-43章-
客室でヤツは寛ぎ中




 ウィード城から帰還して二日後、まだエンたちはシルフの町にいた。
 盗賊ギルドからの仕事が成功し大金が入ったが、今後の予定となるとまだ決まっていないのだ。
「とにかく、明日また盗賊ギルドに行ってみる。なんか情報が入ってるかもしれねぇしな」
 ミレドが言うには、この町の近くに盗賊ギルド本部と連絡の取れる場所があるらしい。そこで前回の仕事の内容も聞いていたのだ。
 だが、行動予定は明日になるまで待つ必要はなかった。
 エンたちが夕食を取っているころ、食堂に一人の男が入ってきた。格好はミレドに似ている――というか、向こうが似せているような感じであった。
「あ! アニキ!!」
 ミレドをアニキ呼ばわりするこの者は、まだ無邪気な子供だ。
「ダーキじゃねぇか。どした?」
 盗賊ギルドの弟分だろうか。ダーキと呼ばれた盗賊少年は笑いながら手紙を差し出した。
「コレ届けてくれって言われたから」
 ミレドと同じような格好をして無邪気に笑う姿は少し微笑ましく、少し吹き出しそうになった。
「え〜と……」
 ミレドは素早く手紙に目を通すと、その場で手紙を破り、さらには燃やしてしまった。
 別にその手紙に怒ったわけではない。盗賊ギルドの習慣なのだ。指令などが書いてある紙を他人に見せないため、その場で処分するということが当たり前で、その当たり前を知らないエンは相当驚いた。
「ウィード城へ行く。お前らも来……来て下さい」
 ルイナのことを気にしていちいち言い直したのだろう。少し冷や汗をかいているのが分かった。
「ウィード城? なんでまた」
 その質問には答えず、いいから黙ってついて来いと言いたげに食堂を出た。今は夏で、まだ外は暗いとは言えないが、もうすぐ完全な夜になる。
 そんなことおかまいなしにミレドは進んだ。エンとルイナとエードもそれを追った。
 ちなみにダーキはついてきていない。出番は一回だけになってしまうのだろうかと心配しながら、彼らを見送っていた。
 
 シルフを出て、北上――正確に言えば北東だが――することはや三日、エンたちはまたもやデスバリアストームの前へとやってきた。
「相変わらず、すげぇ嵐だな」
 目を開けるのさえ辛く、それでも今回は保存食を飛ばされないようにエンはしっかりと掴んでいる。
「で、今回はいつ入るんだ?」
 前回はウィード城の姫が城外に用事があるとかでデスバリアストームが消えたが、今回そのような情報は入ってはいない。
「運任せ」
 その場に腰を下ろし、一言。
「なんだよそれ」
 情報がないのなら、消えるのを待つだけだ。
「ならば、今日の運勢は良いらしいな」
 エードが腕組をしたまま、デスバリアストームのある方を向いている。だがその先には既に大嵐は消えていた。
「やべっ! 走るぞ……ってまたいねぇ?!」
 座り込んでいたミレドと違い、エンたちは動いていたのだ。
 またしてもミレドのみが取り残されることになったようだ。
 そして、以前と同じセリフを叫ぶのであった。
「待てよ! いや待たなくても良いから俺様を置いていくなぁ!」


 以前とは違い、町に入るとそのまま城へ直行した。
「大丈夫なのかよ?」
 エンは不安でしょうがなかった。なにせ、兵たちに顔を見られている可能性が大きいからだ。
「大丈夫だろ」
 城門まで来ると、兵士たちはありきたりなセリフである『何者だ?』は言わなかった。
「エン様、ルイナ様、ポピュニュルペ=コリエード様、ミレド様ですね」
 そう言うと、兵士は門を開けエンたちを中へと促した。エードは本名を言われて動揺して顔を赤らめているが、エンとミレドは思わず笑い出してしまいそうだった。まぁルイナはいつも通りということで。

 謁見の間にはいかず、とある部屋に連れて行かされた。そしてその扉の前で兵士はどこかへ行ってしまう。後は自分たちでどうにかしろ、ということだろうか。
 とりあえず、ノックをして部屋に入るに。何故か緊張して扉を開ける。そこに、一人の男が座っていた。
「おおエン。遅かったのお」
 ズコっ。
 エンとエードが同時にこける。
「ファイマ!? お前こんなところで何してんだ?!」
 そこには、コーヒーカップを持った、開けているのか閉じているのか分からないような目をした男――ファイマがいたのだ。
「何をしているように見える?」
「……コーヒー飲んで、寛いでるな……」
「わかっとるじゃないか」
 ファイマはコーヒーカップを口にあてて気楽に言った。
「そうじゃ、なくてだ……オレが聞きたいのはだな、なんで、ウィード城に、お前が、いるんだよぉ?」
 エンは平静を務めようとしたが、一句一句区切っている辺り、かなり動揺しているのがわかった。
「師匠にお主らのことを任されてな。で、ここに来たと聞いて、ウィード王に謁見を頼み、師匠の名を出したらいきなり客人扱いじゃ」
 だったら、ファイマが来てからウィード城に忍び込むほうがよかったのかもしれない。ファイマは城を自由に出歩くことを許可されているらしく、そのまま風神石を返せばよかったのだ。
「ま、なにはともあれ、そろそろ出かけるぞ」
 ファイマ残りのコーヒーを飲み干し、外套をつけた。
「出かけるって……どこ行くんだよ?」
 早々に退室したファイマを追い、エンが聞く。
「手紙に書いておいたじゃろう。仕事じゃよ」
 その言葉を聞いて、エンはミレドを睨んだ。手紙の内容を一つも教えなかったミレドは、知らん顔をしてとぼけている。
 ウィード城を辞して、エンたちが泊まったのとは違う宿屋に足を踏み入れた。中には何人かは見覚えのある者たちがいる。
「あ、エンさん!」
 これまた聞き覚えのある声だ。嫌な予感がしながらも、エンは声の主がいる方向へと顔を向けた。
「て、テルスぅ!?」
 そこには、指には種類雑多な指輪をはめ、服はなんだか派手で、やや太り気味の中年男性が立っていた。見覚えがあるはずである。
 メルメル=メーテルス。主人公を劇の経験が無い冒険者に依頼するのが方針というわけのわからんメーテル劇団の団長だ。
「し、仕事ってまさか……?」
 エンが恐る恐るファイマに聞いた。
「ウム。かの有名なメーテル劇団からの依頼じゃ。それにしても、テルス殿とエンが知り合いじゃったとはのぉ」
 ファイマはあっさりと肯定した。
「(い、いい、いやだーーーーーーーーーー!!!)」
 かつてのトラウマが蘇ったか、エンは心の中で絶叫した。当然、それでどうなるわけではない。

 内容はこうだった。
 主人公は五人。ウィード城から盗み出された風神石を、誰にもばれずに返すこと。主人公の一人である盗賊が単身で城内に進入し、後の四人は見張りだ。
 だが、盗賊が侵入して間もなく見つかってしまう。なんやかんやと時間を稼ぐうちに、盗賊が戻ってきた。風神石を返すことに成功したのだ。
 しかし行きはよいよい帰りは怖いとでも言うのか、転移呪文のルーラは発動しない。ところが、主人公の一人である魔道師が旅の泉の水を振りまくことにより、彼らは無事ウィード城を脱出した。

「……テルス、これって本当にお前が考えたのか?」
「ええそうですよ。このストーリーを考えるのに、三日三晩、食事も睡眠も取らずに時間を費やしましたからね」
 偶然とは恐ろしいもので、エンたちが必死にやらかしたことを、テルスが考えていたのだ。
 だが、これを演じることで、あの夜のことは劇の話だということに落ち着くかもしれない。つまりは、後始末というわけだ。

 その後、エンたちはしっかりとそれぞれの役をこなした。エードは妙に張り切り、やはりエンは台本を覚えることができず、またルイナの覚L(覚・EL『おぼえ・える』と名前が変わっていたが……)という調合薬に頼ることにした。
 劇は見事に成功し、やがてウィード城での侵入もなかったことになるだろう。
ふと気付くと、夏も終わり、秋になろうとしていた。

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