-51章-
戦竜の咆哮



 天空に建造物が浮かんでいる光景は、一般人が見れば神々しいばかりである。
 しかしそこに住まう者はその光景が日常化しているため、逆に地上での暮らしに憬れる者も少なくは無い。
 ただ、それを実際に行なおうとしないのは、この世界の空気があまりにも清浄であるため、そこから出ようとしないのだ。
 ここは神界。
 三界分戦により人間界(ルビスフィア)から切り離され、神々が住まうようになった世界である。
 神聖なる雰囲気が世界全体を包み込んでいるはずだが、今日ばかりは違った。
 それも、最も神聖で高貴とされる天空城でその異質な空気が流れていた。
 最高神ゼニスと、神々の代表格の面々が顔を揃えているのに、彼らの表情はどれも険しいものである。
「このようなことが」
「あの者に任せたのが間違いだったのだ」
「奴は神界の力を自在に使うことができるのだぞ」
「世界を正すつもりで送り出したというのに!」
 それぞれが口惜しげに言うが、それで何かが改善されるというわけではない。
 ただそれでも文句の一つでも言わなければ気が済まないのだろう。
「どうするのですかな。あやつは、もはや我々の手の届かぬ所まで行ってしまいましたぞ」
 神々が慌てふためく様子をよそに、一人が最高神ゼニスに問うた。
 その言葉に、全員がゼニスへ視線を注ぐ。
「まさか、英雄ロトルが我々を裏切るとはな」
 ゼニスは、自嘲気味に笑う。他の神々の混乱など気にもしていないようで、最高神の名を持つ神は、至って冷静であった。
 まるで、最初からこうなることを予測していたかのように――。

 その様子を、遠くから見る存在があった。
「なにが『まさか』だよ。全てシナリオ通りに進んでいるんだろう」
 神界でもどこでもない場所で、しかし『彼』は神界でのやりとりを見聞きすることができている。そして、彼は視線を別の方向へ見やった。
 先ほど神界で議論されていた当の本人たちが、そこにいる。
「まあいいけどね。『裏切りの勇者』も『四大精霊』も、『孤独の魔王』も集まったことだし……さあ、ついに『開戦』だ!」
 と、大きな釜を持った青年――『死神』を名乗る青年は嬉しそうに言った


「――探り合いは終わりだ。ついに『揃った』からね」
 先ほどまでの戦いがお遊びであったかのように、英雄ロトルは飄々と言った。
 同時に、ジャルートも攻撃の手を止める。
「揃った……? って、どういうことだ」
 ロトルの言動も、魔王ジャルートさえ行動を止めたことがエンたちの不安を駆り立てる。
「やはり、生かされて、いたよう、ですね」
 ルイナが淡々と言う。
 英雄ロトルの実力ならば、エンたちを抹殺するのは容易いことだったのだ。
 出会った時からエンたち四大精霊を標的としていた。何かしら理由をこじつけて止めを刺さなかったが、本来ならば出会った時にエンたちの命は無くなっていた。今ここまで来て言うのが、生かされていたという証なのだ。
水の精霊(スベリアス)の言う通りさ。手加減はしていたよ。まあ、手加減していて死んでいたらそれは君たちがあまりにも弱すぎたってことで終わっていたけどね」
 勇者の言葉とは思えない辛辣な言葉に、改めて生かされていたということが解る。
「お前の……お前らの目的は何なんだ!」
 エンが叫ぶように言った。四大精霊は、魔王が三世界も精霊界も滅ぼそうとしていると言っていた。しかし魔王は魔界に籠っているばかりで、どのような方法で、何の目的でそんなことをしているかは全く解らないのだ。
 ロトルは魔王を斃すと言っていた。そしてエンたちも標的だと言ったのだ。しかし、現実は魔王を最初から全力で戦わず、標的であるはずのエンたちを生かしていた。
「この時を待っていたのさ。お前も同じだろう、魔王ジャルート?」
「貴様……=v
 からかうような笑みを、英雄ロトルは魔王ジャルートに向けた。魔王は、英雄ロトルを忌々しげに睨むが、ロトルの言うとおり、魔王も今のこの時を願っていたのかそれ以上は何も言わない。
「この時って……?」
「ヒントをあげようか。今の僕は、神々に仕えている。つまり、僕は神界の使者ってことさ」
「それがどう――」
「まさか、これは!」
 ロトルの言葉に、エンはまだ解らずに更に言い募ろうとしたが、ラグドの狼狽がそれを遮った。
「どうしたんだよ」
「気付かないのか?」
 ラグドが苦虫を噛み潰したような表情を作るが、ぼさぼさの髪に邪魔されて見えにくい。
「だから、何を?」
「バカ! 今の面子を見て何も思わないのか!!=v
 エンが問い返すと、心の中に宿る炎の精霊(メイテオギル)が、直接怒鳴りこんできた。
「今の面子?」
 英雄ロトル、魔王ジャルート、エンたち四大精霊と、ホイミンとしびお。
 全員を確認して、エンは首を傾げた。もちろん、エン以外の全員は既に把握している。
「神族と、魔族と、四大精霊の力を得た人間……三界分戦と同じ構図だ」
「違うのは、英雄ロトルが神族側にいるってことね」
 ラグドの説明に、イサが補足した。
 かつて、三界分戦の最終決戦ではそれぞれの最大の力がぶつかり合い、それはルビスフィアを三世界に分断させてしまうほどであった。
 それと同じ光景が、今ここにある。
「理解したかい? それじゃあ、思う存分、力を引き出そうじゃないか!」
 ロトルが叫びながら、勇者の剣を掲げた。
 勇者の剣が纏う光が、その質を変える。
 輝きは渦を巻き、まるで『旅の扉』を見ているかのような光に包まれた。
 その渦に吸い込まれるように、エンたちは自分らの身の違和感に気付いた。
「なんだ、これ!?」
 エンは初めての感覚であるが、他の三人はつい先ほど同じものを経験している。
「これは、さっきと同じ……」
「私たちの精霊力が、無理やり引き出されている?」
 勇者の剣は、あらゆる力を集束する特性を持っている。光牙神流の最終奥義を使う条件の一つとして、その力は大きく役に立つ。勇者ロベルの父、オルテガが完成し得なかったのは、勇者の剣がなかったからでもある。
 全闘気を集約するには、この剣が必要不可欠であったのだ。
 そしてこの剣の使い道はただ闘気の集約だけではない。
 他のありとあらゆる力を一つの場所に集める事が出来るのだ。
「おい、まさか……」
 力が無理やり引き出される感覚に歯を食いしばりながらも、エンが思いついたことを口にした。あまり当たってほしくない予想だ。しかし、嫌な予感ほど当たってしまうのが世の常だ。
「三界分戦の最終決戦を再現するつもりなのか?!」
 世界を三つに分断させてしまうほどの破壊の力。それを再び行うなど、この場が魔界であるとはいえ今度はどうなるかわかったものではない。
「そうさ! そしてその『力』を、僕は頂く! それが僕の目的だ!」
 ロトルが歓喜に打ち震えているかのように叫び、それに呼応するかのように引き出される力が強まったように感じた。
 見れば、魔王ジャルートも闇色の光に包まれ、それは勇者の剣へと向かっている。同じく力を強制的に引き出されているかのようで、しかしその場を動こうとしていない。魔王も同じくこの時を待っていたというのならば、邪魔をする必要がないという事なのか。
「私の力まで……」
 見れば、しびおとホイミンも同様に不思議な光に包まれ。その光へ勇者の剣へと伝っている。しびおの正体は海魔竜の一族である。竜の魔力でさえ、奪おうというのか。
 多種の力が勇者の剣に交わりながらも反発しあい、轟音が響く。
 漏れた力の片鱗が地面を砕き、壁に亀裂を生じさせる。世界が分断されるほどの力なのだ。この程度の現象は、まだ軽いほうだ。
「世界をぶっ潰す気かよ。そんなこと、させねぇ!」
 このままでは本当に世界が崩れかねない。動かない魔王も、その真意が掴めない。ならば、自分たちでどうにかするしかない。
 エンが火龍の斧を握り締め、何も考えずにロトルに向かった。とにかくロトルを叩けばなんとかなるはずだ、というのは彼の直感である。
「甘いね」
 エンの突進を読んでいたのか、ロトルは剣の切っ先を揺らしてエンに向けた。
 ただ、それだけだ。だが次の瞬間、エンの身体が吹き飛んだ。
「うおわっ?!」
 軽々と吹き飛ばされ、壁に激突してようやく止まる。
「エン!?」
「何も考えずに突っ込むからだ」
 イサが叫び、ラグドが怒鳴る。
「だけど、なんとかしねぇと!」
 しかし、強大な力が渦巻いている中に無我夢中で突っ込むのは得策ではない。
 こうしている間にも、精霊力が軒並み吸い取られているのだ。早々に対処するべきなのは全員解っているのだが、如何せん力が強大すぎる。
 追い打ちをかけるかのように、引き出される力が強まった。
「う、ぐっ」
「あっぅ」
「うわぁぁっ」
「っっ――!」
 力が強まると同時に、それは苦痛を伴った。思わず呻くが、それはラグドとイサのものである。ホイミンはたまらず叫び、しびおは歯を食いしばって声にならない悲鳴を上げた。
 そしてその中で、エンとルイナだけが違った。
「エン? ルイナ……?」
 見れば、ルイナはその場に倒れてしまってきつく目を閉じている。強力な力の吸い出しに身が持たなかったのだろうか。気丈に振舞っていたが、死魔将軍との戦いのダメージがまだ残っていたのかもしれない。
 そして、エンは――。
「う、ぐ、ガ、あ、あぁ」
 明らかに様子がおかしい。
 苦痛に耐えている、といったものではないのだ。
「エン?! どうした!」
 ラグドの問いかけに、エン自身は何の反応も示さない。
 しかし、エンが纏っている炎の精霊を表す赤い光が、変化している。精霊力の光ではない何か。同じ赤い色の光なのに、全くの別種であることが一目して分かる煌めきだ。
「が、アァァァァっっ!!」
 人の声ではない。かつて、似たような咆哮を、ラグドとイサ、そしてホイミンは聞いた事がある。遥か過去のエルデルス山脈。そこで見た、狂気に満ちた魔法戦士の咆哮。それと似ているのだ。
「これは、まさか――いけません、皆さん! 耳を塞いでください!!」
 しびおが、その表情を初めて強張らせる。
「一体なにが」
「いいから早く!」
 ラグドの言葉を遮り、しびおが一層声高く叫ぶ。いつも冷静沈着、というよりもマイペースのしびおからは考えられないほどの焦りは、全員を従わせるほどであった。もちろん、全員とはいえイサとラグドとホイミンだけだ。ルイナは倒れているし、エンは何かが起きている張本人である。
「言うとおりにした方がよか!」
 いつの間にかホイミンが人の姿をしている。もしかしたら勇者の剣のせいで、無理やり引っ張りだされたのかもしれない。
 ともかくしびおに言われた通り耳を塞ぐことに集中した。
 それと同時に、しびおから強大な魔力が放たれ、イサたちを包み込んだ。
「むぅ=v
 無言を保っていた魔王でさえ、その表情を強張らせ、片手を上げると闇の壁が正面に出現した。
 その、直後である。

 ――オオォオォォオオオオォオン!!!

 龍の咆哮。イサの風死龍や、ラグドの岩龍爆極槍破の龍の技は、龍が咆哮するかのような轟音と共に放たれる。もちろん、本物の龍が吼えているわけではない。
 だがこの場の咆哮は、まさしく本物の龍の咆哮であった。しびおが何かしらの力で守ってくれているようだが、それがあっても、耳を塞いでいても、脳を揺さぶり、気が狂いそうになる。
 信じられないのは、その咆哮の発生源が、エンであるということだ。
 エンは背を丸めてうなだれているが、それはまるで自身の身体の扱いに慣れていない故にどこに力を入れればいいのかが解っていないかのように見える。
 そして、エンの瞳は、いつもの青みがかかった黒ではなく、黄色に縦長の黒眼というまるでトカゲか何かのようなものになっているではないか。エンの髪が溢れる力で靡き、鬣を連想させ、その姿はまるで龍人である。
「なんだ、これは!?」
 龍の咆哮を境に、常に余裕の表情をしていたロトルの顔が一変した。
 それぞれの魔力を吸収していた輝きの渦が、鈍り始めたのだ。剣が暴れているかのようにぶれ、ロトルでさえ持つことに必死だった。彼が剣を手放した瞬間、それは今にも爆発しそうなほどである。
「なにをした! メイテオギル!!」
 エンを――というよりもエンが宿している炎の精霊王に、ロトルは直接問いかけた。
 だが、それで答えは返ってこなかった。メイテオギルを宿しているエンが喋れる状態ではないのだ。
「(メイテオギルは関係ないわ。彼にこんなことできるはずがないもの)」
 その様子を見ていたウィーザラーが、イサに話しかける。
「ウィーザラー?! エンは、どうなっちゃったの!」
「(わからない。でも、気をつけて! 今のあたしたちの声、彼らには聞こえていないわ)」
 ウィーザラーが彼らと称したからには、エンとメイテオギルの両方ということだ。
 ルイナなら何とかしてくれそうだが、生憎と彼女は倒れ込んでしまっている。
「く、どうして、こんな」
 魔力を集束していた剣を制御しようと、ロトルがエンを無視して剣に目を落とす。
 その瞬間、パァン、と何かが弾けた音が響いた。
 続けて、何かが壁に激突する音。それと同時に身体が軽くなったが、それよりも、イサとラグドは目の前の光景を疑った。
「エン……?!」
 エンが、ロトルを殴り飛ばしたのだ。弾けた音はその際に響いたもので、壁に激突したのはロトルだ。
 一瞬の出来事であった。ロトルは回避することもできず、否、接近にすら気付く事さえできなかった。
 それほど速く、鋭い拳だったのだ。
「ガァァアァァアアァァアアッァァ!」
 獣の雄叫びのような声を上げるエンの姿は、それがエンであることを否定してしまいそうになる。激戦を潜り抜けたイサたちでさえ、その声に竦み上がってしまう。
「ねぇ。どうしたのよ、エン……。いつものあなたらしく、ないじゃない」
 イサの声が震えた。今のエンから放たれる殺気は、瞳に映るもの全てを敵と認識していることを解り易く伝えている。
 それでも、エンなら大丈夫だと、そう信じていたいからか。
「ねぇ、エン!」
 イサはめげずにエンの名を呼んだ。
「行けません、イサ様!!」
 ラグドが激昂と共にイサの前に立ち塞がる。彼は大地の大楯(グレイブシールド)を召還しており、それを翳した。腕が痺れそうになるほどの衝撃が、ラグドを揺らす。エンが信じられないほどの速さで迫り、ロトルを殴り飛ばしたようにその拳を繰り出したのだ。いくら力強い拳とはいえ、ラグドの徹底した防御の前にはさすがに超える事が出来なかったようだ。
「ぐるるるる――」
 エンの眼の端に、落ちていた火龍の斧が映る。素手では無理だと判断したのか、火龍の斧を拾い上げ、再びラグドたちに目を向ける。
「嘘、でしょ」
「冗談ではないようです」
 イサの言葉を、しびおが否定する。
「何が起きたと。あげなもん、エンさんじゃなか」
 ホイミンが悲しげに言う。イサも同じ気持であった。あれは、エンではない。
「ルガァァァァアッッ」  火龍の斧を振り翳し、エンが迫る。
 彼の斧がイサとラグドに届くより早く、二人の間を後ろから蛇のようなものが鋭く過ぎ去った。
「ガっ?!」
 エンの動きが止まる。関節全体を、水で出来た鞭が絡みつき、抑え込んだのだ。
「ルイナ!」
 倒れていたルイナが起き上がり、水龍の鞭を操っていた。
「収まった、みたい、です」
 言われて、勇者の剣の力の吸引が無くなっていることに気付いた。そういえば、ロトルが殴り飛ばされたのと同時に身体が軽くなったので、その時からだろう。
「エン、どうしちゃったの?」
「……」
 ルイナは無言で、水龍の鞭で捉えていたエンを解放した。
「ちょっと」
「もう、大丈夫、です」
 またエンが襲い掛かってくるかもしれないと思ったが、ルイナの言う通り、エンはその場にばたりと倒れ込んだ。
 先ほどのような姿が幻か何かであったかのように、いつも通りの彼だ。気を失っているというよりも眠っているようで、すぐに起き出す気配はない。
「く、そ。こんなことになるなんて」
 エンよりも先に、不本意そうな表情を隠そうともしないロトルが起き上がった。常に余裕の笑みを浮かべていた彼が、あからさまな表情の変化を見せているので、よほどのことだったに違いない。
 まだ倒れているエンを見る目は、この世にこれ以上憎むものが無いとでも言えるほどで、今にもその剣で首を斬り飛ばしそうな雰囲気だ。
「まあいいさ。目的の物は、手に入ったようだ」
 ロトルが持つ勇者の剣は、先ほどのような暴走の様子は見せておらず、落ち着いた虹色の光を纏っている。神々しくも、禍々しく、それでいて自然に見えてくるのが不思議だ。
「それを、渡してもらおう=v
 ほとんど無言を保っていた魔王ジャルートの影が唐突にロトルの背後に現れた。
 ロトルは慌てもせず、むしろ予測していたかのように、いつものような余裕の表情を見せた。
「断る。僕は僕のやりたいようにやらせてもらう」
 ジャルートが闇の波動を至近距離から放つのと、ロトルの姿がそこから消えたのは、ほとんど同時であった。
 脱出呪文(リレミト)。いつの間にか発動の為の魔力を発動させていたのだろう。闇の波動は、ロトルが消えた跡をなぞった。
 しかし、バシン、と甲高い音が響くと、消えたはずのロトルが再びその姿を現した。
「なに!」
 つい先ほど立っていた場所とは別に降り立ち、悔しげにジャルートを睨む。
「そう簡単に逃がすとでも思うのか=v
「さすがじゃないか。聖邪の宝珠の力か」
ロトルは言いながら、勇者の剣の切っ先をジャルートに向けた。
 魔王ジャルートは人間界(ルビスフィア)では伝説扱いされていた究極の魔法道具を所持している。そこから得られる魔力は、何物にも勝ると言われているほどだ。
 ロトルは肩をすくめ、皮肉な笑みを浮かべる。
「手加減せずにさっさと斃しておけばよかったかな。でも勝手に死なれたら、さすがに困ったからなぁ」
 さっきのうちなら簡単に首が取れた、とでも言うのか。ロトルはその表情を真剣なものに変える。そこから発せられる気迫は、世界一の英雄と呼ばれるのも納得がいくものだ。
 イサは師であるカエンの気迫も相当なものだと思っていたが、ロトルは質が違う。
「もういいや。そろそろ滅びなよ」
 ロトルが持つ勇者の剣の輝きが、一層強まる。先ほどのように力の吸引をするのではなく、吸引した力を解放しているのだ。
「余裕だな=v
 魔王ジャルートが皮肉めいた表情を浮かべた。それに対して、ロトルが嘲笑うかのように剣を掲げて見せる。
「当たり前だろ。『インフィニティア』は僕の手中にあるんだ。負けるはずがない」
「暴走したその力が、真の力である保証はないであろう=v
「僕には解る。既に、『インフィニティア』は完成した。なんなら、試してみるかい?」
 余裕の表情は、例えそれが嘘だとしても信じてしまいそうになるほどだ。
 さすがの魔王も、忌々しく呻く。
「だがこちらにも聖邪の宝珠がある=v
「『インフィニティア』の敵じゃあないね」
「軽々しく使えるものならばな=v
 魔王の言葉に、ロトルの顔つきがにわかに厳しくなる。どうやら、化かし合いは魔王が上回ったらしい。
「ここで使うというのならば、我にとってはそれこそ望んでいた事だ=v
 魔王が、にまりと口の端を歪める。
 ロトルの動きは、完全に封じられたという事か。
 英雄ロトルは俯き、屈したかのように見えた。しかし、違う。彼もまた、勝利を確信した笑みを浮かべていたのだ。
「切り札は……最後まで取っておくべきだったんだけどな!」
 ロトルが顔をあげるのと同時に、すさまじい魔力が周囲を渦巻いた。
 すると、激しい光が空間全体を照らし出した。その光の元は――。
「なんで、エンの道具袋が!?」
 イサは自分の見間違いかと思ったが、違う。
 エンの道具袋から、その光は発せられていた。
 エンがロベルから譲り受けた、光の玉。その効力が、最大限に発揮されていたのだ。


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