-49章-
あの日の夢



 ロベルが消えた後、黙祷を捧げるかのようにじっとしていたエンだが、気力が尽きたのか、ついにその場に倒れ込んだ。
「エン!」
 イサが駆け寄ろうとしたが、足がもつれて無様にも転んでしまった。
 ロベルと言う強敵に足が竦んでいたのかと思ったが、違う。まるで、長距離を全力で疾走したかのような疲労感に襲われたのである。
「なにこれ……どういうことなの」
 疲労のあまり、目がかすむ。休眠を身体が欲して、気を抜けば深い眠りに落ちるのは容易いことだ。
「やっぱりさっきの光ね。私たちの意思とは関係なく、力が引きずり出されていた=v
 心の中に宿るウィーザラーの声も、どことなく疲弊しているようだった。
 ロベルを倒すことはできたものの、その為の力の消費は想像以上のものだったのだろう。
 せめてエンの無事を確認しなくては、と思いながらも立ち上がる事が出来ない。
「エン、起きてよ! エン!」
 苦し紛れに呼びかけるが、やがてイサの意識も深い闇の中に落ち込んでいった。


 起きて――よ。ねぇ、起きて――。
 遠くから誰かが呼んでいる。
「(ああ、分かってる)」
 エンは心の中で返事をしたが、その言葉と裏腹に全身に力が入らない。
 視界はぼやけ、重力さえ感じないほど身体が浮いているような感覚に包まれている。
「起きてってば!」
「!」
 耳元で叫ばれて、さすがに目を覚ました。
「なんだよ?」
 鬱屈そうな目で、自分を呼びかけていた相手を見やった。
 腰まで伸びた栗色の髪をした女性である。活気があるように見えて、どこか儚げな雰囲気を纏っている。
 ざざ、と風で森の木々が揺れる音と共に、冷たい風が過ぎ去った。
「寝るには少し早いんじゃない」
 と、その女性は言った。
「そうか? オレはだんだん眠くなってきたけど……」
「(あれ……?)」
「相変わらず、お酒に弱いのね」
 くすくすと笑うその女性を、エンは見た事がなかった。彼女の名前すら知らない。それなのに、昔から知っているような、それこそルイナのようにずっと共にいたような存在に感じられる。
 それに、内心では混乱しているのに、自分の心とは無関係に、勝手に言葉が出てきて自然な会話しているではないか。自分が自分でないうな奇妙な感覚に戸惑い、しかしエンに理解させるような暇を与えず、彼自身の口が勝手に動く。
「酒は好きなんだけどなぁ」
 と、エンは――エンであるその人物は苦笑する。
「(ここはどこだ?! オレは……オレは、誰だ!?)」
 今の今まで、魔王の城にいたはずである。そこで勇者ロベルと闘い、そしてその後、意識が途切れた。
 ところが今は、夜の帳に包まれた静かな森である。
 否、静かな森であるのは間違いだ。すぐ近くで、何やら楽しげな音楽が聞こえてきている。何かの祝宴でもやっているのだろうが、今いるのはそこから少し離れた場所だ。
「他の皆も言っているわ、フェアーゴはすぐ酔い潰れるからあまり勧めるなって」
「ちぇ、オレだけ毎回酒の量が少ないのはそのせいかよ」
「(フェアーゴ? それがオレの名前なのか?)」
 口を尖らせながら目の前の女性を見る。彼女はくすくすと愛らしく笑い、その笑顔は自然とフェアーゴの心に落ち着きを取り戻させた。
「(あぁ、そうだ。オレは――オレは、フェアーゴ)」
 眠りかけていた所を無理やり起こされて、少し寝ぼけていたのだろうと勝手に判断する。
 フェアーゴは宴から少し離れた所で杯を傾けていたのだが、すぐに睡魔に負けてそのまま眠りこんでいたのだ。その時に、夢を見ていた。自分が別の人物となって凶悪な魔城に乗り込んでいたような夢を。
 だから、つい自分がその人物になってしまったかのような感覚に陥ってしまった。そこを目の前の女性、フィアに起こされた。
「皆、気を使っているのよ」
「ありがたいけどな。なら、オレの好みで飲み食いさせろってんだ」
 フェアーゴは立ち上がり、軽く伸びをする。夢の中の自分になっていて少し混乱していたとは、さすがに言えるはずがない。
 背を預けていた大木の向こう側を見やると、祝宴に参加しているものたちの笑い声や明かりが、眩しく映る。
「……皆、楽しそうだな」
「当たり前でしょ。今日の勝利はそれに値するほどのものだったんだから」
「ああ、そうだな」
 今、フェアーゴたちは大きな戦いの最中にあった。
 神々と魔族の世界を巻き込んだ大戦。初めはその二大勢力のみの戦であったが、そこに第三の勢力が出現した。人間たちである。ただ行方を見過ごすだけだった人々は武器を持ち立ち上がり、この戦を終わらせるために戦う事を決意したのだ。
 後に、三界分戦と呼ばれる大戦になる戦争である。
 今日の勝利、とはその一つだ。
 人々が平穏に暮らしていた街が、魔族に占領されていた。そこの魔族たちを斃し、街を解放することができた。
 元来、この街は流通の重要拠点を担っていた街である。ここを再び人間たちのものにできた意味は大きい。
 何より、平和を取り戻せたという事実が、何事にも勝る喜びだ。
「さすが、四大精霊の力ってところかしら」
 何気にフィアがそう言うが、フェアーゴとしては何とも答え難い。
「全部が全部ってわけでもないだろ。やっぱり、ロトルがすげぇんだよ」
 この戦いに参加しているのは、何も人間達だけではない。他にもホビットやドワーフ、本来ならば戦を好まないエルフなども人間たちと一緒にいる。この事実が、誰もが戦の終結を望んでいることを物語っており、その為に互いに協力していた。
 その中でも特に稀な存在が、今まさにフィアが口にしたものだ。
 四大精霊(エレメンタル)
 精霊が、人と共に戦いに参加しているのだ。この戦いを、終わらせるために。
 フェアーゴは炎の精霊の力を手に入れており、四大精霊の力を得た者として最前線で戦っている。
 そのような多種多様な者たちを束ねているのは、勇者ロトル=ディアティスである。
 彼も人間だが、皆の信頼を集め、この人間軍のリーダーとなっている。それは、誰もが認めていることだ。
「ロトル、か。……ねぇ、ちょっといい?」
 フィアが示したのは、宴会とは真逆の方角。つまり、森の奥である。
「なんだよ、改まって」
 今からまた別の料理をつまみに行こうとしていただけに、フェアーゴは怪訝な表情というより迷惑そうな顔で言った。
「話があるの」
「いいけどさぁ……」
 フェアーゴは渋々と答えたが、まだ行きたくない様子だ。
 それに、このまま話を聞けば面倒事に巻き込まれると直感的に悟ったのだ。
「けど、なに? 嫌なの?」
「いや、その」
 こういう時のフィアは、意外と押しが強い。
 フィアの迫力に押されて、フェアーゴはしどろもどろに頬を掻いた。
 ふと宴会の中心を見ると、他の人間達が何人か気付いて手を振ったりしている。
 それに対してフェアーゴも曖昧に杯を掲げて見せたりするが、どうしたものかと悩んでいるのは明白だ。
 フェアーゴの視線の先には、一人の女性がいた。薄水色の衣を纏った、清楚な女性である。とはいえ、彼女も戦いに加わっており最前線で戦っている強者である。
「なぁに? オチェアーノに勘違いされるのが困るの?」
「ばっ! んなわけねぇだろ!!」
 あからさまに動揺してはそうだと言っているようなものだ。しかしそれにフェアーゴは気付いていない。
 オチェアーノとは、フェアーゴと同じく四大精霊の力を得た人間の女性の名前、今フェアーゴが見ていた女性である。周囲はフェアーゴがオチェアーノに対して好意を寄せているのは丸解りなのだが、こうして本人はいつも否定している。
「なら、いいでしょう。大丈夫よ、愛の告白とかをするわけじゃないから」
 冗談にしては笑えないことを言いながら、フィアは微笑んだ。
「まあいいけどさ。それに、今の身体じゃどうやっても二人っきりにはなれねぇし」
 フェアーゴが言った通り、現状では完全な二人きりになることなどできはしない。フェアーゴの精神には炎の四大精霊、メイテオギルが宿っているのだから。
「(なんだ。そういうことなら、オレは眠っておいてやろう)」
「(やめてくれ)」
 フェアーゴの言葉に反応したのか、さすがに冗談だろうがメイテオギルが語りかけてきた。
「(朝までは起きないから、それまで楽しむ事だな)」
 精霊という存在にしては俗っぽい事を言いながら、ふと反応がなくなった。
「それにしても、相談事ならトルナードやガイアーラでも良いんじゃないか?」
 メイテオギルが語りかけてきたから思い出した、というわけでもないが、相談に乗ってくれそうな人物をいくつか挙げて見る。
 トルナードとガイアーラというのもそれぞれ、四大精霊の力を得ている身だ。
「あなたにしておきたいの。ロトルの、ことなのよ」
 フィアの真剣な眼差しに、さすがのフェアーゴも表情を変えた。
「……。わかった、聞こうか」
 料理は諦めなきゃいけねぇな、と苦笑しながらフェアーゴは言った。
 まだ、そのような軽口が叩ける程度であった。
 だが、フィアから聞いた話は、笑い事ではなかったのである。


「なん、だって?」
 思わずフェアーゴは聞き返した。
 今、フィアから聞いた言葉の意味が、浸透しなかった。いや、理解したくなかったのである。聞き間違いであってほしいと願って、フェアーゴはもう一度聞いたのだ。
 フィアはたった一言、呟くように言った。
「ロトルが、次の戦いで自分の身を生贄にして禁呪を使おうとしている」
 神々は奇跡を用い、魔族は魔術を用いて戦っている。戦いの初期はそれぞれの特有の武器であったが、今やどちらもが互いの技法を盗みあい、魔法や奇跡の武具で世界は溢れている。
 それらが誕生していく中、使えばその身どころか世界を滅ぼしかねない危険な魔法も生まれてしまった。
 強力な呪文である事は間違いない。だが、神々も魔族もそれらを使おうとしない。当然である。その身を削り、目的である世界そのものを壊してしまうのだから、この戦いに勝利する為には意味を成さないのである。
「けどよ、ロトルが禁呪なんて知ってるわけがないだろ」
 禁呪の存在自体は、誰もが認識している。しかしその禁呪そのものがどこにあるのか、どうやって発動させるのかなどは知る筈がない。軽々しく使えるものではないのだ。
「今日、この街を解放させたよね。ここを占拠していた魔族がそれを記した書物を隠し持っていたのよ」
「そんな都合よく……」
「持っているわけがない。私もそう思ったわ。けど、見ちゃったの」
「……何を?」
「ロトルがその本を隠し持っている所を」
「本なんて誰でも持っているだろ」
 あくまでフェアーゴは否定しようとするが、フィアの眼は嘘や出まかせを言っているようなものではなかった。確かな信念が、そこから感じられた。
「私、今日の作戦でここに潜入していたでしょ。その時、魔族が禁呪の魔書を持っていたのをはっきり見たわ。そして、魔族を斃したロトルがその本を持っていたのも、ね」
「それが禁呪の本だなんて、わかるはずが――」
 ない、と言うより早くフィアが口を開いた。
「私には分かる。分かって、しまうのよ……!」
「っと、すまねぇ」
 フェアーゴは視線を逸らして謝った。フィアを疑ったこともだが、それよりも彼女に過去を思い出すようなことを言わせてしまったからだ。
 フィアは長い間、魔族の奴隷として生きていた時代があった。かつて彼女の街を奪おうとした魔族が、人質としてフィアを攫ったのだ。しかし、街の人々は魔族の取引には応じず、人質だったフィアを見捨てた。
 それ以来、フィアは奴隷として生かされていたのである。決してそれは良いものでななく、辛い日々であった。
 自由の無い世界で、フィアは人より魔力に敏感になり、難解な古代文字や魔物の言語まで分かるようになってしまっていた。
 だから、ほんの一瞬でも本のタイトルでも読み取ることができたならば、後はそこから感じられる魔力から内容は容易に理解できてしまう。そんな力が、こんな形で身についてしまっているのを、フィア自身は嫌っているのだ。
「……ロトルは今どこにいるんだ?」
 フィアがここまで本気で訴えているのだから、信じざるを得ない。フェアーゴは疑うことをやめた。
「大通りの屋敷の一室を借りて休んでいるわ」
 ロトル達は既に軍と呼べるほど人数が増えている。その数を収容するほどの施設を、街の人々が提供してくれているのだ。
「わかった。ちょっと、話してくる」
「うん……ねぇフェアーゴ、お願い。ロトルを、助けて」
 フィアはフェアーゴの袖を掴んで、俯きながら言った。
「元からそのつもりだ。皆も、な」
 フェアーゴの言った皆とは、もちろん他の仲間たちのことである。その仲間たちより自分だけに打ち明けて助けを求めてきたのだから、それだけ信頼されているということだろうか。
 フィア自身がロトルを直接止めないのは、過去のことを引きずっているからだ。脛に傷のある自分が言っても、聞いてもらえないと思い込んでいるのである。決して、そのようなことはないのだが、それほどまでにフィアは過去の自分を恐れている。
 この少女の為に何かをしてあげたい。そう考えている者は多い。フェアーゴはもちろん、他の四大精霊を得た人間たちや、ロトルもそうだ。
 だからこそ、ロトルは次の決戦で禁呪を使おうとしているのだろうか。


 祝宴を繰り広げている郊外は未だに賑やかで、反対に街中は静まり返っている。人々が宴に参加しているのだから、それも当然だろう。遠くから楽しそうな声が夜風に乗って聞こえてくる。
「ここか」
 街でも一際大きな屋敷。ロトル達が宿泊施設として借りている屋敷である。見上げんばかりの大きさだが、その部屋はほとんど真っ暗だ。ただ一室、申し訳ないかのように灯りがついている。
「(けど、何を話せばいいんだ?)」
 ロトルが危険なことをしようとしている。それはわかっている。とりあえず話をしてくる、とフィアに伝えはしたが、どう話していいものやら。
「(どう思う、メイテオギル?)」
 とりあえず、精神に宿る精霊に問いかけて見た。
 しかし、精神そのものに宿っているという間近な存在たるメイテオギルは、何の反応も返さない。禁呪の話を聞いた時も、黙ったままだった。
「(メイテオギル?)」
 さすがのフェアーゴも違和感に気付き、再度、心に住まう精霊に問いかけて見た。
「こいつまさか本当に朝まで寝てるのか?!」
 さすがに冗談とばかり思っていた為に、声を荒げてしまった。
 まさか本当に眠ってしまうとは。そうだとしたら、メイテオギルが宣言した通り朝まではこのままということになってしまう。
「くそ、肝心な時に居眠りなんかしやがって……」
 精神に宿っているのだから、身近な存在のはずだが、まるで遠くに感じてしまう。
「仕方ない。オレ一人で……」
 行くか、と決意を改めかけて、その動作がぴたりと止まる。
 扉が勝手に開いたのだ。決して近づいたら勝手に開く自動開閉ドアなどと高度なものではない。単純に、内側から人が出てきただけである。
「なんだ。声がしたと思ったら君か」
 中から現れたのは、黒髪の青年である。日に焼けた肌に、漆黒の瞳は強い意志を感じられる。
 ロトル=ディアティス。フェアーゴ達を率いるリーダーである。
「よ、よぉ」
 いきなりの対面に、フェアーゴは内心驚きながらも平静を保とうとした。
 いざこうして目的のロトルを目の前にしたが、どう話したものか。
「ちょうど良かった。少し、話がしたいんだけどいいかな?」
「ん。あ、あぁ別に構わないぜ」
 フェアーゴ自身、ロトルと話をしようしていたのだ。これはこれで好都合である。
「(けど……)」
 しかし、どこかロトルの様子がおかしかった。切羽詰まっているような、少なくとも今日の勝利を喜んでいる様子は微塵も感じられない。それどころか、今にも世界が終ることを知ったかのような表情をしていたのだ。
「ここではなんだ。入ってくれ」
 ロトルに促されて、屋敷へと入っていく。
 この後、フェアーゴは他の仲間にも相談するべきだったと思い知らされることになる。


 さすがといったところか、屋敷の内装はかなり良いものであった。元来、流通の拠点として大きな街なので、そこに構える屋敷などは必然と良い物になる。その一つをまるごと好きに使っていいのだからありがたい。
「それで、話ってなんだよ」
 フェアーゴとロトルは最上階の一室にそれぞれ腰を下ろした。この屋敷は元々宿屋としても機能しており、宿泊部屋が多数存在している。二人が入ったのは、そのうちの一つだ。
「まあ、少し飲んだらどうだ」
 と言って、ロトルは杯と酒を置いた。
「どうやらオレは酒に弱いらしいからな。酔っ払って眠る前に聞いた方がいいんじゃないか」
「なんだ。やっと弱い事を自覚したのか」
 ロトルが軽く笑う。すぐ酔い潰れるにも関わらず酒を飲みたがるフェアーゴのことは仲間内ではよく話題になるほどなのだ。
「ちょっと真剣な話をするよ」
 窓の外に見える夜景を、ロトルは感慨深げに眺めて言った。
「……戦いは、どんどん激しくなってきている。これは君も知っているだろう」
「まあな。今日もかなり厳しかったけど、勝てたじゃないか」
 簡単に勝てるような相手ではない。それは確かだ。魔族と神々に戦いに加わり、その両方と相対している。
「情報部隊から連絡が入ったんだ。この街の北にある荒野に、魔族と神々の首脳が集結しつつある、と」
「! それって……」
 激化している戦い。そして、それぞれの大将が出てきたという報告。それが意味することは。
「ああ。恐らく次の戦いが、最終決戦だ」
「そうか、ついに……」
 今まで多くの戦いを潜り抜けてきた。その全てが勝利で収まったわけではない。時には仲間を失った時もあったのだ。その戦いが、次で全て終わる。
「必ず勝つ。勝って、世界に平和を取り戻す」
 ロトルは自分の握った拳を見つめた。その決意は、皆も同じである。
「けど、今のままでは駄目なんだ」
「随分と弱気な事を言うんだな。オレ達は今まで通り、全力でぶつかっていくだけだろう。負けるわけには、いかねぇんだから」
「そうさ。負けるわけにはいかない。負けるわけには、いかないんだ」
 ロトルの気迫は、尋常ではない。まるで、何かに取り憑かれているかのようだ。
「おい、ロトル……?」
 さすがにフェアーゴもロトルの様子がおかしいことに気付く。
 しかし、ロトルの眼は真剣だった。正気を失ったわけでもない。確固たる信念がそこにある。
「今のままでは、勝敗の行方なんて分からない。だけど、勝利を確実なものにしたいんだ」
 そう言って、ロトルは一冊の本を取りだした。
「それって!」
「落ち着いて聞いてくれフェアーゴ。これは、禁呪の魔書だ」
 フェアーゴは息を飲んだ。フィアから聞いていた、禁呪の魔書。ロトルが隠し持っていると彼女は言っていたが、こうして堂々と出してきたのだから。
「次の戦いで、僕はこれを使う」
 ロトルは、冗談を言っているわけではない。
 フェアーゴは頭を抱えたくなるのを必死にこらえた。
「(オレにどうしろって言うんだよ……)」
 フィアからロトルを止めるように言われて来たものの、まさかロトルのほうから禁呪の話をしてくるとは思ってもいなかったのである。
 しかしある意味では好都合だ。こんな話を聞かされて、止めない方がおかしい。
「なぁ、ロトル……」
「フェアーゴ!」
 使用反対の言葉を続ける前に、ロトルが遮った。
「もう決めてしまったんだ。僕は、本気だ」
「……っ」
 ロトルの気迫もあったが、それ以上のもの――覚悟を感じた。
「その決意、変える気はないんだな」
 聞いても無駄だと思いながら、フェアーゴは問う。答えなど、分かり切っているというのに。
「もちろんだ」
 覚悟を決めたロトルの考えを曲げる事などできない。それは、フェアーゴもよく知っている事だ。他の仲間達からどれだけ非難されようと、ロトルは自分で選んだ結論を貫く。
 ならば、今の自分にできることは何だ。フィアに頼まれた、ロトルを助けてという言葉。それはもちろん、禁呪の使用を止めさせるつもりで彼女は言ったのだろう。しかし、今のロトルの『助ける』ことになる行動は、ただ一つ。
「わかった。サポートはオレ達に任せてくれ」
 ロトルを信じ、彼を最善の状態で決戦に臨ませる事。戦友として、仲間として、それがロトルの助けとなる。
 ふっと息をついて、ロトルは軽く笑みを浮かべた。彼も禁呪の使用がいかなるものか解っているのだ。それを話してくれたのが自分で嬉しいと思うべきなのだろうか。
「ありがとう、フェアーゴ」
「次の戦い。必ず勝とうな」
「もちろんだ」
 丸テーブルに置かれた杯を、ロトルが掲げた。フェアーゴもそれに応じる。
「みんなのために」
「世界のために」
 そして、二人の男は杯をぶつけ合った。

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