-39章-
酒場の皆はやられ中




 エンたちはミレドも仲間に加え、とりあえずこの町のダーマ店に寄ることにした。エンは一年も修行を重ねたので炎戦士は極めているはずだ、というこでだ。
「偉大なるダーマの女神よ、この者にさらなる高みへの道を示したまえ」
 エンはやはり炎戦士を極限にまで高めていたので火炎魔戦士に転職。やや俊敏さが欠けるが、攻撃力がかなり上昇している。それだけでなく魔法の力を与えてくれる上級職だ。


「これから、どうするかだよなぁ」
 ミレドと出会った酒場に戻り、これからのことを話し合うことにする。しかし、リリナの言っていた『面白いこと』は恐らく盗賊たちの睨みの歓迎会だと予想されたので、特にすることもなく、エンの問いかけには誰も答えずに沈黙が訪れた。
「……この町の半分は盗賊だ。情報収集ならかなりいいのが入るぜ」
 ミレドは面倒そうに――実際面倒なのだろう――言う。
「じゃあさ、なんか仕事の依頼探してきてくれよ。そろそろ手持ち金が乏しいんだ」
 エンの提案にミレドがまた面倒そうにため息を吐く。
「やって、くれます、ね」
「「やりましょう!」」
 ルイナの言葉に、ミレドはともかくエードも一緒に応える。
「なんだよ、その差は」
 エンが言ったときと違い、ルイナが言ったときはかなり張り切っている。
「俺様が忠誠を誓ったのはルイナ様だけだ」
 正論である。正論ではあるが、『様』付けはどうかと思う。
「私はルイナさんのためなら例え火の中水の中土の中爆撃の中!」
 別に聞いてもいないのエードが張り切って言った。
 しかし本当に爆撃の中も突っ切る自信があるのだろうかと疑問に思い、エンはビッグ・バンでも打ち込んでやろうかなどと考えた。しかしここでそのようなことをしたら自分もろとも吹き飛んでしまうのでさすがに実行はしない。
「ま、とにかく頼むぜ」
 とりあえず、無難なことをミレドに言っておいた。


 という会話があって丸一日。やっと情報を仕入れてきたミレドが戻ってきた。
 場所は前日と違う酒場で彼が指定した場所だ。どうやら他の盗賊仲間には聞かれたくない内容らしい。
「仕事といえば仕事なんだが、とりあえず引き受けてくれ」
 ミレドが困ったような顔で頼む。無茶な話だ。内容も聞いていないのに引き受ける者はいない。
「その前に内容を話せよ」
 エンの言葉に、一瞬呆けたミレドだったが、すぐさま内容をまだ話していないことに気付く。どうやらかなり動転しているらしい。
「盗賊ギルドは知っているな」
「知らん!」
 間髪入れずエンが応える。それもそのはずエン(とルイナ)にはこの世界の常識でもまだ知らないことが多いのだ。
「ったく、異世界から来たってのぁホントなのかよ」
 どうやらどこかで情報を仕入れてきたらしい。エンは知られていることにかなり驚いているが、ルイナは無表情(普通)だ。まぁ事情を知らないエードは目を丸くしているが。

 盗賊ギルド。
 盗賊の盗賊による盗賊のための組織、というのは言い過ぎかもしれないが、あながち嘘ではない。組織制であり、戒律も厳しく、むやみな殺生を禁じている。
 それでも依頼があれば盗みから暗殺、誘拐、情報収集に情報操作、さらには人探しも受けるという冒険者の職業に近いが、立派な盗賊組織だ。
 この組織には簡単に入れるものではなく、普通の冒険者職としての盗賊を選ぶ者が多い。
 そしてこの盗賊集団、実は世界共通公認の組織であるため、盗賊ギルドは一つの国と言っても過言ではない。

「と、まぁこんな感じだ」
「で? それがなんか関係あんのか?」
「もちろんだ。盗賊ギルドからの仕事だ」
 その言葉に、エードがミレドを睨む。最初の怯えはどこえやら。
「公私混同するつもりか?」
「そんなんじゃねぇ。これは立派な『仕事』なんだ」
「……まぁいい。話だけは聞こうではないか」
 エードが勝手に話を促す。別にこの中でリーダーを決めているわけではないが、立場がないぞ主人公よ……。

 ミレドの話はこうだった。
 先ほども説明した通り、盗賊ギルドには簡単に入ることはでず、入門試験というのがあるのだ。
 その入門試験。毎年変わるのだが、今回の『事件』にはその試験の一つが関わっている。
 今回の試験内容は、シルフの町から北上して三日ほどの位置にあるウィード城。そこからあるものを盗むことだった。もちろん、これは盗賊ギルドとウィード城が正式に手を組んでしたことである。宝物庫のある場所に『ただの石ころ』を置き、受験者がそれを盗む。
 端から見ると平和な試験だが、事件が起きた。なんと受験者が間違えて『だたの石ころ』ではく、ウィード城の秘宝『風神石』を間違えて盗み出したのだ。
 このことが広まればあらぬ噂が立つのは当たり前。必ずウィード城と盗賊ギルドの友好関係は悪化するだろう。幸い、まだ盗賊ギルドの一部しかしられておらず、風神石をを元の場所に戻せば「なんとかなるだろう」という結論に落ち着いたのだ。
 ちなみに、ばれていない今ごろ、ウィード城ではただの石ころを崇めているということになる。

「それってさぁ、かなり重役なんじゃねぇか?」
「そうに決まってんだろ。なんたって盗賊ギルドの存命に関わっているといっても過言じゃねぇからな」
 ミレドは一度、グラスの水を飲み干して一息ついて呟いた。
「それによ……」
 しかし言いかけて、はたと止める。それを聞き逃せるほど、この店はうるさくない。
「『それに』? なんだよ」
「いや、その……いろいろとあるんだ」
 困ったように言い淀み、明らかに動揺している。
 あまり人に話せるような内容ではないらしく、ミレドは微妙な雰囲気を変えたいのか、酒場の人間にてきとうな注文を頼んだ。
 ――彼が悩んでいるのは、盗賊ギルド内部でのことだった。
 今回の一件がなくとも、現在のギルドは揺らいでいる。
 それというのも、現在の盗賊ギルド長の座を狙おうとしている輩がいるために内部抗争が勃発しているのだ。個人的な組織力ではなく、明らかに驚異的な数が何かを中心にして動いている。
 しかしその中心が盗賊ギルドの誰かということは明確だが、実際に誰か、というのは解かっていない。なんとか関係者らしき人物を捕らえたとしても、さすがは盗賊ギルドに所属しているだけあって、決して口を割らない。
 本格的にギルドの長の座を狙い、改革が起きたとしたら変わってしまったその長こそが反乱の首謀者であり、今の正統派盗賊ギルドが血眼になって追っている人物なのだろうが、その時がきたら既にギルドの組織は全てが違っているだろう。正統派以外の盗賊のみで構成され、周囲に仲間はいなくなっているはずだ。
 ごちゃごちゃとした問題が蓄積する一方、今回の間の抜けた事件だ。
 どうやら、神はよほど盗賊が嫌いらしい、というのはギルド員の口癖になっている。
 ともかく一通りの話を終えると、未だよく理解してないエンはともかく、その隣に座っているエードが難しい顔で考え込んでいた。
「ウィード城か。しかし、あそこは……」
 エードはなにか心あたりがあるようだ。それに答えるべくミレドが説明する。
「あぁ。デスバリアストームに守られていて、入ることができねぇ」
 また聞きなれない単語にエンは首をかしげる。
「「なんだ、デスバリアストームも知らんのか?」」
 ミレドとエードの言葉が揃う。なんだか普通に言われるより悔しい……。

 デスバリアストーム。
 ウィード城と城下町周囲一帯を包む、大嵐のことである。その嵐の中心にウィード城があり、町がある。この大嵐、かつて魔王ジャルートが健在だったころ(今も健在と言えば健在だが)、魔軍を一切寄せ付けないほどの威力を持つものだった。竜巻を起こす呪文、バギクロスなど比ではない。
 大嵐に不意に近づく者は、その威力により裂かれ、中にいる者には完全なる守りを与えてくれる。それゆえに、死と守りの嵐『デスバリアストーム』と名づけられたのだ。

「それが外との交通用に消えるときを見計らって中に入るってこった」
 ぱっと説明を終えたミレドは置いてある蒸留酒を一気に飲み干す。
「とにかく、なんとかって石を返せばいいんだろ」
 未だに事の大きさを理解しきっていないエンが聞く。とりあえずは仕事を請けるらしい。


 翌日、エンたちはウィード城へと旅立った。それは朝のことで、今はもう真昼である。
 エンたちがついこの間まで使っていた酒場に、一人の若者が入ってくる。エンたちにもそうであったように、真昼から酒盛りをしている盗賊どもが余所者に睨みの歓迎を送った。
「…………」
 入ってきた若者はその睨みの歓迎など気にした様子もない。ただ単にカウンター席へと向かっていく。
 それが気に食わなかったのか、盗賊の一人が叫びながらに襲いかかる。
「何度も余所者にここを荒らされてたまるか!」
 その言葉と行動につられて、まわりにいた者たちも一斉に武器を構えた。
「あの赤髪の野郎にやられた分、テメェが喰らいやがれっ!」
 数々の罵倒の中で若者は、その一言にぴくりと反応した後、剣を召還し周りの盗賊どもが斬りかかるを全て返り討ちにした。
 数分後、ぼろぼろになった盗賊ども一人をつかみ、若者は開けているのか閉じているのか分からないほどの細い目で聞く。
「お主、さきほど赤髪の男が来たと言ったな。……エンはどこじゃ?」
 言葉こそ少ないが、殺気は凄まじい。震えながらその盗賊は見たのだ。
 魔界剣士と群衆から呼ばれるほどの力を持つ、ファイマという人物を。

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