-60章-
盗賊ギルド



 さすがに何度も説明しただけに、エードに説明する時には、要点をまとめることが容易くなっていた。
 変わらないのは、一通りの説明を終えた後の皆の表情くらいか。
「ふむ。精霊の声が聞こえなくなった、か」
 ファイマが険しい顔で呟く。
「あれ? そこに反応するのか?」
 意外そうな声で、エンが言った。
「どういうことじゃ?」
「いや、ファイマのことだから光の玉を失くしたことについて怒るかもなって……」
 ファイマは珍しいアイテムの収集にただならぬ情熱をかけている。光の玉という究極のアイテムを失ったことを言えば、大激怒するかと思っていたのだ。
「状況が状況であったのだろう。仕方あるまいて」
 意外にもあっさりと事実を受け止め、フォローまで入れる始末。なんだか気味悪いな、とエンは思っても口には出さなかった。
「英雄ロトルに、インフィニティアに、魔王が行おうとしていた世界同時破壊に、龍界……これだけ言われればさすがに途方も無さ過ぎて怒るに怒れんわい」
 ただ単純に光の玉を失ったことだけを伝えていたら相当怒っていたのは目に見えている。
「そもそも精霊の声が聞こえなくなったということ自体が何やら引っ掛かるのぉ」
「そうなのか?」
 エンたちの解釈としては、役割を終えた精霊が眠りについたのかと思っていたのだ。世界を滅亡させようとした魔王を、斃すことができたのだから。
「インフィニティアを持ち去った英雄ロトルの存在があるのに、役割を終えたとは到底思えぬ」
 腕を組みながら、ファイマが悩ましそうに言った。
「……そのインフィニティアという魔力は世界同時破壊を可能にする大魔力なのだろう。英雄ロトルが同じ目的で使ったら、この世界は一瞬で消え去ってしまうのではないか?」
 エードが自ら言った様子を想像したのか、不安そうな顔だ。もしかしたらこうして話している間に、世界が消え去ってしまうかもしれないのだ。
「それはないと思うけどなぁ」
 世界同時破壊を目論むなら、魔王ジャルートからインフィニティアを奪い取る必要はないはずだ。自分の手で行いたいから奪った、ということなら話は別だが、そのような様子は微塵もなかった。
「(それにしても、龍界、か……)」
 ファイマは無意識に自分の目元を抑えた。その細い目が開かれると、片方は異形の力を備えた真紅の瞳になっている。忘れるはずもない、魔竜神の力がここに眠っている。その魔竜神も、もともとは龍界の住民だったのだ。しびおたち海魔龍一族は龍界への帰還を願っている。もしかしたら、この魔竜神も龍界へ帰りたがっているかもしれない。もともと、人間界にあってはならないほど凶悪な力なのだ。
「痛むのか?」
 無意識に目を押さえていたため、エンに言われてファイマは自分が何をやっているかに気付いた。
「む、なんでもないわい」
 と、コーヒーカップを持ち上げて誤魔化した。
 事情を知っているのはファイマ本人と、星降りの精霊の力で過去を見たホイミンくらいなものだが、ホイミンがいつも通りあはあは笑いながら何も言わなかったので、結局真実を知る者はこの二人に限られる。
「それより、今後のことじゃな」
 自分の事は後回しだ、とファイマは自身に言い聞かせる。それが、今の役割なのだから。


 ストルードに存在する盗賊ギルドの溜まり場に入った瞬間、値踏みするような視線が一度だけ集中する。その視線はすぐに興味を失くし、もとの場所へと戻っていくのだ。それというのも、暇を持て余している彼らにとってやってくる客は最高の鴨であるのだが、ただの身内と知れば興味を失くすのも当然だろう。
「なんだ、『風殺』かよ……」
 あからさまに舌打ちして嫌味さえ聞こえるように言ってくるのだから、苦笑さえしてしまう。『風殺』とは、盗賊ギルド内でのミレドの二つ名である。二つ名があることは盗賊ギルドに所属している人間なら誇るべきことだが、ミレド自身はこの名を嫌っている。
 他の連中は放っておき目的の情報屋を探すと、すぐに見つかったが、当の相手はミレドと目があった瞬間に肩をすくめた。
「『風殺』に客だぜ」
「客? 俺様にか?」
 情報屋は顎で先を示し、ミレドはそちらを見ると目を丸くした。
「おう、久しぶりだな」
 そこにいるのは、見なれた初老の男が一人。
「師匠……」
 ミレドの盗賊ギルドでの師が、そこに座っているではないか。
 ギルド内では『眼殺』の異名を持っており、その殺気のこもった眼で見られたら、それだけで死にそうなほど恐ろしい。
「ちぃっと面ぁ、貸せや」
 そういって『眼殺』は立ち上がった。ミレドが来るのをずっと待っていたのだろう。
「話ならここでも……」
 良いじゃないか、と言いかけてミレドは心の中で舌打ちした。
 ここは『黒羽派』のふりをした『白爪派』の盗賊ギルドメンバーしかいないのだ。『黒羽派』である『眼殺』とミレドの話を、ここの連中に聞かれたくないのだろう。
 あのホイミスライムが言っていたことが本当なら、の話だが、『眼殺』の行動からしても本当のことだったらしい。そうなると、ここに情報の依頼を出したこと自体が無駄だったということだ。
「へいへい、行きゃあ良いんだろ」
 仕方なく付き合ってやる、というように見せるのが、せめてものミレドの意地だった。


 貴族街や表通りから離れた、貧民層が暮らす下町。そこのさらに人気のない場所までやって来るまで、『眼殺』もミレドも無言だった。
 ここならいいか、と『眼殺』がぼそりと呟く。この辺りは最早廃墟も当然で、人の気配がまるでない。
「この大馬鹿野郎が!!」
 と、『眼殺』はがなった。その迫力は近くに子供でもいようものなら泣く。確実に泣く。更に心の弱い者は失神さえしてしまうかもしれない。だがこの辺りにいるのはミレドだけで、ミレドは昔からこの怒声を聞きながら育ったものだ。
 目を逸らしながら聞き流す。
「テメェ、なぁに『白爪派』しかいねぇ所をほいほい歩いてんだ!!」
 さすがに『眼殺』は知っていたらしく、その事を言われるとミレドもさすがに気まずい。自分は知らずに、エンが連れていたホイミスライムから聞かされてようやく知ったのだ。『白爪派』のところに協力を求めに行くのは、険悪な関係にある敵国に協力してくれと頼みにいくようなものである。
「あと、テメェは死ぬつもりで行ったんじゃなかったのかよ。なに生きてんだ!!」
「なんだよそれ。生きてて悪かったな」
 ミレドが、というよりも『炎水龍具』が魔界紋へ向かう前。ミレドは師であり育ての親でもある『眼殺』の所へ別れを告げに行っていた。
「だから! 生きてるなら生きてるって報告しにこいや!!」
「悪かったって言って……はぁ?」
 喧嘩腰になりかけた口調が、『眼殺』の言葉を理解した途端に気が抜けた。
 ミレドがどうなろうと知った事ではないと思っていると判断して報告にも行かなかったが、言葉だけ聞くと、まるでミレドのことを心配していたかのようだ。そのように思われていたとは考えつかなかっただけに、さすがのミレドも決まり悪げに目を逸らした。
「悪かったよ……」
 素直、とは言い切れないが、ミレドなりの謝罪に『眼殺』は一度だけ目を伏せる。
「まあ過去の大馬鹿野郎のことはもういい。これからの大馬鹿野郎のことだ」
「って結局大馬鹿呼ばわりかよ」
 謝ったのだからましになると期待したのだが、どうやらそうでもないらしい。
「あったりめぇだ。ミレドてめぇ、何面倒くせえことに巻き込まれてんだ」
 それを言われると辛い。むしろ、それを一番言って欲しくなかった。とはいえ、呼び出された時点でうすうす感づいていた事だ。
「マハリのじじいのことだろ。解かってらぁ」
「本当に解かってんのか?」
 『眼殺』の鋭い眼光がミレドに向けられる。返答次第では、そのまま殺されるかもしれない。
 しかしミレドとて盗賊ギルドに所属する身だ。マハリがどういう存在が把握はしているつもりである。
「あのじじいが『死神の心臓』を持っていようといまいと、証明される前に殺せばそこで終わりだろ。問題はそいつがどっちかの派閥かってことだ」
 マハリが持っているかもしれないと噂されている『死神の心臓』は所有者を殺したものに引き継がれる。『黒羽派』か『白爪派』か、どちらかの人間がそれを成した時点で、真実がどうあれその派閥に『死神の心臓』が渡ったかもしれないという事実は大きなアドバンテージになる。
 むしろ、そこでどちらかの派閥が完全に盗賊ギルドを掌握できるだろう。
 今、盗賊ギルド内では『黒羽派』と『白爪派』の内部での争いが激化している。
 それもそのはず、次期盗賊ギルドのギルド長が、その座を退こうとしているのだ。
 『黒羽』と『白爪』は、その座につく候補者である幹部の二つ名である。
 もしどちらかが『死神の心臓』を持つ者を抱え込んだら、それはそのままギルド長の座が約束される。
 マハリはどちらの派閥にも属しておらず、完全な中立の立場にある。そのため、『黒羽派』と『白爪派』の両方が狙っているのだ。
「わかっているなら良い。まさかそれさえ知らずに能天気にやっているのかと心配しちまったぜ」
 皮肉は言われ慣れているため、『眼殺』の言葉は適当に流す。
「盗賊ギルドを分かつ問題だ。てめぇのチームの野郎どもには話しているのか」
 ミレドは首を横に振った。
 ファイマやエードたちには、護衛の理由までしか話していない。他の仲間は、盗賊ギルドが狙っている、くらいの認知だろう。それは間違っていないが、その狙っている結果がどうなるかまでは深く話していない。
 盗賊ギルドの命運など、他の者には関係のない事だし、巻き込みたくないという自分の意思だ。
「それなら話せ。マハリが死ぬことがどういうことかってこと」
 ミレドが怪訝そうな顔を『眼殺』に向ける。盗賊ギルドの問題に、関係のない人間を巻き込むのはどうかと思ったのだ。
「使える物はなんでも使え。今回は、そうでもしねぇといけねぇってことだ」
「だったら、あんたが護衛すりゃあ良いじゃねぇか」
 実力はミレドよりも『眼殺』のほうが圧倒的に上だ。
 使える物はなんでも使え、という言葉に従うならば適任者に事を預けたらいい。
「バカ言ってんじゃねぇ」
 『眼殺』が呆れ顔でミレドを小突く。
「近くにいてみろ。殺してみてぇ衝動を抑えられるはずないだろ」
 と、『眼殺』はなんとも危険なことをあっさりと言った。
「もし『死神の心臓』が得られるとしたら。そしてマハリが本当に『死神の心臓』を持っていなかったとしても、今、この時期に殺すことができたら……そう考えたら護衛なんてできねぇよ」
 『眼殺』でさえ、自分の欲望を優先させてしまう。目の前に宝箱があるのに、それを開けないのは愚行であるかというように。
「そういうもんかねぇ」
 だから、ミレドはいまいち理解できなかった。
 実際にマハリの近くにいても、護衛の対象としか見ていない。『死神の心臓』など、持っていようといまいとミレドにとってはどうでもいいとしか思えないのだ。
「ミレド、てめぇは変わったよな」
「なんだよいきなり」
「『死神の心臓』に魅かれない盗賊ギルドの人間はいない。それはつまり、そんな話に望みをかけてしまうほど、ギルドの人間は幸福な人生を歩んで来られなかった。ってぇことはだ、それをどうでも良いとか思っている奴は、どうしようもない屑か、今が充実しているかだ。てめぇは、どっちだろうな」
「……」
 『眼殺』の言葉に、ミレドはむっつりと押し黙った。前者であろうと後者であろうと、認めたくないとでもいうかのように。
「まあいい。もう一つ言っておくことがある」
「今度は何だよ」
 さすがのミレドもうんざりしてきたのだが、一応は聞く気がある。なんだかんだで、『眼殺』の言葉には何かしらの意味があるのだ。
「……『法賢者』には気をつけろ」
 その一言だけが異様に低い声で言われたせいか、ミレドに重くのしかかった。
「どういうことだ」
「危ねぇもんがこの国に持ち込まれた可能性がある」
「だからなんだよそれ?」
 何をどう気をつければいいのか、見当もつかないのだ。とはいえ、『眼殺』も確証がないのかこれ以上を言うことを躊躇っているように見えた。
「……ミレド、おめぇもエシルリムの『マナスティス事件』のことは知っているな?」
 当然だ。ありとあらゆる情報に精通している盗賊ギルドの人間が、知らないはずがない。
 東大陸(ルームロイ)を代表する魔道国家、エシルリムで起きた事件である。国を挙げて復活を果たそうとしていた魔に対する封印魔法は、史実と異なっていたことによりエシルリムを危機に落としやった。
 当事者ではないにしろ、重大な事件として広まっている。その後、エシルリム王のクレイバークが歴史学者として正しい歴史を伝えるようになった、というのも有名な話だ。
「その事件に出て来る『マナスティス』の魔書が、最近になって発掘されたことは?」
 ミレドの目元が、ほんの少し厳しくなる。その機微だけで『眼殺』はミレドが知らないことを理解した。しかし、あえて説明せずに言葉を重ねる。
「そして、その魔書が盗まれたことは知っているか?」
 『眼殺』から提示された情報で、何が起こり得るか、そしてどう『法賢者』に結び付くのかが、ミレドの中で計算されていく。情報と情報を繋ぎ合わせると、何かの予兆に辿り着くのだ。
 マナスティス。対象者の肉体を変えてしまう、変化呪文(モシャス)変竜化呪文(ドラゴラム)とは比べ物にはならない、魔王そのものに近づける魔法だ。ただ、その破壊衝動の赴くまま、大陸一つなら簡単に消し飛ばしてしまうほどの暴走を起こしてしまう禁呪の類である。
 エシルリムがその力で滅びる前に再び消滅したらしいが、そんな危険極まりない魔法の魔書が発見されたとなっては恐ろしいことこの上ない。
 元来、禁呪の魔書は厳重に管理されるのが常である。恐らく、発掘されて管理する間に盗み出されてしまったのだ。
 もしかしたら悪意ある者がそれを手にするかもしれない。
「『法賢者』が、それを持っているのか?」
「……さあな」
 『眼殺』が無意味なことを言うはずがないし、適当なことを言うとも思えない。盗み出された所は確実で、『法賢者』が所持しているという情報に関しては確証がないのだろう。だから、『眼殺』でさえ言うことを躊躇ったのだ。
「仮に『法賢者』の野郎が持っていたとしてもよ、何に使うんだよ」
「神に近付きてぇんだろ」
「はぁ?」
 いきなり神などと言われて、さすがのミレドも呆れてしまった。しかし『眼殺』は真剣な眼差しのままだ。
「マナスティスの魔書って言ってもな、ちょっと違うんだ」
「違う?」
「『マナスティス・ゼニス』。それが書かれていた、その魔書の正式名称だ」
 ミレドの顔が、これほどにないまで嫌そうな表情を作った。
 ゼニスといえば、神界に住まう最高神として有名な神の名前である。もし、マナスティスが魔の肉体になるのならば、ゼニスの名を抱くその魔書は、神に近付く為の魔法が封じられていると考えるのが妥当だ。
 そしてこのストルードにいる『法賢者』は、神に最も近い人間として扱われており、本人でさえそうと思っているから性質が悪い。盗み出された後の行き先は、もしかしたら『法賢者』かもしれないと疑ってしまうのも当然だろう。
 ただ、『眼殺』もそれはただの憶測に過ぎないので、はっきりと言えないのだ。
 確実に持っていると分かれば、行動に移すことができるのだが。
「なるほど。めんどくせぇや」
 自分が考えている以上に、複雑な事情が今回の一件にくっついているらしい。盗賊ギルド内の問題だけかと思ったら、どうやら違うようだ。
「……ミレド、しくじるなよ」
 『眼殺』がそんなことを言うと、さすがに不安に思えて来る。
「当たり前だろ」
 ミレドはただ、そう言うしかできなかった。


 たいがいの貴族は夕方には家に帰っていることもあり、出歩く人間も極端に減っている。
 そんな中を歩き、ミレドが再びエードの屋敷に戻ってきたのは、夕暮れ時である。
 扉を開けると、屋敷を出る前のティールームにまだ全員揃っていた。
「お、ミレド。お帰りぃ」
 朗らかに迎えたのはエンの声である。魔界から戻ってきたこの男の声は、特に変わりがない。
「これから飯だってさ。オレ、腹減っちまってよ」
 ちょうどティールームを出ようとしていたところだったのだろう。
 それにしても護衛の仕事をしているという割に、緊張感がまるでない。
「(今が充実している、か)」
 エンの能天気な顔を見た途端に、『眼殺』の言葉が脳内で繰り返される。
 ここに戻ってきて、名前で呼ばれた。『風殺』でも、『眼殺』の弟子でもない。ミレドという人間として、名を呼ばれた。そのことを嬉しく感じているのか。今この『炎水龍具』のメンバーであることを、幸せと感じているのか。
 慣れ親しんだ顔が、こんなにも落ち着ける場所になっているのか。
 ルイナも、ファイマも、エードも。こいつらと一緒にいることが、幸福と思えるのか。つーかなんでエードは俺様から顔そらしてんだよ、とミレドは一旦考えるのを止めた。
「あれ? どうしんたんだ?」
 黙り込んだミレドを不審に思ったのか、エンが問いかける。
「別に……」
 そう言って、ミレドは不機嫌そうな魔風銀ナイフを召還した。
「なんで武具召還するんだよ。オレ、なんか悪いことしたか?」
 エンとしては、やましいことないと思っているが、知らないうちにミレドの機嫌を損ねたかもしれないと思ったらしい。どこまで、能天気なものだ。
 ヒュッ、と風を切る音と共に魔風銀ナイフがエンの顔の真横をすり抜けた。ミレドが投げたそれは、開いている窓の外から飛んできたナイフに吸い込まれるかのようにぶつかり、高い金属音を奏でた。
「え!?」
「なんじゃ?!」
 皆が一斉にその方向を向く。もしミレドがナイフをぶつけてなかったら、その軌道はまっすぐマハリの所へ向かっていたはずだ。
「ったく、のんびりしてるんじゃねぇよ。命を狙われているんだぞ。なに呑気に窓を開けてんだ! これじゃ狙ってくれって言ってるようなものだろ!!」
 一気にまくし立てたミレドの勢いに押されて、エンが後ずさる。
「わわ、悪かったよ。気をつける」
 ミレドは舌打ちして、次いでファイマを見た。
「アンタがいて気付かなかったのかよ」
「むぅ、すまん。考え事をしておった」
 と、ファイマが素直に謝った。
 さすがにルイナを叱るとその後がどうなるかわかったものではない。一応、まだミレドがルイナの専属密偵である契約は破棄されていないため、主従の関係にあるのだ。
 とりあえずエードにでも八つ当たりしようかと思ったが、それも却下。なんだか心苦しそうな表情をしており、それを見抜いてしまったからには怒鳴ることが憚られた。
 そうなると、自然と怒りの矛先は残りの人間に向けられる。
「まあよかったじゃねぇか。助かったんだし」
「テメェが言うな! 狙われている自覚持てって言ってんだろがああ!!!」
 最早叫びに近いミレドの怒声を浴びても、マハリは飄々としていた。どうせ殺されるかもしれないなら、こいつ今この場で殺してやろうか、とさすがのミレドもギルド問題とは別の理由で怒りをぶちまけたのだった。


――マハリの潔白証明裁判まで、残り二日と半。

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