-36章-
召還せよ龍具!




「グハハハ! あそこか? 英雄四戦士のうち三人が集まっている酒場というのは!!」
「ガハハハ! あそこだ! 英雄四戦士のうち三人が集まっている酒場というのは!!」
 片方が訊き、片方が相槌を打つ。
 大群の魔物の後ろで笑い声を上げる統率者のアークデーモンが二匹だ。
「グハハハ! いくら英雄四戦士といえど!」
「ガハハハ! この大群には適わなかろう!」
 そして二匹の悪魔は、さらに大きな笑い声を上げた。

 人間に翼や嘴や角生えさせ、肌の色を変えるとこうなるのだろうか。鳥人魔物は大群を成して酒場に一直線に来ている。標的は間違いなくここだろう。
「ガーゴイルだわ。あたしたちにとっちゃ雑魚だけど、結構強いからねぇ〜」
 ほんとに強いのだろうか、と疑ってしまうような口調だったが、エンはそのようなことは気にしていない。
「よし、いくぜ!」
 両手を向けたまま、張り切った声を出す。その声に呼応するかのように、エンの周りに熱気が溢れ出した。魔力が集まり、それが実体化したものだ。ほとんど炎と呼べるものになっている。
「……………」
 エンは両目を閉じ、集中する。溢れ出していた魔力がエンの両手辺りに渦を巻いた。

「グハハハ! おい見ろ相棒!」
「ガハハハ! どうした相棒!」
 二匹のアークデーモンがまた笑い声を上げる。
「グハハハ! あそこで一人つっ立っているぞ!!」
「ガハハハ! これだけの数を一人で相手する気か?」
 片方のアークデーモンが言った疑問の言葉に、二匹は顔を見合わせる。
「ぐ、ぐぐ」
「が、がが」
「グハァッハッハッハッハ!」
「ガハァッハッハッハッハ!」
 そして、笑いを堪えきれずに腹をかかえて笑い出す。そのまま笑い続けていた。

「いったい、何をしようというのだ」
 エードが震えそうになるのを堪えた。エンの周りに集まる魔力が圧倒的に強すぎるのだ。
 そして、エンはついに呪文の詠唱を始めた。
「――暗黒の闇よりいでし 力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて 破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋――」
 紋の名を言うたびに、炎の塊が出てくる。それは上下左右に現われ、そして回転を始めた。
「我放つは――」
 その火球が一つになる、エンが両腕を伸ばすが、それに収まるか収まらないかほどの大きな球ができる。もはや火球などと生ぬるいもので呼んでいいのか解らない。それほどの力を持っているのがすぐに解ったからだ。
「……ビッグ・バン=I」
 『それ』が放たれた。

「グハハ……ハァ!? な、なにぃぃぃぃぃ」
「ガハハ……ハァ!? な、なあぁぁぁぁぁ」
 極大火炎、超破壊、轟音、激爆、そして闇。
 巨大な爆発が、ガーゴイルたちを全滅させた。

「え? あ、うぇ!?」
 貴族とは思えない感想をエードは漏らす。
「い、いい、今のは、な、ななな、何なのだ?!」
「ん? お前も知ってるだろ。炎と闇の属性を持つ、精霊界の魔王的存在、黒炎精霊ダルフィリク――通称ダークフレアの力を使う爆撃破壊魔法『ビッグ・バン』」
 確かに、魔道を志すものなら一度は聞いたことがある。
 ビッグ・バン。
 通常の『ビッグバン』とは異なり、それよりも更に強力な超破壊魔法。威力だけなら、地獄の淵から雷を呼び寄せるジゴスパークをも上回る。制御が人の身では不可能とされている呪文だ。
 制御できないのは、人間の魔力では足りないせいで力が暴走するものだ。その点、エンは魔力だけなら魔王にも匹敵するといっても過言ではない。だから、このような魔法を操ることができるのだ。
 それを当たり前のように話すエンの姿は、まだエードは信じられないものを見ているようだった。
「まだ終わってないわよ〜」
 まるで当然のことだったかのように、リリナが言う。確かに、アークデーモンが二匹残っていた。

「グヌヌヌ! 我等の部隊がやられるとは!」
「ガヌヌヌ! あの小僧! 生かしておけん!」
 互いが互いになんとかビッグ・バンの範囲外にいたが、余波でダメージを追っていた。
 その傷はお互いの回復魔法で癒し合い、標的をエンに変えた。

「じゃ、次は接近戦だな」
 そう言って、片手を前に突き出す。
 光がその場に現われ、その光を掴むと光は具現化、そして斧が召還される。
「それは?」
 エンが召還したのは今までのバーニングアックスではなかった。バーニングアックスと違い、両刃であり、模してある炎はさらに雄々しくなっていた。というより派手になっていたといったほうが言いのだろうか。中央にはめ込まれた朱色の宝玉は変わらずだ。
「火龍の斧。『龍具』だ」
「りゅ、りゅりゅりゅ、『龍具』!? 貴様が? 『龍具』を?!」
 混乱気味にエードが驚く。今日は驚き尽くしのエード君だなぁ。
「あ、そういやルイナ! お前のそれも『龍具』らしいぜ。『水龍の鞭』だってよ」
「えぇっ!?」
 さらに驚くエード。違って無表情のルイナ。

 龍具。
 それは冒険者の憧れとも、トレジャーハンターの夢とも言われている。見ることができただけで、世界一の幸福者だとも噂されている。
 龍具は神器のロトルの剣、盾、鎧と、勝らぬとも劣らない力を有しており、龍の力が封じこまれているとも言われる品物だ。
 龍具を持つものは、この世に二人だけ。後継者が現るか、その使い手が死ぬかまで、その二人が龍具を持つことが出きるのだ。一説では、後継者が現われるまで使い手は死ねないとも言われてさえいる。
 またある話では、一端の冒険者が龍具の後継者に選ばれ、その冒険者は王にまで成り上がったなどという話もある。
 そして龍具の種類は、この世の属性と武器の種類を足してもなお多いらしい。
 その中でエンが持っているのは『火』の龍の力を持つ『斧』。火龍の斧ということだ。ルイナが持つのは『水』の龍の力を持つ『鞭』ということになる。

「ルイナのそれって結構便利らしいぜ。色んな種類の水が出てくるんだってよ」
 水龍の鞭は、ルイナの意志によりどこまでも伸び、どこまでも枝分かれする。酸性からアルカリ性の水はもちろん、飲み水、毒水、清き水、あらゆる水を放出できるのだ。アルコールも出てくるらしい。とりあえず『液体』ならばなんでも出てくるのだ。
「で、オレのほうは、万能な能力じゃなくって、万能な技ってことだ」
 火龍の斧を軽く振り回し、二匹のアークデーモンを睨みつける。説明の間に、ずいぶんと距離が縮まっている。

「グヌアア! 貴様だけはゆるさぬーー!」
「ガヌアア! 貴様だけは死ねぇいーー!」

 火龍の斧をしっかりと構え、斧と意志を通じ合わせる。
「『瞬速』の――」
 エンの姿が一瞬で消えた。
「フレアード・スラッシュ!」
 そして、一瞬で、アークデーモンたちの後ろに着地した。
「グァァァ! そ、そんな……」
「ガァァァ! ば、ばかな……」
 アークデーモンたちに、十数の傷がつき、青い血液とともに炎が噴き出す。
「あ、やっぱり死なねぇか」
 アークデーモンたちはもう虫の息だが、それでも生きていることには変わりなかった。回復魔法を使われれば、堂々巡りになることは安易に想像できた。
「すぐ楽にしてやるよ。 『一閃』の――」
 エンが火龍の斧を横に構える。
「フレアード・スラッシュ」
 火龍の斧が一閃し、二匹の身体を二分ずつにする。
 内臓が見えるのは、長い間は絶えられないが、魔物は塵と化して消滅した。

「と、まぁこんなわけで、フレアード・スラッシュには最初の言葉で効果、威力が変わるんだ」
 火龍の斧を精神に戻しながら、エンが得意気に説明する。
 エンが最初に放ったのは『瞬速』。一度の攻撃で十数回の攻撃ができる分、やや攻撃力が劣る。そして『一閃』のほうは、威力が強いが大振りで隙がある。
 万能な技というわりには欠点があるが、それでも心強い秘技なのは確かだ。
「……………」
 本日驚きっぱなしだったエードはもはや驚くことすらできなかった。


次へ

戻る