-22章-
船上の劇場3
〜事故〜



 始まって思ったのだが……やはり受けるべきではなかった。
 ため息つきながらもすでに第三場面。
 演劇といっても、たかが数十分程度。もう敵の親玉と接触である。

「此度の悪道。許すまいぞ!!」
 剣を構えるが、斧を使うのに慣れているせいか、それは少し変に見えた。
「お、御頭! こいつ強ぇっす!!」
 その御頭と呼ばれた女性。青い髪、海賊服と海賊帽子を身に着け、無表情でこちらを睨み付けている――ようにしているのだろうが、いつものルイナだ。
 薄化粧を施し、服と帽子で魅力を引き出しているルイナを見た観客は、男女問わずに、おお! という声を上げたのがはっきり聞こえた。
「例のものを、放て」
 いつものように言うルイナだが、こういう場面だとなんだか雰囲気があるのは気のせいだろうか。
「へ、へいっ!」
 ルイナを御頭と呼んだ海賊は、すぐさま走り去っていったかと思うと、檻を引きずって戻ってきた。
 中には、魔物が入っている。

 確か、台本には第四場面と書かれていた。
 そこに用意するもの。
 本物の剣。
 空を飛ぶモンスターが好む匂いのする透明液。
 本物の魔物三匹……。

 魔物が、檻から解き放たれた。
 ――キキィシャャーーー
 高い金きり声を上げながら、三匹の魔物が飛空しセルディウスに襲いかかってきた。
「(魔物ってのは知ってたけどよぉ……これはねぇだろ?)」
 三匹の魔物。世界最弱を誇るスライムに勝るとも劣らぬ力を持つ魔物。
「ドラキーか」
 確か台本には、『なるべく苦戦するように!』と書いてあった。
「(んなこと言われてもなぁ……)」
 とりあえず、当たらないように剣を振ってみるが……。
 ズバッっ!
 いい音を立てながら、一匹のドラキーが倒れた。
「(……やっぱりだ)」
 この場面で使う本物の剣に空を飛ぶモンスターの好む匂いが染み付いているのである。
 向こうから勝手に向かってくるので、少し振ったら。
「ぜ、全滅だとぉ!?」
 あくまでも下っ端Dは驚いている。……演技ではあるだろうが。

 台本の通り進めば、ここでセルディウスことエンが脅し気味に海賊たちを降伏させる、というものだ。
 台本通りに進めば、だが。

「降伏するならば命は取らぬ。しないとならば、わかって……ん?」
 台詞を言っている時、一瞬だけ空が暗くなった。太陽がなくなったとか、そういう類ではない。なにか大きなものが頭上を過ぎ去ったのだ。
 ふと上を見ると、そこには不思議な光景が広がっている。
――ギシャー、ギシャァーー。
 そんな奇声を上げながら、頭上を飛び回っている魔物が軽く約三十以上。

「おやおや。テルス殿にしては珍しい。アレだけの魔物を揃えるとは」
 劇を見ている観客から更に後方。テルスとこの船の船長である。
「え、ええ。今回は大変でしたよ」
 思わずそう言ってしまい、取り返しのつかないことになったのではと思えてきた。
「(しかし、なぜバピラスが?)」
 空を飛び回っている魔物。恐竜のような顔をした魔物、バピラスも空を飛ぶ魔物だ。
 恐らく匂いにつられてここまでやってきたのだろう。
「団長……どうします?」
 今回は休みだった団員の一人が訊いた。さすがに事態の危険度を素早く察知しているらしく、不安そうにバピラスとテルスを見比べている。
「ぅうん。どうしようかな」
「どうしようかなって……団長ぉ……」
「たぶんエンさんとルイナさんは強いと思うよ」
 なんで『たぶん』なんですか、と聞かれても、テルスはエンたちが冒険者であるということは知っているが戦っているところなど見たことは無い。ただの直感だ。
「あぁそうだ。ジャックさんとクールさんは? あの二人なら、なかなか強い冒険者だ」
 テルスが口にしたのは、もともと予定されていた冒険者の名前だ。
「船酔いでダウンしてます……ていうか、だからエンさんに代役頼んだんでしょう」
「うん……そうだったな」
 テルスは、妙な所で落ち着いているというか、どこか抜けていた。
「しっかりしてくださいよ」
「とりあえず、見守ろうか」
 そんなんでいいんですかぁ、と呆れてしまった団員とのやりとりを隣で見ていた船長は、不思議そうに首を傾げたのだった。

「(考えてもしかたねぇ。魔物なら……倒す!!)」
 エンはさして殺傷力を持たない剣を床に突き刺し、パピラスどもの注意を惹きつける。
「これはセルディウスとしてじゃない。炎戦士、エンとして戦うんだ」
 自分に言い聞かせた後、精神を集中させ、一つの武器をイメージする。
 精神力を使って、イメージを具現化。片刃の炎を模った斧が召還された。
「いくぜ!」
 バーニングアックスを構え、エンはバピラスたちに立ち向かっていった。

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