-44章-
孤島で彼らは談笑中




 ファイマを旅の一行へと加え、エンたちのパーティはかなり賑やかになった。
 エン、ルイナ、エード、ミレド、ファイマ。
 この五人はウィードを出た後、東へと進む。気になる噂をファイマが聞いていたからだ。
 駅馬車で東へと進む中、道中魔物に襲われることもあったが、ファイマを加えた事はかなり戦力になっていた。
 そして、ウィードを出て馬車に揺られること数日、エンたちは港町へと到着したのだった。
「ようこそコナンベリーへ……か」
 町の入り口に堂々と掲げられている看板を見上げてエンが呟く。森育ちの彼にとって、海というのは違和感があるのだ。質素な村と、賑わいの港町という点ですでに差がある。
「ところで、ここが『気になる噂』の出所なのか?」
 ファイマは頷き、ミレドはふと思い出したように言った。
「もしかして、賢者の島のことか」
「うむ、この町からは、その賢者の島という場所に渡れる船があるらしくてな」
 そう言うと、ファイマは迷わず港へと向かった。

 客誘いの声が飛び交い、珍しい商品にはふと目が行ってしまう。港町だけあって、他国からの輸入品が豊富なのだろう。
 だがファイマはそのような物には興味なしというように歩き続けた。
「で、噂ってなんだ?」
「賢者の島なんじゃがな、妙な噂が流れておる」
「妙な噂ですか?」
 エードが聞いて、ファイマではなくミレドが答えた。
「それなら俺様も知ってるぜ。『戻ってきた連中』と、『戻ってこなかった連中』のことだろ?」
「うむ、そうじゃ」
 素気なく答えて、足を止める。停船所に着いたのだ。ついでに、その噂の詳細を話し始めた。
「『賢者の島』に渡りたがる者は多くおる。しかし、賢者の島に渡って、半分が無事生還し、半分は帰らぬ人となった。そして、賢者の島から帰ってきたものに、賢者に会えたかどうかを聞くと、会えたとは答えるのじゃが……詳細は一切話そうとせぬのじゃ」
 ふと気がつくと、ミレドとエードがいなかった。単に船の手続きをしに行っただけだが。
「もしかしたら、帰ってこぬ者達と関連があるかもしれぬし、賢者に会えたなら会えたで、なにか助言でも貰えるかもしれぬしな」
 ファイマの説明を聞いて、エンは納得するふりをした。ふりだけで、まだ分かっていないのだが、肝心なところは理解したつもりでいる。ルイナは解っている様子だ。そして、同じような説明をエードはミレドから聞き、納得していた。

 エン達は数時間後に船に乗り込み、賢者の島へと出航した。
 乗組員はエンたち五人と、船乗りが四,五人。賢者の島への交通機関はまだ生きてはいるが、帰ることができなくなる可能性があるのだから、無理に人員を増やしたくないのだろう。
「さて、ワシらは会えるか帰れなくなるか、どちらになるのだろうかのぉ?」
 ぽつりと、不吉な言葉をファイマが漏らした。
「なに、他の皆も新しい『職』を授かってんだ。大丈夫だろ」
 エンが自信満々に答える。
 彼らは船に乗る前にコナンベリーのダーマ店に寄っていた。ウィード城からコナンベリーまでの道中、魔物に襲われることも多くあったために、エンやファイマ、そしてミレドを除く二人は今の『職』を極めていた。
 『職』は、経験職とその者自身の素質によりさらなる高みを極めることが出来る。
 ルイナは水魔道士と、素質から得た清聖賢者。普通の賢者を上回る力を秘めているそうだ。
 エードは今までの『職』と素質から聖騎士。昔からこれになるのが夢らしく、かなり感激していた。
 ファイマとミレドは変えなかったのは、ミレドはギルドの戒律として変えることが出来ないのと、ファイマは謎のままだった。魔法戦士と名乗っていたが、『魔界剣士』という異名のほうも気になっている。結局、彼は何を聞いても自分の職について語ってくれなかったが……。


 所変わって賢者の島。
 無事生還した者が、賢者の詳細を語りたくない理由は賢者そのものにある。
 島に住んでいる賢者は、かなり老齢だろうと思われるが、その反対だから驚きだ。そして島にある一件の家に、一人の若者が訪ねてきた。
「やぁ、久しぶり」
 蒼い鎧を外し、兜――といってもサークレットに近いが――も外す。剣は持っていない、召還することができるので、持つ必要がないのだ。
「あらホントに久しぶりね。元気してた? 風邪してた? 旅を続けてるってことはやっぱ元気〜? ここまで来るということは元気なんでしょ。うん、それはいいことだわ。もし病気なのにわざわざここまで来たらただのバカよバカ。でもそれほどあたしのところに来たがるってことは、あたしの美しさのせい? ああ、美しいって罪ね!」
 早口でペラペラ喋るこの娘は、まだ少女と呼んでいいほどの年齢だった。
「ん……まあ、なんだ……これ、お土産」
 道具袋から、一つの瓶を取り出す。青白く発光し、中には草のようなものが浸っている液体が見える。
「え? なに? もしかしてプロポーズのプレゼント?」
「ち、違うよ!」
 少女の方が顔を輝かせながら瓶を受け取りながら言った言葉に、若者は慌てて弁解する。
「分かってるわよ。やっぱロベルんをからかうとおもしろいわ」
「いくら暇だからって、僕をおもちゃにしないでくれないか、リリナ? それと『ん』付けするのもやめてくれ」
 二人は、笑いながらかつての仲間の再会を楽しんでいた。勇者ロベルと、大賢者リリナだ。彼女は賢明な賢者では一応あるのだが、そのハチャメチャな性格さゆえに誰も彼女のことを語ろうとしなかったのだ。
「ところで、もしかしてまだアレやってるのかい?」
「ええもちろんよ。あったりまえでしょ? だっておもしろいんだも〜ん」
 ロベルが聞いたアレとは、賢者の島を訪れた人達に『からかい』をかけることだ。そのせいで期待は打ち砕かれ、精神的にトラウマとなるので、戻った人達はリリナのことを話そうとはしなくなってしまう。
「ねぇねぇ! 今日は泊まってく? 夜はとても楽しくさせてア・ゲ・ル・か・ら」
「……またメラゾーマのシャワーとかしてこないだろうね?」
 ロベルが少し考え、警戒しながら聞いた。以前旅の途中に、ちょっとした『ゲーム』をしたとき、それは酷いことになったものだ。
「あら、そんなことはしないわよ。やるならやるでイオナズンの嵐でも……」
 それを聞いたから、というわけではないが、ロベルは断った。
「やっぱり遠慮させてもらうよ。それに、今日はお土産を持ってきただけだしね」
「む〜〜〜! これって、エルフの秘蔵薬でしょ? 一本だけ?」
 先ほど貰った瓶を眺めながらリリナがねだる。
「『一本だけ?』って……それがどれだけ貴重な物か知ってるだろ?」
「え〜、なによケチ! 生涯をアナタのためできに尽くしてきたのに!!」
「生涯をって……。まだ生きてるし、それに……本当に生涯を尽くしてくれたのは彼らだ」
 拳を握って、ロベルは少し震えていた。
「……ブーキーの死は見届けた。けど、ディングは…………」
「ま、ディングは『剣士の誇り』とか言って、死んだ姿を誰にも見られたくないじゃない? 例えば、『トーロルの森』にでも行ってんじゃないの〜?」
「……そうか。残念だな、別れの言葉もお互いに言えないなんてさ」
 沈みかけていたロベルを、リリナがいきなり叩いた。完全な不意打ちだったので、ロベルはその場に倒れかけてしまった。
「いったぁ〜……何するんだよ?」
「あのねぇ、もう少しは明るくしてくんない!? あたしは暗いことと虫とニンジンとピーマンと豆腐とレーズンが大嫌いなの!!」
「嫌いなもの、増えてないかい……?」
 ロベルは苦笑しながら、また鎧を着けなおし始めた。
「って、もう行くの? も少ししたらエン達が来るころよ?」
「いや、僕はあの島を調べに行く。ところで、エンはどうだった?」
 兜――サークレットに近い――をかぶり直し、ロベルは外套をつける。
「んっとね、やっぱりあの魔力は尋常じゃないわ。大半はあたしが封印したけど、それでもビッグ・バンを操れるほどの力よ」
「……そうか。ありがとう」
 そう言って、ロベルは外へ出た。そして、目的地へと向かう。
 かつて魔王と激戦と演じた島。
 魔王の居城があった島。
 もし、魔王が復活しているとしたら、一番いる可能性が高い島。
 悪夢の島、混沌の島、闇よりも暗き島、死の島、他にも多くの肩書きがある島。
 その名は、闇の死島――『ダークデス島』と一般的に呼ばれている(しかし正式名称はトモ島)。
 ロベルは、単身でこの島へと向かった。


 吉と出るか、凶と出るか……。いや、どちらが吉で、どちらが凶なのかも分からない。
「これって、やっぱ『戻れない組』の方に行ってんのかな、オレたち……?」
 エンがファイマに聞いた。
「そうじゃろうな」
 ファイマは落ち着いてコーヒーを飲みながら、前方の青と銀の渦を見つめた。間違いなく、旅の扉だ。
「コレって、どこいくんだろうな?」
 やがて渦は船全体を包むほどの大渦となり、そして船自体を引き込む。
「さあてのぉ」
 残りのコーヒーを飲みほし、やはり冷静に――というか他人事の如く相槌を打った。

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