-42章-
暗闇で彼女は後悔中




 周りを囲む兵士の一人がお約束の質問。
「何者だっ!」
「くせ者だっ!」
 とりあえずエンが本当のことを答える。堂々と答えられて、逆に兵士たちはどうリアクションを取ればいいか迷っているようだ。魚屋だと答えていればどうなったか興味はあるが、さすがに言いなおすことなどできないし、あえてやったとしてもいらぬ誤解を招きそうだ。

「あ、怪しい奴め、神妙に」
「『ハッタリ』のフレアード・スラッシュ!」
 やっと我に返った兵士の言葉を最後まで聞かず、エンが火龍の斧を召還、ついでにF・Sを放つ。
 火龍の斧から炎が飛び出し、兵士たちに巻きついた。当然みなさん驚いていますなぁ。
「今のうちだ」
 ぎゃーぎゃー言っている兵士たちを無視して兵士がいないだろう方向へ逃げる。
「兵たちを傷つけて大丈夫なのか?」
 エードが不安そうに聞く。それもそうだ、兵士を傷つけたとなっては問答無用で罪を背負うことになる。
「心配ねぇだろうよ。あの技はただの時間稼ぎだ」
 エンが放った『ハッタリ』のF・S。この技、幻覚的炎が発生し、相手に纏わりつくものだ。炎には熱はあるが、例えるなら少し熱めの風呂程度の温度ほどしかない。それでも、誰だって火が自分の身体に巻き付けば――少しでも熱を持っていようならさらに――混乱に陥る。
 今ごろ慌てて消そうとしているだろうが、タネさえわかればその炎を纏ったまま追いかけてくるだろう。
 追いかけてくるだろう、とまで思ったらやはり追いかけてきた。そうとう怒っているな。
「また来たぞ」
「今度はこれで……『幻覚』のフレアード・スラッシュ!」
 先ほどと同様、火龍の斧から炎が渦を巻きながら溢れ出した。しかし今度は兵士たちに向かわず、その場で形を造っていく。
「!!」
 兵士たちは見た。今自分らが追いかけている怪しい奴ら(自称曲者)が、数人増えているのだ。しかも同じ格好をしている。
「マヌーサと同じ原理なんだけど、なんとかなるだろ」
 幻覚の炎はエンたちの姿となっているが、それぞれに少し意思力がある。だから、彼らはその場に合った行動をしてくれる。―――はずである。
 なにせこの技は初めて使うのだ。ほとんどが初めて使うだろ、というツッコミはなしにしてほしい。
「時間稼ぎに、なるのか?」
「さぁ?」
 とりあえず『エンたち』は各々の武器を構えて兵士たちを威嚇している。それだけでも効果があるようで、兵士達も武器を構えたまま必要以上に近寄ってこない。
 そろそろ攻められそうになった時、長い――といっても数分だが――沈黙を打ち破るようにミレドが兵士たちの上を飛び越えて現れた。

「おせぇよ!」
「みたいだな。帰るぞ」
「どうやって?」
 エンの質問を無視してミレドがキメラの翼を召還する。
「えぇっ!?」
「な、何を驚いてんだ?」
 驚いたことに、逆にミレドが驚いた。無理も無い。ミレドは普通に武器を召還するときと同様に、普通の道具を召還してみせたのだ。
「ああそうか、テメェは知らなかったんだな。盗賊ギルド直伝の技でな、こういった道具も召還できるんだ。便利だろ?」
 ぱっと説明を終えたミレドは、キメラの翼を上へ放り投げる。
 だが、使用者の行きたいところへと飛ばしてくれる翼のその効果は発揮しなかった。翼は光り輝いただけで、そのまま ポテ と、しょうもない音を立てて地面に落ちた。
「な、なんで? ……そうかしまった」
「どうした?」
 ミレドは素早く事を理解した。
 キメラの翼に封じ込められている呪文、移転呪文のルーラは風の精霊力で成り立っている。そしてウィード城では風の精霊の力が強く働いている。風の精霊本体が眠る地としても言われている場所だ。
 ならば、風の精霊力を持った魔法はより強力に発揮できるのでは? とも思えるが、精霊力が強い分、術者の力の『一つ』に強く反応するのだ。
 そのため、最も風の精霊力の扱いに長けたものが近くにいるとしたら、その者が風の精霊を『完全支配』することができる。
 つまり、風の精霊魔法に長けている者が入れば、風の精霊力は『全て』その者が所有することになる。その場で風の属性力に長けていない者――この場合はミレド――が風の魔法を使ったとしても、精霊は誰一人応えてくれないのだから効果も現れるはずがない。

「どうやら、城内に風の精霊力を操る奴がいて、そいつがルーラを使用不可能にしてるみたいだな」
 ミレドが舌打ちして他の方法を考える。
 身軽な彼一人なら、いきなり跳躍して城外へ飛び出すということもできるが、契約を交わしている以上、主であるルイナとその愉快で奇怪なおまけたちを放っておくことはできない。
「…………風の精霊力を、使わないルーラ、ならいいんです、よね?」
 妙なところで区切りならがらルイナが聞く。
「そんなもんあったらっすけどね」
 一応ルイナが主のため、それなりに口調でミレドが言った。
 そして、何を思ったのか、ルイナが水龍の鞭を召還する。ルイナの技量なら、その鞭で全ての兵を一瞬で水の鞭で縛ることも可能だが、そのようなことはせず、水龍の鞭から放出した水でエンたちを包んだ。
「!?」
 その水が渦巻き、消える。
 渦と同様に、エンたちの姿も消えていた。ついでに、エンの幻像たちも。


「あ、あれ?」
 エンたちがいるのは、シルフの町の酒場の前だ。
「そうか、『旅の泉』の水を」
 ミレドが感心しながら納得する。空間転移を可能とする通称『旅の扉』、本来これは旅の泉と呼ばれるものなのだ。ルイナはその性質の『水』を出し、空間を転移したのだ。
「ま、なんとかなったからいいか」
 その夜、エンたちは仕事の完了を祝って、ちいさな祝宴を開いた。


 未だ侵入者が消えたことに理解できない兵士たちの後ろで、一人の小さな子供が悔しがる。
「あ〜もう! 逃げられちゃったじゃない」
「そうですなぁ」
 それに応えたのは、その子供と比べれば三,四倍はありそうな大きな者だ。
「せっかく追い詰めたのに」
「結局、あの者たちは何しに来たんでしょうな?」
「私が知るわけないじゃん」
 ムスっとした顔でこんどは子供が応える。闇でわかりにくかったが、子供のほうは女で、大きいほうは男のようだ。
 少女の方は、まだ幼い少年のような顔立ちをしているが、年の割には胸は大きく、髪は翠色をしている。両手には髪と同じ色をした手甲をつけ、そこからは凛々しい爪が伸びていた。
 大男のほうは、ごってりとした鎧に身を包み、目は大地を思わせる茶色の髪で見えないほどぼさぼさだ。手には力強そうな槍を持っていた。

 後に、伝説になる者達の片割れである。

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