-38章-
地下の二人はテスト中




 シルフの町。
 表裏が激しく、何も知らない者、さらに運の悪い者は明日からの生活に困るだろう。
 その差はたった一つ。盗賊が経営している酒場や宿屋に行くか、一般人が経営している酒場や宿屋に行くぐらいのものである。
 運が悪かったのか、良かったのか。エンたちが入った酒場は前者のほうだったのだ。

「………………」
 入った瞬間に全員で睨みの歓迎。嬉しくないよな、ふつう。
「余所者が」
 誰かが小声で言うのが聞こえた。
 エンとルイナは、世界的に『余所者』なのだが、相手が事情を知っているわけではない。エードも含めて『余所者』呼ばわりしたのだ。
「てめぇはっ!」
 睨みの歓迎会をしてくれている若者たちから、一人が怒りに満ちた声を上げる。どこかで聞いたことあるような声だ。
「誰だ、アンタ?」
 純粋にエンが聞く。
「忘れたなんていわせねぇぞ! ソルディング大会で俺様に勝ちやがった、てめぇだけは許せねぇ!」
 なんとなくではあるが、聞き覚えのある声、見覚えのある顔。ソルディング大会でエンと二回戦であたった、盗賊のミレドである。
「忘れた!」
 何故か自信満々に言い放つエン。
 こけそうになるミレド。
 そもそも、エンはあの時二日酔いで、相手をよく見てもいなければ声もまともに聞いていない。
「ふざけんじゃねぇぇ!!」
 ミレドが両手に一つずつミスリルナイフを召還する。前までは一つしか出していなかったが、どうやら前よりも力量があがっているようだ。
「テメェへの怒り発散するように戦ってたら、いつのまにか盗賊は極めちまってなぁ。今はアサツシン、暗殺者の職に昇格しちまった。この礼は、しっかりとやらせてもらうぜぇ」
 その『礼』の方法よりも、エンは違うところが気になった。
「堂々と殺そうとしているのに暗殺?」
 いらんツッコミを入れるエン。
 怒るミレド。
 盗賊集団に震えているエード。
 無言でただ見ている、ルイナ。
「やっちまえぇぇ!」
 ヤケになったのかミレドが叫ぶと周りの盗賊たちもいっせいに剣を抜いたり召還したり。
 一斉にエンに襲いかかった。

「『全撃』のフレアード・スラッシュ」
 名前の通り、一瞬で全員に攻撃が当たった。
「な、えぁ、おぇ?」
 わけのわからず周りをキョロキョロと見回すミレドだが、なんとコイツだけほとんどダメージがなかった。上級職が与えてくれる力で回避したのか、それとも防御力が高くなっていたのか、まあどっちでもいいが。
 ほかの盗賊どもは呻きながら床で転がっている。
「で?」
 エンが火龍の斧を担ぎながら聞く。
「え、え〜と……。なんでもするので助けてくれ」
 人間、正直が一番である。


 暗い部屋。あるのは蝋燭の火だけで、見える範囲はあまりにも小さい。
 そんな中で男女が一組。
 片方は上半身裸で、おまけにロープで縛られている。
 縛られている方は、暗い部屋では分かりにくいが、かなり青ざめている。これからされることが、嫌でも解かるからだ。
 こういった束縛から抜け出す方法を知っているが、相手もそれを知っているようで、抜け出せないような縛り方をしている。
 どれくらい経っただろう。ただ自分を見られているだけで、相手は何もしてこない。その時間が長いせいか、いつ何をしようというのかという恐怖が込み上げて来る。
 見ていた方が立ち上がる。縛られている方がビクリとする。
 いきなり、ここはどこだろうと縛られている方がふと思う。今は昼にも関わらず暗いので、ここは地下室だろう。そう、地下室だ。自分もよく知っている場所だ。
 そして、なんでこうなったのだろうと思い返してみる。
 自分が悪くないわけではないが、その代償がコレとはあまりにも悲惨だと思う。やぶをつついて蛇を出すと言うのだろうか。
 片方が立ち寄り、縛られている方に何かを飲ませる。
 考え事をしていたせいか、その『何か』はあっさりと飲んでしまった。
「あ、ああぁぁあ、ああ、あああああ!!!」
 縛られている方が絶叫した。

「うん、哀れだ」
 エンが地下室への扉から聞こえてきたミレドの叫び声を聞きながら頷く。
「ケン、いつもこんなことされているのか?」
 隣でエードが聞く。
「ん、まぁな。ていうかオレはエンだ……」
 訂正させるが、実際にエンが実験台にされると、こんなものではなかったが。

 ミレドがなんでもするというが、特にやらせることはなかったのでルイナの実験につきあってもらうということにした。
 約束は調合薬を二つ試す、ということだ。
 ミレドが縛られながら地下室に連れて行かれて、それなりに時間が経っている。恐らく、どの調合薬を試そうかルイナが考えていたのだろう。
 聞こえてくる悲鳴に、「腕が、腕がーーー」と聞こえてきたが、エンは無視することにした。
「(オレなんか体中が……)」
 ふと昔のことを思い出して、思考を中断した。あまり思い出したくない過去だからだ。

「し、死ぬかと思った」
 ミレドが出てきたときは死人のように青ざめていた。
「あれ? ルイナ、一つしか試さなかったのか?」
 約束は二つの調合薬だったはずだが、見ると一つだけ余っている。
「はい」
 ルイナが相変わらず無表情で言う。
「なんで?」
「契約を、したん、です」
 よく変な所で区切るルイナの口調はともかくとして、言葉の中身だけを重要視した。
「契約?」
「ああ。俺様がルイナ様の密偵、つまり御付の盗賊になる代わりに、試すのは一つだけにしてくれって言ったら、なんとか承諾してもらえた」
 ミレドはまだ青ざめている。仕えることになった相手、ルイナに『様』をつけているのは、それほどの恐怖でも体感したのだろうか。
「ま、いいか」
 ついでに何気なく聞いてみる。
「なぁルイナ。何の薬飲ませたんだ?」
「筋力増強剤『byキール・T(バイキール・テクニック)』、です」
 返ってきた答えにエンが苦笑する。それでミレドが「腕がー!」と叫んでいたのだ。結果はどうなっていたのか、知らないし、知りたくもないが。

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