-29章-
落せ!




「800ゴールド」
「4000ゴールド」
「800だ」
「4000だ」
 エンが粘り、店やのおやぢは断固と譲らない。
「頼むよ」
「駄目だ」
「お願い!」
「駄目だ!」
 声の高さに比例して、だんだんと喧嘩腰になってくる。
「高すぎなんだよ」
「これでも安いほうだ」
「少しくらいまけてくれよ」
「どこか少しなんだ?」
 店のおやぢが呆れる。
「じゃあいくら?」
 エンが聞いてみる。
「4000ゴールド」
「変わってねぇじゃんか」
「当たり前だ」
「なにがだよ」
「あのなぁ。一着一万ゴールドを4000ゴールドまで下げているんだぞ」
 いくならんでも下げ過ぎである。半額以下だ。
「金が無いんだ。800ゴールドにしてくれよ」
「だからって、どうして二着で800ゴールドなんだ?」
 エンの無茶も行き過ぎである。
「金が無いって言っただろ」
「金が無いなら売れないな」
「今日中に、ここで、これを買わないと行けないんだよ」
「じゃあ金を作って来い」
「一日でそんなに稼げるかよ」
「……お前さんの連れ、高値で売れるぞ」
 おやぢが後ろに控えているルイナに好色的な視線を送る。
「冗談はよせ」
「はっはっは。さすがに仲間は売れんか」
「買ったやつが危険に晒されるんだよ……」
 考えただけでも恐ろしい。
「は?」
「いや、なんでもない。とにかく、二着で800ゴールドでいいだろ」
「だ〜め〜だ!」
「ハァ……わかったよ」
 溜め息を一つついて、エンは諦めたような口調で言った。
「よし、それじゃ」
「400ゴールドな」
「なんで減るんだ?」
 ようやく、と思ったのだろう。おやぢがいきなり倒れる。いいリアクションだ。
「しかも二着で」
「絶対に売らんぞ」
「そこをなんとか」
「お前さんのその鎧。紅メッキ仕様の鋼鎧だろ?」
「ん? ああ」
「売れば2000〜3000はいくぞ?」
「鎧無しでエルデルス山脈にいけと?」
「エルデルス山脈って……まさかアンタ」
「ああ。武器仙人に会いに行く」
「やめといた方がいいぜ」
「なんで?」
「どうしてもいくのか?」
「当たり前だろ」
「そうか」
 おやぢが哀れむような目でエンを見た。
「なら、タダで持っていけ」
「え、いいのか!?」
 一着一万ゴールドの防寒着を無料で。これほど良い話はないだろう。
「いい。持っていけ」
「ありがとな〜」
 店のおやぢの気が変わらないうちに、とエンは二人分の防寒着を持って店をでた。

「いや〜得したなぁ」
「そう、ですね」
 赤髪の戦士、エンが買い物袋を数個持ちながら宿へと向かう。隣を歩いているのは、ここの町の気候をなんとも思わないのか、無表情のルイナが歩いている。別に無表情であるからといって、怒ったり恨んでいるわけではない。これがルイナの通常なのだ。
 宿へと向かう途中、見覚えのある人物が話しかけてきた。
「そこのお前!!」
 振り向けば、昨日戦ったリィダという魔物使いが女性らしからぬ仁王立ちをしている。
「な、なんだよ」
 昨日の再戦か、とも思えたが、今は彼女の傍らにキラーパンサーはいないし、他の魔物がいるわけでもない。それに、キラーパンサーが回復したとしても、まだ養生させておくべきだ。少々やりすぎたかもしれないと、エンは思っているほどだ。
 彼女に呼びとめられる理由が特に見つからないので、こちらから用件を聞いてみたのだ。
「お前の名前を教えろ!」
 命令口調ではあったが、なにか喧嘩で負けた子供が意地になって叫ぶみたいな声だったので、エンは怒るどころか哀れみさえ感じながら自分の名前を教える。
「エン。炎戦士のエンだ!」
 リィダは口の中でその名前を繰り返すと、鋭くエンを睨みつけた。
 しかし、それだけだ。
 くるりときびすを返し、夕焼けの町影へと走りだしていった。
「姐御〜〜〜!!!」
 情けない声を出しながら走りさっていく姿は、猫型ロボットを求める小学生の如し。
「結局、なんだったんだ?」
 その答えがわかる者は、この場にはいなかった。

 宿へ戻り、夕食を取る。
 これで結構な値段なので、防寒着が無料なのは本当に助かる。勝ち取った二万ゴールドもすぐになくなりかけているのだ。冒険者の仕事を見つけないといけないのかもしれない。
 といっても、どういうことをすればいいのかよく解らないし、どちらかといえば早くエルデルス山脈に行きたいのだ。資金は、洞窟の探索などで稼ぐしか無いだろう。

 エンは部屋に戻り、明日の準備を始めた。
 紅メッキ仕様の鋼の鎧、暖かそうな外套、今日買った防寒着、食料、登山靴、水筒(中身は湯)、一時的に寒さを少し和らげてくれるという赤い木の実。
 だいたいの必要品は揃った。
 後は明日を待つだけだ。

 ルイナも明日の道具点検を始めた。
 みかわしの服、今日買った防寒着、食料、登山靴、水筒(中身は酒)、一時的に寒さを和らげてくれるという木の実、薬草、調合約数種。
 だいたいの必要品は揃っている。
 後は、明日になればいいだけである。

 明日になれば、エルデルス山脈へと足を運ぶのだ。

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