-8章-
不幸、北へ



『若き魔道士、ウィードの騎士団長に!』
 大きな見出しで書かれていた記事の内容は、北大陸でも有名な風の国ウィードのことである。
 その国が誇るのは魔王軍を寄せ付けなかった死と守りの大嵐(デスバリアストーム)と、それから最強の名を冠する『風を守りし大地の騎士団』である。
 その騎士団は魔道士団、騎士団、医務士団などに分かれており、その長たる団長は並大抵の実力では就くことなどできない。それをまだ若い女魔道士があっさりとその座を得たのだから、ニュースとして取り扱われるとは当然だろう。
「いや、まぁ、凄いとは思うっすけど」
 届いた新報を眺めながら、リィダ=アシュリルは複雑な思いでその紙を見直した。それでそれが本来のものになるはずがない。
「これってやっぱり、ある意味ではローカルニュースっすよねぇ……」
 山で暮らしている彼女は世論に疎く、それならば、と行商人に新聞というものを勧められたのだ。まだそこまで発達していないためか、活用している人間は少ないらしい。
 それでも面白そうでもあったし、世の中を知るためにもと取り始めたのだ。しかし、何かの手続きの間違いか、それとも持ち前の不幸さゆえか、何故か北大陸を中心とした記事ばかりの新聞が届き始めた。
 彼女の住むこの地は東大陸であり、北大陸とはあまり関係がない。むしろ、最近では交易すら途絶えている。
 間違いを報告しようにもどうすればいいかわからず、何も知らないよりはいいかとそのまま取っているのだ。
 新聞を届けてくれる鳩や鷹なども顔馴染みが増え、今さら変更届を出すのも勿体ない気がしている。それに、いくら北大陸に関するものが多いとは言え、世界的なニュースはしっかりと取り扱っているので、さすがに知らないといけないような知識は得ることが出来た。
「ふぅん」
 リィダは今日の記事を何度か読み返した。

 <魔道士は『暗い』というイメージがあるものの、ムーナ=ティアドロップ魔道団長は明るく朗らかで、生真面目一本というわけでもなく冗談を飛ばし、部下に優しい心を持つので王からも信頼を得ている。
 彼女は、研究所に閉じこもりっぱなしでなんとなく恐い、という魔道士のイメージを払拭させてくれるだろう。
 彼女の得意とする魔法は主に風で、風の大国たるウィードに相応しい能力といえる。
 今後の活躍に、さらなる期待が高まる。>

 リィダ自身、この記事を読むまで魔道士は『根暗』だの『恐い』だの『引きこもり』だのと思っていた。しかしどうだろう、ムーナという人物はそれと逆の存在で、まるで威勢の良い八百屋の如し。そのような人物でも騎士団長に上り詰めることが出来るのだ。
「魔道士かぁ……カッコイイっすねぇ」
 もともと間違えで取っていた新聞であったが、彼女の将来の夢を形成させるには充分だったようだ。

 それから数年の後、彼女は東大陸から北大陸へと移っていた。

 魔道士らしい格好に身を包み込んでいたリィダは、宿屋のベッドに倒れこんだ。思ったよりも衣服は重く、このまま眠りについたら圧死してしまいそうなので、のろのろとした動作ながらもローブを脱いでいく。
 リィダは、しばらく魔道国家エシルリムで魔道士の修行をしていた。そこで冒険者ギルドに魔道の師匠を斡旋してもらったのだが、ラキエルペルというその人はどうも悪人っぽく、リィダをいかがわしい店に連れて行くなり売り飛ばそうともしていた。
 そのため師匠のもとから逃げ出し、一人旅を続けていたのだが。
「なんとか、助かったっす……」
 不幸にも乗っていた船が難破。なんとか陸に辿り着いたときは、自分の幸運もまだ残っていると信じられた。
 もともと手持ちの資金も少なかったため、そこまで大きくない船に乗ったのが失敗の始まりであった。いくら少し平和になったとはいえ、まだまだ危険は多い。頭ではそれくらい理解しているのだが、実際に危機に直面すると慌てふためいてしまう。
 せめて移転呪文(ルーラ)が使えるくらいならまだ落ち着けたものの、魔道士の資質が低いのかまだ覚えていなかった。いや、使うこと自体はできるのだが、成功するとは到底思えない。
「明日から、仕事を探さないと……」
 エシルリムは――というよりも東大陸は分断大陸とも呼ばれ、あちこちに川や海が広がっているため、泳ぎには自身があった。そのために船が難破してもこうして無事に生き長らえることができたものの、もとより少ない資金はどこかに流されてしまったらしく、手元になんとか残っていたお金は一日分の宿代に消えてしまった。
 東大陸では魔道士が珍しくなく、むしろ当たり前なので魔道士特有の仕事というのが多い。しかし、それだけ魔道士がいるのだから、少しでも実力がなければあっさりと断られる。
 だがこの北大陸では、きっと魔道士は重宝される存在だろう。
 そう期待して、リィダは眠りについた。

 翌日。
 確かに仕事を幾つか斡旋してもらえたのだが、どれも自信のないものばかりだ。
「『洞窟に潜む魔物退治の助っ人。補助魔法、脱出魔法を使える魔道士大歓迎』……うぅ、脱出魔法(リレミト)はまだ習得できてないっすからねぇ。『近辺護衛募集。中級武具以上を召還できる冒険者』……できないっすねぇ」
 はっきり言うなら、リィダは力量(レベル)がそうとう低いのである。
 扱える魔法は低級魔法のみ。召還できる武具も『初級』ばかり。知識はエシルリムで養っていたものの、彼女には圧倒的に経験というものが足りなかった。
 だからといって全ての仕事ができないということはないだろう。
 思い切って一つの仕事を選んだのだが――。


 成功すれば多額の報酬が貰えた筈で、なんとか数日間は宿暮らしができた筈だったが、彼女は野宿をするはめになっていた。
 元々は山小屋暮らしだったので野宿は慣れているものだが、やはり虚しい。
「うぅ、世間は厳しいものっす」
 リィダが選んだ仕事は、探索の人手募集のものだった。知覚探査呪文(レミラーマ)を期待されたが、魔法には失敗し、仕方なくただの人員の一人として採用された。
 古代の貴族の館、という話ではあったもののそこは遺跡に近く、確かに住まいらしい所はそこここに見受けられたが、魔物がいたりトラップが仕掛けてあったりとダンジョンそのものであった。
 そこでリィダは持ち前の不幸っぷりをとことんアピールしてしまった。
 トラップには必ず引っ掛かる、慎重に進めばやり過ごせた魔物とは相対してしまう、戦闘になれば他のメンバーの足を引っ張ってしまう、など。せめて魔法で鍵がかけられている部屋の開錠さえできれば少しは役に立ったのだが、リィダの魔力ではそれも叶わなかった。
 一日で解雇が決定し、宿代もなくなってしまった、ということだ。
 もっと経験を積むしかないと思い、こうして野宿しているのも一つの経験だと納得させるしかなかった。
 それにしても、不幸である。
 何故ならば、本来なら冒険者ギルドは本人の力量(レベル)に合わせた仕事を斡旋してくれるはずであるのに、向こうが間違えたのか、こちらが登録内容を間違えたのか、明らかに中級以上の、それも限りなく上級者に近い仕事が紹介されていたのだった。
 それに気付かないのも、これまた彼女が不幸の象徴になる所以だろうか。

 そして朝になり、リィダは目を覚ました。
 お金が無いための野宿ではあったが、魔物に襲われることもなかったうえに木々の匂いは住んでいた家を思い出して心地よいものでもあった。
「せっかく北大陸にいるんだし」
 リィダが目指そうとしていたのは、風の大国ウィード。
 彼女が魔道士になろうとしたきっかけの女魔道士のいる国である。どうせなら経験を積みつつそこに行き、あわよくば会えるかもしれないと思っていた。
「お〜い、そこのあんた」
「ほえ?」
 呼ばれてリィダは振り返ると、そこには彼女よりも大きな馬が踏み潰しかねない勢いで迫っていた。
「うひゃぁ!」
 危うく踏みつけられそう、というか体当たりされそうだったので横道に転げたが、目の錯覚だったのか、その速度は実にのんびりしたものだった。
「危ないって言おうとしたんだが、そこまで危険じゃないぞ」
「は、早く言ってほしかったっす」
 どうやら、荷馬車のようだ。馬が引いているのは、数々の物品である。
「行商人さんっすか?」
「そうさ。ウィードまでね」
 御者はなかなかの好々爺で、行商人としての人気は高いだろう。
「ウィード? 偶然っすね。ウチもウィードに行く所なんす」
「そうかい。ん、あんた冒険者かい?」
「そうっす」
「仲間は?」
「ウチ一人っすよ」
「へぇ。格好からすると魔道士なんだろ」
 老人は目を輝かせた。どうやら、彼にとって魔道士は珍しい存在なのだろうか。
「魔道士の一人旅って危険らしいが、よくやるなぁ。そんなに腕に自信があるのかい?」
「え、いや、その……」
 期待を裏切るのは悪いと思いつつ、かといってここで見栄を張るなどの考えは浮かばなかった。
 なので、正直に話すことにしたのだ。


 北大陸でも有名な国として扱われる、風の大国ウィード。
 そこには魔王軍を寄せ付けなかった死と守りの大嵐(デスバリアストーム)が存在し、入国しようにも下手をすれば何日も待ちぼうけを食らうことがある。
「この辺だな」
 老人がゆっくりと馬を止める。
「おぉい、着いたぞ」
 荷台で休んでいたリィダは、その声で外に出た。
「うわぁ、ここが」
「そう、ウィードさ」
「おじさん、ありがとう。助かったっす」
 まだまだ未熟かつ資金もほとんど無くなってしまったことを正直に話すと、行商人の老人はリィダをウィードまで乗せて行ってくれることを約束し、そのうえいくらか資金を援助してくれた。
 最初は受け取れないと断ったのだが、未来を担う若者への投資さ、と押し付けられてしまったのだ。それでもなお返そうするのも悪い気がして、大事に使おうと大切に持っている。
「それじゃあな」
 老人は笑って手を振り、リィダもそれに笑顔で答えた。
 彼女は今、重々しい魔道士のローブでは無く、身軽な格好に毛皮の外套を羽織っている。リィダが貰ったのは資金だけではなく、幾つかの物資も受け取っていた。それがこの服である。
 老人との会話の中で、魔道士より狩人などの方が合っているのではないか、と言われ転職を決心。確かに、山暮らしの時は、狩などで生活を支えていた。狩人の資質ならばあるかもしれない。
 まずは形から、と老人の商品の中で自分に合うものを譲ってもらえた。
「さあて、あとは転職するだけっすね」
 ウィード城下町の冒険者ギルドはあらゆる設備が充実しており、職業を司るダーマ店も混同しているらしい。
意気揚々と、彼女はその扉を開けた――。


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