-7章-
次男、旅立



 政治国家ストルード。それは中央大陸クルスティカに位置し、最も行政機関の発達した国である。
 しかし実体は貧富の激しい、表裏のある国だ。
 もてはやされるのは上層貴族のみ。貧しい下層階級は人間として見なしもしない。そんな上層意識に取り込まれ、幼い貴族の子たちは育っていく。そしてその子もまた、親に教えられ国の貴族意識に依存してしまう。
 コリエード家も例外ではなく、しかし長男のホイミン=コリエードはこのことに疑問を感じ、蒸発してしまったのか、姿を見せない。

 だから、『彼』は旅に出ることを決意した。

 プラチナメイルを身につけ、プラチナシールドを持ち、プラチナサークレット等などを装備したポピュニュルペ=コリエードは誇らしげに鏡の前に立った。
「フフフ、美しい」
 見惚れているのはもちろん自分の姿である。いわゆるナルシストというやつだ。
「どうじゃ、ワシのプラチナメイルは」
 ひょいと横から覗き込んだのはファイマである。このプラチナメイルはファイマの特製で、スカラルドという物理ダメージを軽減させてくれる結界魔法が織り込まれている。
「最高ですよ。やはり武器仙人のお弟子様は、そこらの武器職人とは一味違いますね」
「ふむ、世辞として受け取っておくわい」
 ファイマは苦笑しているが、まんざらでもないらしい。
「武器とかは造らないのですか? ファイマさんの腕なら、とても強い武器が……」
 苦笑が、苦いだけになった。それを見ただけで、これ以上の追求は無理だなと言葉を切る。
 ポピュニュルペは本名を極端に嫌っており、エードと他人に呼ばせている。それというのも、何だか珍妙な名前であり、コリエード家の男性陣は皆、何故か妙なものばかりだ。エードはそれがさらに際立っており、さすがにこれは恥だと思っている。
 他のコリエード家の人間や、他の貴族はそう思っていないらしいが、これは本人の価値観だ。上層貴族の意識は根付いているものの、これに慣れるという感覚は芽生えなかったらしい。慣れるどころか誇りに思わなければならないのだから、彼には一生涯かかっても無理だろう。
「お主には立派な剣があるじゃろう」
 エードが身に纏っているプラチナ一式に見合うような美しさを秘めた剣――プラチナソードである。その美しさは防具の美麗さを際立たせ、その美麗さが剣を華麗にさせる。威力はそこまで高くないとはいえ、この装備を全て身に纏うことで煌びやかさだけなら誰にも負けないだろう。
「しかし、これで兄上を探し出すことができるかどうか……」
「そればかりは、お主の実力じゃよ」
 旅の準備は整っている。失踪した兄を探すための旅だ。
 エードは魔物殺(モンスターバスター)となり、初期能力を冒険者よりも高めている。
「チームなどは組まぬのか?」
「しばらくは一人旅をしようと思っています」
「そうか。まあ、良いじゃろう」
 モンスターバスターと冒険者はチームを組むことが多い。臨機応変の冒険者と、魔物を倒すことを主としているモンスターバスターが組むことによって仕事の効率があがるからだ。旅も楽になるというものだ。
 それを拒むということは、彼なりの貴族意識のせいだろう。他人の手を借りずとも、自分で何とかできる、と思い込んでいるのだ。魔王がいなくなった世の中には、確かに強大な魔物は減ったが、そこまで甘くは無い。
 まだ勇者ロベルが魔王を倒して数年しか経っていないのだ。
 いくらか平和になったとはいえ、まだ成りたてのモンスターバスターが一人旅などできるかどうか……。
「せいぜい、死んだりせぬようにな」
 一緒に行こうかと思ったがそれではエードのためにはならない。だから、応援の言葉を送るだけで済ませた。
「もちろんです。兄上を探し出すまで、死ぬことなんてできませんよ」
 自信に満ちて言い切ったエードを見て、ファイマは心配をやめた。
大丈夫だろう、自分の造ったプラチナメイルもあるし――と考えたのは、彼も彼で武器職人としての誇りを持っていたからだろう。

 旅立ちの日、エードは家族や侍女や執事に見送られてエードはコリエード家を出た。
 兄と違い、兄を探すための旅なのだからなんとも豪華な見送りだ。
 もちろん、そんなことを見ていて楽しいのは当人たちだけであり、上層貴族に恨みを持つ人間たちにとっては苛立ち以外の何者でもない――。
「それでは、行って参ります」
「頑張ってね」
 母に見送られ、エードは彼らに背を向けて歩き出した。


 外交でストルードを出たことは幾度かあった。
 しかしそれは武装キャラバンなどの護衛付きで、こうして一人で外に出るのはこれが始めてである。もちろん、護衛と魔物が戦っている光景を何度か目にしており、その護衛の力量(レベル)も高かったのか魔物を蹴散らしていた。
 だから、自分でもできるだろうと思い込んでしまったらしい。
「ん?」
 馬車を使わずにあえて徒歩で森を歩いていたら、エードの目の前に幾つもの影が姿を現した。
 魔物、である。魔物がうろついている中、目立つ装備をしてるのだから襲われるのも無理はない。
「ふん。双剣の袋鼠(ソードワラビー)か」
 両手に剣を持ったカンガルーの魔物が集団で、血などで錆びかけている双剣を振り上げ襲いかかってきた。
 それに対してエードは勝ち誇ったように笑い、プラチナソードを引き抜く。
 美しい光沢が、太陽光を反射してきらりと光り、一閃。
 一匹をあっさりと屠り、魔物殺(モンスターバスター)としての特殊能力により貨幣へと変わった。残りの数匹は放って置いた。狙う場所が胴だと判断したからであり、その判断は正しかった。
 手応えはあったはずなのに、相手はなんら痛痒を受けた様子はないことにソードワラビーたちは戸惑った。
「ふふ、効かないな」
 物理攻撃によるダメージをほぼ遮断できる結界魔法は確かに働き、エードはただ軽く押されたようにしか感じなかった。剣で斬られたとは全く思えない。
「強靭! 無敵! 最強!」
 単語一つにつきソードワラビーを一匹屠り、瞬く間に全滅させた。
 もっといたような気がしたが、どうやら恐れをなして逃げたらしい。
「む?」
 エードは自分の頬に触れた。どうやら、かすり傷を負ったらしい。ソードワラビーを斬る際に、相手の刃が掠めていたのだ。
 ここで顔が美形のキャラは顔に傷がつくとありえない程に怒りを露にするが、意外にもエードはそのようなことはなく、冷静に精神を高めた。
「ホイミ=v
 傷は一瞬にして消えた。消せるのだから確かに憤る必要も無いわけだが、ただのかすり傷にわざわざ魔法を使うということは、やはり彼なりに顔が傷つくことを快く思っていないのだろうか。
 彼の顔に関する理念はともかく、エードは一つ確信したことがあった。
「(完璧だ!)」
 ただの一戦で、どのような相手でも対応できると思い込んだのだ。
 見た目はただのプラチナメイルであるため、誰も結界魔法が織り込まれているとは思わないだろう。その意表をつき、攻める。守りきれなかった部分は魔法で癒せばいい。勝利の方程式は完成した。
 実際にそれほど単純なわけではないのだが、運がよかったのか彼はしばらくその考えで勝利を得てきた。
 それから、しばらく経った時のことである。

「――西大陸(ウエイス)バーテルタウン港経由、北大陸(ノースゲイル)アショロ行きのチケット、確かに拝見いたしました」
 船の券を見せて、エードはその客船に乗り込んだ。
 この時代、海路を行く場合はまだまだ魔物が多く、しかし武装した豪華客船ならば安心できるというもの。
 エードは多額のチケットをあっさりと購入し、ゆっくりと船旅を楽しむつもりでいた。
 目的は武器仙人に会う、ということだ。ホイミン=コリエードは冒険者としてストルードを出た。ならば、冒険者たちが強い武具を求めて謁見を望む武器仙人のもとへ行けば何か掴めるかもしれないと思ったのだ。
 まずはバーテルタウンで水や食料などの補給。そこからエルデルス山脈のふもとたるアショロへ出発する。
「メーテル劇団の船上公演、か」
 船の掲示板に貼られたポスターをエードは眺めながら、一際目を引いたものを熱読していた。メーテル劇団はストルードの貴族でかなりの人気を誇っている。たまにこうした船で無償公演をすることがあり、どうやらその船に乗り合わせていたようだ。
「見に行くか」

 そこで――。

 そこで見た、ある女性に惹かれ、本来の目的を半ば忘れ、その女性に同行するようになるのだが、それはまた別の話。
 彼の旅立ちは、ある意味ここから始まった。


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