-21章-
船上の劇場2
〜交渉〜



「オレは嫌だ!! 絶対にやらねぇぞ!!」
 わざと凄んで見せたが、テルスの前では無意味だったのかもしれない。
「いい声です。それなら充分ですよ」
 にこやかに、しかもさらりと受け流されたのだ。
「ていうか、なんで経験もないオレたちが主役なんだ?!」
 いつの間にか、やることになりそうな話になってきたのは気のせいだろうか。
「経験のない冒険者に主役をやってもらう、というのが、私の劇団の方針です」
 下らない方針だ。最初に思い浮かんだ言葉はそれだったが、エンは口には出さなかった。
「ちょっと待て、予定していた冒険者はどうなったんだ?」
 エンとルイナはたまたまこの船に乗っていたのである。
 明後日に始まる劇には、予定していた冒険者がいるはずだ。
「船酔いでダウンしました」
「あ、そう……」
 呆れた。とことん呆れた。とりあえず呆れた。初めて船に乗ったエンでさえ、こうして元気なのだ。冒険者としては、何だか情けない者もいるようだ。
「報酬も出しますよ」
 報酬と言われても、今は興味がない。それ以前に、やる気がない。
「やり、ましょう」
「って、おいルイナ?!」
 ルイナが自分から発言したことより、自分で交渉を成立させたほうに驚いた。結局同じだが。
「ありがとうございます。詳しいことはまた後で」
 ルイナとテルスが握手してから、話はまとまった。
「絶対にオレはやらねぇ! なにがなんでもオレはやらねぇからな!!!」
 と言った瞬間、ルイナがひょいとエンの口に『なにか』を入れた。
 驚きもあって、それをエンは飲み込んでしまった。すぐに嫌な予感を感じて、顔が青ざめる。
「ルイナ……なに飲ませ、やが……った……?」
「寝ムールG(グレート)。即効性、です」
 以前使った寝ムールの新作だろう。ルイナが言い終わるときにはエンは寝息を立てて、ぐっすりと夢の世界を彷徨っていた。

 その夜。エンはようやく目を覚ました。
 部屋は船の一番高い場所。いくら船酔いしないからといっても、森育ちの二人は漣を聞きながら眠りにつくというのは激しい違和感があった。だから、その音も聞こえない最上階の部屋を選んだのだ。
 最上階には部屋が一つしかないので、普通にエンとルイナは同じ部屋ということになる。
 タダで乗って、最上階を選んでいるというのに、部屋を二つにするというは気が引けるし、ルイナなら寝込みに薬の『実験台』にされないよう気をつけるだけでいいので、今の状況にあるのだ。
「あの依頼、受けたのか?」
「受け、ましたね」
「やるのか?」
「やり、ます」
「…………」
「…………」
 無言がこの部屋を支配した。
「でもよ……」
「暇を潰せ、ますよ」
 反論する前に、ルイナが先に言葉を出して遮った。
 確かに暇だと訴えたのはエン自身だ。今更エンはそんなこと言ったを後悔した。どうせなら、違う船にしておけばよかったとさえ思う。

 次の日は台本を渡され、それを覚えることに専念した。
 やるからには、修行の一環だと思えばいいと、とりあえずやることにしたのだ。したのだが――
「覚えきれねぇ……」
 さすがは主役。台詞の多いこと。

 そして、劇をやる日はやってきた。

「本来有力貴族であったセルディウス=キアランは、自由騎士となり、戦いを求め、旅を続けていた」
 ナレーションが入り、劇が始まる。
 場所は甲板。エンが立っている場所を中心に進行することになっている。
 遠巻きに見ているのは、貴族の方々。彼らもよっぽど暇らしく、この劇を楽しみにしている。
 意外にも――というか、知らなかったのだが、テルス劇団はかなり有名らしく、だいたいの人間は事情も知っていた。つまり、主役は経験もない冒険者だということを、だ。
「つまらぬ。この船旅にも、何か面白いこともないだろうか?」
 そう言うなり、船の奥で爆発音が響いた。もちろん、劇の効果音である。
「か、海賊だーー!」
 本当のテルス劇団であろう人物が叫ぶ。
「これだ。私はこのようなことを待ち望んでいたのだ!!」
 そいうなり、エンことセルディウスは走り出した。
 その先には、本日限定の楽屋裏が設置されている場所だ。

 とりあえず第一場面終了。
 ここまでエンがきっちりと台詞を覚えていたのは、ルイナのおかげである。
 今朝、『覚L(おぼえる)』という記憶薬を飲まされ(もちろん強制だ)、台本全てを暗記することに成功したのだ。妙な副作用は出ていないが、せめて劇中に何らかの影響が出ないことを祈るばかりである。

 第二場面。
 エンが海賊三人を、宝石を埋め込んだ剣で(もちろん斬れない)、打ち倒した。
 ありきたりな行動だが、なぜか貴族たちにはこういうものがうけるらしい。
 そして、今に至る。

次へ

戻る