-23章-
船上の劇場4
〜終わり良くても後がマズイ〜
「八匹目ぇ!」
もう数えるのが嫌になってきた。
それというのも、最初はエンばかり襲っていたバピラスが観客にも襲いかかりそうになったため、観客たちを守りつつ、多数の相手に攻撃と防御の繰り返しで、やけに時間がかかるのだ。
「! ルイナっ! 避けろぉ!!」
九匹目を倒し、あと半分になったところで、バピラスが数匹ルイナに襲いかかったのだ。よりによって、エンが今いる位置からでは間合いが遠すぎる。
「……ヒャダルコ」
静かにそう言い、バピラス数匹が一瞬で氷の塊と化す。
「(……避けなくてもよかったな)」
ルイナも戦えるのである。といっても状況的には少しマズイかもしれない。
劇的には、バピラスはルイナの手下と見られているはずだ。そのバピラスが主人に襲いかかったとすると、観客もなにかおかしいことに気付くはず……。
「(いっそのこと、これが予定外のことだと気づいてくれ)」
そしたら、戦える者の全員が協力できるのだ。
「こ、ここまでだ。御頭、アンタについていくのはここまでだ。今から俺様がマステル=ディ=ラーグン海賊団の御頭だぁ!」
さすがは役者の下っ端D。アドリブが上手い。だが、それは不幸な出来事でもある。
「(話をややっこしくすんなぁぁ!!)」
どうしたものか、こうなっては劇の続きということになる。それでも、なんとかルイナも戦える状況になったのだ。かなり早く済むだろう。
「十一匹目!」
すでにバピラスは興味半分に近づいてきた様子ではなく、殺気満ちた目で襲いかかってきている。
「十二匹目だ!」
同時に、ルイナも数匹を氷漬けにした。
「ラストぉっ!!」
他の数匹はルイナの手によって氷漬けにされてしまっている。
最後のバピラスを斬り倒したとき、観客の歓声はなかなか大きいものだった。
あの後、事情は少し変わったがなんとかハッピーエンドということになった。
といっても、ただ船から海賊を追い出しただけだが。
テルス曰く、
「終わりがよければ、全てが良いのです」
らしい。
もちろん、報酬は割増してもらえる。
そして、エンは今もの凄く悲惨な状態になっている。
「あの、ルイナさん?」
「はい?」
テルスが見る先には、力なく座り込んで、表情も呆けており、どこを見ているのかわからない虚ろな瞳をしているエンがいる。
「エンさん、どうかしたんですか?」
エンはぶつぶつとなにか呟いている。耳を近づけて聴いてみると、テルスは不可解な表情を作った。
「ここは〜誰だ〜。オレは〜どこだ〜〜?」
わけのわからない言葉を連発しているのだ。
その後、ルイナの薬品リストにこう書いてあったらしい。
『覚L(おぼえる)。 記憶剤。 効果:それを飲んで読んだもの全てを記憶できる。 反動:数時間程度の記憶喪失、思考能力停止、超脱力etc.』
それから数時間後。ようやくエンは回復し、しかしまだ頭痛が残っている。
しかしその頭痛でさえ忘れてしまいそうであった。
エンの手には袋が握られており、その重さたるや最初に聞かされていた金額の何倍だろう。ずしりと重量感のある袋と、テルスの笑顔を、エンは交互に見比べた。
「……石とかいれてるんじゃ」
ただの鉄の塊かもしれない、とまで疑うほど、その報奨金が入った袋は重いのだ。
「まさか! 予定外の事故をすんなり解決してくれたのですからね。これくらいは払うべきかと思いまして」
「口止め料込、ですね」
豪快に笑っていたテルスの顔が引きつる。
「そりゃまぁそうした意味もないことはありませんよ。でも、素直に礼金として受け取ってください。観客が傷つかなかったのは、あなた方かバピラスを全て倒してくれたおかげなんですから!」
予定外の、しかも下手をすると観客が襲われていたかもしれないのだから、それが話題になるのも困りものだろう。ルイナが最初に言った通り、口止め料としての割増もあるのだろうが、テルス自身が言うように礼金という意味のほうが大きい気がする。それはテルスが何となくそういう人に感じるから、というだけだが。
「まあいいや。とりあえず、無事に終わったんだよな」
「えぇ、大成功です! やはりエンさんとルイナさんを選んでよかった!」
まるで最初から予定通りみたいだったと言っているようだった。
「そうかぁ? 別にオレたちじゃなくても……」
「いえいえ。私はこう見えても人を視る目はありましてね。この二人なら、きっと凄いことになるぞ、と」
確かに凄い事にはなったが、凄い事故であった。
それに気付いたテルスは慌てて――
「凄いと言っても、有名になるという意味です」
と、弁解した。
「オレたちが? 有名に?」
「はい! きっとご高名な冒険者になれますよ。私には、あなた方の心の奥底に、龍を見ましたから!」
「龍、ねぇ」
どういう意味の比喩なのか解からなかったが、エンとして何の実感も湧かなければ、ただの世辞としか受け取っていなかった。
「――それじゃ、そろそろ部屋に戻るよ。ルイナ、行くぞ」
「はい」
テルスの部屋から出ようと腰をあげると、テルスに「ちょっと」と呼ばれて動きを止めた。
「あなた方に出会えて、本当に良かったと思っています」
と言って、テルスは手を差し伸べた。エンは少し考えたものの、思い浮かんだ言葉は一つだけだった。
「まぁオレも、少しは楽しかったよ」
二人は、硬い握手を交わした。
「うう、頭が痛ぇ……」
頭を押さえながらエンとルイナは船の廊下を歩いていた。
テルスからの報酬を貰い終わり自分の部屋へ戻る途中、せっかく忘れていた頭痛が再来したのだ。
「貴女がルイナさんですか?」
なんの前触れも無く、貴族の男が、花束を手にこちらに近づいてきた。
それを見てエンが思ったことはただ一つ。
「(……またか)」
テルスのいた部屋からエンたちの部屋まで約十数分。少々入り組んでいるからだ。だが、三十分は経った今でも、まだ半分程度しか進んでいない。
「どうかこれを貰ってください」
と言って、その花束をルイナに渡す。テルスが言うには、役者にとってそれは名誉なことだとか。
だが、エンたちは別に役者ではない。しかたなく貰っているのだ。
「妻がいなければ、貴女を嫁に迎えていたのですがねぇ」
夫婦喧嘩になりかねない言動をこの男はさらりと発言。
そういえば、さっきから男女問わずにルイナに会いにきているが、エンには誰も来なかったというわけではない。バピラスを次々と斬り裂いて行くエンの姿は、多くの人たちを魅了した。だが、それは劇としてだったので、登場しただけで人気のあったルイナとは差がありすぎるのだ。
そしてやっと数十人の貴族たちから抜け出せたかと思いきや、部屋の前で立っている男一人。
白顔に長く伸ばした金髪。白金の鎧(プラチナメイル)を着込んだその男は、暗い廊下でも輝いて見えた。というか、鎧に細工してあるのか、本当に鎧が光を発していたのだ。
「あなたがルイナさんですね?」
一礼しながら、その男は言った。
「私、コリエードと申します。エードと呼んでください」
自身の胸に手を当てて自己紹介。ここまでは別に珍しいものではない。
そういう者達が、ここに来るまでにたくさんいたからだ。
「(あれ?)」
ふと、エンのなかに疑問が浮かび上がった。だが、それどころではない。
なんせ、貰った花束は全てエンが預かっているのだ。預からされたとも言うが、ともかく荷物を早く置きたいのである。
しかし、この男は、今までの貴族たちとは全く違う要望を、花束を渡しながら言い出したのである。
「実は、あなたを我が花嫁に迎えたいのです!」
「(はぁ!?)」
エードと名乗った者がそう言ったとき、エンは凄く嫌な予感がした。同時に、沈黙がこの場を制してしまった。 |
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