-45章-
魔界剣士の紅き記憶




 旅の扉をくぐった感覚は、ヒアイ村からルビスフィア世界に訪れた時と同じような感覚だった。そして、エードが使った移転呪文の浮遊感覚にも似ているが、意識が飛ぶように薄れていくのは夢の中にいるようでもあった。
 その夢から目が醒めると、そこは不思議な場所だった。いや、不思議というか不気味な場所だ。
 草原のようだが、空は晴れているのに暗く、周囲からは絶えず瘴気らしきものが発生しており居心地は最悪。とにかく人が住めるような場所ではない。
「ここ、どこだ?」
 どうやら船は陸に上げられているらしい。エンが船から飛び降り、地面に着地。続いて、ルイナとファイマとミレドが降りて、最後にエードが用心しながら降りてきた。彼のような重装備の場合、身軽な動きができないのだ。
 他に乗っていた船乗りたちは、気を失っているのか出てくる様子はない。
「暗い空に瘴気を発する植物……そして、アレか。まさか、ダークデス島に繋がっておったとはのぉ」
 ファイマが観察して断言したことに、エードとミレドは激しく驚いた。魔王の居城がある島なのだから、無理はない。唯一、エンとルイナはたいして驚かなかった。
「戻れなかった奴らは、ああなるってか」
 もともと魔王の居城場所など知らないし、それに加えエンは違うものを見ていたのだ。エンの視線の先には、船の残骸と、人骨が多数。『戻れなかった組』たちのものだろう。ファイマが称した『アレ』とはこれのことだ。
「もう、来ま、したよ」
 ルイナが静かに警告する。一同が振り返ると、魔物が一匹こちらに向かってきていた。

「アークデーモン……だっけか。なんとかなるだろ」
 様子見程度に来ていただろう魔物――アークデーモンはかつてエンが一瞬で葬り去った魔物だ。同種ならば、同じように楽に倒せるはずである。
「油断せぬほうがいいぞ」
 ファイマはデーモンキラーを召還。エードはプラチナソードを抜き、ルイナは水龍の鞭を召還し、ミレドは二対のミスリルナイフを召還した。
「よし、行くぜ!」
 火龍の斧を召還したエンが、最初に動いた。
「『瞬速』のフレアード・スラッシュ!」
 あの時は二匹同時攻撃で分配は半分になったが、今回の相手は一人だ。以前より威力があるはずである。が、アークデーモンは痛みを感じた様子は無かった。無数の斬り口から、炎が舞い上がったというのに。
裁きの十字架(ジャッジ・クルス)!!」
 本来このメンバーで一番の俊敏さを誇るミレドが二対のミスリルナイフで斬りつける。本来、『掟』を破った盗賊ギルドの者に死の制裁を与える技なのだが、魔物相手でも十分効果がある。
 それでも、アークデーモンは倒れない。
「イオナズン=v
 行動に移そうとしていた三人などお構いなしに、アークデーモンが爆撃系極大呪文を放った。当然、全員が予想すらしていなかった攻撃に大きなダメージを受けることになる。
「……『癒し』……」
 ルイナが水龍の鞭で回復の水を振りまいた。その水は空中に溶け、エンたち全員の傷を癒す。
「ルイナさん、ありがとうございます! ……魔物よ! ルイナさんに回復させてもらった今の私は完全無敵なり! 引くなら今のうちに……」
「いいから戦わぬか!!」
 ファイマが激を飛ばし、行動に移す。エードは少ししょげたが、気にすることはない。
「師匠直伝――光迅覇斬(こうじんはざん)!!」
 武器仙人が使っていた技で、要するには悪魔斬りと同じような効果なのだが、それよりも遥かに大きなダメージを与えることができる技だ。
「わ、私も。――光の精霊 我が剣に宿りて 魔を滅する浄化の刃とせん――光附剣(ライトニングソード)=I」
 自分の剣を無属性から光属性へと変える技を使い、エードはそのまま斬りかかった。
「ま、まだ倒れねぇのかよ!?」
身体からは血と思われる体液が大量に流れているのにも関わらず、アークデーモンの殺気を帯びた目は、倒れる雰囲気など見せない。
「ベホイミ=v
 低い声で、回復呪文を使った。みるみるうちに傷が癒されて行く。それを黙って見ているほどエンたちはお人よしではない。
「『重撃』の――フレアード・スラッシュ!!」
 振り上げて少し間が開いた。『重撃』のFSはかなりの破壊力を持つが、超接近用で、しかも重くなるので斬るのに少し時間がかかるのだ。しかし上手く当たり、右肩を斬り落とした。そこでやっと、痛みを感じさせるそぶりを見せ始めたが、なんとなく鈍感だった動きも俊敏になってしまった。
「とどめじゃ! 光迅覇斬!」
「デュアル・ヒャダイン」
裁きの剣矢(ジャッジ・ソードアロー)!!」
「ハァッ!!」
 ファイマが先ほどと同じ技を使い、ルイナはいつのまにか習得したヒャダルコの上位呪文ヒャダインを放ち、それがファイマから譲り受けた山彦の帽子で二回続き、ミレドはミスリルナイフを投げ、それに魔力が付与され矢の如く飛び、エードが光輝くプラチナソードで真正面から何も考えずに力任せで斬り裂く。
 そして、やっとのことでアークデーモンは絶命した。

「なんなんだよ、あいつってこんなに強かったか?」
 とどめはモンスターバスターであるエードがさした為、アークデーモンは貨幣に変化してしまった。エンは魔物が貨幣になるところを初めて見たが、意外にもあっさりとしたものだ。消滅と同時に金貨が転がり落ちただけなのだから。
「恐らく、この島のせいじゃろうな。瘴気が魔物の力を増幅させておる」
 警戒してか、ファイマはまだデーモンキラーを戻していない。
「それだけじゃねぇ。いつも以上に、なんかだりぃ」
 ミレドの言うとおり、なんだか気だるい。瘴気によってエンたちの能力そのものが低下しているのだろう。
「……来ます」
 遠くを見ていたルイナが、ぽつりと呟いた。
 その言葉の意味を最初に理解したのは意外にもエンである。
「……暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋」
 以前とは違い、早口で詠唱を終える。前のように、余裕的ではないのだ。
 エンの向いている方向に、黒い雲が流れて来ているのが見えた。よく見ると、それは種々雑多の魔物たちが行軍しているものだ。
「我放つは――ビッグ・バン=I」
 四つの火炎球が混ざり合い一つの巨大球となり、それが打ち出され、魔物の大群の中央に落ちた。
 そして、強大で巨大な、極大破滅爆呪文と呼ばれる魔法が発動した。

「全部、ぶっ飛ばした……のか?」
 少々疲れた顔でエンが聞いた。前方には巨大な穴があるが、もう少し至近距離で爆発していたらエンたちも危なかっただろう。
「ビッグ・バンの範囲内にいた者たちなら、全滅じゃろうな」
 裏を返せば範囲外の魔物は生きているということだ。
 それを証明するかのように、違う大群が押し寄せてきた。
「またビッグ・バンで……」
 魔力を集中させようとしたエンを、ファイマが遮る。
「もう遅い。この距離では、詠唱を唱え終わる頃には、ワシらも範囲内じゃよ」
「それによ、ビッグ・バンってかなり魔法力を消耗すんだろ? こうなったら接近戦用に備えときな」
 こつん、とエンのシルバーメイルをミレドが安心させるように叩いて見せた。
「へぇ、お前でもオレの心配してくれんだな」
「うるせぇよ」
 ぷいとそっぽを向くミレドに苦笑しながらエンは火龍の斧を握った。
「勝機って、あるのでしょうか?」
 エードが青ざめながら聞いた。本来、事情もあまり知っていないこの男。平凡な者がいきなり魔王の居城が在る島へ来たのだ。一般的精神では堪えられないだろうが、一応戦おうとしている当たり、ルイナに良い所を見せたい一心なのかもしれない。
「さぁてのぉ?」
 落ち着いた、というか、とぼけた口調でファイマが答えた。実際、勝てる気がしなかった。魔物一体相手にかなり時間を浪費したのだ。これだけの数となると、勝てる見込みはなしである。
「(『力』を、使うべきか?)」
 ファイマは迷っていた。自分に秘められている『力』を使えば、この場は切り抜けられるだろう。しかし、それはあまりにも危険なことだった。
「(迷っていては、仲間を失うだけやもしれぬのぉ……)」
 自分で、冷や汗をかいているのが分かった。『過去』を少し思い出し、さらには力への恐怖のためだ。
「(ワシは……ワシは、どうすればいいのじゃ? ルミィ……)」
 一人の女性に、心の中で問い掛けた。一瞬、失った人の影が思い浮かび、それが真紅に染まり、血を流しつつコチラを見つめるルミィの顔が浮かび真っ暗になった。だが、最後に師の言葉が思い出される。
『頼む』、と。
 軽い口調ではあったが、あの時の会話は全て記憶していた。
「……迷っている場合では、なさそうじゃな」
 ぼそりと呟いたころには、魔物の大群はこちらが仕掛けるには遠すぎる間合いから散開し、周りを取り囲んでいた。そして、じわじわと近づいてくる。
「どうする? 囲まれたぜ」
 いつのまにか後ろにも魔物たちが襲来しており、エンたちを中心に魔物のなんとも多いこと。船に残っていた船乗りたちは、もう手遅れだろう。
 範囲の広い大きな魔法を使ったとしても、効率良く倒せるとは思えない。さらには、接近戦になるならば一人で何十体と一度に戦うことになってしまう。
「ワシが、なんとかしてみよう」
 全員が背を向け合っている中、ファイマが一人歩きだした。真横にいたエンとエードは驚き、正反対を向いていたミレドはその言葉だけで驚いた。
「(『アレ』を使う気か!?)」
 盗賊ギルドで、自分達のパーティーのことは完全に調べ尽くしていた。その中で、エンたち二人が異世界人ということにも驚いたが、ファイマの事情について、さらに驚いたことがあった。彼の持つそれは、その『力』は、禁断の力なのだから……。

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