-40章-
食堂の二人は喧嘩中




 デスバリアストーム。
 百聞は一見に勝てずとでもいうのだろうか。少し違うが。
「ほんとうに、あんなの止むのかよ?」
 エンがバタバタと五月蝿くなびくマントを押さえながら大嵐を見る。
 その大嵐はあまりにも強大で巨大だった。凄まじいという言葉でさえ見劣りする。例えビッグ・バンを放ったとしても勝てる気はしない。それほどの風なのだ。遠くに離れていても、この風であり、その威力が肉眼に見えるほどだ。
「あと少しだ。情報によると、ウィード城のお姫様がお忍びでどっか行くらしいぜ」
 ミレドの言葉通りに、たった少しの間であれほどの風がピタリと止んだ。
「風が止むのは五分程度だ。走るぞ……っておい!」
 なんでまたそんなに短い時間かな。そんな文句などは言わずに、ついでにミレドの言葉すら聞いていないエンは既に走り去っていた。
「待てよ! いや待たなくても良いから俺様を置いていくなぁ!」
 結果的には待たなくてもいいのだろうか? そんな疑問を誰も口にしなかった。ミレドを残し、既にルイナとエードの二人はエンの後を追っていたのだ。その先頭を走るエンはただ一つ思っていたことがあった。ウィード城下町に入ったら、必ずしようとすること。
「(メシだぁぁぁー!!)」
 デスバリアストームに近づいた時、いきなり持っていた保存食が突風で全て吹き飛ばされたのだ。ウィード近辺に来るまでに大した食事というものをしていなかったため、悔しさは数倍であった。水も一緒に飛ばされたが、幸いルイナの水龍の鞭は飲み水も放出でき、乾きは凌いだ。
 それでも飢えに耐え切れるわけがない。だから、ウィード城下町へ入れたとき、まず最初に食堂へと駆け込んだのだ。

「まだ食うのかよ……」
 ミレドが呆れて言う。エードなど見ているだけで胃が変になりそうだとまでも言っている。
「あったりまえだ。あ、おっちゃーん! ソレッタエビの天空焼き二人前追加だー!」
 しばらくしてからやや大きめのエビ焼きが二皿運ばれてくる。
 エンたちの席には多くの皿が積まれている。皿を戻す前に増えていくのだ。一枚戻したなら二枚積み重なるような気がするのは気のせいではないかもしれない。
「そろそろ仕事の話をしたいんだが……」
「次はフレノール風Bセット三人前ねー!」
 ミレドの提案をあっさりと否定するようにエンが追加注文。
「いい加減にしろ」
「ほうはいふへほよぉ!」
「……食うか喋るかどっちかにしろ」
 ミレドが今にも斬りかかりそうな声で言った言葉に、エンが一瞬だけ沈黙。
「…………」
 そして食べることに専念する。
「もういい。食うのやめて喋ろ」
 その言葉でやっとエンが食事の手を休めた。そう、休めただけで止めたわけではないのだ。
「そうは言うけどよぉ。好きなだけ食って良いって言ったのはミレドじゃねぇか」
 最初にここに来たとき、ミレドの負担で食事をすることにしたのだ。それを盾にとり、エンは物の加減を知らぬとばかりの膨大な量を食べ尽くした。さらにはまだ食べる気らしい。
「ここになにしに来たか、わかってんだろうな?」
「メシっ!」
 真顔でエンは即答した。
「なんでそうなるんだ?」
「食堂に、メシ以外の何がある? 酒か?」
 ミレドはウィード城区域のことを言ったのだが、エンはさらに細かいところを示した。既にブチキレ寸前だったミレドが、ついにキレた。
「いい加減にしやがれっ! なんでぇこんなもん!!」
 そう言って、一番美味そうな肉を掴みそれを口の中に入れる。
「あ゛あ゛! それはオレが楽しみにしていたサラン風牛鳥肉!!」
 なんだかしょうもない喧嘩になってきたな、などエードは思いながら紅茶を飲む。ルイナなど、最初から会話に参加もしていなければ、食事も早々に済ませている。
「だいたいテメェんのところの………!」
「よそもんが図に乗るんじゃ………!」
 エンとミレドの喧嘩はいつのまにかエスカレートし、いつのまにかお互い武器を召還している。
「これでも喰らえっ! ベギラマ<@ーー」
「って、おいバカこんなところで魔ほ」
 ズガッァァァァァァァァァァァ―――
 閃光の爆発が起きて、外を歩いていた人々が振り返る。食堂で火事でもあったのか、とでも思ったのだろう。喧嘩で魔法を使ったなど誰も思わないよな、フツー。


 夕焼けが綺麗な今時分。宿屋を取って、その部屋でやっと作戦会議の開始だ。まずはさっきの行いについて。
「なんとか逃げ切れたけどよ。街中でいきなりベギラマなんかをぶっ放すな!」
 ミレドが怒るのも当然である。今回は隠密行動が目的であるのに、事を無理に大きくするのはただのバカとしかいいようがない。いまさらエンをバカ扱いするのは逆にむなしいとも思えるが。
「悪かった。今度からあんなことしねぇよ」
 あそこのメシ、結構美味かったのになぁ、などと思いながら反省。
「しかし、魔法をしっかり制御できていたではないか。リリナさんの修行のおかげか?」
「ん、まぁな」
 リリナから受けた修行には、当然普通の魔法を制御することも含まれていた。今ではしっかりと力の制御ができるのだ。
「とりあえず、早めに済ますため、決行は今夜だ」
 今夜ということはあと数時間である。それまでに夕食をしようということになった。
当然、エンは量を制限された。

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