-24章-
船上の決闘1
〜バカ合戦〜



「……やめておけ。死ぬぞ」
 沈黙を破ったのはエンだった。
 エンは知っている。まだヒアイ村にいた頃、ルイナに家事をやらせると、ロクなことがない。そういえば、食事に痺れ薬を混ぜられたこともあった。
 貴族はたいてい侍女など(いわゆるメイドなど)にでも家事をやらせるが、それでもルイナの場合、食事に薬を混ぜることなど容易いことだ。
 エンが作ったはずなのに、いつのまにか睡眠薬が入っていたりもしたのだ。そんなルイナを嫁に迎えるなど、家に悪魔を住まわせる行為と同等である。
「な、なんだ貴様はぁ!」
 エンの心配を他所に、今ごろ彼の存在に気付いた口調で怒鳴るエードことコリエード。なんだと言われても困るので、とりあえず先ほど疑問に思ったことを口に出してみた。
「ところで、アンタ貴族だろ。コリエードがフルネームなのか?」
「家名だ」
 この世界では家名を持つ者が多い。貴族はもちろんのこと、それこそが誇りでさえあるらしい。
 もちろん、エンとルイナにはそんなものはないし、エンの世界では貴族という存在とは無縁だった。
「じゃあ名前は?」
「貴様なんぞに教える名前など、持ち合わせてはいない」
「私も、知り、たいです」
「教えましょうっ!」
 反射的に言ったのだろう。エードはいきなり赤面した。
「(ルイナ、よくやった!)」
 心の中で、とりあえず感謝しておく。
「笑いませんか?」
「ああ」
「ええ」
 何故名前を聞くだけで笑わないといけないのだろうか。
 それに、そんなことをして、いきなり『決闘だ!』などと言われたくない。
「じゃ、じゃあ言います。私の名前は、ぽ、……ポピュ、ニュルペ……ポピュニュルペ=コリエード、です」
 一瞬の沈黙。そして一瞬後。
「へ、変な名前だなぁ」
 とエンが言って、しかも堪えきれずに吹き出してしまった。
「き、貴様ぁ! 笑うなと言っただろう。それに、貴様の名前はなんというのだ」
「オレか? オレはエンだ」
「ケンだと!」
「いや、エンだ」
「だから、ケンだろ」
「いやだから……」
「ふん。まあいい。なぜ貴様のような馬鹿っぽいやつがルイナさんと一緒にいるんだ」
「馬鹿っぽいって……」
「赤髪に赤い鎧など、馬鹿にしか見えないね」
「お前なんか全身光ってるじゃなねぇか!」
「これは目立つからいいだろう!」
「目立ちすぎなんだよ!!」
「それに! 言動から貴様は馬鹿以外に例えるものがない!」
「この言動のどこが馬鹿だってんだ?」
「そういうとこだ!」
「わかるかぁっ!」
「1+1=?」
「3」
「やはり馬鹿ではないか!!」
「違うのか?!」
「答えは」
「お、おう」
「4だ!!」
 何かがおかしい。
「2、です」
 ルイナの指摘が入り、エードの目が点になった。エンも同様だが。
「え?」
「てめぇも間違えてんじゃねぇか」
「うるさい。貴様が先に間違えたから、私の調子が狂ったのだ」
「自分で問題だしといて自分で間違えてんじゃ、お前のほうが馬鹿だな」
「貴様ぁ! この私を愚弄する気か!!」
「んなこと言ってねェだろが」
「だいたい! 貴様はどこの生まれだ」
「生まれは関係ねぇだろが」
「私はストルード国の生まれだ。私が言ったのだ。貴様も言え」
「強引に聞かせただけじゃねェか」
「早く言わぬか」
「ちっ……。ヒアイ村だよ」
「ふん。聞いたこともない田舎村か」
 聞いたことが無いのは当然、世界そのものが違うからだ。
「私も、です」
 またもやエードの目が点になる。
「る、ルイナさんがいる村なら、有名すぎて私が知らないのでしょう!」
「んなことあるわけねぇだろ……」
「貴様! 本当にルイナさんと同じ村の出身か?」
「同じ村っつうか……同じ家だな」
「な………なにぃぃ!? 姉弟か?」
「いや、違う」
「ま、まま、まさか、ふ、ふふふ、ふふ夫婦なの、か?」
「いや、それも違うな」
「よかった。ならば!」
「なんだよ……」
「貴様に決闘を申し込もう!」
「はぁ!?」
「勝ったほうが、ルイナさんを嫁に迎えることができるのだ」
「お、おい待て」
「時間は明後日の九時。場所は甲板だ」
 そう言って、エードは走り去ってしまった。
「お、お〜〜〜い………」
 放心状態になりかけの気抜けした声で呼んでも虚しくなるだけで、僅かに輝いて見えていた鎧の光さえも見えなくなっている。
「頑張って、ください、ね」
 自分が賭けられているというのに自覚をもっているのかいないのか。軽く言ったあと、ルイナは一足早く部屋へ戻っていった。
「(い、いいい、イヤだぁぁーーーーー!!!)」
 心の中で、エンは力の限り叫んだ。それでもやはり、無駄ではあるのだが。


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