-34章-
解れ!




 慣れぬ浮遊感。それは唐突に終わり、目の前はあの酒場だった。
「な、なんだ?」
 わけのわからないエンはそう言うしかなかった。
「なんだって、転移呪文のルーラだ」
 なんだっていうほうがなんだ? とでも言いたげなエードだったが、両者が理解しあう時間はなかった。
「おおエン! 戻ってきたか」
 酒場のドア、そこにファイマは立っていた。好みのブラックコーヒーを飲みながら。
 エンたちはファイマに案内され、一つの小部屋へと入る。
「では、師匠を呼んでくるから待っておれ」
 そこでファイマは部屋を去っていった。
 それから、どれくらい経っただろうか。一分かもしれない、五分かもしれない、あるいは一時間も経っているのかもしれない。そういえば、他の冒険者たちは誰一人として未だに帰ってきてはいないようだ。
 やがて時間感覚が狂う部屋の出入口が、唐突に開かれる。
 入ってきたのは小柄な老人で、身長はこの中で一番小さい。
「……!」
 エンは、その老人の目を見た時、一瞬だけ引いてしまった。
 その、あまりにも恐ろしい殺気の篭った目を見たからだ。しかも、それはエンに注がれている。凡人なら、これだけで失神したかもしれない。
「ふむ、儂が武器仙人じゃ。よろしくな」
 目元を和らげた武器仙人は、どこにでもいそうな老人に変わった。今の殺気はどこへやら。エンも落ちつきを取り戻し、姿勢を正す。彼は気付いていなかったが、武器仙人はエンを試していたのだ。かつて、勇者ロベルに施したテスト(?)のように。
「アンタの言う通り、炎の種は取ってきたぜ」
 そう言って、それを投げ渡す。武器仙人はそれを受け取り、少し見つめて頷いた後、部屋から出ていこうとした。どこに行くのかと問う前に、彼はエンたちを振り返ってニヤリと笑う。
「ちぃっと準備すっから、お前ら、魔法の勉強でもしとけや」
 その言葉に合わせてか、部屋にもう一人入ってくる。
「は〜い! こ・ん・に・ち・は〜〜! あたしの名はリリナよ。聞いたことあるでしょ。あるわよね。あるはずなのよ、宜しくね!」
 武器仙人を除いた三人とファイマは呆然とした。静かな雰囲気に、それをぶち壊すような陽気な者が入ってきたからだ。

「儂は準備があるから、それまで相手しとってくれ」
「え? ちょっとブーキー! あなた、あたしに全員押しつける気?」
 リリナと名乗った女性は、まだ少女と言って良いほどの幼さだ。服は全体的に白く、持っている杖は英雄の杖。見たからして魔法使いか何かのようだが。
「リリナ? もしや、英雄四戦士の一人の!?」
 エードが少し考えた後に思い出したかのように言う。
 英雄四戦士。勇者を含め、魔王討伐を成した四人のことである。
「そうそう。英雄四戦士の麗しき華! 最終兵器! 影のリーダー! 世界の中心! みんなの憧れ! 『絶世の超美少女最強大賢者』のリリナよ!」
 エンも英雄四戦士の話は聞いた事がある。むしろ、そのうちの一人、ロベルから直接聞いたのだが。
「それにしても、こんな小さい奴が? それに、リリナの称号って、そんなに長かったか?」
 ぼそりとエードと相談するエン。彼が信じられないのも無理はない。見たからして、この少女は十五歳前後だ。見た目だけで判断するなら確実にエンより年下だろう。
「いや、私もこのような少女だとは……。 それと、確か称号は『大賢者』だったような……」
 エードはエードで、リリナを観察しながら小声で言う。
「ちょっと! 聞こえてるわよ!! そりゃぁ、ロベルんと旅した時は、まだ幼い少女だったわよ! そして麗しい少女のままの頃に魔王を私が斃してやったわ! でもね、今では魅力的な女性なのよ!」
「(どこがだよ……?)」
「(魅力的か?)」
「(……)」
 可愛くないというわけではない。だが、エンはそういう感情に疎く、エードはルイナに一直線。そしてルイナは女だ。
 誰もがリリナの言葉に納得はしなかった。

「じゃあ、ちょっと魔法の勉強でもしましょうか」
 無駄な口論になることを悟ったのか、本題に入る。
「まずはアナタ!」
 ビシィッと、ルイナを指差す。人を指差すなよ……。
 そんなことでルイナは驚かないし、いつもの通り無表情で、リリナを見つめている。
「なかなか綺麗ね!」
 ずるっ。
 エンとエードが同時にこけそうになる。ルイナは、いきなり強力なヒャダルコなどの呪文を放ったりしていたので、どんな話になるかと思いきや、いきなりコレである。
「冗談はさておき、アナタは大丈夫。魔力制御、増大、使い道、その他全てにおいて、完全に『魔法』というものを理解しているわ。いつか、あたしの称号受け継いでもいいんじゃない?」
 さっきの長い称号をか? と、エンは思ったが、おそらく『大賢者』のほうだろう。そうであってほしい。
「次はアナタ!」
 今度はエードを指差す。さすがにエードは指を指されたことにむっとしている。だがそれを抗議する勇気はないようだ。世界を救った英雄四戦士に、生意気な発言をすることを恐れているらしい。
「あまり、カッコつけるためだけに魔法使わないほうがいいわよ。そういう人ほど、『力』に飲まれやすいんだから」
 エードが一瞬で赤面になる。もしかして図星なのか。
「最後にアナタね」
 ビっと今度も指を指す。その先にはエンがいる。エンは、別に指をさされたことなど、どうでもよかった。魔法が制御できない自分を、この少女はどのように見ているのだろうか。
「アナタが一番問題だわ。あまりにも魔力が強いせいで、それを制御できてないわ」
「「……はぁ?」」
 当人のエンと、隣にいるエードが同時に間の抜けた声を出す。

 魔法は『魔力』と『魔法力』で成り立つ。魔法力で精霊を呼び出すとともに制御し魔法を使う、魔力で呼び出す精霊の威力が変わる。前者は簡単に言うとMPのことだ。後者は例えば、同じメラでも十のダメージになる者もいれば、メラだけで五十のダメージになる者もいる。
 そして、同じ精霊にも強さがあり、それは術者の魔力で決定する。
「それで! その魔力があまりにも強すぎて、魔法力が追いついてないの!」
 以前、エンがメラを使ってもベギラマの閃光がでたのは、本来メラというのは火を魔法力で包んだものだが、その魔法力が追いつかなかったので、包まれた炎が閃光と化して飛び出ていたのだ。
 船を壊した時も同じ様に、あまりにも強い炎の精霊が呼び出されたが魔法力が足りず魔力が暴走し、悲惨な状態になってしまった。
「わかったような……、わからんような……」
 ドタドタと説明を終えたので、エンには理解できていない。むしろ、魔力と魔法力の違いすら未だ理解しきれていないのだ。
「ああもう! 焦れったいわねぇ!!」
 リリナはいきなり英雄の杖を強く握ると、それで素早く複雑な印を描く。
 そして、その印は線状に実態化し、光輝いたと思ったら、あまりにも強い光を放ったのだ。
「え? あ、おいっ?!」
 エンが動揺した声を出すが、眩い光のせいでどうなったのか解らない。
 光はやがて消え、目を開けるとそこには何もなかった。
「エン?」
 そう、何もなかったのだ。
 輝く印も、リリナの姿も、エンの姿も……。

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