たか……”」
 魔王ジャルートが、ぼそりと呟く。
「魔王様、五人は我々が当たりますゆえ……」
 闇の中に身を置き、淡々と続ける魔物の言葉に頷き、魔王はにやりと顔を歪める。
「“フ……我はあれと接触することにしよう”」
 ジャルートの視線は映像に映る六人の人間のうち、一人に集中していた。
「“(さぁ、早く我が下に来るがいい!!)”」
 今から起こり得ることに比べれば、愚かなる眷属の死など、どうでもいいことだ。闇が、歓喜とも殺気ともつかぬ気を震え放ち、その場にいた魔物でさ震え上がらせた。


 その魔物は闇のみが支配する空間から脱し、魔王城の一室へと入った。そこには、他に三体の魔物が待機していた。
「いよぉシャキっちゃん。オレっち達の出番かい?」
 気軽に声をかけたのは獣のような魔物だ。
「はい。それぞれの紋を守ってください」
「戦うの? 勇者たちと、ボクたち戦うの?」
「いいねぇ。勇者ってぇのは俺の身体も貫けるのかい?」
 人間の子供のような体躯の魔物と、機械の身体を持つ魔物が交互に言う。
「えぇ、戦って……恐らく、死ぬでしょうね。魔王様は、私達に死に場所を与えてくださいました」
 敬語の魔物の発言に、皆が黙ってしまった。
「……私達はネクロゼイム様により、無理やり作られた生命。ただ棄てるだけなら魔王様は私達を消し炭にするだけでよかった。それをしなかったのは、私達が生まれてきた意味を持たせる機会を待っていたのですよ。勇者達と戦い、紋を守る……立派な使命ではありませんか。合成実験の成れの果てには、勿体ない役目です」
「…………シャキっちゃん。あんなやつ、様付けするこたぁねぇよ」
 獣の魔物は、長い沈黙の後にそれだけを言った。
 所詮は偶然に発生した力を持っているだけの実験台だ。しかも、作った本人から棄てられている……。だから、皆は『親』に少なからず恨みを持っていた。生き恥を晒しているのは辛い事だった。だが今は使命が与えられ、見捨てなかった魔王に貢献できると思うと、皆は心が昂ぶった。
「私達は勇者を相手に勝利することは、できないでしょう。しかしこの使命、『死ぬ気』で頑張りましょう」
 その言葉に、皆が重々しく頷いた。

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