-42章-
城で調合薬は爆発中




 ひっそりと城に近づく影は四つ。エン、ルイナ、エード、ミレドのものだ。
 ウィード城は全体的に白く、昼間に見ると薄緑がかかっている。風の象徴たる色の緑を表しているとからしい。エンは城という物を見たことがなかったが、一目でこの城が立派な物かが分かる気がした。
 貴族であるエードも、ウィード城は立派な城だと言っていた。大きく風格があり、それでいて爽やかな印象を与えてくれるこの城に今から忍び込むのは、なんだか気が引ける。
「星空、か」
 ふと上を見ると、元いた世界よりは劣る(と思う)が、かなり綺麗な星空だった。静かな闇に包まれているウィード城も、また昼間の時とは別の美しさを見せていた。
 ところで、大きな竜巻、さらには真上にも嵐があるという奇妙な大嵐のデスバリアストームが城を囲んでいるはずだが、外から見るのと中から見るのは、あまりにも違いがありすぎる。風が吹いているのが見えないし、音も無い。あんなに激しく吹いていた嵐は、中から見るとなんの変哲もない大地が見えるだけだ。
 エンたちが待機していただろう場所も確認できる。
 何故? と聞けば、詳しい答えが返ってきた。だが、エンがその説明に追いつけるわけがない。とりあえずエンでも納得できた部分だけで説明しておこう。
 『風の精霊の力だ』。
 よし、大丈夫だな。今現在は精霊について詳しく語る必要がないので後に回すとしよう。

 城の中に忍び込み、まずミレドが宝物庫へ向かう。完全な隠密行動は本職である彼のみに任せることにした。他の者は足手まといになるからだ。
 そしてエン、ルイナ、エードは『見張り』と『囮』の役だった。前者は見つからずにミレドが戻ってくる場合、後者は見つかってしまった場合と、それなりの計画は立てている。れが今回の大体の段取りだ。
「よし、行くぞ」
 ミレドが号令をかける。今回ばかりは彼に従ったほうが利口というものだ。
 外側の木を伝って城壁を登り、すぐに降りる。
 中々の高さだったが、村での遊びが役に立ってか木登りに長けているエンとルイナ、盗賊のミレドは、軽々と城内部の木から下りた。問題はエードだった。彼は重装備であり、さらには木登りに対する運動神経もエン以下ときている。最近役立たずだ。
「く、りゃっ、とぉ、はっ、やっ!」
 少量音で気合声を上げつつなんとか木を利用して降りる。今更だが、エードの姿はやはり目立つ。
 特注のプラチナメイルは夜闇でも輝き、エードの頭髪は金色だ。赤髪で紅メッキのシルバーメイルを着ているエンと、青髪で緑色の身かわしの服を着ているルイナ、黒髪で忍の服を着ているミレドとを比べると、一番目立つのはやはりエードであった。
 こんなところに着替えなど持っていないし、持っていたとしてもこんな場所と状況でわざわざ着替えるなど、エン以下のバカだ(かなり酷いということだ)。
「じゃ、俺様はコレを返してくるぜ」
 ミレドがただの石ころを見せる。間違えても分からないほどの、何の変哲もない石ころだった。むしろ、間違えた奴のことが納得できる来もする。しかし、それこそがウィード城の秘宝『風神石』である。

 ミレドが闇に溶けるように消えて、数分。いきなり大きな声がエンたちのいる場所の近くで響いた。
「敵襲ぅぅぅーーーーーー!!!!」
 エンは驚いた。いきなり見つかったことにも驚いたが、違う場所で驚いたのだ。
「(『敵襲』って……襲ってないだろ?)」
 何者だ? と普通聞くはずだが、月並みの質問をいとも簡単に言わず、いきなり『敵』と兵士は決めつけたのだ。しかも、どうやら女兵士にでも見つかったのか、その声は男のものではないと思った。
「見つかった!? そんなバカなことがあるか」
「お前のせいじゃねぇの? そんなピカピカの鎧着てるから」
 夜闇の中、エードの鎧は見事に発光していた。遠くからでも確認できるほどに。
「薄汚れた鎧を着ている貴様にそんなことを言われたくない」
 自分が悪いわけだが、とりあえず反論という低程度にエードが言う。
「薄汚れ……って、これファイマが作ったやつだぞ?」
「最初は綺麗だったさ。お前が着たから汚れたのだ」
「なんだとぉ!!」
「……………………兵、来ますよ」
 昼間のミレド対エンの言い合いのように、エード対エンの言い合いになる前にルイナが本題に戻す。
「わかってるよ。ルイナ、アレだ!」
 アレとは何か? など聞かず、ルイナは鞄から一つの瓶を取り出す。中には暗闇でも分かるほどの白い粉が入っている。
「爆音薬、『BIGN(ビッグン)』……」
 薬品名など気にせず、それを掴みエンがなるべく遠くへ、もちろん城壁に沿って投げる。

 バコッグヒャビビグルキョキョカカカジュァツポニュァァッゴブハァグフッボズガァァァっっ!

 こんな爆音が向こうで聞こえた。爆音、といえるような音ではなく、表現できない音である。とにかく変な音だ。変で派手で、なにがこんな音を出しているのか興味が沸くほどである。

「……む、向こうだ!」
 兵が口々にそう言い、BIGNを投げた辺りへと走って行く。その間にエンたちはちょうど草むらの茂みに隠れている。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
 しばらく無音が続いた。
「もう出ていいんじゃねぇか?」
「いや、静かすぎる気もするが……」
「ルイナはどう思う?」
 こういう場合、ルイナに聞いたほうが明確な答えが返ってくるし、なにより信頼できる。だが、ルイナは別に困ったような顔もせず、ましてや余裕を見せるような顔もせず、一言で言うなら無表情で言った(いつものことだが)。
「囲まれて、いますね」
「そうか、囲まれ……って、なに!?」
 さらりと言ったので危うくエンは聞き逃すところだった。そっと茂みから顔を出すと、いつのまにか周りには兵、兵、兵、兵(ヘェ〜ではない)! 見渡す限り兵!
「出てきたな!」
 当然のことながらすぐに見つかる。これだけいれば当然か。
「ど、どうする?」
 エードが慌てて聞く。
「どうするって言われても……」
「(どうすりゃいいんだよ?)」

 一方こちらはミレド。
 兵士の一人を気絶させ、そいつから兵士服と装備をちゃっかり頂き。おかげで堂々と城を行動できる。
 バコッグヒャビビグルキョキョカカカジュァツポニュァァッゴブハァグフッボズガァァァ
 遠くでそんな音が聞こえてきた。
「あいつら、見つかったのか?」
 そうとしか思えない。見つかった場合はとにかく自分のいる場所から、なるべく遠くの場所で大きな音を立てるということになっていた。
「ちっ、急ぐか……」
 他の兵士はエンたちを追っているのか、全く会わなかった。何かの罠だろうか、それとも本当にエンを追っているのか。どちらかは分からないが、考えている内にミレドは宝物庫へと辿りついていた。

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