-37章-
そして、さらば!




 アークデーモンを倒した後、これからどうするかということになった。
 龍具を手に入れ、魔王に対抗する魔法、ビッグ・バンを伝授されたからと言って、今から魔王城に殴り込みにいくわけにはいかないだろう。強力な仲間、今でも力が衰えていない『勇者』ロベルの存在が必要不可欠なのだ。
「と言っても、あいつどこにいるんだろうな?」
 世界の勇者をあいつ呼ばわりするエンだが、それでも親しみを持って聞こえるのが不思議だ。
「とりあえず、ここから南のシルフの町に行きなさい。きっとおもしろいことに、な・る・か・ら! ウフフフフ」
 そのおもしろいことというのは客観的におもしろいだけで、当人たちはきっと悲惨な目にあうだろうと、エンは確信できた。あの異空間での一年間で、この少女の性格は嫌というほど思い知らされたからだ。
「ま、他に行く所ないし、ここは寒いしな」
 気軽に考えた思考で目先の目標が決まる。なんとも危険だが、エンの言うことには一理あるので結局南町に行くことにしたのだった。

 ディングもリリナもすでに帰った。
 残っているのは、ここを住まいとしている自分一人と、数人の弟子だけ。
「…………」
 少しずつ、自分から生気がなくなっていくことが嫌でも解る。解りすぎてしまう。
「師匠、呼びましたか?」
 扉が開き、愛弟子のファイマが入ってくる。他にも弟子はいるが、武器仙人の名を受け継ぐべき若者は、目の前の男を置いて他にはないと考えている。しかし、彼の罪と不幸を知っているだけあって、彼はその名を受け取りはしないだろう。
「ああ。ちょっとした事を頼む。エンの手助けをしてやれ」
 自分の言葉に、弟子が顔をしかめるのがわかった。またいつもの気まぐれと思われたのだろう。
「仰せのままに」
 承知したとのことだ。ファイマは頭を下げて部屋を辞する。
「しばらく会えねぇから、寂しくなるのぉ」
 最後にぽつりと言ったのは、しっかりとファイマの耳に届いていた。
 この言葉を若者はどう理解しただろうか。

 また、一人になった。
 いや、部屋にいるのは一人だが、半開きになっている扉の向こうに誰かがいる。気配だけで、お互い見えない相手が誰だかわかる。
「まったく、心配なら一緒について行けばいいというのに」
 外の若者は答えない。
「確かに、あいつは何かがおかしい。人の身では制御できない魔力、そしていきなり『伝説級』の武器を召還できる精神力。そして何よりおかしいのはバーニングアックスだ。アレの宝玉は本来『赤色』。だが、奴のは『朱色』をしていた。火龍の斧にしてもそうだ。赤色にならず、朱色のままだった」
 長い言葉を言い終え、天井を見上げる。
 もう少しで、この天井よりも遥か高みの世界へと行くことになる。
「まぁ、もう儂には関係ない。あとは、任せたぞ。そんで、あばよ…………」
 最後の言葉を言い残し、目を瞑る。そして、それから全く動くことはなかった。
「……すまない。そして、ありがとう」
 外にいた若者は、かつての仲間の死を見届け、謝る。何に対して謝罪しているのか、それとも、それは手向けの言葉だったのだろうか。
 蒼い鎧を纏った、勇者と呼ばれし若者は歩き出した。

「師匠?」
 一通りの旅支度を終え、酒場の外に出た。その時、なぜか呼ばれたような気がしたのだ。
 ちらほらと雪の降り始めた中で振りかえると、そこに在るのは生まれ育った酒場があるのみ。ここで修行を積み、ここで剣と魔法を習った。
 なぜか、育ての親である武器仙人との過去ばかりが思い出される。
「…………」
 ファイマは、酒場に向かって一礼をする。
 元々、目が細いので瞑ったのかいないのかは判別できなかったが、窓越しに見ていた酒場の人間は、自分が旅に出ることを許してくれた武器仙人への感謝への礼をしているようにも、黙祷を捧げているようにも見えたと語っている。


 森の中。
 一度だけ、たった一度だけではあるが、ここに来たことがある。そこは、旅慣れた自分たちでさえ迷う場所だった。
 世界の秘境とも、魔の住処とも、超迷宮とも言われる森だ。
 あの時は、リリナの脱出呪文リレミトで早々に脱出したが、もう少し遅ければこの森に魔力を奪われてしまいそうだったのだ。
「もう少し、だ」
 自分にそう言い聞かせる。バーテルタウン剣士としての誇り、――死に様は誰一人見られたくない――それを守るために、この森にやってきた。
 生物すら住まない『トーロルの森』。
「『剣神』、か。それも、もう少しだな」
 世界の民衆が自分に与えた称号、そして自分に与えられた幻の『職』を呟き、奥へ、奥へと向かっていく。迷い続けるこの森は、例え運がよくても入口に戻ることはない。進めば必ず奥へ行く、ここはそういう場所なのだ。
「まだ、奥、に……」
 その場で、剣神の称号を持つ者は倒れた。その目は、もはや生気が感じられない。
「(もう、だめか)」
 もはや自分の力ではどうにもならない。
 失われていく生気は、森に奪われていく分だけではないと解っている。
 それが、かつて『龍具』を手にした者の末路。
「…………あばよ…………」
 最後の別れの言葉は、勇者と呼ばれし親友へのものか、それとも違う何かへのものか、判断できる人物は、たった今、この世を離れた。

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